鈍色の歯車

赤や黄に染まった色鮮やかな葉が、木枯らしに煽られ、散り散りにされてゆく。
世界が枯れてゆくかのように、ゆっくりと色彩を失くしてゆく。
それは、次の新たな色を付けるための準備期間だと分かってはいても。
堪え忍ぶべき時期だと理解していても。
どうにも苦手な季節であることに変わりはない。
いっそ完全に冬になって、世界が真っ白に染まってしまえば、そんなことを考えることもなくなるのだが。


かつんと、火鉢の端に煙管を強く打ち付けると、灰となった草が火鉢の中に落ちる。それはわずかに紅く光って、またすぐに色を失った。

「やっぱり冷えるな、今日は」

誰もいない居間で、そうひとりごちて、空になった煙管を盆に返すと、火鉢から離れた場所でごろりと寝転がった。
冷える、といいつつも開け放した縁側から覗く空は、薄曇りで一層気が滅入ってしまうような灰褐色をしていた。
着実に冬に向かっているのだろう。
最近は昼間でも上着が必要なことも多くなってきた。
特に夜は一層冷え込むようになってきた為、午前中に鉄裁
と二人で、納屋から火鉢を居間と寝室へ移した。

まだいくらか早い気がしつつも、それを出そうと決めたのは早朝だった。

「風華サン、寒くないっスか?」

「ええっと、・・・お二人は?」

「ボクは別に」

「ふむ。最近は朝晩が冷えて参りましたな」

「そうですよね、朝晩は少し」

朝食時にそうして風華に声をかけながら、鉄裁と二人、目配せをした。
彼女が質問に答えず、こちらに訊いてきたということは、『我が儘』だと思い込んでいるときだ。
元々女性の方が体温が低いのだから、寒く感じるのは当たり前だというのに、いつも彼女は「平気です」と笑う。そのくせ、猫が暖を求めるように、夜半、褥の中では喜助にぴたりと擦り寄ってくるのだ。
今朝方、ふと目が覚めたときに、まだ夢の中にいる彼女が無意識に足先を擦り寄せてきていたことに気付いた。
ああ、きっと寒いのだなぁ、と。

それでなくても、日中でもよく手を擦り合わせていることには、鉄裁も既に気付いていた。
あくまでも彼等は気付かない振りをしつつ、喜助はどちらでもない回答を、鉄裁が同調しやすい意見を言う。時折、逆の立場になりつつも、そうして、彼女が頷いてさえくれればいいのだ。

そうして、風華が買い物に出ている間にそれを出したのである。

炭を起こして暫くすると、それはじんわりと熱を放ち、ある程度の暖かさが広がる。
そうは言っても、部屋全体が暖かくなるほどのものではないから、火鉢に近い席に風華の座布団を敷いておいた。こうしておかないと彼女はいつまでも遠慮してしまうから。


あれは、こちらに移り住んで来た初めての冬の頃だった。
場所を取るものを部屋の入り口に置くわけにもいかず、当然部屋の奥に置くわけだが、そうすると、風華が一番遠い位置に座ることになるのだ。
場所を譲ろうとしても、家主を差し置いて上座に座るだなんて、と頑として彼女は譲らなかった。鉄裁が言っても聞き入れるどころか、鉄裁に上座を譲ろうとするほどの娘を説き伏せたのは、より高貴かつ豪気な人物ーーー夜一だった。

『風華。儂はお主の膝の上が好きじゃ。儂がここに座りたくて座るのに何ら問題はあるまい?』

『ええ、そうですね』

『なれば、そこに、上座も下座もなかろうて』

そういって黒猫はまた彼女の膝の上で丸くなっていた。
夜一用の席を用意しても、『ここが良い』といっていつもそうして風華の膝の上で踞るのだ。
理屈があるような、ないような。
親友の随分な言い分に、風華も初めは驚いた様子ではあったが、どうやら納得したらしい。納得、というよりは諦めかもしれないが。

『ボクらも、風華に風邪引いてほしくないし、ね』

『そうですぞ。体は資本。我々に遠慮など入りますまい。何より、風華殿にこちらに座っていただきたいのです』

『ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えますね』

そう言って困ったように、けれど嬉しそうに笑った彼女のことは今もよく覚えている。
それ以降は割りと素直に促された席に座るようになった。
最近は、こうして彼女の白い座布団を敷いておけば何も言わずに座ってくれる。

「店長、火鉢の準備はいかがですかな」

「うん、大丈夫だよ」

ぬっと顔を出した鉄裁に、転がったままひらひらと片手を降って答える。寝転がる喜助に小言を言うかと思ったが、彼は「それは結構ですな」とだけ告げるとまた首を引っ込めた。今日はまた一段と昼食の仕込みに精が出ることだ。

まだ風華も帰ってこない。おそらく途中でひよ里達と話し込んでいるのだろう。よくたわいもない話をしては盛り上がっているらしい。女性はお喋りが好きなものだし、昔馴染みの友人と話すのは気晴らしにもなるだろうから、それぐらいは好きにさせてやりたい。

しかし、そうなると、火の番以外にすることもなくなってしまった。
さてどうしたものか、と喜助は、転がしていた体を起こし、腕を伸ばして煙管盆を縁側まで引き寄せた。
こうして畳の上を引き摺ると、藺草が痛むとよく二人に怒られてしまうのだが、ついついそうしてしまう。
縁側からそこまで立ち上がるのも億劫なのは、そういう季節なのだと仕様のない言い訳をして。



どんよりと曇った空は、雨が降るのか降らないのかはっきりしない。
黒髪を一つに結わえた黒衣の男が、ふいの別れを告げに訪れたのは、そんな冴えない日の夕刻だった。



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