鈍色の歯車

「本当に素敵。見せてもらっても?」

「え、」

どうなっているのか、実際により近くで触れてみたくなったのだろう。女店主が腕を伸ばしている。

だが、どうしたことか。

風華は僅かに首を下げて、じっとしたまま動こうとしない。

「浦原さん?」

「あ、ごめんなさい!その、これは・・・」

女店主が腕を引いたのが辛うじて視界に映る。
どうやら、風華が簪を渡さなかったらしい。
それはそうだろう。それは彼女の斬魄刀なのだから。死神にとって何よりも大事な半身だ。
しかし、彼女の簪に関しては、それそのものが斬魄刀な訳ではないので現世の人間が触れたからといってどうという問題はない。そもそも触れたぐらいでどうにかなるような程度の低いモノを喜助が造るわけがないのだが。
言い淀んだまま簪を手渡そうとしない風華に気を悪くするでもなく、女主人は腰に手を当てて笑って見せた。

「あら、ごめんなさい。大事なものなのね」

「はい、そうなんです。本当に大切なもので・・・。だから、ごめんなさい」

「いいえ、こちらこそごめんなさいね。・・・お詫びって訳じゃないですけど、栄養材もう一本オマケしときますね」

がさがさと音がしたので、店主がまた紙袋に詰め直しているのだろう。以前鉄裁が、栄養材は何本あっても困らないのだ、と話していたことを思い出す。

「いえ、そんな!私が悪いんですし」

「そう思うなら、どうぞ今後ともご贔屓にしてください」

店主のからから笑う声が聞こえる。
これ以上、彼女が風華の簪に興味を示さないうちに帰った方が良さそうだ。

「風華、そろそろ帰るよ」

「喜助さん、」

後ろからひょこりと顔を出した喜助に驚いた様子で、風華か僅かにたたらを踏みながら見上げてくる。
その風華の表情は、普段の柔らかな笑顔でも、部下に激励する際の厳しい目元でもなく。
どうやら好意を断りきれずに身動きがとれないことに困惑しているらしい。
何か言いたそうな表情ではあったが、あえて気付かなかった振りをして店主から紙袋を受け取り店を出る。

「毎度有り難うございました」

店主に見送られながら手を繋いでいない方の風華の腕に、丁寧に包んでもらった鈴蘭を持たせてやる。その白い指先にはまだ簪が握り締められたままだ。
小さく「ありがとう」と呟いたものの、陽と共に、紺色の世界に堕ちていくように、いまだ彼女の表情は晴れない。
そこまで気に病む必要もないと思うのだが、ちゃんと説明していなかった喜助も悪かったかもしれない。

「ねえ、風華サン」

「はい、なんでしょう?」

「さっき、簪を見せてって言われて困ってたデショ?」

「だって、これは・・・」

やはり彼女の表情は浮かない。
風華が続きを話す前に、喜助が断りをいれる。

「そのことなんだけど、そんなに気にしなくても大丈夫っスよ」

「・・・え?」

「そんな現世の人間が触ったぐらいで問題なんて起きませんよ。アナタが呼び掛けない限りはそれはただの簪のままっスよ」

「・・・・・・?」

彼女は足を止めて目をぱちぱちと瞬かせて見上げてくる。
予想だにしていなかったのだろう。
半歩先に下駄を踏み出してしまった喜助は体ごと彼女を振り返る。

「ボクが作った特別製っスよ?そんな簡単に斬魄刀を盗られるようなことにはならないから安心してくださいな」

「あの、喜助さん、」

しかし、喜助の言葉に安堵するどころか彼女は更に雲行きを怪しくした。
そうして、躊躇うように何度か口を開閉してから、意を決したように、はあ、と深い溜め息を吐き出す。

「ん?」

「もしかして私が、『斬魄刀だから貸したくない』って言ってると思ってるんですか?」

「へ?違うんスか?」

「違います!・・・そうじゃなくて、」

「そうじゃなくて?」

「その、」

「なぁに?」

彼女はまたも口を閉ざしかける。勿体振ったような言い方にだんだんと焦れてくる。他に理由なんて思い付かない。

「だって、これは、喜助さんからもらったんだもの」

「・・・ハイ?」

「これは、私が愛した大切な人からの贈り物だから。・・・だから、他の誰にも触れて欲しくないの・・・」

薄闇でもわかるほどに頬を赤く染めた風華の発言に思考が止まる。
おそらく、いや、間違いなく風華の頬の熱が自身にも伝染している。彼女の顔をまともに見る自信がなくて、くるりと反転して風華の手を引いたまま歩き出す。下駄の音が乱れているように、聞こえるのは気のせいだと思いたい。

「・・・なんだってそんな可愛いこと言うんですか、アナタって人は」

大きく息を吐き出して少しだけ足早に歩く。
街灯がぽつぽつと灯されてゆく帰路は、まだ暗くはなかった。



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