鈍色の歯車

店先は小さく見えるが、店内はそこそこ広く、待っている間にいくつかの花を眺める。
行き掛けに、誰であっても花をもらうのは嬉しいものだと、語っていた風華の言葉を思い出す。
感謝の言葉を告げる代わりに贈るということも出来るのだろう。例えばそう、夜一であったり、鉄裁であったり、平子であったり。
それぞれの人物に贈る場面に想定してみた。
ーーー駄目だ、どれも上手くいかない気がする。
夜一は「花より団子」だし、平子には「気持ち悪い」と一蹴されそうだ。いや、これは夜一にも言われそうだ。
唯一、好意的に受け取ってくれそうな鉄裁は盆栽が好きなようで、花ならまだしも、盆栽の善し悪しなど全く分からない。松の枝振りの良さなど、どこで判断するのだろうか。
どう考えても贈り相手は風華しかいない。
そもそも、自身がこんな時間を費やしてまで花を贈りたい相手など、世界中どこを探したって彼女以外に有り得ないのだが。

「お待たせ致しました」

女店主に抱えられてきた花は、空色の和紙と白いオーガンジーでくるまれ、根本を先ほど選んだミントグリーンのリボンで飾られている。リボンも羽が二重になるように結ばれている。

「へぇ。いつ見ても鮮やかな手際っスね。有り難うございます」

「あらあら、浦原さんたら。これが仕事ですから、出来て当然ですよ?」

「なるほど、違いない」

受け取った花を覗きこむと、花の茎に小さなハート型の紙タグがつけられていて、金の箔押しで『with love』と書かれている。
目を丸くして顔をあげた喜助を見て、してやったりという表情で女店主は「それは、当店からのサービスです」と目尻を下げた。

「有り難く、頂戴します」

ここまでされると渡しづらくなってしまうような気もしたが、風華が喜んでくれるなら、まあいいだろう。

「・・・あら!奥さまもご一緒だったんですね」

その言葉に振り返ると、見れば風華が鈴蘭の苗を六つも抱えて立っていた。

「てっきり旦那さんがこっそりいらしたのかと」

喜助と風華を交互に見遣ってから、店主はくすりと笑う。

「ちょっと散歩してたんスよ。ね、風華サン」

「ええ。店先で待ってたんですけど、他の苗も欲しくなってしまって。これは自宅用でいいので、こちらもいただけますか?」

「ええ、勿論ですよ」

「では、こちらもお願いします」

風華が手渡すと、それを受け取り、店主はまとめて入れる袋を探し始めた。もう一人の店員が奥から大きな紙袋を持ってきて「店長、これは?」といくつか袋を差し出して訊いている。

「・・・もっと欲しかったのなら、そう言えばいいのに」

「いいんです、これはこれで」

「そう?」

「はい」

「アナタがそう言うならいいですけど」

もう一人の店員が奥から引っ張り出してきた一際大きな紙袋を破れないようにするため二重にし、さらに厚紙を底に引いてから苗を詰めていた店主が二人の会話を聞いて笑い出した。

「お二人は仲が良くて羨ましいわぁ。ウチの主人なんか絶対こんなことしてくれないもの」

「そうなんですか?」

「そうですよ。少なくとも、浦原さんみたいに、何でもない日の散歩帰りに花を贈ってくれるような旦那ではないです」

そう言って肩を竦めた店主は、六つ目の苗と合わせて「これもサービスしときますね」とその苗に合う栄養材も詰めてくれた。

「そんな、ちゃんと買わせてもらいますから」

「いいですよ、これぐらい。ウチの子もよく相手してもらってるみたいですし」

どうぞ、と風華の手に手提げを渡して笑う店主は引き下がる様子はない。押しに弱い彼女はおずおずとそれを受け取って、また頭を下げている。それに倣うようにして喜助も軽く頭を下げた。

「それにしても、浦原さんて本当に鈴蘭がお好きなんですねぇ」

「ええ」

女店主は近くにあったゼラニウムの苗を剪定しながら、風華を見て感嘆する。

暫く世間話をするのだろうか。
女性はお喋りが好きな人が多いから、一旦話し出すとすぐには終わらないだろうと、喜助はすっと身を引いてその場を離れた。向かって右奥へ進むと花の香りが強くなった。ふと見ると大輪の白百合が並べられていて、おそらくこの香りだろうと気付く。いい香りなのかもしれないが、これだけ密集しているとその芳香はきつすぎて目眩がしてくる。

「その髪飾りもとてもよくお似合いですし」

「これですか?」

天井まである背の高い棚には、切り花の他に、丁寧にラッピングされた花籠が無数に点在している。
その花の垣根の向こうから談笑する声が聞こえてくる。

「そう。いつも奥さんがしてらっしゃるそれも鈴蘭でしょう?」

「あ、はい、そうです」

髪飾りとは、喜助特製のアレのことだろう。
こっそり覗くと、風華がサイドに一纏めにしていた髪から、すっと簪を引き抜くところだった。
静かな店内に、しゃらりと涼やかな鈴の音が響く。

「あら、素敵!鈴が入ってるんですか?」

「ええ」

またしゃらしゃらと音が鳴る。
彼女がこちらに背中を向けているため、よく見えないが、簪を揺すっているのだろう。
彼女は家でもたまに『この音を聴くと、安心するんです』と言って、巻き貝に残った潮騒を楽しむように、その簪の音色に身を委ねていることがある。



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