それでは、また明日 | ナノ
 歩み寄りとは呼べない

 

出口を探して迷路のような屋敷を回れば、中には人が生活をしていたらしき場所もあった。そこの一つで佐久楽に座っていろと告げ、男は素早くあちこち確かめて回り出した。床を踏み、壁を叩いて音を探り、隠し部屋がありそうなら打ち壊して中に誰もいないことを確認しているようだった。

「あれで全部だったか?」
「だといいがな」

男があれこれと立ち働くのを真似て、身を隠せる場所を暴いて回れば、男がまた何か言いたげな顔をする。かまわず調べる箇所が無くなるまで動き回り、ようやく腰を下ろすと、男はそんな佐久楽を見下ろして一言「脱げ」と宣った。
目を丸くし固まる佐久楽の前に男がしゃがむ。

「血止めもロクにしてねぇだろ」

折り曲げた膝に頬杖をつくその姿は酷く面倒そうだったが、男は退かなかった。

「いや……いや、いい」

大した傷ではないと慌てて首を振る。自分でどうにかするからと。

「俺は押さえつけられてしこたま薬を塗りつけられたがな」
「それは…お前と私じゃ事情が違うだろう」
「どこがだ。膿んでも知らんぞ」

目を眇め立ち上がった男は、平たい声でそう告げるとどこかへ行ってしまった。
誰も居なくなった部屋で、もしやこれは気を利かせたのかと佐久楽は手を打った。なら今のうちに自分でと襟巻を外し、着物の合わせを開け下に着ていたシャツの釦を一つ外した時だ。床の軋む音が近づいてくることに気づき慌てて衿を手繰った。何食わぬ顔で戻って来た男の手には酒瓶があった。

「まだ脱いでなかったのか。さっさとしろ」

言うが早いか、酒瓶を傍らに置いた男の手は佐久楽が掻き合わせていた着物の衿を掴む。
容赦も遠慮もなくむかれ、当然口からは情けない悲鳴が飛び出した。瞬時に耳まで真っ赤に染めた佐久楽が掴みかかろうと伸ばした腕を、男は容易く片手でまとめ上げる。

「やめろ尾形…血迷ったのか…」
「やかましい。まだシャツも着てるだろうが」

そうは言いつつそれも剥ぐ気なのか男の指が釦へかかる。と、ふとその手が止まった。

「なんだ、これは女物なのか」

だから何だ。
言葉の意図が分からず、両手を封じられたまま睨み上げれば、胸骨の上を男の指がトントンと叩く。

「左右の合わせ目が逆だろう」

言われ、うっかり落とした視線の先で、「これはな」とその指が釦の縁をなぞった。

「男が正面から脱がしやすいように出来てるんだ」

言葉を喉に詰まらせた佐久楽を見て意地の悪い笑みを浮かべた男は、見せつけるように次々と釦を外してみせた。

「ほらな」
「――ッき、」
「ん?」
「貴様という奴はーーーー!!!!」






*******






絶叫の末に自分で脱ぐからと折れたのは佐久楽の方だった。とはいえもうほとんどが脱がされたような有り様だったが。

後ろを向いていろと言うと、口角だけを持ち上げる笑みを作っていた男はすんなりとこちらへ背を向けた。その左頬は真っ赤に腫れている。腕に自由が戻るなり佐久楽がにべもなく平手を叩き込んだ跡だった。
男に背を向けはだけた着物もシャツも肩から落とし、「もういい」と声をかける。振り返ったらしい男が「やっぱりな」と得意げな声を出した。

「巻いてるだろうと思ったぜ」

ほどけかかった背中のそれがくいと引かれる。切りつけられた際に一部が切れ、もはやほとんど意味を成さなくなっていたさらしだった。

「これも取れよ。包帯代わりになる」
「…………」

正気か、と目で訴えかけたと同時に男の手がそれを引き下ろした。

「――おい!!?」

慌てて腕を抱いた佐久楽の腹の辺りで、さらしがしゅるしゅると巻き取られてゆく。
引っかかっているだけのような代物でも、肌を晒すよりはましだった。それすらも無くなってしまえば、冷えた空気が直に染み入るようで酷く心もとなかった。

「ぐずぐずしてるからだ」
「そう何でもかんでもほいほい脱げるか!!」

首だけで振り返る佐久楽の鼻先に何かがつきつけられる。身を引きどうにか焦点を合わせて見ると、どうにも男が持って戻った酒瓶のようだった。

「強い酒があった。無いよりマシだろ」

言って男が束にしたさらしを放る。

「血で汚れた部分を除けて、切れた所は結んで繋げ」

言い終える前に、背に布の当てられる感触があった。次いで水が背を伝い、傷口に焼けつくような痛みが走る。

「ッ――…」

息が詰まり、握ったさらしに爪が食い込んだ。

「うっかり死んでみろ、俺が永倉のジイさんに殺される」
「っさすがに…そこまでは怒らんだろう…」

どうだかな、と声が返る。こびりついていた血を拭ったのか、布が軽く傷の下を往復しただけでも唇からは微かな呻き声が漏れた。

「そんなに深くもねぇな。さっさと切り口合わせときゃそこまで目立つ傷にもならんだろう」
「…驚いた。傷が残るなんてことを気にする神経があるんだな」
「………」

淡々と見分する男の指が無遠慮に皮膚を押したりするのに、佐久楽は僅かばかり眉をひそめる。
触れる男の手は冷たくも温かくもなく、その奥に何がしかの感情が存在することを疑ってしまいそうだ。
治療が目的なのだからと言われればそれまでのような気もするが、そうかと一言で流すにはあまりにも感情の見えない手だった。

「……できたのか?」

問いかけに、言われた通りに接ぎ合わせたさらしを渡せば、具合を確かめた男がまたもや当然のごとき調子で言った。

「腕が邪魔だ。上げていろ」
「な、何言ってるんだお前…」

それはつまり前を隠すものが何もなくなるという事だ。何の為にとは聞くまでもないが、お前こそ何言ってるんだという顔をした男は「…早く上げろ。軽くでいい」とわき腹との間に手を滑り込ませ二の腕を持ち上げた。

「うわあああああ!?」

思わず叫べば下ろすなと険のある声がそれを遮る。
肩越しに見た男は相変わらずの無表情で、やましさが窺えるどころか、黙々と決められた作業をこなしているような顔をしていた。そう、丁度まな板に乗せられた魚を手順通りにさばいているかのようだ。無感情に、入れるべき場所に包丁を入れ内臓を掻き出す…。
血の臭いがするせいか、想像までが血生臭いものになる。胸が悪くなりそうで慌てて頭を振った。

「おい、じっとしてろ」

言って揺れた髪を払いのける手に、改めてその近さを意識した。
胴の両側から伸びる手が、慣れた調子で包帯代わりのそれを絶妙に苦しくない程度の力で巻き付けていく。
背後に感じる気配が近い。しかも身じろいだだけで当たりそうな位置を腕が行きつ戻りつするのがどうにも落ち着かない心地にさせる。いや落ち着かないどころか今すぐにでも頭を抱えたい心地だった。
考えるな、治療、治療だ、しょうがないと佐久楽は自らに言い聞かせていたが、幾度目かで限界点を迎えた顔がふにゃりと歪んだ。

「とんだ辱めだ。死にそうだ…」

真っ赤になった顔を両手で覆う佐久楽に、別に止めやしないがとこんな時ばかりきっちり返答してくるのだから本当に憎たらしい。

「アンタにも恥じらいはあるのか」
「お、前っ、人を恥知らずみたいに」
「見るのは良くても見せるのは嫌か」
「当たり前だろう!嬉々として見せびらかしていたらそれはもう唯の痴女だ!」

言い切れば、フッと息をはく気配がした。

「…今笑ったか…?」
「…いや。この程度で随分大げさだ」

下ろして良いと男が言うので、この程度で悪かったなと佐久楽は内心で悪態をつきつつ腕を下ろし、腰に纏わりついていた衣服を着こんでいく。

「第一…お前は何でそんなに平然としていられるんだ」
「………」
「……言えないような理由か?」
「違う。単にアンタに興味がないんだ」

それは至極まっとうな理由のような気がしたが、そうだよなと頷くのも些か癪に障るといった具合で、聞き流すのが一番良いように思えた。少なくとも今は。

「戻ったら医者にでも診てもらえ」
「診せられるものなのか」
「脱げば見える」
「そうじゃない。医者にかかって土方さんに迷惑がかかったりしたら困る」

ふと後ろの男が黙るのに「洒落じゃないからな」と付け加えれば、今度ははっきりと鼻で笑われた。つくづく腹の立つ男だ。

「あのジイさんなら当てくらいあるだろ」
「…そうだな」

シャツの釦をきっちり喉元まで止め衿を正すと、佐久楽はようやくと息を吐いて男を振り向いた。

「………借りができたな…」

やや不服ではあったものの、佐久楽が礼を述べ頭を下げると、男は意外とばかりに表情に乏しいその目を少しだけ瞠ってみせた。



/


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -