それでは、また明日 | ナノ
 争闘

 

いやに暗い廊下を歩かされ、通された部屋はどうにも狭苦しくて息が詰まるようだった。
再び待つようにと言いおいて、案内の男は行ってしまう。
改めて見回した部屋の中に家財の類は置かれておらず、座卓だけが我が物顔で中央を陣取っている。
四方から迫るような壁と襖を眺め、佐久楽は呟いた。

「窓がない…。どういうつもりで作られたんだろうな…」

息苦しさの原因は窓がないことだ。灯された明りが頼りのあの暗い廊下も、外の光の入る隙がどこにもないからだろう。もし火がついたりしようものなら地獄絵図だ。
言ってしまってから隣にもう一人いたことを思い出し、佐久楽は念のためにもう一言付け足した。

「返事はするな。一人言だ」
「………」

こんな所で話…。はたして相手側に話しをする気などあるのか。呼びつけておきながら二言目には待て待て待て。こちらは待たされてばかりだ。
餌が用意されてるわけでもねぇのにな、と揶揄する声には耳を塞ぐ。
―――と、
ずず…と何か重たいものが動く音がした。

「何か聞こえたな。やはりおかしい」

言って佐久楽は立ち上がった。躊躇いなく襖を開け放ち、入って来た廊下を駆け戻る。
だが一本道だった廊下は途切れ、不自然さを隠しもしない壁が立ちはだかっていた。

「廊下が塞がってる!」

部屋へ引き返せば、男が肩から下ろした小銃のボルトを引いたところだった。

「どういうことだ」
「分からない。無かったはずの壁がある」
「はめられたな。あのジイさん達がどこぞで恨みでも買ったんだろう」
「とにかく出るぞ尾形」

出口を探すと言って別の襖に近づいた時だ。突然武骨な手が佐久楽の襟首を掴み引き倒した。
けたたましい火薬の破裂音。何を、と叫ぶ前に男が蹴り倒した座卓の陰に佐久楽を引きずり込んだ。
仰いだ天井との間を行き過ぎる幾つもの弾薬が、盾にした座卓の天板を削り取り、木っ端に変えていく。嵐のような音が止むと天板の陰から様子を窺った。見るも無残な姿となった襖の穴の向こうに動くものがある。
舐めた真似をしてくれたものだ。刀を手繰り、佐久楽は潜めた声で隣の男に告げる。

「私が出る。後ろは………」

その手にある小銃を見やり言い澱めば、男の口が弧を描いた。

「卑怯者に任せていいのか?」
「…お前実はしっかり根に持ってるだろう」

襖の向こうから複数の声がする。頃合いだ。

「好きに動け、ただし私に当てたらただじゃ置かない」
「生きていればの話だな」
「お前は本当に腹の立つやつだな…!」

言った佐久楽の足が畳を蹴った。襖を破り転がり出た先で、屈んだまま抜き放った刀身が体を軸にぐるりと円を描く。平衡を保つため伸ばした片足がざりざりと畳を擦り、い草の臭いが濃く香った。
奇襲に驚き棒立ちとなっていた男達の足が、綺麗に断ち切れた断面を覗かせ、部屋に怒号と悲鳴が満ちた。




*******




尾形の残った部屋より格段に広いその座敷は、まさに乱戦を極めていた。
座卓の陰から淡々と敵の頭を撃ち抜きながら、尾形は飛び出して行った永倉の娘にちらりと目を向けた。

腹を裂き、喉を突き。その剣に躊躇いは一切ない。
この舌を巻くほどの暴れっぷりはどうだ。引き綱を引くものがいないからか、もしいてもこうだとすればやはり忠犬などではない。着々と屍の数を増やしながら進むその姿は、野犬でも綱をつければまだいくらか大人しくなるのではないかと思わせる。

また一人正確に頭を打ち抜いたその傍で、娘が右に握った刀を躱した敵を、振り抜きざま左手に忍ばせていた鞘で殴り倒したところだった。

「なんでもありだな」
「うるさいぞ尾形!」

…耳がいい。
一見考えなしに刀を振るっているようだったが、存外場を読んでいるらしく、今一番切り伏せるべき相手を選んで立ち回っていた。尾形はその刀が届かない所にいる者から排していく。

徐々に生きている者が減り、移動を始めた娘の後を追ってその座敷を抜ける。板張りの奇妙に狭い廊下へ踏み入った途端景色が暗転した。人はいなかった筈だが、何かに当て身をくらわされた。
戸が閉まるような音と入れ替えに、今まで聞いていた音が遠くなる。
己の手もようやく確認できるかという薄明かりの中、飛び掛かって来た男の胸部へ銃剣を突き立てた。絶命した男を押しのけ辺りを確かめるが、暗い廊下のようなものが伸びるばかりだ。

「からくりか…?」

光の漏れる壁の小さな穴を覗けば、先ほどいた廊下が見えた。そこにはあの娘の姿もある。
手をあて押してみるが壁が動く気配はない。

「尾形!どこへ行った!?」

壁を隔てた向こう側で叫ぶ声が、何度も尾形の名を呼ぶ。
足で刀に刺さった人間の身体を引き抜き首を巡らすその姿に、さっさと行けばいいものをと呆れつつ尾形は壁を叩いた。

「おい、こっちだ。壁の中にいる」
「尾形か!?どいていろ!」

確かにそう聞こえたはずだが、退く間すら与えず横の壁を蹴破り足が現れる。

「………」

無言で開いたその穴を見下ろしていると、そこから娘の顔が覗いた。

「なんでこんなところにいるんだ、かくれんぼか?」

腕を掴まれ引きずり出されながら、浮かぶのは地蔵然とした永倉の顔だ。じゃじゃ馬どころじゃねえぞと尾形は娘を見やる。

「…とんでもねぇもん飼ってやがる」
「何がだ」
「いや…、おい!」

その肩越しに振り上げられた小太刀を認め声を上げた。
娘は間一髪身を返したように見えたが、尾形に向けられたその背は裂かれ、じわりと赤黒い染みが広がる。

「こいつらどこから…!」

切りかかる男は覚えのある着物を着ていた。玄関で二人を迎えた千鳥格子の男だ。それと娘が組み合ったまま縺れ合い、床の上を転がる。止まった時下になっていたのは娘の方だった。
身を返した時に切りつけたものか、全体重をかけ小太刀でその頭蓋を刺し貫こうとする男の胸もまた裂け、そこから滴る血が組み敷かれた娘の肌に点々と跡をつける。かろうじて串刺しは免れたようだが、切っ先が押し負けつつあるその額へ迫っていた。
尾形は銃を構え、死ねと血の混じった喉を引き絞り叫んだ男の側頭部を撃ち抜いた。
弾の抜ける音とともに赤が散る。
傾いで床に倒れた男を見送ってから、身を起こした娘は肩で息をしながら尾形を振り向いた。

「…どうだ?卑怯者に助けられた気分は」

尋ねてみれば、何かいいたげにその口元が引き結ばれたが、終ぞ言葉は返ってこなかった。


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