「…は?いやいやいや…。…は?」
「まさかこの場でそんな事を言うとはな…。」
呆然としながら。
もはや嘲笑さえ含めながら。
二人して、この場違いなことを言う女を放置した。
「お前を人質にして、アバランチの活動はさらなる飛躍を得る!」
「は。親父が俺に対してなにか差し出すとでも思ってるのか?」
「そこを利用するのさ。実の息子にすら何もしないことはわかっている!」
「え。ちょちょちょ。本当にスルーしてくるとは思わなかった!少し傷ついたよ!」
ストップストップ!と声をかけながら二人の言い合いの間に入り込む。
「お二人のグループ間の柵について、私はよくわからないけど、関係ない人を巻き込むのだけは違うでしょ?こんなの、テロリストのやることじゃない!」
「ほう、そこまで考える頭はあるか」
「どういうこと?」
ルーファウスは鼻で笑い、銃を構えている相手に対して顎で示した。
「正真正銘、こいつらはテロリストだからさ。」
「え?」
テロリスト。
政治的な目的を達成するために、暴力及び暴力による脅迫を行うもの。
日本にはあまり過激なものは存在せず、遠い異国にあるものと感じられていたもの。
まさかそのテロ事件に自らが巻き込まれるとは思いもせず、千夏は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「じゃあ私はテロ事件に巻き込まれたってこと?」
「随分と気がつくのが遅いな。アバランチは知らなかったのか。」
「知らなかったし、ルーファウスがそれほどやんごとない立場にあるってこともわかった。二度と食事したくない。」
「懸命だな。」
ため息を付いて、体の震えを抑えようとする。まさかテロリスト相手にけんかを売ってしまったとは。理解が追いつくと、怯えが身体を駆け抜けた。
とにかくこの場面を切り抜けなければならない。なんてことだ。簡単に人が傷つく世界に来たことを、改めて思い知った。
「とにかく、私達のことは開放して。ルーファウスは話し合いでこの場面をどうにかして。」
「助けてはくれないのか?」
「あなた、多分死ななそうだし。」
先程から見ていても、言い争うばかりだった。ルーファウスがこれでもかと煽っても、あの銃火器が音が鳴る気配がない。
セーフティがどうなっているかはわからないが、(日本人!生粋の!ハワイでの修行経験もない!)もしかして、『そういうこと』ではなかろうか。
「なんだ、もうわかったのか?」
「なんだか。そこまで騒がれてるフシがないってのもあるけど…。」
他の客を動かないように威圧している、他のテロリストたち…アバランチのメンバーも、敵意はあるが、害意はないように感じられる。怪我をしたものがいたら、あの薬剤…ポーションと言っただろうか?渡して治すように言っていた。
傷つけるのが目的ではないのだろうか。ではなぜ、ルーファウスにのみこんなにも突っかかるのかが不思議だった。
「現に私、縛られたりしてない!」
道理でなんだか動きやすいと思った。
手のひらをひらひらと見せていると、ルーファウスはあちゃーという顔をした。図星か。いや緩すぎか。
だが…。
「つまりよお…失敗してるってことでいいのか?ン?プレジデントのボンボンよぉ!」
明らかな失敗の空気に、ついに今まで沈黙を保っていたアバランチの、今回主犯格とも言えるあの大男が憤慨して、ルーファウスを掴み上げた。
足が浮いている。
流石に首が絞まり、苦しいのかルーファウスも短く声を上げた。
「ちょっと!やめてよ!」
「うるせえな、話もよくわかってねえ女は黙っとけよ!」
抑えようとしても、びくともしない。
そりゃそうだ。見ればわかる。筋肉の差がすごい。
考えるまでもなく、千夏は簡単に振り払われてしまい、またも強かに、今度は頭に加えて背中まで打ち付けてしまった。
「いっ…つ…。」
触れてみれば、どろりとした感覚。やばい、擦りむいたっぽい。手のひらには血とともに髪の毛も付いていた。
ルーファウスの方を見れば、このビルの見どころとも言えるあの吹き抜けから腕一つで宙吊りにされていた。
そりゃ簡単に振り払われてしまうわけだと一人、勝手に納得してみせる。
してる場合じゃないな、と足に力を入れる。
この世界では力の入れ具合で筋力を一時的に発達させることができる…らしい。
リミットブレイクとか、そういう技を使う人達がいるらしく、まあいわゆる秘奥義的なものかなとは思うけど、戦い方にはコツが要るのだと武具屋のおじさんは言っていた。
まだそんなもののコツなど、掴めてはいないけど『一時的なリミッターの外し方』はわかっている。自転車で坂道を漕ぐようなものに近い。一気に乳酸が出ていくような感覚があるけれど、もう、この場では致し方ない。
ぐっ、と地面を蹴ると、少しだけ世界がブレて、あとはもう車と同じ。急には止まれないけれど、ブレーキを踏む必要はない。
「やああぁーーーーーーーっ!!」
純粋な頭突き。でも全体重が乗ったものだ。
千夏の上げた大声に反応し、振り向いたところを、みぞおちめがけてロケットのように突っ込んだ。
遠心力で振り回されて、床に叩きつけら得たのは、今度はルーファウスで。
千夏たちは高いビルの吹き抜けに吸い込まれていった。
にしても、私、よくルーファウスのことわかったな。これがスローモーションに見えたっていう世界なのかな。
人はソレを走馬灯に近いものと言った。