08





一時間たった。
事件は硬直状態、救助はまだこない。
…彼女も、まだ目覚めない。

「…フン。」

ルーファウス神羅は、少しだけ悔やんでいた。
一度ならず二度も、一般人である彼女を巻き込んでしまったからだ。
打つ手はない。
自分から打つ手は。
手足を拘束される前、ルーファウスは咄嗟に胸ポケットに入っていた小型の通信機を入れた。
繋がる相手はタークスのリーダーであるツォン。
こちらの会話は丸聞こえになっていた。
自分が何も出来ずとも、優秀な部下がいる。
今ルーファウスにできることは、救援を待つことだけだった。
何故かともに人質になってしまった千夏を守ることもできる。
だがそれも、自分の安全と比べれば。
彼女の安全など、風前の灯だ。





「あちらの問題児はどうなったんですか、と。」
「手足が縛られたそうだ。身動きは取れないし、人質もいる。結構、厄介な状況だな…。」

現在、神羅社内はそれなりに忙しくしていた。
まず、そうそうに神羅社内は慌ただしくはならない。
戦線の此方側の悪化、神羅ビルでなんらかの事件が起こる、英雄がスキャンダル、もしくは失踪…。
このくらいのことが起こらなければ、慌ただしくなることはないだろう。

「人質ってゆうのは…あー、普通の客と坊ちゃんですか、と。」
「ああ…、そうだな。ルーファウス様と、その連れ添いもいる。」
「まじかよ…!」

一人のタークス…レノは、面倒だぞ、とぼやいた。
救出対象が増えたのだ。

「もーすぐ副社長になれってんのになにしてんだぞ、と。」
「ルーファウス様にも、不慮の事態だったんだろう、すぐ救出班を組むぞ。」
「あいさっと。」

さぁいざ、と行動しようとして、ふと気になって聞いてみる。

「その連れ添いってどこのオジョウサマっすか?後でまたお仕事すかね〜、と。」

お仕事、とは詫びを入れるではなく、事件に対するもみ消しである。
よくあることだ。「あれでも」ルーファウスは神羅の次期社長であり、経歴にくすみがかかるのは好ましくない。もうすでに奔放息子と名高いルーファウスであるが、少しでも改善しておくべきは未来の会社のためである。

「いや、何処かの令嬢というわけではないらしいな。」
「え、じゃあ何処の誰ですか。」
「一般市民だ。…おそらくだが。」

それを聞き、レノは時を止める。

え?マジ?
あの坊ちゃん一般市民と高級フレンチ?

コスタ・デル・ソルでそこらの女の子に奢りまくってハーレム作ってたのは知っているが、それとはまた違うだろう。
ていうか高級フレンチとか俺が行きたいわ羨ましい。おごってくれ、とはまた別の思考。

「本気(マジ)のほうじゃなければいいけどな〜。」
「お前が気にすることじゃない。さっさと行け。」
「了解、と。」

レノはそう気怠げに返事をして、ロッドで肩を叩きながら現場へと向かい出した。相棒にも声掛けていくのを忘れない。
お嬢さんには悪いな、と心にもない事を考えつつ。





「いっ…た…い。あれ、ルーファウス?あ…怪我は、ない?」
「…千夏。目が覚めたなら、ちょっと静かにしておいた方がいい。僕達はまだ人質だ。」
「…わたしって、運ないのかな…痛っつ…!」
「頭を殴られたろう、大人しくしていたほうがいい。後で、検査を受けるんだ」

殴られはしたものの、打撲だけで済んだのだろうか。血は出ていなかった。
痛む後頭部をさすりながら、千夏が辺りを見渡すと、他の客も離れたところで縛られていた。何人か、見張りのように銃を構えて立つ者も。
ルーファウスは本命だから、千夏はその連れだからという理由で離されているのだろう。
なんとも運のないことだった。

「検査って!受けられるの?わたし。…これから、どうするの?わたしにできることはないと思うけど…。」
「フッ、正直なのはいいことだ。私にもできることはない。今は優秀な部下に任せるだけさ。」
「なんだ?神羅の御坊ちゃまは随分と余裕だな?」

不意に、二人の上に大きな影が被さった。先程、強襲してきたときに最初にルーファウスの所在を大きな声で求めた男だった。
子分をぞろぞろと連れて、やはりこの男が親玉格のようだ。

「いや、生きて帰れるか不安という話をしていた。私にはまだまだやることがあるものでね、君たちとは違って。」
「まだ口が減らねえか…場数踏んでるだけはあるな?ええ?」
「ああそうとも。それもこれも君たちのおかげだな、何回も同じようなことをして…。」
「対策が取れる、ってか?」

男はそう言ってにんまり笑うと、ルーファウスから目を逸らして、千夏の腕を掴んだ。千夏の頭もすっぽりと掴めるのではないかと思えるくらいの大きな手が彼女の腕を粗雑に引き上げる。
いきなりのことで持ち上げられた時に無理な姿勢となり、千夏は小さく悲鳴をあげた。

「…私に手を出すのを恐れて連れに手を出せばいいと踏んだか。浅はかで、短絡的で、そしてとんだ無計画だな。」
「てめえ…!」
「もう…なんで…そんな…目立つような…!」

肩が音を出しながら千切れるんじゃないかというほどの痛みが走る。
挑発する姿勢を変えないルーファウスを睨むと、まだ余裕そうな顔をしていた。

「言っておくが、そいつはただの一般市民だ。死んだところで、なにも変わらんぞ。なんならそこから突き落としてみればいい。」

そう言ったルーファウスが顎で示したのは吹き抜けになったビルの穴。たしかここは15階じゃあなかっただろうか。
そんなところから落ちてしまったら…。
想像してしまい、青褪める。緊張から出てきた唾をごくりと飲み込んでも、高鳴る心臓は鳴り止まない。

ルーファウスの不遜な態度が気に食わない犯人の男は、千夏を床に叩きつけて、ルーファウスに直接殴りかかった。

「テメー、こっちが下手に出てるのにいい気に乗りやがって。」
「上手に出ることしか知らないものでね。」
「お前!」
「ちょっと!ストップ!」

殴られても余裕そうで、煽ることやめないルーファウス。そして苛立つその男。
ヒートアップしだした被害者と加害者に、割って入るほどの勇気を持ち合わせていてよかったと、心の何処かで千夏は安堵する。
いまにも引っ張られ過ぎで、変な姿勢で転びそうになってしまっているが、千夏は声を張り上げた。

「いい加減にしてよね!」
「なんだこの女…!」
「あなたじゃない!ルーファウスよ!」
「…何?」
「は?」

縛られている姿勢のまま、またテロリストさえも驚かせながら、千夏は抗議をやめなかった。

「わたしはさっきから言ってる通り一般人なの!なんにもできないし、そこまでの価値もない一般人!自分で言ってても悲しくなるけど超!一般人なの!ルーファウスみたいに将来が約束されてて何者かに狙われるような人生を送ることはない一般人!その善良な一般人を巻き込んでおいて言うことがソレ!?突き落としてもいいって…。自分が偉いからって、そんな事言うなんて!」

ここでルーファウス及びテロリストの2名は、どこか会話の齟齬を感じていた。
あきらかな勘違い。
あきらかなお門違い。
そんなものを、抗議する女の思考から、うすうすと感じ取っていた。

「命は大切にしなさい!」

あ、やっぱり。
そこにルーファウスは呆れ、テロリストは盛大にコケていた。

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