06



神羅の英雄、1stソルジャーのセフィロスの執務室には、それほど家具はおいていない。
仕事用のデスクにイス、ソファーにそれに合わせたローテーブル。アンジールが持ち込んだ観葉植物、本棚とそのほとんどを埋め尽くす『LOVELESS』の本。
簡易キッチンには適度な調理器具。使用された痕跡は少なく、器具も使用されているのはコーヒーメーカーくらいだった。
本当にその程度だった。
彼はものに執着を見せない。そのせいで、こんなにもこざっぱりとした部屋が出来上がった。
彼が今、求めているものはなかった。一つあるが、手に入らないものだった。

部屋の主は、静かに書類を片付けていた。
その静寂を、崩すものが現れた。
セフィロスの執務室にはインターホンがある。そのインターホンの音が、突如鳴った。

「…。(面倒だな…。)」
「セフィロス、面倒臭がらずに開けてくれないか。」
「…アンジールか。」

インターホン越しの声が聞き慣れたものだったので、セフィロスはドアのロックを外して彼を招き入れた。

「何か用か?」
「ああ、確認したいことがあってな。」

アンジールはドアのところでポケットを漁る。セフィロスは入らないのかと聞いたが、アンジールは子犬の世話が残っている、と断った。

「これなんだ。」
「…?」
「いや、正確にはこの袋の中にあるものでな…。」

アンジールが取り出したのは手のひらにすっぽり入る大きさの小さな巾着だった。

「何だ、これは。」
「うちの子犬がロビーで拾ったらしくてな。」
「それとこれとなにが関係ある。」
「いいから、見てみろ。」

疑うような顔をしながらも、セフィロスは袋を開ける。
逆さにして出てきたものは、銀色の指輪だった。
セフィロスは目を見張った。

「これは…。」
「ああ、ロビーに落ちてたらしくてな…。お前の名前があったから、子犬が拾ってきたらしい。どうだ?お前のか?」

何度を何度も見直す。四方八方から、たまに光ですかして、何度も何度も。
それは、セフィロスにとってとても見覚えのあるものだった。

「…セフィロス?」
「…確かに、これは俺のものだ…俺のもの、だった…。」

ここにあるはずのないもの、そう、内側に彫られた"Sephiroth"の文字。彼女が身代わりだと自分の名前の彫られた指輪をセフィロスに渡し、そのお返しにと、セフィロスもまた自分の名前が彫られた指輪を渡した。
その千夏が持っているはずのものが今、セフィロスの手の中にあった。

「…っ!」
「あっおい、セフィロス、どこへ行く!」

セフィロスはアンジールの静止の声も聞かず、部屋を飛び出して行った。

ロビーについたのはすぐだった。ソルジャー特有の身体能力に物を言わせ、エレベーターなど待たずに階段を一気に駆け下りたセフィロスは、ロビーに着いても息をあげてはいなかった。
だが、そこまで急いで降りてきても、彼の探しているものは見つからなかった。
行き交う人の中を、己の視力が許す限りに探しても見知った影は見つからない。
いきなり降りてきた神羅の英雄にざわざわと視線を寄越すものばかりだ。

少しの可能性を求めるように、セフィロスが辺りを見回していると、アンジールが遅れてロビーに着いた。

「セフィロス、どうしたんだ全く。いきなり出て行くなんて。さっきの指輪が、どうかしたのか?」

そう聞いたところで、アンジールは驚いた。
セフィロスの表情にだった。
今まで長く付き合ってきた中で一度も見たことがないような、哀しそうな表情だった。

「…俺のだった。だったか?もしかして、奪われた…いや、誰かに贈ったものだった…とかか?」
「…ああ。だが、そいつは…。」

セフィロスが、何かを語ろうとするものの、うまく言葉にならなかったらしく、口を紡ぐ。
アンジールは、どう声をかければいいのか、わからなかった。

「これは、あの時に、失くなったはず…一緒に…何故…。」

アンジールは何か言うため、考えていたが、それは一旦中止することにした。
こういう話をするには、ロビーには人が多すぎたからだった。

「一度、部屋に戻ろう、セフィロス。そのほうがいいだろう。」

セフィロスは人の多いロビーをもう一度見渡し、ゆっくりと戻って行った。





「これは、…昔、人に贈ったものだった。」

アンジールとセフィロスは、セフィロスの自室にて、話をし始めた。

「お前も覚えていると思う。…昔、俺が夏だけ早く帰るという変な行動に写っていただろう。」
「覚えている。というか、自覚があったんだな。」
「当たり前だ。お前がいつも以上に小煩かった。」

セフィロスは話が逸れた、といい、アンジールの叱咤からとっさに逃げた。
だが話が逸れていたのは事実、そしてセフィロスの真剣さに、アンジールは小言をいう気分ではなかった。

「ある場所で出会った、…変な女だった。年に一度、会うことが出来た。一日のうち、半日にも満たない…1時間も会ってない日だってあった…。」

アンジールは、少し驚きを隠せないでいた。
セフィロスが、こんなにも饒舌に話すことは、めったにないことだった。
だからこそ、セフィロスにとって重要な話なのだろうと悟り、無言で話を聞くことにした。

「おかしな話だ。その少ない期間で、俺はそいつと…惹かれあった。だが、その感情もすぐに絶望に変わったな…。…そいつは死んだ。俺の目の前で大型車両に轢かれてな。」

セフィロスがその文を言い切った瞬間、痛むような沈黙が訪れた。
アンジールと、セフィロスはそこで会話をやめた。
不毛な話だったからだ。
セフィロスはもう何も語ることはなかった。
アンジールも、無理に聞き出すような話ではないのだとわかっていた。
アンジールは、セフィロスが落ち着けるよう、静かに部屋を出て行った。

「千夏…!お前は、そこにいるのか…?」

セフィロスの呟きは、誰にも届くことはない。
指輪への祈りも、なにもかも。



「落し物に、指輪届いてなぁい?」

ルーファウスとの約束を取り決め、用事も終わり、出された茶も飲み終わった千夏は、帰路についていた。
ルーファウスは帰りも送ろうと言ってくれたが、探検するからといい、千夏はやんわりとその申し出を断った。
その道中、千夏は神羅カンパニー本社一階のサービスカウンターにいた。
あの指輪の所在を聞くためだった。

「はい、少々お待ちください…。……申し訳ありません、お客様。指輪の落し物は現在届けられてはおりません。よろしければ、ご連絡先とご住所を教えていただければ見つけ次第お届け出来ますが…。」

千夏は、もし戻ってきたのならまた放るつもりでいたが、誰かの手に渡ったのならばもうよいと思っていた。
ので、サービスカウンターの女性に、にっこりと笑顔を返した。
女性は、顔をきょとんとさせた。

「貰い物だから、いいです。」

千夏は女性の返事を待たず、ふらりとまた、帰路についた。
そして、女性従業員はこう思う。

「普通、逆じゃないかしら…?」

真意は、彼女にしか、まだわからなかった。
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