04







千夏が死亡し、ミッドガルにやってきてから一ヶ月。
スラムでの彼女はもはや有名人であった。

…一部のちびっこから。

千夏は今、公園の一角にて数人の子供たちと一緒にいた。

「あっ!おねえちゃんきてるー!」
「おねえちゃんだー!おねえちゃんお笛ふいてー!」
「おねえちゃん、わたし、あの曲がいいー!」

千夏が魔笛を使い、魔物を寄せ付けないようにできるおかげで子供たちがスラムでも安心して遊べる空間を作れるようになった。
それはちょっとした噂になり、スラムの子供たちの親に瞬く間に広まった。
昼間に仕事に出るとき、格安で子供たちの世話をするということで、千夏は保母さん代行という仕事を手に入れた。

「今日は、何にしよっか」
「きらきらぼし!」
「エーデルワイス!」
「えー、きらきらぼしがいいよ!」

ざわざわと、子供たちは言い争いを始めてしまう。
そんな子供たちを鎮めるため、千夏は2回手を鳴らした。

「笛は後で!今日は動いて遊びます!」

ちえっ、と言う子供や、ブーイングをする子もいたが、すぐにっこりして、何をしようかと相談し始めていた。

「みんな、公園から出ないようにね!今から魔除けを出してくるから、帰ってくるまでに何するか決めといてね。」

大きな声で言えば、子供たちははぁい、と元気に返事をした。

できる限り、大きい音で。

千夏は子供たちとこの公園にきたときにいつも魔除けの結界を貼る曲を公園の中心で吹いていた。
プレートの上ならいらないが、プレートの下、スラムには魔物が徘徊しているため、子供だけではあまり安心して遊べないのだ。

それに、スラムにはアブナイ人も多い。ヤーさんとか…マフィアとか…。とにかくそっち系のお仕事の人に絡まれることもなくはない。
3日に一度は銃声が遠くから聞こえたりするものだ。
事件は防ぎ切ることが出来ない。せめて、魔物だけでも除けておくように千夏は用心していた。

ッターン。

いつもは遠くから聞こえたりするもの、なのに。
たまに近くから。
ちょうど、公園の端まで来ていた千夏は、どこから聞こえた銃声なのかを、つい探してしまい、そして、見つけてしまった。

追い、追われている多くの人影を。

「…たいへんっ!」

千夏は急いで公園により強い結界はり、子供たちの元へと戻った。

「あっ、おねえちゃーん!ねぇ、おにごっこか、かくれんぼ、どっちにするー?」
「ごめんね!近くでやらなきゃいけないことができたから、急いで行かなきゃいけないの。戻ってきたら笛を吹いてあげるから、みんな、ここで待てる?」
「笛?」
「やったぁ!」
「待てるよ!」
「うん、いい子。公園から絶対に出ないようにね!それまでは…影鬼してましょうか!」
「はーい」

子供たちの返事を背に、千夏は駆け出した。
公園の入り口に置いておいた愛車に飛び乗り、渾身の力を振り絞り漕ぐ。
銃声が細かい路地の先から聞こえたと知り、愛車はすぐに放り出された。



スラムの路地は、それはそれは入り組んでいた。
スラムの人間でもたまに迷う程度には。
なので、スラムにあまり来ない者、慣れてない者などは、確実に迷うだろう。

「ふん…、今回はなかなかしぶといじゃないか。」

金髪の男は、独り呟いた。
そう、その男は、まさにあの銃声に追われる者だった。
どこぞのテロ組織に襲われ、逃げたのはいいものの、部下とはぐれ、八方塞がりになっていた。
路地を少し覗き込めば、暗色で固めた衣装を纏った男が数人うろついていた。
男は身を潜めて、スキをうかがう。
全く移動する気配のない人物に、男は遂に万事休すかと思っていた。
が、しかし。
唐突に、笛の音が聞こえた。
場違いな音に一瞬眉を顰めたが、この音に気を取られてはくれまいかという淡い期待をし、また路地を覗き込めば追跡者たちは全て倒れていた。

「…?」

他の者も、全て。
男には一体何があったのか、検討もつかなかった。

「(スプリルか…?いや、それにしては範囲が大き過ぎる…?)」
「あの、大丈夫?」

男は突然背後から話しかけられ、つい銃をぬき、打とうとしてしまった。
銃を向けた先には、小さく悲鳴をあげた一人の女性…千夏がいた。

「あ、あの、す、みません、ごめんなさい。追われてたとこ、見たから、助けにきたけれど、ごめんなさい、迷惑?帰りましょうか?」

銃を向けられ、千夏はおどおどと弁明をする。すでに泣きそうな顔をしている。
その必死さに、男は呆れ、銃をおろしてしまった。

「いや、助かった」
「それはよかった。じゃ、行こっか。たぶん、すぐ起きちゃうから…」

雑に吹いちゃったからな。
と言う千夏の言葉を、男はまだ理解できなかった。
疑問に思い、思考にふけっていると、手をいきなり引かれ男はとても驚いた。

「なんっ…!なにをする!」
「多分道わからないでしょう?上の人っぽいし、送ってあげる。それに上等な服だし、カツアゲされちゃいそうだから、守ってあげる、ね?」

男の返答は待たず、千夏は強く手を引いて駆ける。

「こっち!」
「曲がって!」
「足元、気をつけて!」
「起きちゃったみたい?」
「急ごう!」

路地をくねくねと、飛んだり跳ねたりしながら駆け抜けて行く。
入り組んだ路地に、光が指す。
自然のものではないが、光。
二人は出口に出た。

「っ…はぁっ、は…」
「は…つかれた…」

二人して、膝に手をつき荒く呼吸をする。
いますぐ座り込みたいという気持ちが強かったが、追跡者たちは休ませてはくれない。
バタバタバタという足音と、荒げた声で指示を出す男の声。まだまだ半分地点といったところだった。

「そうだ、チャリンコ!」
「っ?!」

再び手を引いて、千夏は走り出した。男はまた、引きずられるように走った。
また何回か道を曲がり、たどり着いた先には、チャリンコ…曰く自転車が置いてあった。が、男にはそれが何かわからなかった。

「後ろ、乗って」
「乗る、とは…」
「ここに座って、ここに、足かけて、で」

千夏はサドルにまたがり、男は指示された通りの場所に座った。

「手は、ここ」
「なっ…」

そういった千夏は、何の抵抗もなく自身の腰まで男の手を引いた。
男の手は、千夏の腰を抱く形となった。

「しっかり捕まらないと落ちるかもよ?」
「落ちっ…?!まっ、待て…っ!」
「舌噛まないようにね!」

男の抗議の声は待たず、千夏はペダルを強く踏んだ。もちろん、千夏の警告は遅かった。
意識して、強く、踏んだ。
脅威的とも言えるその力に、自転車は一気に加速して、スラムの道を駆け抜け始めた。

「…っ!」
「どこまでいけばいいー!?」
「ど、こっ…!?」
「どこに送ればいいのー!?」
「…、駅までっ!」

スラムのガタガタで小石の多い悪路を、力強く千夏の愛車は突き進む。自転車に慣れていないものにとっては、苦痛の時となっていた。
千夏のびっくり人間パワーにより、自転車はものの数分で駅に到着した。

「大丈夫?」
「ああ…。中々に無茶をしてくれたな…。…だが、礼を言おう、今度、食事でも」
「わ、嬉しい。たまには外食もいいかもね」

流石にあの悪路では、男も少し、酔いかけたらしく、少しよれよれしていた。

「でも、彼に悪いな。」
「彼?」

ふと思い、口にしてしまったことを聞き返され、千夏は少しだけ困った顔をして、薄く笑って返した。

「そう、俗に言う、彼氏。恋人。婚約者、とまではいかないけど」

何だ、いたのか、と。
男は少し落胆した。
無論、男は顔に出したりはしなかった。

「カレ、嫉妬っぽくて、寂しがりで、頼り下手で、皮肉屋で、子供なんだよね」
「それは…散々だな」

遠くを見つめながら噂の彼の話をする千夏は、どこか寂しげで…だが確実に喜びも入り混じっているのだと、見て取れていた。

「仕事が忙しいのはわかるけど、全然会いにきてくれないし。私、せっかくこっちに来てあげたのに、まだ1回も会ってない。来てる、って、知らないのかもだけど」
「ひどい男だな?そいつは」

千夏は男を見て困った笑顔で、でしょう?と返した。

「でもね、だからこそ、独りにならないようにそばに居てあげるの。いざという時の、逃げ場に私がなれるように」

彼は強いから。強いから、孤独になる。
今、彼、つまるところセフィロスが、寂しい思いをしていないか、孤独になってはいないか。
千夏はそれだけが心配だった。
それは、こちらにきてから、ずっと変わらず。

「…"彼"とは、相性がいいみたいだな」

千夏は今度こそ、太陽のような笑顔で、でしょう?と返した。

「あなた、名前なんて言うの?」
「そうえいば、私も君の名前を聞いていなかったな」

ああ、そういえば。
千夏は前にも名前を一度目に聞かなかったなと、そんなことを思い出しながら、自己紹介をする。

「千夏っていうの。スラムの中でも気のいい美人だって。雑貨屋のおばさんが言ってた。仕事は主に子供の世話かな。私のじゃあ、ないけど」
「千夏か。聞き慣れない名だ。私はルーファウス。ついでに、連絡先も教えてもらえるといいな、食事の約束もあるからな」

男の名はルーファウス。
時期に神羅電気動力株式会社副社長、そして社長となる男だった。
だが千夏は、そんなことはいざ知らず、であった。
千夏はルーファウスに別れを告げる。ルーファウスも駅の人ごみの中へ悠々と帰って行った。
携帯の四番目が、ルーファウスの名前となった。ちなみに二番目は雑貨屋さんの家電で、三番目が自警団詰所番号だ。



「ルーファウス様!」
「ツォンか、見ろ、無事だぞ。」

神羅ビルについたルーファウスは、総務部調査課に顔を出す。
ルーファウスの姿を確認したツォン…総務部調査課副主任は懐から携帯電話を取り出し、何処かへ電話をする。
ルーファウスはそれを気にした様子もなく、オフィスの中心にあったソファーの真ん中に深く座った。

「ご無事で、なによりです。」
「ああ、ある女性が助けてくれてな。」
「その女性、というのは…?」
「今度、食事をする約束をした。その時に教えてやる。」

千夏。

彼女の周りで、今はまだ小さいが、事件の火が灯りつつあった。いつか大きく燃え盛るであろう、気づかないくらいの火種。
そんなこともいざしらず、彼女はのんきに小さな子供達の待つ公園へ戻って行く。

「お待たせ、みんな。何を弾いて欲しい?」

太陽の光など指さないはずなのに、千夏たちは眩しい笑顔で輝いていた。



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