002

服を風魔法で乾かして、やっと二人は街を目指し始めた。

「もう昼じゃねえか。ったく。あー腹減った」
「街って言ったら……ここからだと、……リオニア?」

地図を広げながら歩くのにはもうなれたらしく、小石に躓いたりもしていない。
だがこの世界を旅するにおいて、そんなことは基礎以下にはできなくてはいけないことだ。重要なのは、世界中に蔓延る危険な生き物たちだった。

「ヴァルカ、構え!」
「っ、おう!」



アラク・トラトリール……この世界には様々な生物が文化を広げている。壮大な歴史を編み上げるヴァルカたち人間にも、様々な種族があり、人間の他、亜人と呼ばれるもの、精霊・妖精と呼ばれるものに加え……魔物と呼ばれる生き物たちもいた。
知性は低く、縄張りを侵されれば襲いかかってくることが多く、人々はそれらを恐れて暮らす。戦うすべを持たぬものは護衛を雇うなどして街々を行き交っている……。
そのため、必要以上に人々は街を出ることをしない。商人や街を警護する騎士たち、事情を抱え人の住むところにはあまりいられない者たちのほかに、あてもなく街々を行き交い、武器を持って魔物と戦うことを生業とするもの……それらの人々の総称を、『冒険者』と呼んだ。

「ここいらの敵にやられるようじゃあ王都に逆戻りだからな!」
「そこまで箱入りじゃあないってわかってんだろ!」

ユークリッドが先に狼のような形をした魔物に切りかかっていく。
初動が遅くなったことを気にしながら、ヴァルカもまた魔物との距離を詰める。
ヴァルカ・フォルサンテ16歳、魔物と戦うのは初めてのことであった。

レクウィアト王国は細々とした街や村が多い土地だ。そのため、それらを守る騎士や狩人、冒険者の数も多く、魔物も数こそあれ、その強さは平均的に見ても強大と呼べるものは少ない。
レクウィアトの王都、リヴィオールからリオニアまでは舗装された道があること、元々人通りも多くあり、魔物も強い種ではなかった。
だが初めて戦う者には慣れないことばかりが気になる。
肉を断つ感覚、魔物の悲鳴、ヒトのものでない色の体液、そして獣臭。
すべての感覚に、不快さが募る。
『戦う』感覚に眉をひそめ、ヴァルカは剣を鞘に収めた。

「ま、王国騎士の巡回範囲だし強いのは滅多に出ねえよ。このくらいは余裕でいてもらわねえと」
「そのうち余裕になるっての!」




そのあとも、たまに出る魔物を退け、度々に休憩をはさみながらも、ヴァルカとユークリッドは歩き続けた。
空に茜色が指し始めた頃、石畳が続く先に街を守る外壁があることに気がついたときには、はしゃいだヴァルカが走り始めてしまった。ユークリッドの制止も聞かずに。
案の定、街の門につく頃にはバテてしまうわけだが……。

「だから言ったのによ」
「ハハ、ああ、うん。でも、なんか、旅してるって、感じしてさ」

リオニアはリヴィオールに続きレクウィアト王国では二番目に大きな街だ。
検問の騎士がついているリヴィオールと違って、リオニアの門番は出入りするものを守る見張り番であるだけで、身分の証明を必要としなかった。
むしろ、まだ遠くに見えるだけだった街の門めがけて大はしゃぎで駆けてくるヴァルカと、疲れた顔で追いかけてきたユークリッドに笑いながらねぎらいの水を差し出した。
ほのかに果実の匂いが香る。レクウィアトではよく見かける伝統だ。

「兄ちゃんも大変だったなあ。お連れさん、もう街の探索に出たぜ」
「あんにゃろ」

いつの間に息を整えたのか。ヴァルカはすでに門番の休息所を飛び出して街の探索に駆け出していた。なんとも素早い。
重くなった足にムチを打ち、精神年齢が下がってしまった連れを追った。
もう日が暮れて、人探しには向かない時間だ。
あまり遠くへと行かれると困る。
少し慌てながら、休息所を飛び出して、あたりを見渡すと……。
いた。
噴水の縁に座って……隣にもうひとり座っている。
もう『お手つき』か? と考えながら、ユークリッドは呆れながら焦るのをやめた。

「勝手にどっか行ったと思ったら、もうナンパか?ヴァルカ」
「はぁっ!?」

いきなり声をかけられたこと、その言葉の内容に、驚き、そして羞恥に顔を染めるヴァルカは、慌てて弁解を始めた。
何言っている、だとか、いきなり失礼、だとか、なんとか言っているが、その殆どをユークリッドは聞き流していた。

「お前! ちゃんと聞けよなっ……!」
「へーへー。そいで、そちらのお嬢さんは?」

ヴァルカの隣に座っていた少女、年は同じくらいだろうか、ヴァルカ塗装変わらないくらいに見えるその少女は、旅の服装の上から、特徴的なシンボルのついた外套を肩から下げている。

「わたくしですか?」

すっと立ち上がった彼女は、軽くお辞儀をしてから見かけたことがある『祈り』の型をとった。

「わたくしはミアンナと申します。守護を司る神、4番目の主神、星の象徴たる守護神を主神におく守護聖堂に遣えるものでございます」





見知らぬ街!
見知らぬ人!
見知らぬ家!

ヴァルカを包み込む街は、リヴィオールの街よりも遥かに小さな街ではあるが、それでも新鮮さを鑑みればそれは気にならなかった。
今自分が家を出て、街を出て、旅に出ているという事実。それだけで何もかもが素晴らしく感じた。
息を吸い込んで、街を歩く。
あたりを見回しながら歩くさまは、誰が見てもこの街が初めてだということがわかった。
あの屋台を見てみようか。
あっちの武器屋も除きたいな。
ふらふらと歩いていたら、後ろから走ってくる人にぶつかった。連鎖してもうひとりにぶつかった。

「フラフラ歩いてんなよ!」
「あっ……と」

転んでしまわないように。相手に強い衝撃を与えてしまわないように。思わず掴んでしまった相手の肩に伸びる手を見て。その相手の顔を見て。
勢いよく手を離した。

「すみません、こちらも不注意で……」
「あっ!?いやっ!?そんなことっ……!」

顔が火照る。
肩に触れてしまった手の感触に意識が行く。
少女だ。
自分と同じくらいで。
旅装をしているが、可憐さを失わない格好をしていて。
新緑のような初々しさが、顔に宿っていた。

「お怪我は……あら?」

呆けていたからだと言う。
左手を掴まれて、胸の高さまで挙げられて、困惑した。
体温がもっと上がったのだと感じて。
それがわかられてしまうと思って。

「腕に怪我が」
「ァ……うん。……え?」

杞憂だった。
特になにもない。
それに、格好を見ればわかる。
彼女は聖堂協会の人だ。何を生業としているかも、わかる。

「治癒いたしましょうか、旅の方」

そう微笑まれて、大丈夫です、とは言えなかった。



「俺はヴァルカ。き、みは?」
「わたくしはミアンナと申します。ヴァルカさまは、旅のお方ですか?」

左手の怪我はぶつかったときのものではなくて、リヴィオールからリオニアへと来る途中、魔物につけられたものだった。腕から滲んだ血が袖に移り、黒ずんでいた。洗わなければ……。

「まだ出発したばかりで、どこに行くかも決めてない」
「出たばかりでしたら、わたくしも同じです」
「そうなんだ?」
「はい、第一巡礼もまだで……」

広場の噴水の縁に並び合って座り、ミアンナの添えられた手から治癒魔法の淡い光が漏れ出ている。すぐに傷は塞がり、跡も残らなかった。
処置が終わってもお互いに座ったままだったのは、きっと名残惜しかったからだろう。自然と──とは言えないが──話が弾み、これからの話をするまでに至った。

「次はどこに行く予定なんだ?」
「まだこの街にいる予定なんです。わたくしはこれから、この町で第一巡礼をするので……」
「へえ、巡礼ってこの街の教会でか?少しだけ聞いたことがある。大変なんだよな」
「はい。そもそも巡礼は一人では行えないのです」
「そうだったのか? 知らなかったな」

あたりが暗くなっても、二人は他愛のない話を続けた。
なぜか。なぜかどんな事を話していても、切り上げたほうがいいとか、そろそろ帰ろうとか、つまらないだとか、そんな考えにならない。相手もそうだろうか。ミアンナも、彼女もそう考えているだろうか?
今目の前で、楽しそうにしている彼女は、偽りじゃないだろうか。いつもはそんな機微を確信して読み取れるというのに、どうしてこんなにも不安になってくるのだろうか。
切り出したくてたまらない提案を、今じゃないか、まだじゃないかと模索しながら、遂にヴァルカは口に出す。提案があるんだけど、と言うヴァルカに、ミアンナは優しく促した。

「なぁ、オレさ、君と一緒に……良ければなんだけどさ、その…一緒の…たびに」
「勝手にどっか行ったと思ったら、もうナンパか?ヴァルカ」

みっともない悲鳴が夕方の広場に響く。
このことを、ヴァルカは何度も何度も言い続けたという。
「邪魔しやがって!」と。





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