003

「ありがとうございます! 夕食まで誘っていただいて」
「いーや? いいんだぜ? なんてったってヴァルカ坊ちゃまが誘われたんですから! ねえ?」
「ユーーークリッド!!」

あのあと、ヴァルカがミアンナと離れるのを惜しそうに、それはそれは惜しそうにするものだから。
宿屋で夕食をともにすることになった。
夕飯も一緒に食べてくか? と聞けば、ヴァルカとミアンナが揃ってこっちを向きながら、それは良いな! と声を揃えたから。
その声を聞いて、どっちもホッとしたような顔をしたから。
これは茶化すほかあるまいとユークリッドは確信したのだった。

「聖堂協会の守護巡礼というのは、第一から第六まであるんです。世界各地にある巡礼神殿を巡って、巡礼者に守護の力があるかどうかを見定める、見定めるために試練を与える。その試練を全て回り、加護を賜ったら一人前の司祭になれるのです」
「つまり、その試練があるから、『巡礼は一人でできない』んだな」
「そうなります。ですから、旅の僧侶の大半は巡礼者であることが多いのです」

夕食が終わっても、他愛のない話は続いた。ユークリッドも度々気になるのか、質問を挟んだりするから、話はまだまだ終わらない。

「……にしても、『世界各地』かあ」

ちらり、とヴァルカはユークリッドを見た。
ユークリッドは、それをわかっていたのか、目を合わせて、お好きにどうぞ、というジェスチャーをしてみせた。

「なあ、ミアンナ。よければその旅、俺たちと一緒に行かないか?」

意を決して、ミアンナに告げる。先ほど邪魔が入り、はっきりと口にできなかった提案を。
彼女となら、この旅をより素晴らしいものにできる……。むしろ、この旅でなければいけない気がする。彼女も、そう感じているのではないだろうか……?
だが―─。



「申し訳ありません……」



彼女は、断った。








「ヴァルカー。おーい。ヴァルカー。ヴァルカの死体ー」

こつ、とユークリッドが蹴っついたものは、ベッドから転がり落ちて未だ放心状態のヴァルカだった。
いまでもヴァルカの頭の中は、「なぜ?」で埋め尽くされていた。
昨夜のミアンナの顔が、鮮明に思い浮かび上がる。
とても残念そうに、旅の同行を断る、彼女の顔が。

「すみません…私、今はあなた方と一緒に旅はできません……」
「巡礼の件で、少し問題がありまして……」
「もちろん、ヴァルカさまのお申し出はとても嬉しかったです!」
「機会がございましたら、お願いします」
「お誘い、本当にありがとうございます」
「またお会いしましょう、ヴァルカさま」
「守護の恩寵がありますことを!」
「おやすみなさい」


ミアンナが、昨夜別れ際に告げたことが頭の中で反復していた。
ミアンナが、『あんな顔』で別れを告げたことが、驚きでならなかった。
それに対しての、意味もない「なぜ?」をヴァルカもまた頭の中で反復させていた。
「なぜ。」「なぜ?」「なぜ…!」

「そりゃーお前。タイミングだろ」

いつの間にか口から出ていた言葉に返事をされても、頭はまだついてこなかった。
失敗があれほど頭に浮かばなかったのに、『なぜ』……?
むしろ成功だけ浮かんでたのは『なぜ』……。
ここまでの核心をしていたのかすらもわからない。

「ヴァルカ、とりあえずチェックアウトの時間だから。お前のこと蹴飛ばすな」

悪いという気持ちをおくびにも出さず、ユークリッドはヴァルカを宿屋前に転がした。それに反応する気力は、未だ回復してなかった……。



リオニアはレクウィアトで二番目に大きな街だ。
どんな者でもよほどのもの(指名手配犯とか……。)でなければ迎え入れる街であるため、仲間を探すことにうってつけであり、何より巡礼神殿があることが大きい。
巡礼神殿があるということは、旅の僧侶、いわゆる巡礼者がいるということ。
巡礼者がいるということは、支援魔術・治癒術に長けた術士がいて、旅の仲間を探しているものが入る確率が高いということだ。次の巡礼までの間に行ける街までの旅であれば、彼らは善行を積むことに余念がないため、快くパーティの結成を受けてくれる。
そんなこともあり、王都が近いこと、つまり交易の拠点でもあるということ。武器防具食料などの流通も盛んで、王都騎士に配布される武器の型落ち品なども望めるため、このリオニアは人々の拠点にうってつけだった。
人が流れ、ものが流れ、噂も流れといつだって光の落ちない街で、一人、昼間から店が潰れたような顔をしている男が一人、いた。
広場の噴水に、腰掛けていた。
未練がましくも。昨日と同じ場所で。

「俺もさあ。いろいろ落ち込むこともあるだろうなとは思ったよ。でもまさかすぐ次の街で。しかも女絡みで落ち込んで旅を停滞させるとは思わなかったわ。帰っていい?」

ユークリッドはそう述べながらも、更に次の街へ行く支度を済ませてきていた。
だが、まだ引き返せる領域内にいる。彼は諦めても構いませんよというオーラを隠さなかった。

「……いや、いく。行くさ。ここで彼女とともに行動できないってことはなにかが足りないんだろう。それを補ってから、堂々と、パーティ結成宣言をする」
「お、いいねえ。身分差婚!」
「そんなんじゃない!……けど、最後にミアンナに挨拶していっても、いいかな?」

お前に足りないのは潔さじゃねえの? と、ユークリッドは思った。
思っただけだった。



「たぶん、ミアンナはリオニアの巡礼神殿……。フロン=リオ神殿だよな」
「その行動力を認めていいのか俺は不安になってくる」

教会へと足を向けるが、様子がおかしいことに気がついた。
教会の周りには冒険者がたくさんいたのだ。
そのほとんどが困り顔のような、頭を抱えたり傾げたりとで、いかにも足止めを食らっているような顔ぶれだった。

「何かあったみたいだな」
「もしかして、ミアンナが断った理由はこれかな」
「教会に入ってみるか」



聖堂教会は各地に点在する、いわゆる大手の教会だ。
旅の加護を求める冒険者も多く、いつだって人が絶えない場所でもある。
ただ、今現在のリオニアの教会に人が絶えない理由は、別のところにあるらしい。

「なんだか……怪我人が多くないか?」
「確かに教会は救護施設として利用されることもあるが、それにしたって数が尋常じゃないな」

普段、ミサに参列する人々が座るはずのベンチは、その殆どを怪我人が埋め尽くしていた。
教会の人間も多くいるが、救護のために忙しく動いている。

「こりゃその辺の冒険者に聞いたほうがいいな」
「無事そうなやつを捕まえよう。それに……歴戦っぽいやつ。……アレだな。待ってろ、聞いてくる」

早速当たりをつけて聞き込みを開始したユークリッドに続いて、ヴァルカ自身も何か情報を得られないかと当たりを見回した時、遠くにミアンナの姿があった。
他の僧侶に倣い、怪我人の救護に当たっている彼女がこちらに気づく様子はない。
手際良く手当てをする彼女はやはり、この一件でヴァルカの申し出を断ったのだろう。
遠くにいるミアンナを見つめるうち、ヴァルカの決意が固まっていく。
今自らがすべきは何か、どう動くべきなのか。
踏み固めるように、歩を進めた。

「わかったか?」
「なーかなか、難事件ですよ……って、どうしたヴァルカ。顔つき変わったな」
「じゃあ俺は次に何を言うと思う?」
「あーあ、わかっちまうのが嫌だなあ。……『民の声を聞け』ってか?」
「そう、そして『その声に応えよ』だ」
「……『誠実でもって徳を得よ』」
「『謀略でもって富を得よ』!作戦開始だ!」

互いの腕をかち合わせて、二人は動き出した。




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