GHOST FLAME | ナノ

《は、やい!》

あれからすぐに近くを走っていたチョコボを捕まえて(こちらに気づく様子はなかったので、とても容易なことだった。)、シアは雪原を猛スピードで駆けていた。
チョコボを捕まえたと言っても、捕獲ではない。
憑依したのだ。
チョコボ自身となり走るのは人が背中に乗る時よりも遥かに速く、そして風を受けるのが心地よい。
先ほどの場所は白虎首都イングラムの付近だったようで、ようやく日も昇り方角、地図ともに頭のなかに投影することができたので、シアはとりあえずルブルム領を目指した。
霊体になっても飛べることはなく、速度はほぼほぼ足の早い人間程度だったので、チョコボが捕まえられたことは好都合だった。
チョコボは走ることに長けていて、しかも人間も乗せていない。すぐにイングラムは遠のいて、ビッグブリッヂもすぐそこに見えていた。だが…

「なんだあ?チョコボが。ほらあっちいけ、しっしっ」

ひらのくせに。けちなやつ!
白虎兵は非情なことにチョコボinシアを追い返してしまう。
腹いせに振り返って雪をぶっかけてやった。チョコボの脚力から生まれる雪塊に埋もれるがいい。
どうしようか。ここを通らなければルブルム領には入れない。

…ってちょっとまって。チョコボになるのが楽しすぎて忘れていた。
この身体はここでお別れすればいいのよ!
目を閉じて、すうとその身体を出て行くと、チョコボは一目散に走り去った。
いけないいけない。自分の状況を忘れるなんて。
シアは悠々とビッグブリッヂの憲兵の前を通り抜ける。見えていないならこっちのものだ!



朱雀よ、私は帰ってきた!
緑の大地に風の匂い…はわからない。霊体ってこれだから…。
あれからいろいろと試して、自分にできることできないことを確認してみた。
できること。
魔法を出す。歩く、走る。耳を澄ませる。見る。壁のすり抜け、憑依する。
…これだけ。
できないこと。
誰かに見られる。話す、聞かれる。触る。食べる、味わう。匂いをかぐ。空を飛ぶ。これら全部無理。ありえないわ!
生前の趣味はお菓子作りだったというのに、もう甘いもので至福を満たすことすらできないし、女子会を開いてキャッキャウフフと騒ぐこともできないのだ。
これには悲しくて泣いた。そういえば霊体になっても涙は出るようだ。出た涙はすぐ消えるし、手のひらで湿ることもないけど、…変なの。

さて、ここから一番近くの街と言ったら、メロエだったろうか。ベスネル鍾乳洞が近くにある街だ。まずはそこに向かおう。
シアは全速力で走りだした。体力の概念と、脳の制限がなくなっているので、もし見えたのなら、尋常ではない速度で走っている女性像となっていただろう。みえていたのならばね。





メロエは小さい街だ。
子ども同士のコロニーも小さいし、もちろんハブられる奴もいる。
それが今は俺。カガリ・カミツキ。
くせ毛がどうとか、ガリガリカガリがどうとか、正直言ってくだらないからはいはいって受け流してたら、弱いから言い返せねえんだろと言われてカチンときてしまった。そこからは売り言葉に買い言葉。俺がベスネル鍾乳洞に行ってベヒーモスの毛を取ってくることになってしまった。
正直カッとなって殴りあい込で言ったから、何話してたか殆ど覚えてない。だがここで引いたら男がすたるからという理由で、俺は朝早くに母さんも起きる前に家を出て、ベスネル鍾乳洞にやってきていた。
本音を言えば、とても後悔してる。

「うわああああああ!」

ベヒーモスの容赦無い攻撃。
足が震える。背中が痛い。
逃げるしか頭になくて、毛を取るなんて到底無理。背中を見せたら背中をやられた。燃えてるみたいに痛い。どうしよう、こんなことならボクシングでメロエ一のガキだって証明すればよかったんだ。
ベヒーモスが血の匂いを辿って俺が隠れてるところを見つけるのも時間の問題だ。

「(どうしよう。もうプライドなんていらないから、帰ってあいつらに頭下げたい。毛なんていらない。あいつらの『ゲボク』でもいいから。帰りたい!)」

ガタガタと震えて岩陰に隠れるしかできなかった。
入り口と俺との間にはあいつがいる。こわい。いたいのもしぬのもやだ。どうしよう!

《仕方ないわね、大体わかったわ。助けてあげる!》

どこからか声が聞こえたかと思うと、足の震えがピタリと止まって俺が立ち上がった。なんで?そうしようなんて考えてないのに。今のは誰?
自分の中に得体の知れない感覚がこみ上げる。ざわつくような、うずがまくような…。

「《ファイア!》」

ぼん。
オレの手のひらからボール型の火が飛び出した。なんだ、これ!
その火は勢い良く飛び出してベヒーモスの顔に当たる。それも目に。

ギャアアア!

ベヒーモスは顔をこするように前足を上げる。
俺の身体は走りだしていた。ベヒーモスの横をすり抜けて…すり抜けざまに、ぶちりと何かをむしった。毛だ!
そのまま光の射す方へ、俺の身体は走り続けた。足が痛いのに、止まることはなく洞窟を抜けて街の方まで、全速力。

いたい、いたい!でも、生きてる!

不思議と涙がこみ上げて、俺はわけのわからない力に動かされながら、大声を上げて泣いていた。



「カガリ!」
「かあさん、かあさぁん!」

町の入口には青ざめた顔の母さんと、町長に俺をハブってたガキどもが涙と鼻水の入り混じった汚い顔で立っていた。
俺を見つけた母さんは走り続けた俺をしっかりと受け止めた。
いつのまにか俺は俺の意思で動けるようになっていて、よくわからないまま意識を失った。



「あの時ほんと、シアがいてよかったって思う。あのままだったら俺、死んでたし」
《私は心配して貴女の目が覚めるまで待ってたけど、まさか私が見える人に出会えるなんて思わなかったわ。私の方こそ貴女に感謝したいかも》

さっきまで話していたのが俺、カガリ・カミツキとシアの出会い。
シアは早朝からメロエを飛び出してベスネル鍾乳洞に向かっていった『小さい子供』の俺を心配して追いかけてくれたらしい。
そして俺に憑依して隙を作ってくれた。しかも毛もむしってくれていた。
おかげで俺はメロエのガキ大将になり、ゲンコツは親父、母さん、町長から一発ずつ、計三発で済んだ。
それから目が覚めて、透けた身体で宙に浮くシアに悲鳴を上げて、話を聞いて(母さんをなだめて)今に至る。

「今日も宜しく、先生」
《今日はキャッパワイヤを十匹!行こう!》

シアは俺に稽古をつけてくれていた。
俺だけに見えるなら、俺を構いたおすことにしたらしく、今はアギト訓練生顔負けだ。
短剣を片手に、メロエを出る。母さんたちには、あれから戦いに目覚めたと言ってある。ある意味過言ではない。
戦うことは好きだ。好きになった。ベヒーモスにはまだ身震いするけど、他の魔物は平気だ。
狩りをすればお金にもなる。魔物の討伐代に、魔物から取れた素材代だ。

「そろそろちゃんとした武器にしたいな」
《貴女に見合うものを探しましょう》

俺たちは一つになったんだ。
明るい光を放つ、力強い焔に。



炎を焚いて世界を照らす




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