入学式は終わって、シアのすすり泣きも収まった。正直あそこで勢いに任せて交代しなくてよかったと思う。入学式で泣くとか、喜び過ぎの暑苦しい奴に見られてしまうだろう。
「(それで…その『クラサメ』ってやつがお前の好きなヒトなわけだ)」
《も、もう…!そんなはっきり言わなくても…!》
きっと見えているのなら両手で顔を抑えてくりんくりんもじもじしている女がここにいたのだろう。俺は付き合いきれなくて、頭のなかで響く声を弾くように頭を振った。
アギト候補生になるには大体の人がアギト訓練生となる。もちろん、訓練生なんてレベルじゃねー奴が試験を受けに来る奴もいる。いわゆる特別枠。つまり特待生。
今年、その枠に入りこんだ奴、それが俺。
なんてったってそこの幽霊の教育がスパルタだった。
《ほら!このままじゃ死ぬわよ!》
「無茶ぁ言うなー!」
どすどすどす!
大きな音を立てて、短剣しか持っていないカガリを追うのはベヒーモス。いやトラウマになんてなっていないからそんな足が竦んだりとかはもうないんだけど、流石にレベルぶっ飛ばし過ぎじゃないかとは思う!とても思う!
《次は突進がくるわよ!しっかり避けつつ狙いなさい!》
そうシアが言う狙うもの。
カガリにも最近わかってきたのだ。敵が油断し、一瞬の隙を見せる…そこを狙い、一気に致命傷を与える。通称キルサイト、及びブレイクサイト。
その一瞬を狙えば、たとえ強い力がなくとも強大な敵を倒すことができる。
今のカガリには、ベヒーモスを倒す方法などそれしかない!
「そ、こだぁっ!」
ザンっ!
強い力を入れていないのに、滑るように入り込む短剣は、見事ベヒーモスに大ダメージを与えた!
そのことに怒り狂ったのか、ベヒーモスはそこら中見境もなく身体をぶつけ始める。
《これを全部避けきって!そしたらこれは疲れきって息をあげるから、そこを一気に叩くのよ!》
「簡単に言うなよぉ!ばかあ!」
文句を言いつつも、ベヒーモスに対して狙いを定めさせ、走り始めたら横に避ける。そうすることを繰り返して、ベヒーモスは『息を上げた』らしい。動きを止めて肩で息をしている。チャンスだ!
「くらえぇ!ファイアっ!」
ぼふっ。
先陣を切ったのは小ぶりながらも火球の形をしっかり保ったファイアRF(ライフル)。それを追うようにカガリもベヒーモスへ走る。
「この、このっ」
先程短剣を差し込んだところを集中的に叩きこむ。だがやはり力も技術もそこまでないため、サイト狙いの攻撃よりかはるかにダメージは少なかった。
ベヒーモスが体勢を持ち直した。
《テイルスピンよ!避けて!》
シアに教わった、ベヒーモス種の攻撃習性では、この後にもあの一瞬の隙が生まれる。そこを狙う!
大きく尻尾を振り回すベヒーモス、伏せってそれを躱し、クラウチングスタートで一気に距離を詰める!
見えた!赤い光、必殺の一撃!
「でやぁあっ!」
深く、その短剣はめり込んで、ベヒーモスは断末魔をあげ、地面が揺れるほどのその巨体を倒れこませた。
短剣を抜き去って、その巨体に押しつぶされないよう距離を取るのも忘れない。毛やら爪やら、使えるものは剥いでおく。これらは街の強化にも使えるもので、最近のカガリのお小遣い源はここにある。もっと貯めて、大きな街で自分に合う武器を見繕うためだ。
何がいいだろう。まだ迷っている。やはり短剣と同じように、投げたり振り回したりできるものがいい。そしてもっと大きめのものだ。短剣はカガリにとって、軽すぎた。
ベヒーモスだったものが消え去ったことで、ようやっとカガリは地面に腰を下ろした。
「つ、つかれた。」
《上出来ね!やっとベヒーモスが倒せたじゃない!今度は一人でやってみましょう!》
「うえ〜〜〜しばらくパス。」
《継続が大事なのよ、ケ・イ・ゾ・ク!じゃあ、明日にしましょう。今日の訓練はここまでにしましょう。自主練・休息・親孝行好きになさい!》
「あっす…あざしたッス…。」
シアは訓練が終わるとどこかに飛んでいってしまう。いつも魔導院の方向をみつめたり、街に駐在している朱雀兵にぴったり張り付いて、話を盗み聞きしたりで過ごしている。帰ってくると、新聞のページをめくるようせがんだり…情報を集めているらしい。
自分が死んだ後はよくわからないから、こうするしかないんだとか。
苦労してんだな。
「…うわ、まだ昼過ぎか…。」
洞窟からでて、真上に来ている太陽に手をかざす。今日のところは、休むとしよう。なにがなんでも休もう。
最近は街の大人もカガリの手を借りにやってくる。いつのまにか、カガリは街一番の子供どころか、街一番の戦士となっていた。
街の大人は最近よくカガリにこう聞く。そんなに強くなって、これからどうするんだい。
畑を荒らす魔物の討伐をしたり、他の街への護衛として働いてくれるのはありがたいが、カガリはこの時まだ12歳であった。こんな子供に頼むのも…と引ける大人はこう聞きに来るのだ。
カガリの将来は決まっている。別にひょんな出会いがあったから決めたとかそういうものじゃない。これは小さい頃から周りに言っていたのだ。
アギト候補生になる。
それを聞いた大人は、それはそれは嬉しそうに「おお、いいこだ。がんばるんだよ」とカガリの頭を撫でるのだった。
「ここ?」
《ここよ。さ、開けて開けて》
配属先は九組(クラスナイン)。曰く落ちこぼれなんだとか。
「(俺ってそんなにギリギリな特待生なのかよ。候補生レベル高すぎじゃね?)」
《開けてってば!》
シアは行けばわかるというが何がわかるというのだ。もしや俺のレベルの低さがか。
冷や汗を垂らしつつも、カガリはその扉を開けた。
ひゅん
ぱし。
扉を開いて、何かが飛んできた。それをなんなく受け止めてみると、刃のない短剣だった。
…なにこれ?
「おお〜〜〜!まじかよあいつ、ナギの投げナイフ止めやがった!」
「ありえね〜〜不意打ちなのに化けもんかよ」
「こりゃオオモンが入ったね」
がやがやと盛り上がるクラスの者に、カガリはただ呆然とするだけだった。
「(これ頭狙ってたけどどういうことだよ)」
《あのね、九組は表側落ちこぼれって言ってあるけど、その実態は諜報専門のクラスなの。つまり実力者揃いなのよ》
なるほど諜報機関の精鋭クラス。っていうかそれは汚れ仕事クラスじゃね?なんだか華々しくなるはずの俺の候補生ライフが崩れていくよ母さん。
「よお、お前今回の特待生だろ?九組へようこそ!落ちこぼれってのは嘘だからさあ、気に留めんなよこれから何かととやかく言われっだろーけど」
「特待で九組とか外から何言われるかわかんねーな。まあ素行が悪すぎるとかででっち上げるか!」
「おいおい、歓迎パーティ始まるぞ席につけ。あー…カガリだったよな。お前の席こっち」
怒涛のコンビネーションに流されるまま、本日カガリwithシアは入学式を終え、九組配属となったのであった。
《頑張りましょう、カガリ!》
「おう…」
「?なんかあったかカガリほら食えどれがハズレだと思う?引くなよ」
「今から皆でホントのこと嘘のこと言うから、当ててみせろ。これ恒例行事なんだよ〜」
カガリは見事、プリンの体液入りを引かずにすんだ。
末恐ろしいところだ、ここは。