GHOST FLAME | ナノ

私という存在はひどく不安定だ。
名前を呼べる人が、自分と、あと一人しかいない。
シア、シアちゃん、シア姉さん。
呼んではくれないと、わかっていると、そう思っている。
そのつもりだ。



ただならぬ雰囲気で教官に呼ばれた彼とは、別行動を取ることにした。
彼の怒号が怖いからとか、そういった理由ではない。ではないのだ。
後から掲示板を見てわかったが、彼は今『奉仕活動中』らしい。張り出されていた、とは言わないでおいてあげよう。
そう考えて、離れて、やっぱり心配になって。
大丈夫かな、問題になったりしてないかな、事故に遭ったりもしてないかな。

《…戻ろうかしら》

いつも一緒に行動していたものだから、こういった『お仕事』のときに離れていると落ち着かなくなってしまった。

《いつの間にか寂しがりになっちゃったわ》

くすくすと喉を鳴らしながら歩いても、おかしそうに見る人はいないから遠慮はしなくなってしまった。
さあ、カガリはどこだろう。



そうして彼を探し始めて、少々様子がおかしいことに気がついた。

「おい、カガリいたか?」
「こっちいなかったわ!」
「確かに、戻ってくると言っていたのですが」
「もうすぐ点呼時間になっちゃうよ!」
「どこに行ったんだ…?」

カガリとの交流が深い者、今日はじめて見る者、シアとの関係がある者。その複数がカガリを探し回っていた。
カガリが、いない?
大丈夫じゃない。問題になってる。事故に遭ってる!

《カガリ!》

シアは勢い良く走り出した。

魔導院内はとても広く、探し求める人が見つからないなどということはよくあることだ。
だが、ナギやカルラという諜報に長けた者が2名も関わっているのに見つからないというのはおかしな話だ。
あの問題児は目立つ。
外見の見目麗しさはさながら、そこからのギャップや素行の悪さはピカイチで、行く先々で尾ひれの付いた噂により避けられたり、ちょっかいを掛けられたりするのだから、誰かしらが行方を知っているものだ。
その彼が、誰の目にも付かずに行方不明になっている、というのはありえない。
つまり、何者かによる故意の事件…誘拐。
あのそこそこにガタイの良いカガリを誘拐?そうしたら犯人は複数か…単独犯だとしたら相当鍛えているはずだ。
ああ、彼が恨みを買ってのものだったらすぐに帰ってくるし、誰かに見られているはずか。
ならば…彼の身体が目当ての、何者か、ということになるのだろうか。
あるはずのない身体に鳥肌が立った。シアは身震いし、二の腕をさすった。

とんでもない変態ではないか!

そして、その『変態』というワードで、ある男の人物像が脳に浮かんだ。
いつも。
いつもクラサメくんとの間に何かにつけて入ってきた、あの男。
自分とクラサメくんとの間にはナニかがあると吹聴してまわり、あまつさえアオイさんとの前ですら仕事でも私生活でもパートナーだとのたまい、そのうえ隙あらばクラサメくんで実験をしてきたような、あの男!

カヅサ・フタヒト!

あの男だ!忘れていた、あの男に違いない!
そうだ、最近身長もしっかり伸びて、170cmを越したあたりのカガリなら。クラサメくんと体格が大差なくなってきていると狙われやすくなってきているのではなかろうか?
失念していた!あの変態は未だこの学院に蔓延って悪事を重ねているのだ!

《あいつ…たしか…研究主任とか言っていた…》

ならば、個人の研究室があるはず。
必ず個人だ。
奴自身が友好的であったとしても、奴のことを知った人間は必ず同室がいいなどとは言わないはずだ。
それをまともな場所には持たないだろう。
よく入り浸るところの側に部屋を持つはずだ。
ならば。

《…クリスタリウム!》

犯人の居場所に目星がついた…と言いたいところだが、まだ犯人があのカヅサだと決まったわけではない。
慎重に、慎重に行かなければ。
誰に見られているというわけでもないのに、シアは足音を潜めつつ、だがとても素早く、その足を動かした。





諜報は得意だ。
カガリに仕込んだのも私だ。
新しい知識を仕込まれているカガリのことを傍でずっと見てきたというのもある。
隠された基地を探す、という仮想任務も少なくない。
ますは土地や建物の面積、間取りを調べて、おかしな差異を見つける。基本だ。
10年の間に、そこまで外観に違いが見られなかったから、まさかこんな部屋が作られていたなんて気が付かなかった。
こんなクリスタリウムの本棚に隠されていたとは。
あれから30分。
ようやっとその部屋、その人物を見つけた。
そして行方不明者たる相棒も。

「フフ、なかなか良いデータが取れそうだ」
「…ゥ、」
「ああ、ダメダメ、まだ目覚めないでほしいな。君には色々と興味があるんだ」
「ァッ、ぅ」

追加で打たれる電撃で、カガリはまた小さな叫び声を上げて、意識を遠のかせた。
なんて、ことを。
私の相棒(家族)に、なんて仕打ちを!

ゆらり。
陽炎のように揺れた空間にカヅサは気が付かない。
気分を良くして背を向けているその後ろで、まさか今、更に昏倒させたはずの男が起き上がり、怒りに満ちた顔でこちらを睨みつけているなど、想像したりもしないだろう。

そして音もなく、男はカヅサの後ろへ近づいた。



爆発音はある意味とてもカガリらしいとも言える狼煙代わりだった。



「《こっっっっっっの、ド変態がぁあああ!!》」
「…うっそ、目、冷めちゃったの?」

魔力の集まる音を、収束する炎を目の前にしておきながら、なんとものんきな感想を述べる男。カズサ。カズサ・フタヒト。学園一の変態と名高かった男!
この男は!

「(積年の恨みも詰め込み煮詰めたこの)炎よ!燃え盛れッ!」

ファイアBOMは自分を中心に爆発するタイプの魔法だ。この小さな個室では避けようがないであろうと判断し、容赦なく、放った。

ッドン!

クリスタリウムにいた人々は何事かと驚いた。
普段、基本的には私語を慎むよう言われているこのクリスタリウムで爆発音が響いたなどと、誰が予想できたであろう。
だが、爆発音で知らせることができる相手もいる。
こんなところで爆発音をさせるのは、こいつしかいないであろう、と。

「カガリ!?」

ナギだ。
音がしたのは…本棚の裏。
扉となっていた本棚は…残念ながら、吹き抜けから階下に落ちていた。
もうもうとあがる煙の中から、咳をしながら誰かが飛び出した。

「僕もまだまだやれるな…!君たちも逃げたほうがいいよ!」

白衣の裾を焦がしながら、面白げに逃げる男だった。
煙の中から、バリン、と音がする。
そして音もなく飛び出した。着地にも音を出さずに追う様はまるで…。

本気で殺す気だろう。

「お、おい、カガリ!」
「ああ、カガリくん無事…!」

じゃない。
ついてきていたクオンも絶句する。
目を据わらせながら、ターゲットを本気で追うカガリの姿に。

「ヒ…」

思わず体をそらして、カガリがそのまま素通りするのを許してしまう。
ナギは自分があの二人を止めなければいけないのかと察し、ため息を付いて本気で走り出した。

名前を呼んで連れ戻して




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