GHOST FLAME | ナノ



今日は何もない一日だった。
特筆することの何もない日。
お騒がせ幽霊が俺を媒介に何をしでかすこともなかったし、クラサメ・スサヤを遠巻きにでも見かけることすら無いし、報告書を出しに行ったとき無駄に場所をとる自己保身に必至なハゲにも出会わなかった。
今日はいい日なのかもしれない。
久しぶりに両親に手紙を書いたりして、朱雀島の街に繰り出してもなにか事件がなかった。
むしろ今日の授業は午前で終わったからすることもなくて困るくらいだ。
闘技場ではカガリを相手に模擬戦闘を行ってくれる人は今や殆どいない。学期始めに無双しすぎたこともあるが…それはいいだろう。
シアはクラサメを探しにカガリの元を離れて何処かへ行った。大方士官の寮に潜りこみでもしているんだろう。その愛しの彼のストー…観察をするために。あまりいい方向に言い換えてはやれない。だってそのとおりだし…。
とにかく、カガリにとってはたまの休暇なので、有意義に過ごすため、今はチョコボ牧場へと足を運んでいた。

「ァ、ふ…いい天気だ…」

目的は勿論、昼寝。
チョコボは家畜特有の臭さがあまりないから、この牧場は昼寝に最適だった。降り注ぐ日差しが、カガリの心と体を癒やしてまどろみの中へと誘っていく…。

クエーッ

「うわ、どうしたんだよ。そっちは…人だぁ!」

まどろみは途中でカガリの手を放り投げて走って何処かへ行ってしまったようだ。不機嫌そうに、カガリは声のする方へ顔を向ける。
ただ少し遅かったかもしれない。
目の前には暴走チョコボがこちらへと走ってきている光景が広がっている。勘違いでも何でもなく、あのチョコボはこちらへ向かっていた。

「よけてくれー!」

カガリは起き上がり、逃げるでもなくそのチョコボに立ち向かった。
こんなもの。
ベヒーモスに比べれば!
向かってくるチョコボはすぐにカガリの対応範囲内へと滑りこむ。あわやぶつかるかというところでカガリは横に逸れ、そのチョコボの首を掴んで背中に乗り上げた。
チョコボはカガリを振り落とそうと暴れるが、この程度で振り落とされるほどカガリも甘い鍛え方はしていなかった。

「ホラ、あんた早く手綱」
「あっ…おう!」

カガリがその首をなでで、どうどうを大きな声でチョコボを落ち着かせる。一大事は免れたようだ。
昼寝をする気も失せた、リフレにでも行こうか…。
そう考えて先ほどの男を待っていると、チョコボが首を曲げて背中に乗るカガリにじゃれついた。

「うわ、おいやめろって」

クエエー。
人の言葉はわからないだろう、そんなことはわかっていたが、カガリは声を上げてチョコボを止めた。
舌がでかくて、顔を舐められたらどうなるか!
悪戦苦闘していたら、やっと男は帰ってきた。

「おお、珍しいな。オーバーザレインボウ号が人に懐くなんて」
「は?」
「オーバーザレインボウ号、こいつの名前だよ」

また酔狂な…長ったらしい名前を。
聞けばこいつが名付け親だとか。…それが嫌で今暴れてたんじゃないのか。
チョコボを見ると、クエッ、と。不満そう?に鳴いた。

「そんなことない、弟がつけようとしていたのよりかはましだぞ!」
「へえ、オトウト。どんな?」
「ポコポコだって。な、やっぱりこっちのほうがいい」
「…どっちもどっちだな、アンタも、弟も」
「ええ…」

がっくりと肩を落としたその男は、顔に特徴的な傷のある男だった。
チョコボに向かって真剣にほんとうに嫌かなどと聞いている。

「マキナ…ああ、弟なんだけど、やっぱりそっちよりはいいよな?俺はイザナだ、見たところ候補生だよな。弟も候補生なんだ」
「ああ、俺はカガリだ。カガリ・カミツキ」
「聞いたことある!魔導院一の不良の!?」
「…それは、もういい」
「な、候補生について、きかせてくれよ」
「まあ…いいけど」

この日、俺は年上の友人を得ることになった。
昼寝が返上されたのは、…仕方ないから、許した。



《クラサメくん…またお話したいなあ…》
「こちらでその案件は受けましょう。伝えておきます」
《お友達はいるのかな?…仲の良い、女の子とか…》
「そこ、アギト候補生としてふさわしい振る舞いを心がけろ」
《わたし、これってストーカーしてることになってる?》
「私はもう現役を退いているが、見本程度ならば見せられるだろう」
《はあ…今日も格好いい…!》

ふよふよとクラサメの後ろをついて回って、シアはうっとりとした顔で感想を述べる。
週一程度の頻度で、シアはクラサメの仕事ぶりを眺めるだけで一日を終わらせていた。彼女には食事も眠りも必要が無いため、好きなだけ眺めていられる。そこは便利だとシアは自身の状況を再確認した。

「これにて本日の演習を終了とする。解散!」
《ううん、号令もうっとりするわ…》

立ち去るクラサメの後を、シアもとことこ(と言っても足音が出るような体重はないが)とついていく。
その後ろから、声をかける者がいた。もちろんシアにではなく、クラサメに。

「教官、質問よろしいですか?」
「なんだ」
《質問なんて!今時イイ、コ…》

絶句した。
ああ、忘れていたわけではないけれど。
死んでからずっと気になっていたのも事実だ。
まさか、ここに来て、候補生になっているとは。

《おおきく…》

きっと生前の自分と変わらない。

《おおきく、なったね…!》

シア・トキミヤ。
従姉妹に一人、女の子がいた。
名前はレム・トキミヤ。
病弱だが、健気で、強い心を持った、シアの、たったひとりの、義妹だった。
だが世界は、クリスタルの加護は残酷で。
レムはその記憶に、シアがいたという痕跡を欠片も残していなかった。
そのことも理解したうえで、シアは独り、静かに涙を流した。

《レム…》

どこにも影響しない涙を。
頬から涙を伝わせながら、その手を伸ばすも、シアの手はレムの肩に置かれることはなく、すう、とすり抜けた。
わかっていたことなのに、何度も何度も抱きしめる形の腕をかたどる。
手がとどかないことがもどかしい。抱きしめることができないのが悔しい。でも、でも。
血のつながりを持った家族が今目の前に生きていることにいわれのない喜びを感じている。

《私はもう生きていないけれど》

シアの身体をすり抜けて演習仲間の元へ戻っていく彼女の背中を目だけで追いながら。
少し晴れやかになった自分の胸に手を当てて、シアは静かに微笑んだ。

《レム!しっかり生きるのよ!》

どうか、強すぎる未練で私みたいにならないように。
これは幸運を祈るばかりだ。



「誰か、わたしのこと呼んだ?」
「え?いや…。レムのこと、誰か呼んだー?」

仲間に聞いても、誰かが自分を呼んだということはない。
おかしいな、さっき、たしかに懐かしい声で誰かが私を呼んでいた気がしたのに。気のせいだったのだろうか、でもぼんやりとした声だった気もする。
きっと気のせいだ。
私の名前は短めだから、きっと何かを空聞きしたに違いない。

「ごめん、気のせいだったみたい。次の講義行こっか」
「うん、いこいこー」

でもな。
あの声は本当に聞き覚えがあったのにな。

レムは後ろ髪を引かれつつ、その場から立ち去った。



《ああ、聞いてカガリ。今日ね、フフ、誰にあったと思う?》
「(こいつの話を聞くことは仕方ないことじゃない。夜の睡眠は昼の睡眠より重要!)」
《本当に久しぶりで!私びっくりしちゃった、あのね、前にも話したことあったと思うんだけど…》
「(ほんとうによくペラペラと…。幽霊ってのは皆こうなのか?)」
《義妹を見かけたの、レムに!本当に良かった。気になってはいたのだけど、村が焼けたって聞いてからは…》
「うるせええええええええ寝かせろアホ!」
《えぇ〜ん…》

ほんとうに長い付き合いになったなら、俺の睡眠時間はもっと減るんじゃないのか?
カガリは漠然とした不安と枕を抱えて今日も眠りについた。




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