GHOST FLAME | ナノ

魔導院は広い。とてつもなく広い。
カガリはとりあえず寮にある自室から探し始めたのだが…

「ぃねえ…は、っは…」

まさか一日寝こけていただけで体力がここまで落ちるとは。継続が大事とはこの事だったか、退院したら筋トレ増やそう。

寮の自室、サロン、自分が吐いたという噴水広場、闘技場、飛空艇発着所、軍部…は人がいたから逃げてきた。クリスタリウムに正面ゲート。

「ここから下だったら明日の朝じゃねえと…」

正面ゲートの先は昇降機だ。こんな夜中には非常時でないと動かしてはくれない。何処に行ったのだ、あの迷惑ユーレイは!
走り回っていると、小腹がすいた。仕方がない、リフレに行こう。あそこに人がいないといいけど…いつの時間も誰か居るんだよな。

「何をお求めで?」

相変わらず人はいた。
勤務の終わった士官や教師、候補生まで。こんな夜中に…。それはカガリの言えたことではないが、とりあえずチキン定食を頼んだ。

「ああ〜味は濃い。サイコー」

医務棟の食事は味がうすいし何よりまずい。いやレーションほどじゃないけど。
英気を養うようにガツガツ食べていると、周りからの視線が痛い。だが士官に聞くわけにもいくまい。一応上の人間だ。とにかく気に喰わないことに変わりはない。
カガリは近くに座っていた候補生に絡んだ。

「ぁんだよ。お前さっきからじろじろ…。喧嘩売ってんのか?買うぞおら」
「ひっ!?いいいえそそそんなこと」
「アア?」

なんなんだいったい!
その怯える候補生の視線と言ったら、カガリの体全体。
よくよく思い出してみよう。
カガリは病室を抜けだして、病衣で、しかも素足で走り回ってどろんこだ。
つまるところ、汚い。
伸ばしっぱなしのくせ毛も今はまとめていないから、軽く浮浪児状態だ。

「…食ったら行くからあんま見てんじゃねえぞ…」
「はひぃ」

さて、残るはどこだろう。



テラスにもあのバカユーレイはいなかった。
残るとしたらどこだろう。
夜に行くことになろうとは。最後に残されたのは、大講堂先にある、共同墓地だった。
そこにシアはいた。夜はとにかく目立つのだ。景色の一部に靄がかかっているみたいで、夜になると一層それが目立って淡く光っているみたいになる。小さい頃は本当にちびりそうだったことは誰にも内緒だ。

「おう探したぞこのアホユウレイ」
《…朝には帰るつもりだったの。貴方に謝るのも》

誰かの墓らしい。シアはその前で後ろ手を組んで寂しそうにしていた。誰の墓なんだろうか。
墓にはこうあった。

『1組アギト候補生 シア・トキミヤ
ここに眠る』

シア自身の、墓だった。

《中身は多分空っぽだよ。私の体は今もあの冷たい雪山の中じゃないかな》
「…そうかよ」
《…そう、私、ここにいないのかも。もしかしてあなたの妄想かも》
「俺の頭がおかしいってか?いい度胸だな」

シアは泣いていた。でも地面に湿り気のある部分を作ることはない。彼女は泣いても誰に気づいてもらえることもないし、拭ってやる人もいないのだ。

「泣くなようっとおしい。俺はお前と話せても、見ることができても触るこたできねえんだぞ」
《うん、うん…でも、悲しいの。だからカガリと距離をおいてたの。ごめんねカガリ…気持ち悪かったでしょ、すごく怖かったでしょ。私にもどういう仕組かわからないよ…。私、いなくなったほうがいいのかな、なんでこんな形になってまで、ここにいるのかな…》
「そんなの…」
「ここでなにをしている!」

突然、後ろから声をかけられた。いけない、九組だというのに、全くきづけなかった。そこにいたのは、カガリが吐いた原因、シアのかつての想い人だった。
クラサメ・スサヤ。なんでこいつが、ここに。

「クラ、サメ…士官…」
《ああ…そんな…》

シアの声は悲壮感漂うものだった。
クラサメはマスクを外していた。その下には、ケロイド状になったひどい火傷の痕。シアはこれがどういう経緯でできたのか、知っているんだろう。

「お前は…昨日の。なぜここに…いや、そもそもそんな格好で」
《クラサメ君…なんで…なんで…》

幽霊というのは、こんなにも感情が不安定なのだろうか。
きっとこの状態のシアを体内に囲っていたから、俺は話に聞いたことになったのだろう。
シアは、両手で顔を抑えて泣きわめいていた。
きっと、シアはいろんなことを清算するためにこんなことになったのだろう。
ならば、彼女と話し、見ることのできるカガリの役目は。

「(シア、俺を使え)」
《むり、無理よ!またあなたに負担をかける》
「(ウジウジしてんな!さっさと言いたいこと言って蹴りつけろってんだ、お前にはまだまだ働いてもらうんだからな!)」
《カガリ…後悔、しない?》
「(いいから!はやくしやがれ!)」

そう啖呵を切って、カガリは己の体の主導権をすべて手放した。彼の意識は、ここで途絶える。



「早く戻れ、お前は安静にすべきなのではないのか」
「…」
「…聞いているのか?」
「《クラサメくん》」

クラサメは驚いた。
目の前の候補生の雰囲気が今、一瞬にして変わったのだ。雰囲気だけではない。態度も。
いつもだったら、ただの候補生がいきなり自分のことを親しく呼びなどすれば、軽く窘めたり、処罰を与えたりするものなのに。
この候補生の口からふわりと呼ばれた自身の名前の、なんと慣れ親しんだ質感。クラサメ自身、どこかで呼ばれた覚えのある感覚がして、その身を震わせた。

「なん…」
「《ここのお墓、誰が埋まっているの?》」

指差したのは、かつて仲間だったらしい者達の墓。自身が血文字にして何かに記しておくほどの事件をともにした、クラサメの心の凝り。
とても純粋な目で、問うてくるその心は、この墓に中身はあるのかということだった。

「…誰も、いない」
「《誰もいないの?なら何をしにきたの》」
「…それは」

クラサメは言葉を詰まらせる。何のためにと来るわけではない。ただ時々、こうして来て、思いを馳せて…。
一体何のために。

「《なぜ?》」

追い詰めるように、求めるようにその候補生は一歩前に出る。
クラサメはそのことに気づかない。答えを得ることに、夢中で。
だがそこまで時間はかからずに、クラサメは口を開いた。
ゆっくりした動作に感じる。はやく、はやくとすがるように、シアは見つめ続けた。

「…思いだす、ためだ」

「忘れないというのは無理だから…」

「せめて、思い出そうとして」

「ここに、よく来る」

ぽた。
地面の芝生が何かを弾いた。
ぽたた。
水だ、芝生の短い草が、どこかから落ちてきた水とぶつかって音を出した。
その水は、カガリの瞳からこぼれていた。
クラサメは、何も言うことができなかった。理解できなかったからだ。
目の前の候補生は、泣きながらやさしく、微笑んでいた。

「《…ありがとう》」

「《うれしい》」

「《いつかまたあいたいな》」

「《いまはゆきやまにいるからあえないね》」

「《でもいつかまたあいたいな》」

しゃべる合間にも、ぽたりぽたりと頬を伝って涙はこぼれていく。
なぜ、なぜこの候補生はこんなことを話すのか。なぜ雪山のことを知っているのか。
仲間のことを。連れて帰れなかった、仲間のことを。独りで戻った、俺のことを。

「《ひとりじゃないからね》」

「《いつもあなたのこころに》」

「《みんながいるから》」

「《いつか》」

「《いつかおもいだせるよ》」

きっと、と。
その言葉を最後に、候補生はフッと倒れた。
芝生の上に、とさりと軽い音を立てて。
いきなりのことでクラサメは対応しきれず、数秒おくれてようやくカガリの身体を肩に担いだ。とても怪訝な顔をしながら。
そのまま、墓地を離れていった。
墓地に残された人はいない。
残された人は。

《…ありがとう…》

誰もいない墓地で独り、誰にも聞こえることなない言葉をポツリと呟いて、魔導院の夜は明けていった。



朝、看護師は悲鳴を上げた。
先日謎の嘔吐、失神を起こした患者がまだ安静だというのに、朝その患者の検査に来れば、その患者は病室のベッドから忽然といなくなっていたのだ。そこにその謎の患者…つまりカガリなのだが、を見舞いに来たナギや九組生徒は騒然、朝から大捜索が行われた…が、予想に反してカガリはすぐに見つかった。
大講堂奥の中庭にあるベンチにて、気持ちよさそうに寝こけているカガリが発見された。
たたきおこされたカガリはなんともなく、腹が減ってリフレで夜食をとって、ヒマしてほっつき歩いてたら眠くなったから寝たと宣うのである。
流石の九組連中も呆れて、ナギはカガリに一発ゲンコツを入れた。

「いてえ…病み上がりを…」
《ふふ、腫れてるわ…!ナギって、なかなか力あるのね》
「浮気かよ…愛しのクラサメはどうした」
《浮気なんかじゃないわ!今でもしっかり本命よ!きっと私はもう一度クラサメくんと結ばれるためにここにいるの。身体を取り戻すために!》
「ふぅん…」
《カガリは、手伝ってくれる?》
「俺にできるのなら?もちろん。命の恩人に変わりはねえからな」

一体何をすればシアの身体が戻ってくるのかなんてわからない。
色々なものを混ぜに混ぜて混ぜ込んで、真っ黒になってでもシアは体を取り戻すんだろう。俺は少し、共犯者になるだけだ。
おんなじ焔なんだから。きっとそのときも一緒だな。
あの日助けられてから、俺の人生はシアを手助けするためにあるんだろう。
カガリは心の何処かで、意識はしないもののそう確信を得ていた。

看護師から、それだけ元気なら大丈夫だろうと言われ、朝の検査後、カガリは無事退院となった。一日休暇があったのだと考えればいいか、と気軽に考えていたのだが…。

「あいつが…?」
「まさか…」
「しっ、こっちみられる」
「ほんとうかよそれ…」

色々と視線が痛かった。
たった一日でこうもおかしな噂が流れるとは。
曰く、『魔導院一の不良、カガリ・カミツキの天敵はあの氷剣の死神だ』とか、『今年の特待生には夢遊病がある』とかなんとか。
病み上がりの身体にムチを入れて、とりあえずそんな噂を聞いて弱みを握ろうとしてきた奴らは全員ぼっこぼこにして返り討ちにした。
今回ばかりはシアも止めに入った。

「はよーっす」
「おお、きたぞゲロリスト」
「なぐんぞ」

九組ではそんなことはなかった。
でもカガリが軍部に行くといつも息苦しかったことを話したら、今後の報告の時は誰か一人、絶対に付き添いがつくことになってしまった…。
『魔導院一の不良』『天敵は氷剣』『夢遊病?』『軍部アレルギー』など、カガリは怒涛の勢いで様々な称号を総なめにしていった。

「(全部お前のせいだからな〜!)」
《ごめんなさいぃ…》

この幽霊とは、長い付き合いになるようだ。



君が空に溶けないように




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