GHOST FLAME | ナノ

「カガリもそろそろ慣れてきたろ、軍部に報告一人で行ってこいよ」
「あーっす」

任された書類を持ってカガリは教室を出る。
カガリの特待生のくせに九組という問題は、それはそれはなんとかなった。
なにせカガリはメロエで一番の戦士であり、ガキ大将だったのだ。もとより性格、素行はよろしいものではなく、普段通りを少しオーバーに対応すればいいだけなのだ。

「テメェ今なんつったアア!?」
「すみませんでしたァ!」

陰口を叩こうものならばすぐさま絡み、短気な者だと『演出』する。おかげで彼の特待生でありながら〜という問題は、『素行の悪さが半端なさすぎて九組に送られた』と誰もが思い込み、ついにはペリシティリウム一の不良の称号すらも手に入れたのだった。

「(お元気ですか母さん、貴女の息子は今魔導院一の不良として名を馳せています…)」
《き、気にしないの!》

シアはそんなカガリを止めたりはしなかった。憑依してその身体の主導権を握り好き勝手に動くことだってできる彼女がカガリを止めないのが、彼が怒るのは自分がけなされた時だからではなく仲間のことをけなされたり笑われた時だったからだ。
彼は身内にとても甘い。
守り通すという意地がある。
かつて、魔導院に来る前にメロエの子供が魔物に襲われてあわや一大事になろうと言うとき、カガリはその子供の盾となったのだ。
しかもその子供はカガリをかつていじめていた子供の一人だったというのに、カガリは身を挺して守ったのだ。
彼はリーダー格の不良だ。いい不良なのだ。

「ちわぁす、報告っす」

入った軍令部は…なんだか人で満杯。どうやらいろんな人の報告の時間が偶然にも重なりまくってしまったようだ。
軍部は苦手だ。堅苦しいし、ここの用事と言ったら大体報告。
あと、シアの影響が強い。シアがカガリの体内で緊張でもしているのか、カガリにはその影響が出て軽い頭痛、息苦しさ、圧迫感がするのだ。
そうでなくても今軍令部には人がたくさんいる。むあっとした空気を感じてカガリは顔をしかめるが、シアにはそれを感じ取る器官が今は機能していない。感じることもできるにはできるが、この身体を今貸すことはない。

最近、授業中カガリが寝ているとシアは勝手に憑依して授業を受けているらしい。おかげでこの前ナギに「お前授業中たまに話し方女くせえよな(笑)」と言われた。ナギは一発殴った。
もうすぐシアも十周忌らしく、その身体にもなれたからか、最近は笑えない幽霊ジョークが難点だ。正直まじで笑えない。

《カガリ、どのひとだっけ》
「(いちばんおく…)」

ああこの人混みの中を避けつつ行かねばならないのだ。
ため息を付いて、右から行こうか左から行こうか悩んでいると、また軍令部に人が入ってきた。後ろから少し押される形になってしまい、前につんのめる。

「うお」
「む」

転びかけたカガリの二の腕を誰かが咄嗟につかむ。後ろから入ってきたやつか、ちくしょうだらしねえ。
でもここで転ばずにすんだのも事実、カガリは窮屈な室内でも振り返って礼を述べた。

「あざっす…ん?」
《…ァ》
「気をつけろ」

頭を下げつつ振り向いたのでそれが誰だか最初に確認をしなかった。今日の運の尽きはそこだったのだ。
カガリのぶつかった人が誰なのか一番最初に気づいたのはシア。そしてカガリもその人物を見た瞬間、内側から抑えようもないナニカがこみ上げたのだ。
胸が締め付けられる、息ができない、足が震える。コレは、なんだ!

「あ…」
「アギト候補生たるもの、背後にも気を配れ。…どうした?」

鏡なんて置いていないし、持ち歩いてなんていないカガリにはわからなかったが、その顔は今真っ青で、唇も紫色だった。

「(シア、シア!やめろ、おさえろ!)」

カガリの声は届かない。
シアは目の前の人物に意識の全てを持って行かれていた。



変わってないの、でも変わったの。
こんなに冷たい無表情なんかじゃなかった。髪の毛の色は相変わらず太陽が昇る前の夜みたい。声は少し低くなった。顔立ちは変わっていない。相変わらず整った顔だ。でもそんなマスクで顔を隠すなんて、何があったの?

わからない、わからないよ。
この十年は大き過ぎたの?私の時は止まったまま…。彼を守りきれなかった!ああ、目の前にいるのに話も、挨拶すらできないの。いえ、話しかけても彼は私のことなんてもう。私は彼の思い出にすらなれない。思い出の中で彼を守ることすら。記録の中にしかいない私のことなんて、いえその記録ですら!



シアの思念はますます強くなり、カガリの人格を圧迫し、彼の身体に重く負担をかけていく。
その人間二人分の感情は本来人一人に背負いきれるものではない。シアの喜び、悲しみ、怒り、後悔、絶望、色々なものがカガリの頭のなかをかき乱していく。
カガリの異変は見て取れるようにわかり、クラサメも心配して顔を覗き込み、肩を揺する。ああ、逆効果だと言ってやりたいのに!声が出ない。息ができないからだ。
クラサメの声もどんどん大きくなり、荒いものになる。周りもそのことに気づいてざわざわとカガリに注目する。

「ぁ…ぐ…」
「しっかりしろ!名前とクラスは!」
「カガリ?」

誰の声だ、これは?そもそもカガリって?ここはどこだっけ?
シアの感情に圧迫され、カガリは自分を見失いつつあった。
だめだ、きっと、このままじゃ、いけないことになる!

残った本能だけで、カガリは逃げ出した。何からだろう、誰からだろう。
きっと目の前の何かから!

その部屋を出て、階段を飛ばしながら下って、魔法陣には目もくれず、重い扉を押し開けて、目に刺さった日差しに足をふらつかせながら、誰だかわからない人には何回もぶつかって、よろめきながら、倒れこむ。地面じゃない、これは…なんだ。

カガリが倒れこんだのは噴水広場の水路の低い塀だった。だが彼には目の前がチカチカして、緑や白や黒、他にも色々なものがぐにゃぐにゃになってなにも見えていなかった。

もうここは安全か?ここはどこだ?アレはもういないのか?

息ができないのに全速力で走ったせいで、思考が鈍っている。なんで逃げてたのかすらわからない。
ならもっと逃げよう。きっと帰れば安全だから。皆そこで待っているから。

…みんなって だれだ ?

「お前、待つんだ!」
「カガリ、おいカガリどうしたんだよ!」

あ、のこえだ!おってきたんだ!
カガリはもう一度走りだそうとして、…力が出ない。
うそだろう、ここはあんぜんじゃなかったんだ!

こみ上げるものが限界に達して、カガリは、

「うっ、お、げぇえ…」

胃の中からないものを吐き出して、意識を失った。

中身はなくても、ナニカが暴れまわっていたんだ。
なんか、癇癪を起こした子供みたいな、ナニカ。



かなしい。
かなしい。
かなしいよ。
わたしのこと、もう、おもいだせないのね。
かなしい。
かなしい…。
かなしい……。



くらい…だけどここちよい。
なんか、まだすっきりしないけど…。
ここはどこだ?
おれは…シア?ちがう、おれは…

「カガリ!」
「う…」

これはナギだ。
それで、こいつが呼んでいるのは…俺だ。カガリ・カミツキ。メロエ出身。
なにがあった?あまり思い出せないな…。
でも俺のことをなんでか心配してるこいつなら、なんかわかるのかもしんねーな。

「…ナギ?」
「目ぇ覚めたかよこのバカ〜!」
「…なんか、口ん中すっぱ…水くれねえ?」

ナギはすぐに水差しからグラスに水を注いでくれた。その間に、カガリは体を起こした。頭も痛い、身体中そこかしこ痛い。何したんだ俺?

「ほらよ」
「…さんきゅ」

新鮮な水で口の中をすすげば、どことなくすっきりする。なんか、どっしり疲労感がきた。ほんとになにしたんだ?
そのことをナギに聞けば、とんでもなく驚いた顔をしていた。

「噴水広場まで走ったかと思えばお前、吐いて倒れたんだよお前!それでもう次の日だぞ!」
「次の日…?…あ、そういや報告書…」
「そんなことかよ、お前が運ばれてすぐ、俺が出しといたよ。感謝しろよな、みんなのアイドルにこんなことさせておいてよ〜!」
「言ってろ」
「…いや、今回ばかりはマジに焦った。よかったぜ、もうなんともないのかよ?」
「…おう、そうだな。まだ頭いてえっていうか…腹減ったな」

そこで笑い出して、看護師に怒られて、ナギは退散していった。
…にしても、本当に記憶が無い。
なにがあったんだ?俺に…。たしか、軍部に行って、そこで後ろから…。そう、あれは確かシアの言ってた『クラサメくん』。
そうだ!シアだ!
いつもならば倒れたカガリを心配してすっ飛んでくるのに。声をかけても返事がない。どこに行った?あいつを探すのは骨が折れるんだ。

看護士はカガリにまだ安静だと言った。
だがそこでおとなしくするカガリではなかった。
深夜、魔導院は人っ子一人歩かない時刻。その時刻だからいい。幽霊を探すには人間は邪魔なんだ。
カガリは病衣に素足で走りだした。

「(ああ、あそこのメシマズかった。ついでにリフレでなにかかっぱらおう)」

さあ、あのお騒がせ幽霊は何処に行った?



夜空の瞳に君が映る




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