仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の密通 Act.2



「ハーッハッハッハッ!」

個性の塊のようなその高笑いに一同は困惑するばかり。
ただ一人を除いて。

その高笑いの元は空高くから、宙に浮く椅子に座ったままの姿勢で降りてきた。
陽の光に一番近いというのに、顔色は真っ白で血色の悪さが目に見える。
もちろん、ため息をついている者と同じように、シキは彼と面識があった。そして他人のふりをしたくなる理由が理解できた。
なるほど、これはわからざるをえない。
そんなシキの気持ちを置き去りにして、彼…自称「薔薇のディスト」は声高に演説を始めたのである。

「野蛮な猿ども、とくと聞くがいい。美しき我が名を!我こそは神託の盾六神将、薔薇の…」
「おや、鼻垂れディストじゃないですか」

絶妙なタイミングでその演説を遮ったのは勿論ジェイドで、無表情で死んだ目をしている。あくまでも、仲のいいやつじゃあ無いよという体勢に入っていた。
可哀想に。
シキはコーラル城で拘束(?)されている中、彼から自分とジェイドがどれ程の中だったかをミミタコなほど聞かされたが、それは美化された思い出のようだ。

「死神ディストでしょ」
「話の長いディストだ」
「そうなの?」
「だった」
「ああ、シキはコーラル城で会ったのか」
「だまらっしゃーい!薔薇です!バーラ!」

椅子の上でワチャワチャと暴れながら講義するディストを尻目に、ルークたちは雑談を始めてしまう。もちろんディストは置いてけぼりで。

「私は神託の盾騎士団だから…。でも大佐は…?」
「私はあいつから長々と聞かされたけど…真偽の方は…」
「なんですシキ!信じていなかったのですか!そこの陰険ジェイドはこの天才ディスト様のかつての友!」

そこで話題の中心にいるかつての友と呼ばれた男を振り向けば、白々しいため息を付いてからその言葉をさらりと流して否定する。

「どこかの別ジェイドかと。」
「全くですね。どこのジェイドですか?そんな物好きは」
「なんですって!?」
「ほらほらぁ、怒るとまた鼻水が出ますよ」
「キィーーー!出ませんよ!」

完全に弄ばれているディストをみて、ここにいる殆どの者は残念なものを見るような目をしていた。
まさか、ここまでジェイドの手玉に取られてしまうものがいるとは…と、その目たちは語っている。かくいうシキも同じ目をしているのだから。
そうしているとディストの癇癪も収まったようで。
彼はようやく本来の目的を口に出した。

「ここにきたのは音譜盤と、そこのシキに用があってきたのです!」
「これですか?」
「それに…私?」

ジェイドは懐からその音譜盤を取り出して、シキはきょとんとジェイドの方を見る。そこで注意が削がれたのがいけなかった。
そこそこ大きさのあるはずの椅子はすさまじい速さで移動して、その音譜盤をジェイドの手からもぎ取っていく。
そしてシキの身体も何者かによって掬われていった。
この大きな手は何だ!?
球体に大きな二種類の手がついたそれを、ディストは後にカイザーディストRと呼んだ。とてもダサいと思った。そんなヒマではないが。

「う、わっ」
「ハハハ、油断しましたねえジェイド!」
「…なにを」
「フフフ、音譜盤は差し上げても良かったですが、上から言われてしまったので取り戻しに来たのですよ。そして少なからずことを知ってしまったシキには、この薔薇のディストについてきてもらいます!」
「何してんだオマエ!シキを誘拐するなんて!」
「命知らずだなあ…」

何故そこでジェイドを見るんだガイは!
シキはハサミのようになっている手の中からそう思った。
そして気がついた。
あの死霊使いの顔に。
一言で言えば、微笑んでいる。
だが注釈をつければ、恐ろしい微笑みだ。目が、笑っていない。
慈母の笑みなんてものからは程遠く、阿修羅の如き怒りの笑み。
完全に、キレている。

「あわわわわ」
「何を情けない声を出しているのですシキ!この私と来れるのです、確かにジェイドと離れるのは惜しいかもしれませんが、今はこの私との…」
「馬鹿ー!そんなもんじゃない。早く私を降ろせ!死ぬぞ!」

主にお前が。
だが時既に遅し。
ジェイドは譜術を唱え終わっていた。
豪快な音でいつもよりか威力が増したスプラッシュがシキの顔面スレスレのところで弾けて、カイザーディストを襲った。

「…はえ?」
「危ないだろうが!おいディスト「はえ」じゃない早く降ろせ降ろしてくださいこんなところでしにたくな、フワワーーッ」

焦ってディストに言い聞かせている間にもジェイドの譜術による追撃は止まらず襲いかかる。ジェイド以外はぽかんと突っ立っている。ルークなんて剣すら構えていない。何してんだ、助けろよ。シキはスプラッシュの恐怖と攻撃されているカイザーディストからの振動で、今にも目やら口やら鼻やらから色々なものが出そうだった。本当に出してしまえば見るも無残な状態になる。それだけは避けたい!だがそれ以上に死にたくない!

「ハッ!じぇ、ジェイド!いいのですかそんなことをしてっ!シキにあたる…」
「そんなことを?」
「うっ?」
「わたしが、するとでも?」

にっこりと。
今日一極上の笑顔を見せて、ジェイドは最後にセイントバブルを発動する。
密かに支援していたティアのアピアース・アクアによるFOF変化でそれはアイシクルレインへと生まれ変わった。
グシャ、と音を立てて、カイザーディストの腕がシキとともに落ちる。本体は空高く吹っ飛び、操縦者の悲鳴を上げながら、豪快に海へと落とされた。
シキは、まだハサミに捕まったままだった。

「これ、はずしてくれえ」

ぶんぶんとカイザー(以下略)に振り回されたり、譜術の振動で揺れたりで脳がまだ揺れている。それでもしっかりと意識を保っていられたところが評価して欲しいとシキはつたない思考で考える。
本体は海に消えたくせに、シキの身体を挟んで拘束するハサミの部分は未だシキを力強く抑えている。
くそ、変なところでしっかり仕事するなこの譜業は!
真っ先に駆け寄ったティアは、ファーストエイドをシキにかけてからロッドでハサミとシキの身体との間に隙間を開けようとするも、どうにも力が足りてない。ルークがたたっ斬っちまおうぜ!と景気良く言い出した。
もちろん、シキは恐ろしさに尻餅をついたまま後ずさる。

「ま、待とうルークそれは流石にやめたほうがいいって」
「なんでだよこの方がはえーだろ」
「危ないって!私も痛いのが好きな人間じゃないぞ!」

それでも引かないルークは剣を片手にじりじりと近寄ってくる。なんだよいつもは敵に向かって一直線でティアに「調子に乗らないで!」って言われてるのになんでこんな時だけ距離を測ったりするんだおかしいだろ誰か止めろよ−!
背中にトンと何かがあたって、あわや壁にぶつかったかと思ったが、そんなことはなかった。
いつもは傍から薄ら笑いで面白いものを(高みの)見物をしていたジェイドだ。
ジェイドはシキをハサミごとひょいと持ち上げて立たせてルークを静止した。

「ま、おふざけはここまでにしましょう。シキ、あの鼻垂れが作ったものですから解体できないことはありません。整備室にでもいけば道具はあるでしょう…ガイ、もちろん手伝ってくれますよねえ」
「俺か!?…まあ、わかるところは手伝うさ。ただ解体は旦那がやってくれよな?」
「ええ、まあ」

こうして一応大きな問題は解決できたわけだが、シキはバチカルに着くギリギリまでハサミと航海を共にすることとなった。
おかげで腰回りやら肩やらが傷んだことは言うまでもない!
シキにとって人生でワースト1位の船旅が決定した日だった。




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