仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の密通 Act.1


刺さる日差し、体力と足を奪う砂丘、乾く喉。
連絡船キャツベルトは無事ケセドニアへと到着した。

「私はここで失礼する。アリエッタのことをダアトの監査官に報告せねばならん」

突然の別れに駄々をこねるルークを、遠巻きに二人は見つめていた。

「貴女の言うこと、一応考慮しておきましょう。やれやれ、あの鼻垂れのリークですか…」
「だから…それはもういいだろう…」

いまだネチネチと気にしてくるジェイドにシキは呆れながらも、一行に遅れを取らないよう、キムラスカ領事館へ向かい歩を進めた。その途中、

「あらん…この辺りには似つかわしくない品のいいお・か・た」

ルークが女に絡まれた。シキはすぐに、何をされたのかを理解した。そして、彼らが誰なのかも。
いけないな、『知り合い』だなんてバレたら何を根掘り葉掘り聞かれるものかと。誰に、なんてわかりきっている。
アニスも玉の輿計画に目がくらんで気づいちゃいない。ジェイドは…だめだ、面白がっていやがる。ティアは気づいたらしく、もう既にナイフを手にとっている。
スリが去らんとしたとき、ティアも逃すまいと動いた。

「盗ったものを返しなさい」
「へ…あーっ!財布がねぇっ!?」

気づかれたことに舌打ちをして、女は態度を急変させる。こちらが本性だ。
こちらのほうが、私にも馴染みがあった。

「…はん!ぼんくらばかりじゃなかったか、ヨーク!後は任せた、ずらかるよウルシー!」

盗られた財布は宙を舞い、後ろに待機していた仲間に渡る。女はそのまま逃げ出した。やり口は変わっていないようだ。
ヨークも逃げ出すが、ティアのナイフが当たり足がもつれて倒れてしまう。
ティアが駆け寄る。…が、シキも動いた。

「私がやる。さあ、財布を渡してもらおう。渡したらとっとと行け。」
「アンタ…!けっ、ほらよ!」

誰にも見られぬよう、合図をする。
そして男は財布をシキの手に載せた瞬間、勢い良く立ち上がるとそのまま近くの民家の上に飛んだ。そこには先ほどの女、そしてその仲間もいた。

「…俺たち漆黒の翼を敵に回すたぁ、いい度胸だ。覚えてろよ」

屋根の上を伝って逃げたのだろう。姿が消えた。シキもルークに財布を渡すべく、一行の元へと戻った。
ルークは怒りながらも、シキから財布を受け取った。

「あいつらが漆黒の翼か!知ってりゃもう、ぎったぎたにしてやったのに!」
「あら、財布をすられた人間の発言とは思えないわね」
「ぎったぎたにするまえに、さ。言うことがあるだろ、ルーク」
「…さんきゅー」

顔を真っ赤にして怒る気も失せたのか、ルークはさっさと先に進み始めた。ティアは動かなかった大佐に憤慨している。やれやれだ。

「(あとで、落ち合おう。)」

キムラスカ領事館前、シキは領事館に入る一行に一旦別れを告げた。

「私がいなくても、話は進むだろ。ものを買い足してくる。後で港で合流するさ」
「まあ…いいでしょう」

なにか不満のある人が一名いるみたいだけど、私の言ってることは間違いじゃないぞ!
特に禁止する要因もなかったので、一行はシキによろしくと伝え、領事館邸に入った。
よろしくされたシキは早速、ケセドニアにある『胡蝶の夢』ギルドの駐在所までやってきた。買い物もするにはするが、こちらの用事を片付けてからだろう。
そこには予想通り、

「シキ!こっち入りな!」

ノワールたちがいた。そう、漆黒の翼の面々だ。

「変わりなさそうだな、さっきはすまなかった。」
「まだ少ししか経ってないだろうさ、そんなすぐ変わらないよ。それに、そんなこと気にしなくてもいいのさ、私達の仲だろうよ。」
「それはよかった。…な、少し話しておきたいんだ、頼みたいこともある。用意してほしいものがあるんだ。もちろん、ノワールたちにできること。」
「なんでも言っておくれ!」

シキは小さな声で、ノワールにあるものを頼む。
耳から口を離せば、きょとんとした顔をしているノワールが。…おかしなことは言ってないぞ!

「そんなんでいいのかい?」
「ああ、できれば凄い小さくて一見そんなものだとは思えないのがいい」
「わかったよ、アンタの頼みだ。ほら、行きな!先を急ぐんだろう?」
「ああ、くれぐれも、今言ったことには気をつけて…!」
「わかってるでゲスよ!」
「シキさん、これ持って行ってくれ」

放り投げられて、受け取ったのは綺麗な宝石のついたピアス。シキにはそれがなんだか分かる。とにかく便利なものだ。
たしかにこれがあれば役に立つ。

「ありがとう、それじゃあ!」
「気をつけて〜〜〜」

シキは急いでそこを離れた。
誰にも見られるわけにも行かない人間たちだ。
よもや誰も知らないだろう。誰にも言えない事だ。
昔は私も漆黒の翼の一味だったんだよ、なんて、誰にも。



後は皆に言ったとおり買い物して、暇して、情報収集したりして。少ししたからそろそろ港へ向かわねば。買い物袋を下げて鼻歌でも歌いながら、キムラスカ側の港へ向かっていたとき…

「シキー!」
「あれ?」

おそらく音譜盤を解析でもしにアスター邸に寄っていたのだろう皆が、大急ぎで、焦った顔でこちらへ向かってくる。
まさしく何者かに追われでもしているかのような形相で、みな全力でシキのいる方向へ…つまり港方面へと走ってきた。

「走れっ!船まで!」
「は?ちょ、なんなんだ?」
「六神将がきました。船まで逃げますよ」
「烈風のシンクが音譜盤とその情報を取り返しに来たの。とにかく走って!」
「お、おう」

ルークは最後尾にいるが追いつかれてはいないようだ。船に先に乗ることになるだろう。その時に援護をしなければならない。
何故彼は遅れているんだ?とおもったら、片手には彼の臣下がぶら下がっていた。なるほど、拾い上げたら差がついたのだろう。

「出発準備、完了しております」
「急いで出港しろ!」

タラップが上がり始める。だがルークはまだ乗船していない。
ルーク以外は船に乗り込んで、膝に手をついたり、肩で息をしたりとでルークの方を見ているものはいなかった。…ジェイド以外は。
タラップが完全に上がろうかというとき、ギリギリにルークはタラップにしがみついて、船はそのまま出港した。

「ルーク、ナイスランだ」
「はあ、はあ…お、おう」

連絡船キャツベルトはゆっくりとバチカルへ向かい漕ぎだした。

「ここまでくれば追ってこれないよな」
「くそ、烈風のシンクに襲われたとき、書類の一部を無くしたみたいだな」
「見せてください」

ああ、本当にドジを踏んだ。
会う間を惜しんで私もアスターの方へ向かっておくべきだった。
にしてもシンクは納得してくれていなかったらしい。ディストもとばっちりを受けたのだろう。まさか襲撃されるとは。
シンクにほとんど攻撃されずに個々まで逃げ切れたのがせめてもの救いか。彼の実力はその名に劣らぬものだろう。こちらが多勢でも、勝てるかどうか。
コーラル城でのあれはシキが先手を打てたから大丈夫だっただけで、あちらに先手を打たれればひとたまりもないだろう。
とりあえず今は、残った資料の内容だけでも知っておかなければならない。
内容は、同位体の研究…つまりレプリカの、ルークのことだった。書かれている者の中で一番に目を引いているのは、その数値。

「これは…ローレライの音素振動数か」

それはつまり、ルークの、アッシュの振動数がローレライと同じということ。
そのことからシキは合点がいった。なぜルークが、超振動を一人で起こすことができるのか。それは第七音素自体と振動数が同じだからだ。なるほど、誘拐もされるし、軟禁もされるわけだ。
ジェイドとかチリと目があって、一度ゆっくり目を伏せられる。つまり、後で話があります。とのことだ。
…やだなあ、逃げないって。逃げたいのはお前のくせに。

「はー、みんなよく知ってるな」
「まあ…。常識なんだよ、ホントは」
「仕方ないわ。これから知ればいいのよ」
「お、いいこと言うねえ!じゃあ基礎学習からだな、ほら、言い出しっぺのティア」
「え!?えっと…!そうだ!音素振動数はね…!」

部屋にいる全員からの生暖かい目を無視し切るのは中々大変だろうに。ティアは顔を真っ赤にさせながら音素について基礎的なものをルークに噛み砕いて教えていた。
そこからすぐに、フォミクリーの話に転じてしまった。
まあ、外面だけはとても有名な話だから、知られていても不思議ではない。外面だけは。

「フォミクリーって複写機みたいなもんだろ?」
「いえ、フォミクリーで作られるレプリカは、所詮ただの模造品です。見た目はそっくりですが音素振動数は変わってしまいます。同位体はできない…はずですよ」

本来ならばね。
ジェイドがちらりとルークを見るが、その本人は怒涛の知識の多さに頭をパンクさせていた。シキ以外は誰もその視線に気づかず、話は打ち切られる。
ルークがジェイドに違う話を振ろうとしていたが、それもまた突然の襲撃に打ち切られてしまった。

「神託の盾!」
「いけない、敵だわ!」

突如、部屋に侵入してきたのはすでに武器を手にした神託の盾兵だった。ドアを背中に座っていた者は立ち上がって急いで体制を整える。
入ってきた連中を難なく倒し、一行は甲板へと赴く。
…なにやら騒いでいる。

「ぐおっ!くそお、こいつ!」
「このタルロウX様が頂いたズラ!」

チョロチョロと動きまわる鉄が譜石を持って逃げまわっていた。どうやら船員はそれを奪われたらしく、必死になって取り返そうとするも、船の揺れやらなにやらで中々追いつけないし、動きまわる奴も中々機動力に長けているらしい。
譜石も重要な資源…ということで、取り返してやることが決定した。
ええい、急いでいる時に。

こんな時は一発解決しよう。

ガゥン!

「ず、ズラ…」

そのズラズラ言う鉄は腹に風穴を開けて鉄屑と化した。まったくもってあっけない最後に、一同口を開けてぽかんとしてい…るんだよな?あまりの哀れさにこちらを見ているんだよな?

「せめて一言言うべきですよ、シキ」
「あっ…そうか。驚かせてゴメン、みんな」
「い、いや」
「女って…」
「…次からはお願いするわ、ひ・と・こ・と」
「あい…」

皆の思考からは既に、穴の空いた鉄屑は消えていた。
船員は取り返した譜石をガタガタ震えながらシキに手渡した。
そんなに怯えなくても。

「…そいで敵のボスはどこにいんだよ、とっとと終わらせようぜ!」

船尾部方面の甲板に周り、船は全体の敵を一掃したこととなる。
だが対面したのはどれもしたっぱばかりで、敵の中心が見えない。
空から来るならば敵の数は無限大だ。ならばリーダーを叩かなければ!
誰もがそう考えていたとき、空から、

「ハーッハッハッハッ!」

独特な高笑いが降り響いた。
殆どの者は驚いたように上空を見上げたが、ただ一人、額に手を当てて、やれやれとため息をついた。



*
タルロウに恨みなんて欠片もございません。




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