仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の推論 Act.6



「うん…ジェイド?」
「…気が付きましたか」

ぼんやりとしていた視界がクリアになって、とりあえず頭を動かしたら横に本を読んでいたジェイドがいた。
そういえばさっきこいつのために涙が出たな、こっ恥ずかしい。
そんな思いが今更こみ上げて、少し首周りが暑くなる。

「…ここ、どこだ?軍港?」
「はい、コーラル城から戻ってまだそこまで経ってはいませんよ」
「そうか…」

ゆるゆると起き上がれば、頭に少しだけ痛みが走る。甘噛みとはいえ、ライガの歯は痛いものだった。
頭を押さえると、それを察してかジェイドは背中を支えて起き上がるのを手助けした。シキもそれを振り払うことなく(いつもならば、いやいやと手を押しのけていただろう。)その恩恵に預った。

「悪かったな、油断して…」
「ええ、まったくです。アリエッタとの戦闘はなかったものの、ルークが帰り際おかしな魔物と戦うことになって大変だったんですから…」

本当に大変だった、と肩をすくめてジェイドはアピールした。
とんでもないことがあったということだけ、理解しておこう。
今は、違うことを話しておかなければならないから。

「…ルークは、レプリカだ。被験者は鮮血のアッシュで、完全同意体」
「っなにを、」

持っていた本を取り落とすんじゃないかというくらい、ジェイドは驚いていた。ここまで表情を出すのはとても珍しい。だが今の状況もかなり珍しいものだろう。完全同位体なんて、作れるものではないと思われていたのだから…。

「今回は同調フォンスロットを開こうとしてルークをコーラル城に呼び寄せた。あの機械はディストの作ったフォミクリーのもので間違いないよ」
「…やはり、そうでしたか」

またずれてもいないのに。
ジェイドは眼鏡の位置を直す動作をする。

「確信は持てたか?もう言い逃れはできないぞ」
「…そう、ですね。あなたの手前、それはできたことではありません」

過去、フォミクリー、レプリカ、完全同位体、同調フォンスロット…大爆発。
これから起こるだろう事柄が高速で脳内を駆け巡っていく。どうすべきか、つたえるべきか、できるのか。ジェイドは思考の海に身を投げかけたとき。
不意に手を握った。シキが、ジェイドの手を。

「一緒に考えるくらい、してやるよ。手伝うし、その罪を見ていてやろう、お前がどう償うか…」
「…いいのですか。関わり合いたくはないのではないのですか?」
「言い出しっぺは私だから…。地獄まで、一緒に行ってやるよ。ジェイド・カーティス」

その手を強く握り直して、シキはジェイドに向かって微笑んだ。
今まで不敵な笑みくらいは向けたことがあったが、ここまで自然な笑みを浮かべたのは初めてではなかろうか。だがどちらもそんなことを考えつくことはない。
事態は急速に動いている。

「…これ、やるよ。話したんだ、ディストと…。ほぼ私が殴り倒してたようなもんだけど…。フォンスロットは開かないよう言ったから、まだ危ない時じゃない…ハズ」

そう言ってシキが取り出したのは、不自然に思っていた音譜盤。曰くディストにはルークの資料を取らせたのだとか。あれは検査のためだけに動かさせたらしい。
確かに、完全同位体が同調フォンスロットを開くことは大爆発の可能性を大きく上昇させるものだ。シキも、そのことを考慮してディストを止めに話をつけたのだろう。
その音譜盤を受け取って、ジェイドは…がしりと、自身の手に重ねられてていたシキの手を自分の手をさらに重ねることで捕らえた。

「…ではそこのところを、詳しく」
「…ん?」
「あの鼻垂れと話をしたのでしょう。詳しく、と」
「えっ…そんな、別に穏便に…世間話…」

いきなり雰囲気を変えにじり寄るジェイドにたじろぐシキ。あれ?さっきまでの爽やかさは?どこに行ったの?とシキは冷や汗を垂らす。
目の前にいたのは過去と対面し殊勝な顔をしていたジェイド・カーティスではない。既に、因縁の相手に対し死霊使い性(主に鬼畜さ、冷酷さ、眼鏡さである)を持った、いつものジェイド。あの薄ら笑いも添えて。

「さあ、お話してください。じっくりと」
「な、何もなかったってば〜!ジェイドのアホ〜!」

前言撤回は、しなかった…らしい。



「ルーク!」
「ん…シキ!目ぇ覚めたのかよ!」
「ああ、心配かけた。あの後ルークも攫われたそうじゃないか、なんともないか?一応診ることもできるが」

港から海を眺めていたらしいルークは振り返ってシキを歓迎した。他の者達の所在を聞けば、皆それぞれ思い思いに過ごしているらしい。

「…コーラル城はルークが誘拐されて初めて見つけられた場所だったって?どう思ったんだ?」
「どう思ったって…古いしボロいし機械も魔物は変なのはいるわで、つまんねートコだったぜ」

その言葉に苦笑しながら、シキは魔物についての話題を振ったりして、切り口を探す。
どうすれば、心を損なわずに彼に伝えられるだろうか。
確信はあるのだ。もう既に、ルークがレプリカであるという事実が。

レプリカ。
第七音素を使用して、元あるものの情報を用いて模造品を作り出す技術。それは、生きている人間ですら模造する禁忌。それができる道具がそろっていたコーラル城。
そしてそこで発見された記憶を失くした『ルーク』。
フォミクリーで創りだされたレプリカは外面は完璧に作られてはいる。だが作り出されたレプリカ自身には歴史などなく、全くの新しいもの、生まれたばかりの赤ん坊に等しい。
彼はどう受け止めるのだろうか。
まさか、『ルーク』だと思っていたのに、違うものだなんて…。彼は幼いから、その事実の先に気づける可能性は低いのだ。
まだ、その時ではない。

「そ・こ・で!俺が烈破掌でトドメさしたんだよ!へへ、すげーだろ!」
「ふふ、頼もしいな。ヴァン謡将もそのうち越えるんじゃないか?にしても興味深い。喋る剣か、見てみたかった」
「お前俺達が戦ってても目覚めなかったよなあ。…なあ、ほんっとーにどこも何もねえの?」
「大丈夫さ、ほら、ピンピンしているだろうに」
「お前見るたびボロボロだしなあ」
「信用ないなあ」

だって今回の原因の大半は薬物によるものだし…閑話休題。
コーラル城のあの音機関はフォミクリーのもの。これもディスト自身が言っていたので間違いはない。
…そうだ、ルークの発見に関わっていた者は?

「そういえばルーク、あのコーラル城で、お前を一番に見つけたのは誰だったんだ?ファブレ公爵か?白光騎士団…か?」
「あ?ああ!ヴァン師匠だ!」

嬉しそうに話すルークには申し訳ないことだが、決まった。
一番に気をつけるべきはヴァン・グランツ、あの男だ。
ティアが暗殺を企てた一番の重要人物。気をつけねばならない。何を考えているのか…話を聞くべきだろう。

「ルーク、おっ、ここにいたか…シキ!目が覚めたのか、良かったぜ」
「ガイ!どうしたんだよ!」
「夕飯だってよ、呼びに来たんだ」
「おー、じゃあ行くわ」
「私も行こう」

気をつけなければいけない。明日の船にも、ヴァンはいる。


「いい旅を!」

一夜明けて、ケセドニアへ向かう船が出た。
シキの傷もすっかり癒えて、綺麗なシキの出来上がりだ。
何やらこの任務始まって以来怪我ばかりしているような気がしないでもないが…そんなことはないだろう。流石に、ケセドニアにつくまでの短い間に何があるわけでもなかろう。
出港して何もすることのないシキは自分に当てられた部屋で一人荷物の整理をしていた。暫くして、ルークがやってきた。暇を持て余しているらしい。

「ルークは、自分が何者かわかるか?」
「はあ?」

シキは隣でカバンから出したものを珍しげに見ていたルークに突如声をかける。
ルークは素っ頓狂な声を上げて、訳がわからなそうな顔をしている。

「人間っていうのはな、いままで当たり前のように接してきていても、何かの引き金で簡単に手のひらを返すような生き物なんだ。事実を知っているかなんて、ほとんどの人間にはわからないし、見分けがつくかも、ほとんどの人間にはわからないことなんだよ」
「それとさっきのと、関係あんのか?」
「…宿題だな」

ゲー!と嫌そうな声を出して、ルークは足を引く。そんな椅子から立ち上がるほどでもなかろうに…。
シキは手帳にサラサラと書いて、破り取ってそのページをルークに渡した。

『自分は一体何者なのか』

そう書かれたメモを、ルークは渋々ポケットに突っ込んだ。
…洗濯するときには出せよ!

「いくら時間をかけてもいいから、わかったら私に教えてくれ」
「しかたねーなあ…」

ルークは受け取って部屋を出て行った。
シキも、ちょうど整理が終わったところで、風を受けに甲板に出た。
甲板にはルークや導師イオン達も来ていた。
ルークはティアと話をしているようだ。

…にしても、なんだろう。この船に乗ってから、第七音素が異様な動きをしている。ジェイドは第七音素を使えないからわからないかもしれないが、第七音素にも対応させたこの譜眼ならわかる。どこか、おかしな空気のようだ。
ここにいても何がわかるわけでもないと、シキは甲板船尾部へ移動する。白い曳き波が見えるだけで、何も変わった様子はない。
気のせいだろうか?いや、この第七音素は紛れも無くおかしい。
だがまともな計測器なども持っていないし、この船にも積まれていないだろう。どうしたものか…。

「シキじゃねーか、なあ、ヴァン師匠見なかったか?」
「…ルーク。いや、見ていないな。聞きたいことでもあるのか?私で良ければ答えるが」
「ちげーよ、呼ばれてんの。へへ、俺に何かあんのかな」
「さっきはティアと話してたよな、彼女はどうしたんだ?」

何やら考えることがあるらしく、ルークはもごもごと口を開かない。ここは聞かずにおいてやるものだろう。

「…私は第七音素を探っていてな。なんだか変な感じがしてな…」
「第七音素…?ああ、そういやシキも第七音譜術士だったな。あんま使ってるところ見ねえけど…」
「私は自然治癒派だから、必要以上に使わないだけさ。戦闘中危機を感じたら使うさ」
「ふーん…で?それの何が変なんだよ?」
「…異様に集まってるんだよな。ルークは息苦しく感じないか?こう、詰まるような…ルーク?」

もう一度第七音素のフォンスロットを開いて集中してみていると、ルークが突然うずくまりだしたことに気づく。頭を抑えて、冷や汗も出ている。ガイに聞いたことがあった。これが発作か!

「ルーク、落ち着け。薬とかはないのか?」
「そんな、もん…!あったら…うっ!?」

どこからともなく光が現れる。
これは…第七音素!
それはルークを包み込んだかと思うと、ルーク自身が薄く発光し始める。これはなんだ?この現象は彼がレプリカだからで説明できるものじゃない!
突然、上から糸で吊るされているかのように立ち上がり、両手を船外の方へ…空へと向けてつきだした。
頭だけでキョロキョロあたりを見回して、恐れるような顔をしている。

「だ、誰だ!?」

誰かがルークを操っているらしい。何者かの声が彼の頭のなかに響いて、そして彼を操り何かをなそうとしている。
止めなければならない。
この第七音素の動きは知っている。超振動だ!

「ルーク、落ち着け。お前はお前だ、その身体も意志も記憶もお前のものだ。他の何にも犯されることはないんだ。自身の中にあるその力の主導権を取れ。深呼吸だ。」
「は、っはあ…ぐ…」

光が点滅して、段々とルークの手から力が抜けていく。シキは優しく声をかけ、ルークの背中をさすり続けた。

「その力はどこにある?外に出すべきではないのはわかるだろう?ゆっくり、ゆっくり自分の内へと集めて、散らばすんだ。ゆっくり」
「はあ…」

どさり。
ルークは第七音素を使ったことによる疲労、激しい頭痛、謎の声と怒涛の勢いで事件が続いたからか、尻もちをついてだらしなく座り込んでいた。
シキも心配するようにその隣に膝をつく。

「ルークは…一人で超振動が可能なのか?」
「はあ?超振動…?なんだそりゃ」

疲れきった顔で、だがルークはちゃんと耳を傾けてくれた。

「超振動っていうのは、まったく同じ音素どうしで干渉し合うことで起こるもので、どんなものでも分解してしまう力…だな。簡単に言うと音素と音素で超振動だ」
「は、わけわかんねー。それが、俺一人で出来るって?一人じゃ出来ねーのかよ?」
「もちろん、無理だ。それどころか理論上のものだった…。できたとして擬似超振動なんだよ」
「擬似超振動…あ、ティアと、俺がタタル渓谷まで飛ばされたやつか」
「それとは違って、超振動は威力が絶大だ。…ルーク、間違っても使うべきではないからな。今、お前には自分でも制御できていないし、何者かの干渉を受けていた…。使いこなせなければ、身近な者を分解して…殺すかもしれない、自分すらも。心に刻んでおくんだ。いいね」
「こ、殺す…?わ、かった。使わねーよ」

青ざめて、かすかに震えているのがわかる。
そりゃそうだ、自分の中に得体のしれないものがあり、干渉されている。恐ろしい事この上ない。しかもその力は他人に害をなすかもしれないのだ。
一応、フォローしておかなければ。

「…帰ったら、いや、今からだな。ルーク、第七音素の使い方を知らなければいけないよ。お前のために、皆のために」
「…ちえ、結局勉強かよ」
「自分に殺されるよりかいいだろう。お前は自分を今少しだけ知ったんだ。もっと知ったほうがいいさ。…大丈夫、知る意欲に周りもついてきてくれるさ」
「しゃーねえ、ガイにでもきいてみっかなあ」
「…彼よりかは、ティアのほうがいいぞ」
「は、はあっ?誰があんな冷血女に!」

体力も精神も元通りになったのか、ルークは立ち上がってここでヴァンを待つと言い残した。シキもこのことをジェイドに話しに戻らねばなるまい。
そういえば、第七音素もいつの間にか落ち着きを取り戻している。息苦しいような感覚もない。これにも、ルークが関係しているのだろうか。
見かけは良くして、シキはルークに別れを告げた。
振り向いたとき、その顔はただ『無』になる。
ああよもや知らないだろう。
この会話の殆どを聞いていたのがまさか敬愛する師匠だなんて…。隠れていた理由は何だ?
だがこの推理は一つの結論に辿り着く。

ヴァンは黒だ。
それも、とてつもない闇だ。

振り返らず、シキは甲板を去った。





【なんでもです】シキ、ルーク、ティア、ガイ、ジェイド

「シキのカバンってなんでも入ってんな」
「鍵付きロープ…もあったわね」
「僕に使った聴診器もあのカバンから出てきましたよね」
「他にも本だとか、書類だとか…まさしく『なんでもカバン』だな」
 「ああシキ、そっちに魔物が行きましたよ」
 「そこかあっ!」
「…」
「…」
「…銃も…あそこから出してるんだな」
「『なんでも』にも、程度があると思うわ…」


【ウーマンキラー】シキ、ジェイド、アニス

「常々思ってましたけど、ハイランダーさんって女性に縁がありますよね!」
「そうかな?」
「そういえば…フーブラス川ではティアが受け止められて頬を染めてましたねえ」
「根暗ッタにも人気ありますよね!…あとライガ?」
「アリエッタは恩を感じてるだけだろう。ライガも…」
「全部メスだったりして!」
「さあ?わからないな?私は自分のやりたいようにやるだけさ」
「そのあたりがウーマンキラーなのかも〜」
「ですねえ」


【とらわれの】シキ、ルーク、ジェイド、アニス、イオン

「いやあ面目ない。まさか攫われるとは」
「全くです」
「大したことなくてよかったじゃねーか。ネチネチ責めるのやめとけよな、あんたも」
「はうっ、ルークさま、まさかのハイランダーさん狙いぃ?」
「ルークは『アニスの王子様』でしたよね?ではシキがお姫様なんでしょうか。お姫様は攫われるものですし」
「イオン様まで〜!」
「ルークのお姫様はこの面子内では誰かと言ったらティアが妥当じゃないのか?なあルーク」
「はあ?お前もっと寝てたほうが良かったんじゃねーの!?」
「じゃあハイランダーさんの王子様って〜?ハイ、イオン様!」
「ジェイドじゃないでしょうか」
「おや」
「なるほど〜!ハイランダーさんを運んだの、大佐ですもんね〜!しかもよ・こ・だ・きで!きゃわ〜ん!(よしっライバルが減った!)」
「だ、そうですよ、シキ」
「やだあ〜〜〜!」
「やれやれです」




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