仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の推論 Act.5



「にしてもアンタ、ホントありえないね!徹頭徹尾自分が人質だってこと忘れてんじゃないの!?」
「それはすまなかったと思う」

アリエッタもディストも泣き止んで、やっとこさ一同は落ち着いたようだ。
先程ディストの譜業人形がルーク達一行がコーラル城に着いたことを確認したらしい。それまでの間、シキが何をしていたかといえば優雅に茶をしばいていた。ティーセットはディスト持参のものだ。

「アリエッタ、総長に聞いてみます。あの…イオンさまの、話も聞いてみます。皆とも…お話します。シキの言ったとおりなら…アリエッタ、総長のこと許しません!」
「私の言ったとおりじゃなかったらどうしよう…」
「…そのときは、シキのこと、許しません。地の果てまで追いかけて殺す…です」

物騒なんてレベルじゃねーぞ!どういう教育したんだ導師の被験者は!
引きつった笑みを浮かべながら、シキはアリエッタの頭をなでた。
それにしても。

「総長…やはりレプリカにはヴァンが関わっているんだな?そうだろう。それを知っておきながらルークに協力する…いや、依存させている…。裏があるねえきなくさいやっぱり神託の盾は信用ならない」
「あっ!ほらあ!アリエッタ、やっぱり口を滑らせたね!」
「あうぅ〜…」
「アリエッタが言わなくてもディストに聞いてたさ、そうかっかしないの空虚系男子」
「なぐるよ」

いい笑顔でシンクが拳を構えたとき、一匹のライガがアリエッタのもとに舞い戻った。ルークたちが近いという知らせらしい。
知らせを聞いた三人は迎え撃つ準備をするが、さてシキはどうしたものか。それらしくしておかないと、嫌味眼鏡がまた何を言うか…。
そのことをポツリとこぼせば、ディストがいい案があるという。なんだろう。

「眠っていてもらいましょう」
「おねがい」

ディストが何処からともなく取り出した注射器が首筋に刺さり、アリエッタが『おねがい』したライガが再度、甘噛ではあるが同じ所にかぶりつく。それは軽くかんだ程度ではあるものの、傷の塞がっていないところからはまたつうと血が伝う。

「えぅ…」

シキはここに来た時と同じように気を失った。





「シキ!」

一羽のフレスベルグが、頭から血を流したシキの肩を掴んで飛び去っていく。急いで軍港内に入ると、港内は煙で覆われ、負傷者が多くいた。その奥で、アリエッタとヴァン謡将が対峙していた。

「アリエッタ、誰の許しを得てこんなことをしている!」
「やっぱりアリエッタ!人にメイワクかけちゃ駄目なんだよ!」

アニスの声に気づいたヴァンは、剣を下ろすことなく応えた。どうやら、アリエッタが港を魔物に襲わせていたらしい。ならば何故シキが連れ去られて?

「総長…ごめんなさい…。アッシュに頼まれて…」
「アッシュだと…!」

ヴァンの動揺した一瞬の隙を付き、アリエッタは魔物の脚を掴んで飛び上がる。これでは攻撃もできない。
遠隔で攻撃できる者は今まさに攫われてしまったところなのだから…。

「船を修理できる整備士さんは、アリエッタがつれていきます。返して欲しければ、ルークとイオン様がコーラル城へ来い…です。二人がこないと…あの人たち…ころす、です」

飛び去ろうとするアリエッタ。せめてと、ジェイドは声を上げた。

「待ちなさい、シキをどうするつもりですか!」

先程上空を吊るされながら通過していったシキ。あのままではさすがの彼女も危険だろう。
ジェイドの声に止まったアリエッタは、何を思ったか自慢気な笑みを浮かべる。

「シキは…その、わたしのもの、です…!」

不穏な言葉を残して、もう振り返ることはなく飛び去った。

「はえー…ハイランダーさんって、ウーマンキラー?」
「…そんなことはないはずですがね」


船は全滅で、ジェイドもそこは専門外なため何もできることはなかった。これほどもどかしく感じるとは。ジェイドはずれてもいない眼鏡の位置を治す。
シキはコーラル城という、過去にファブレ公爵の別荘であった場所に連れ去られたとか。
助けに行きたいのもやまやまだが、今は使命のほうが優先だろう。彼女一人のためだけに、戦争が起こったなどとあってはいけない。
ヴァン謡将も同じ考えのようで、ルークとイオン、アリエッタに呼ばれた二人に動かないよう釘を差していた。
しかたあるまい、それが優先事項なのだから…。
諦めかけたその時、二人の整備士が声をかけてきた。

「お待ち下さい、導師イオン!」

結果、彼ら残された整備士の声はジェイドにとっても救われる言葉となる。
整備士長を助けて欲しいと懇願する者達の言葉を、イオンは聞き入れた。

「…よろしいのですか?」
「アリエッタは、私に来るよう言っていたのです」

そこからなし崩すように賛同者も増え、ティアやアニス、ガイもコーラル城に行くことに賛成し始める。
ルークは未だ渋っているようだ。ミュウに聞かれて苦い顔をしている。

「行きたくね−…って、言いたいトコだけど、シキが攫われちまったし。あいつがいたほうが面白いからな。ヴァン師匠は行かなくていいっつったけど、シキが気になるし」
「はぅあ!ハイランダーさんに先手を取られたっ!?」
「アリエッタも、あなたに来るよう言っていましたしね」

整備士達は出発を決めたルークたちに感謝し、涙すら流していた。ルークたちの手を一つ一つ握って感謝を述べ、(ジェイドは 丁重に その手を断った。)最後コーラル城の位置を伝えて仕事場へと戻っていった。

「…だそうです。行きましょうか」
「…ん?あんたはコーラル城に行くのに反対してるんじゃないのか?」

それは当たり前の考えだろう。
この旅は人助けの旅でも、六神将の言うことを聞く旅でもない。親書を無事届け、和平を結ぶための旅なのだ。この行動は無駄の一言で片付けることもできる。
だが…

「シキも、いなくては困るのでしょう。ルークが助けたいというのなら私もそれに乗っからせていただくだけです。正直、彼女一人攫われただけでは動けませんからね」
「…なんじゃそりゃ。変な奴」

嫌味な奴!と、彼女がここにいたのならすねを蹴りながら(自分はそれをヒョイと避けつつ。)叫んでいたことだろう。
ここにいたのなら。

当然馬車なんてものを使うわけにも行かないため、歩きで一行はコーラル城へと赴いた。岬にポツリと佇む廃棄された城は管理が行き届いているわけではなく、魔物の住処と化している。
だが、ティアも気づいたようでここ最近のものと見える人の手が入っている。誰かがここにいる、ここで何かをしている。
そして彼女もここにいるだろう。

「整備隊長とやらは中かな?あとシキも…。行ってみようぜ」

そう言ったガイに頷いて、ルークを先頭に城の中へ入った。
城内にはモンスターと、残念なことに見覚えのある癖が見える譜業人形…。確信は持てないが、ある人物が関わっていることを推測しておこう。遭遇したくはないけれど。
奥へ奥へと進んで、ルークがポルターガイストを取り逃がしたり、ミュウがネズミに追われてヒントを得たり。
紆余曲折あって着いた場所で発見したものが、ジェイドの記憶を揺さぶった。

過去が闇を伝ってお前を捕まえに来たぞ。

シキの言葉が頭のなかで繰り返される。
ルークたちもその『謎の機械』を見て騒ぎ立てている。動揺してつい、声を漏らせばアニスがジェイドを追及してくる。

「…いえ、確信が持てないと…。いや、できたとしても…」

いつもどおりの冷静さを装って、その場から逃げるしかあるまい。今ここで知るというのは、あまりにも。
どう逃げ出すか考えだしたとき、ネズミの物音に驚いたアニスがガイに飛びついた。そこで彼は誰に飛びつかれたかを理解した途端、尋常ではない飛びのき方をしたではないか。いつもならば、ただガタガタと震えるだけであろうに。
そのこともあり、ジェイドの『お話』はなあなあになって、一行は城内の奥へと歩を進めた。
この時だけは、ガイには申し訳ないことだが感謝した。

「いたぞ!」

階段の上を走っていくライガを追いかけて、ルークとアニスと導師イオン…とミュウが先走っていく。全く、罠という概念を持たない者と行動するというのはとても疲れるものなのだと、再度ジェイドは実感し、ため息も程々に、罠を考慮していた組(なぜガイも含まれているかは、先ほどのお話に関わるものとしてスルーしておこう。)は急いで三人と一匹の後を追った。
案の定、

「ルーク!」
「もう…!ドジね…!」

シキを攫ったものと同じかは分からないが、フレスベルグに首根っこを掴まれて上空を旋回している。導師をかばったらしいアニスは落とされていた。
ルークを屋上の外に落としたかと思えば、見覚えのある椅子が拾い上げ、また残念なことに見覚えのある人物がその後を追うのが見えた。頭痛がしそうだ…。
対面しているのはアリエッタ。その側に寄り添うライガの背中には…

「っシキ!」

頭を鮮血に濡らしたシキが、ぐったりと横たわっている。整備隊長ですらしっかりと座っているのに、何をされたのか!
止める間もなく、アリエッタもライガの背に乗り走り去ってしまった。流石に同じ道を辿って追うことは人間の体には厳しい。
惜しくも諦める他なかった。

「…ディストも絡んでいましたか。やれやれですね…」

あの様子から、命を取ることはないだろう。
一番必要とされている導師もまだこちらにいらっしゃる。
そのことを皆に伝え、とりあえず思い当たる場所へ戻ることにする。ルークを攫っていくのなら、やることも限られてくる。
先ほどの、『謎の機械』の場所へ。

ガイが先陣を切ってその場に残っていた烈風のシンクに斬りかかる。どうやらあの鼻垂れは既に去ったようだ。アリエッタもいない。
ルークは『謎の機械』で何か行われていたようだが、本人は気を失っていて何が何だか…という状況にあった。
この機械でできることといったら…これは後にしよう。まずは、屋上にいるというアリエッタから、整備隊長とついでにシキを助け出すのが先決だ。
…ついで、とつけたのはジェイドだけのようだが。

「来た…です」

アリエッタはフレスベルグとライガとともに屋上にいた。
整備隊長とともに、屋上の石畳に転がされているのはシキだ。遠目でも息があるのが確認できてジェイドは少しだけ肩の荷を下ろした。

「攻撃してこねーのかよ!?お前!」

ルークですら、もう既に剣に手をおいていつでも抜いて戦えるよう身構えている。
アリエッタは、とても落ち着いた様子でライガに二人を乗せた。そのライガはゆっくりとこちらへ近寄ってきた。

「なんだよ、やっぱりやろうってのか!?」
「いえ、ルーク!待って!」

ティアの制止によりルークが柄から手を離し、様子をうかがった。ライガはルークたちから少し離れたところに二人を背から下ろした。
ティアが近寄って確認する。外傷があるのはシキだけのようだ。意識がないのも、シキだけだが。

「…返し、ます。アリエッタ、もう行きます」
「はえ?ちょっと根暗ッタ!どういうこと?」
「もうっ!アリエッタ、根暗じゃない!…イオンさま、今度、お話させてください、です」

それからはもうあっけないほどあっさりと、アリエッタはその場から立ち去った。少し騒がしいのは、助かったとわかりすすり泣く整備隊長くらいだろう。

「これはどういうことだ?」

静けさが訪れた中、突如後ろから現れたのはカイツール軍港で別れたヴァン謡将だった。
ルークが眉をひそめて師の名を呼ぶ。言いつけを守らなかったことを気にしているのだろう。

「カイツールから導師到着の伝令が来ぬから、もしやと思いここへ来てみれば…」
「すみません、ヴァン…」
「…過ぎたことを言っても始まりません。アリエッタは…私が後日話をつけましょう、よろしいですか?」
「…僕も、彼女と話をせねばいけませんね…」

アリエッタの起こしたことはそれほどの罪にはならないそうだ。
軍港の被害は船の破損のみ。奇跡的に死者は出ず、負傷者もそこまでの重傷者が出ていないそうだ。
彼女は軽い査問にかけられることだろう、とのことだ。
ヴァンは兵と馬車をルークにすすめたが、ルークはそれを断っていた。そこらをほっつきたいらしい。
ジェイドとしても、せめてティアにシキを診てもらいたいものだし、彼女と話し合いたいこともある。
いまだ意識のないシキを抱きかかえたとき、彼女の白衣の内ポケットに、音譜盤があることに気がついた。彼女はいつも手書きで資料を持ち歩くし、自室に音譜盤の解析機すら持っていないだろう。なのに何故。そもそも彼女の荷物にあったものではないだろう。
謎が深まって、一行は屋上を後にした。
ああ、この身体はなんと軽いのか。




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