仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の推論 Act.4



痛い。
頭と…肩。
頭はわかる。なんで肩?
というより、ここはどこなんだ、しっかりするんだシキ・ハイランダー。
頬や手が当たる床は冷たい石の感触がする。意識がはっきりしてきた。
話し声がする…アリエッタ?

「シンク!シキに、乱暴はダメ…!です!」
「こんな奴が使えるとは思えないけどね!」

アリエッタの声だ。それと…苛ついた少年の声。どこかで聞いた覚えがなくはない、かも。
にしても転がしておくのやめて欲しい。冷たいし硬いし痛いから…。あ、方が痛いのは姿勢が悪かったからか。
ぐらぐらする頭をかばいつつ、ゆっくりとシキは起き上がった。

「あっ…シキ!起きた…です」
「う…おはようかな?アリエッタ、ここは…?」

ジメジメしているし、そこかしこから魔物の気配がする。微かに潮の臭がする、波の音も。海の近くだろうか。

「ここ…コーラル城…アッシュが、言ってたトコ…です」
「アリエッタ!仲良しごっこしてるなよ、余計なこと喋ったらどうすんだ、ただでさえオツムが弱いってのに!」
「アリエッタ、そんなことない!シンクのイジワルゥ〜!」

二人はその場でキャンキャンと言い争いを始めてしまった。くらくらする…血が足りてないんだ、静かにして欲しい。
言い争う二人に、機械音とともに誰かが近寄ってきた。
くらくらする頭が重くて持ちあげられないシキの視線からは、近づいてきたと見えるのは宙に浮いた豪華な椅子だった。
紫色のズボンが足を組んでいる。

「キイーーー!あなた達うるさいですよっ!この美し〜い私の頭に何かあったらどうするのですかっ!?」
「その方が世のためなんじゃない!?」
「うわあぁ〜〜ん、シンクのばか〜〜!」

この癪に障る甲高い声。セントビナーでも聞いた、最後椅子に乗って空に消えたやつ!
休息に頭が冷える感覚がして、朦朧とする頭を無理やり起こす。
そこにいたのは、予想通りの顔、昔とは一風変わった、神託の盾の死神ディスト!

「ム…そこの女は?」
「…へえ。やっぱり、いいことがあったよまさか死神様に会えるなんて。運がいいなあ私は」
「何を言うんですかっ!薔薇ですよばーら!薔 薇 の!ディストですよまったく!」

ゆらりと立ち上がって、シキは銃を両手に持った。いつもとは違う構えで、長銃を撃てる構えではない。
武器を構えたシキを警戒してシンクが飛び退く。
アリエッタは状況がまだいまいち飲み込めておらず、ディストもとぼけた顔のままだった。

かちり。

シキの手の中から軽い音がして、石の城の中を反響する。誰もどこからした音なのかわからず、肩をビクリと震わせる。
次の瞬間、

「さあ吐けサフィール・ワイヨン・ネイス!あの禁忌を犯したのはお前だな、何も言いたくないのなら、その身がどうなってもしらないからな!」

シキの手の中にあったはずの一本の長銃は二つに分かれていた。
シキはまず威嚇射撃に一発、ディストの足元に撃った。それは光弾となりバァンと大きな音を立てて狙った場所へ見事に当たる。

「答えるんだ。なぜあのジェイド・カーティスがわざわざ封印した禁忌を破った?目的を言え。次は椅子の…足だな」

シキはその双銃の狙いを動かすことなく淡々と話し続ける。片方はディストへ、片方はシキを警戒し、今にも攻撃せんとすシンクの方へと。
シンクは動けないことに苛つき舌打ちをし、ディストはガタガタと震えていた。シキの顔を見て、恐ろしい物を見たように。

「お、おまえは!あの時の女ですね、そうでしょう、その双銃、見た覚えがありますよ!」

指差してそう叫ぶディストに、溜息をつく。
バァン!

「次は手すり、その次はお前の脚だ。早く答えろ」

装填する必要がないため、撃たせてリロードの隙を狙うこともできない。それ以上に、彼女自身に全くの隙がなかった。シキとシンクの間にいるアリエッタですら、なにか余計なことをすれば撃たれて重傷は免れないだろう。

「ふ、フン!別に構いませんよこんなこと、いくらでも答えてあげましょうとも!私にはより崇高な計画があるのです!今回はアッシュの頼みですよ、ええ、同調フォンスロットを開けと言ってきたのです。まあ、それができるのは六神将の中でも私だけですから?私に頼むのが妥当でしょうね、そりゃそうですよ!」
「…ほお、ルークか。そしてやはり、被験者はアッシュだな」
「ええ、ほぉら!答えましたよ、今度は私の…」

バァン!
ディストが質問をしようとして身を乗り出したところで、また銃声が響いた。ぎぎぎ、と錆びついた譜業のように首を動かせば、手すりに穴が開いていた。その中には切れたコードが見えている。

「次脚、その次横っ腹。さあさあ、お次の質問だよ。…お前の『より崇高な計画』についてご教示もらいたいな」

シキはにやりと口角を上げてみせるが、他の者から見ても口だけ笑っているようにしか見えず、その背中に冷たい汗を伝わせた。
ディストの震えは増しており、今にも気を失うのではないかという精神状態であった。

「それは!そ、それはお話できませんよ!じゃ、邪魔されたら溜まったものじゃな、ないんですからね!?」

ガタガタと震えながらも、シキに反論するディスト。もう一度、ため息を付いた。

「残念だよサフィール…お前はその崇高な計画を成し遂げる前に死んでしまうんだね…可哀想に」
「ひっ?な、なにを!」
「お前は私の意にそぐわないなら命はなくなる状況にあるってことよ、ここまではいいかな?」
「うっ…し、シンク!何をしてるんですかあ!」
「うるさいなあアンタのせいでしょ!こっちだって動けないんだよ!」

バァン!
今度の弾は、椅子には当たっていない。
先に宣言したとおり、シキはディストの脚を撃った。

「ひっ…ぎゃああ!」
「答えないと次はあ た まだよサフィール。早くした方がいい。今日の私は短気だからね」

足を抑えてうずくまるディストに再度照準を合わせる。今度の狙いは、もちろん眉の間だった。横っ腹?知ったことじゃあない!
そのことを察したのかディストは息を呑んで叫び声をひゅっと止める。いや止まってしまったのだろう。今度は顔を滝のような汗が伝っている。

「あ…」
「カウントダウンが必要かな?十からでいいかな?じゅーう、」
「…っネビリム先生を!復活させることですよ!あの人を復活させれば昔のジェイドが戻ってくるのです。私はそのための情報を得るために六神将をやっているだけに過ぎませんっ!」

一気に全て言い切って、ゼエゼエと肩で息をしている。いや、言い切ったのと、緊張感からの解放だろう。シキには今ディストの後頭部しか見えていない。

「…またレプリカか。それで?敬愛する師を呼び戻せばジェイドが喜ぶのか。なんで?」
「先生が死んでからジェイドはおかしくなったのです!ならば先生が戻ればジェイドも元通りになるはずです、そうすれば、また昔みたいに…!」
「っこの馬鹿があ!」
「っえぐ」

どご。
今度の銃声は弾の音ではなかった。
シキが使ったのは双銃の持ち手の部分。いわゆるハンマーで。なりふりかまわず言い散らすディストに一気に近寄って、その部分で横っ面を叩きつけたのだ。

「お前、それでジェイドがほんとうに喜ぶと思ってんのかよ、ああ!?」
「だって、ジェイドは本当に、先生が…」
「だったらお前は、ジェイドに二度先生を殺せというのか、その好きだった先生を!」
「えっ…」
「その先生の死を、もう一度ジェイドの目の前で起こさせるのか。お前は!」

ディストは呆然とした。
昔彼女を見た時も、今彼女を見た時も。とても冷酷で、どんな状況でも自身の感情を殺すことに長けていた彼女が、涙を流してディストに激昂していた。

「本当に変わってないんだなお前。何も見えてない、見ようともしてないんだなお前!ジェイドは変わったんだ、それが当たり前だろう!あの日フォミクリーを封印した日にやっと一歩踏み出して、そこから成長して変わったんだ。私はずぅっと見ていたぞ!見ていたのに何だお前は!お前はただ、ジェイドから切り離されることが怖くて逃げただけじゃないか!」
「そ、そんなことない!ジェイドは、ジェイドなら、先生が復活すれば…!」
「馬鹿野郎!お前が逃げたから、ジェイドはお前を本当に切り離したんだよ!何にも成長できないで、変わってないからお前にはジェイドが違って見えるんだ、そんなの、当たり前だろう!」
「じゃあ、じゃあどうしろっていうんです!私には、私にはこれしかないのです!ジェイドに、ジェイドに振り向いてもらうには!」
「お前、本当にネビリムがレプリカになって喜ぶってのなら、ジェイドのレプリカでも作ってみろ!被験者は私が殺してやる。その後で情報拾ってレプリカでも作ればいいだろ!どうなんだ!」

その言葉に、ディストはサッと顔を青ざめさせた。脚は撃たれて痛むというのに、そのことを忘れたように勢い良く立ち上がった。

「そ、そんなことできませんよ!」
「なんでだよ!おんなじものを生み出せるんだろう、天下のフォミクリーなら!」
「私のジェイドは、レプリカでは…アッ!」

はっとして口をふさぐディストに、シキはようやっと落ち着いた顔を見せる。ぽたぽたとこぼれ落ちていた涙を袖で雑に拭い、ディストを再度見た。
今度はディストが涙をこぼしていた。

「わかっただろ。レプリカは新しく生まれたものなんだ。同じ記憶なんてないし、その身体も何も感じたことのないまっさらなものなんだ。ようやっと気づいたかよ、遅いんだよお前…」
「私、私はただ…ネビリム先生、ジェイドに…」

そのまま冷たい石の床に伏せて、ディストは大声で泣き出した。これで、やっと彼はその足で一歩踏み出すことができたのだ。かつて、ジェイド・カーティスが踏み出したように。彼はようやっと成長したジェイドを見られるところへ歩みだしたのだ。
緊張状態も解け、シキはふぅと長くため息を付いた。双銃は、がしゃりと音立てて一丁の長銃へと戻った。
シキがついと首を振れば、今にも泣き出しそうなアリエッタ、それを守るように立つライガ、腕を組んで苛ついているシンクがいた。

「騒がせたね」
「…シキ、もう怒ってない?」
「…ああ」

アリエッタの頭をふわりと撫でれば、アリエッタもようやく緊張が解けて、シキに抱きついた。だがまだやることがある。
シキはアリエッタをやんわりと離して、最後の一人の元へと向かった。

「…キミも、レプリカだね」
「はっ?ナニ?きづいてたんだ」
「シンクは…導師イオンのレプリカで合っているかな」
「そうだよ!導師イオンの要らなくなったレプリカ!七番目のあいつ以外は死ぬはずだったのに!はん、僕にも何かを言おうっての?」

つけていた仮面が無駄だとわかり、シンクは慣れたようにその仮面を外した。その下には見覚えのある…だがどこか挑発しているような表情の顔があった。
シキはそっと、その頭をなでた。

「…ちょっと!?なにしてんのさ!」

一瞬何をされたかわからず、腕を組んだまま固まってしまったシンク。理解した瞬間、その持ち前の身体能力でシキの手を払いのけた。
だが彼女はそんな行動を気にかけた様子は欠片もなかった。

「いやあ…お前は随分と生意気に育てられたんだなあ…親…責任者誰だ?」
「は?言うと思ってんの?頭おかしいんじゃない、アンタ一応人質なんだからね」

つっかかって言うものの、シキは全く相手にせず自分のペースで話を進めてしまう。

「シンクはさあ…アレだろ、自分の生に意味が無いとかそんなことで悩んでる系男子でしょ。多いんだよね〜最近」
「何いってんのさアンタ!」

攻撃されるかもしれないという気迫の中、シキは何も構えずにシンクに言った。

「『あいつ以外は死ぬはずだったのに』…でしょ?あいつっていうのは…アニスと一緒にいる子のことかな。死ぬはずだったのに生きてる…自分には代わりがいる…それって、そんなに自分がないことに繋がるかなと思って」
「…っない!ないんだよボクには!意味もないのに生み出されてさ、殺されるはずだったのにまだ生きてる、本当に用がないのに世界はボクを生み出したのさ!」

大きな声で憎しみをぶつけるシンクを見て、シキはぽりぽりと頭を掻いてから、目線を少し下げて(シンクにあわせて)口を開いた。

「それって、何か悪いことか?」

シンクは動揺する。
憎しみを持つのは、この世界が悪いことをしたから。その悪いことは、意味もないボクを生み出したから。
生み出されてずっと思っていたことを、こんなにも簡単に否定してくる。
この女は!

「あのさ、意味持って生まれてくる人はいないさ。赤ん坊ってのはまっさらで、生まれてきてやっと意味を持つんだ。それにさ、生まれてくることに意味が無いなんて無い。意味が無いのは、死ぬことなんだよ…。その点では、殺されちまったお前の兄弟は、無意味に殺されてしまったってことになるね…」
「それじゃあ、ボクはなんのために生まれたってのさ!」
「…生きるため…じゃ、ダメか?」

シンクに、返す言葉は無いようで、困惑した表情のまま固まっている。シキは今のうちに!とシンクの頭をもう一撫でして、そこを立ち去…れなかった。
振り向いたところには、アリエッタがいた。
この中で一番、恐ろしい表情をして、そこに立っていた。

「イオンさまの、レプリカって、なに、ですか…シキ」
「…覚悟、できてるってコト…だよね。おいで、一から話そうか」

時間は少ないだろうから、噛み砕きつつ、端折りつつアリエッタに優しく説明した。
アリエッタは、話が進むほど顔を青白くさせた。

「…で、この技術を生体で行って、導師イオンの代わりとして生み出されたのが、おそらくだが今アニスの側にいるイオンになる…だろうね。あってるかディスト」
「ええ…ひぐ、あって…ズズ…ますとも」

アリエッタの顔は青を通り越して白くなっていた。
思い当たるフシもあるけれど、そしたら。

「ほんとうのイオンさまは…?」

か細く、震えた、途切れそうな声でアリエッタは問うた。
シキはディストの方を見る。もちろん聞こえているだろう彼は、何も言わず首を横に振って答えを出した。

「亡くなっている、そうだ」
「う、嘘。嘘だよ、シキいい人じゃなかった!アリエッタにひどい嘘つく!嫌い!あっちいけ!」
「アリエッタ、おちついて、おちつくんだよ。お友達に聞いてご覧。匂いがおんなじかとか、身のこなしが変わってないかとか。本人にも聞けばいいんだ、自分と何処にいった時を覚えているかとか。認めたくないだろうよ、大切な人が死んだなんて」
「いやあ、触らないで、大ッキライ!」

ぶんぶんと人形を振り回すアリエッタは、全く聞く耳を持たない。認めたくないのか、もしかして…

「…アリエッタ、うすうす気づいていたんじゃないか?」

ぴたっと、アリエッタの動きが止まった。
人形を振り回しながら泣いていたらしいアリエッタの顔はもうぐちゃぐちゃだ。
そっと両手を掴んで、シキはアリエッタの顔を見る。

「何かが違うって、別人なんじゃないかって…。でも、大好きだったんだな、認めるわけにもいかなかったんだろう?」
「う、うう…」
「なあ、アリエッタのイオンはもうこの世にはいないんだろう。…お墓参り、したかったよなあ…」
「う、うええ…」
「…今度、付き合うよ…」

アリエッタは、シキの胸に飛び込んで大声で泣き叫んだ。




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