仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の推論 Act.3


セントビナーに入ったシキたちが、国境付近で見つけたのはツインテールの人形を背負った女の子…アニスだ。
国境警備の憲兵に話しかけて相変わらずぶりっこしている。

「証明書も旅券もなくしちゃったんですぅ。通して下さい、お願いしますぅ」
「…残念ですが、お通しできません」

そう突き返されて、アニスは退散する他なくなった。

「…ふみゅぅ〜」

仕方ないと諦めたように見えた彼女の口から漏れてしまったのは…

「…月夜ばかりと思うなよ」

…という、彼女の本性が垣間見えてしまうつぶやきだった。ルークは片足を一歩引いて、初めて見るはずのガイすらあっ…と、何かを察してしまったような顔をしている。
動じないのはイオンと死霊使いくらいだろう。後者は同類だから見慣れてもいるだろう。むしろイオンはその性格を受け入れているようだ。

「アニス、ルークに聞こえちゃいますよ」
「あっ!」

ひときわ低い声を出して恨み言を吐いていたアニスは目の前にいたイオンの声に気づき、そしてルークたちに気づいた。小さく声を漏らしたのはまさしくしまった、やらかした!の声。だが目指せ玉の輿を座右の銘にしている彼女はこの程度でめげない。

「きゃわーん!アニスの王子様!」

雰囲気を一転させてルークに勢い良く飛びついた。ルークもそこでたたらを踏むことはなく、遠心力に任せて半回転、無事にアニスを着地させたる。
その姿にはガイのような女性恐怖症を発症させていなくても恐ろしいと思えるほどの大きな影を感じられる。
ガイは既にアニスに背を向けて恐怖に震えていた。

「ルーク様、ご無事で何よりでした〜!もう心配してました〜!」
「こっちも心配してたぜ。魔物と戦ってタルタロスから墜落したって?」

アニスのなんとたくましいことか。いや図太いのほうが近いのかもしれない。なんせあのタルタロスから落ちて外傷がほとんど見当たることはないし、まだ怖かったと言ってみせる余裕もある。しかも、真っ先に心配するのはイオンではなくルークなのだから…まあ、最高指導者が何も言わないのなら、誰も何も言うまい。彼自身、フレンドリーな方が嬉しいのだろう。彼もきっと幼いから。
いやはや、女性は割とタフだ、誰でも。

「そうですよね。『ヤローてめーぶっ殺す!』って、悲鳴あげてましたものね」

アニスは、女性の中でもだいぶ、タフのようだ。
ぷんぷん怒ったり、ぶりっこしたりと忙しい彼女の話は、彼女がジェイドにも媚びたことで終わることになる。二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。がんばれアニス!

「大佐って意地悪ですう…」

一応金持ちの括りにあるジェイドに玉砕したアニスは皆に隠れてぶうぶうと不満そうな声を漏らして呻いていた。

「ところで…どうやって検問所を越えますか?私もルークも旅券がありません…」

ティアが心配そうに尋ねた時、それは襲来した。ルークの真上に。

「ここで死ぬ奴にそんなものはいらねえよ!」

とてつもない怒気をはらんだ声は上から舞い降りて、その手に持つ剣でまだ空中にある状態でありながらルークを薙ぎ払った。着地した瞬間に地面に手をついて、薙ぎ飛ばしたルークに飛びかかる。とどめを刺すつもりなのだろう。ルークは背中から打ち付けたようで、起き上がる気配はない。シキはその襲撃者とルークの間に割り込もうとするも、相手はそれ以上の速さで動く。アニスもティアも、ジェイドですらもう間に合わない!
万事休すかと思われたその時、一人の男がその襲撃者とルークの間に割って入った。見たことがある。あれは神託の盾主席総長、ヴァン・グランツだ。

「退け、アッシュ!」

アッシュ、というらしい襲撃者の男は、それでも剣を引かずに鍔迫り合いを続けた。
ヴァンも引かずにアッシュを説得し、ついにはアッシュが剣を収めて、いづれかへと飛び去った。
緊迫していた空気が消え、ルークがヴァンに声をかける。未だ寝転んだ姿勢だというのに、それは嬉しそうな声だった。
だがヴァンはまず避けられなかったルークを叱りつける。ルークはそれさえも嬉しそうに受け止めていた。
いきなりのことで忘れていたが、このヴァンという男に怨恨を持つものが、一人。

「…ヴァン!」
「わ、わ、わ。待ってティア、抑えて抑えて。一戦去ってまた一戦はやめようか」

周りに人がいるのもお構いなしに、ティアは小さなナイフを構えて臨戦態勢になる。シキは咄嗟にその手首を掴んで下げさせる。ティアは一瞬こちらを見たが、またヴァンの方へ視線を戻す。その目は怒りに燃えている。
いつも冷静な彼女とは全くの反対だ。何が彼女をそんなに焦らせるのだろう…。

「ティア、武器を収めなさい。おまえは誤解をしているのだ…」
「誤解…?」
「頭を冷やせ、私の話を落ち着いて聞く気になったら宿まで来るがいい」

ようやっとティアも肩の力を抜いて、落ち着きを取り戻したらしい。こう言われてしまった以上、行くしかあるまい。
去り際のヴァンと話すルークを、一同は遠巻きに見ていたのだった。
ヴァンが去った後、イオンがティアを宥めるように声をかけた。
ルークがマルクトまで飛ばされてきてしまった理由は彼女だ。一体何を見たのか…いや、聞いたのかもしれない。
根は優しい彼女を肉親殺しに走らせてしまう理由は、シキにも少しだけ気になった。

「…ティアも落ち着いたようだし、宿屋で謡将の話でも聞こうか。ついでに責任取らせてやろう」
「ええ、それが妥当でしょう」
「百人分の責任だ。辞職なんかでも生ぬるい!」
「…すみません。ダアトの最高指導者は僕なのに…」

うなだれたイオンを慰め、かばうようにアニスが立つ。シキ的にはアニスにも責任はあると言いたいが…。

「そんなことはない、と言わせていただきたいですが…。それでも百人命が失われたことも事実です。この旅が終わったら、さっさと派閥争いを終わらせることをおすすめしますよ。最高指導者は導師であらせられるのですから、鶴の一声ですよ。ご自身の意向にそぐわない働きをするものは犯罪者と扱うか追放するかしてしまえばいいのですよ…」
「…考えておきましょう」

より一層うつむいてしまった導師イオンを見かねてアニスはシキに文句を言う。

「ぶーぶー、イオン様はこれでもお忙しいんです!ハイランダーさんってなんだか冷たいですう!」
「そうね…シキは、命を大切にしているわよね…どんなところでも」
「当たり前だ!タルタロスでは臨時であっても軍医として扱われていたんだぞ、少尉相当官でもあった。医者ならば、命を奪う側になんてなるべきではないからな」
「ま、シキにもプライドがあるということです」
「…なさそうに見えるってことか!?こら、まてカーティス!」

宿屋ではヴァンが待っていた。少し遅かったことを指摘されてしまい、咄嗟に顔をそらすシキ。まさか一番の年長者共の鬼ごっこのせいで遅れたなどと口が裂けても言えまい…。

「まあでも監督不行届だよな。どう責任を取るおつもりで?ヴァン謡将」
「…貴女は?」
「…軍医をしていたものだ」

話の途中でやはり六神将はヴァンの部下だと知れたので、シキは話に割って入った。善戦しても生き残ったのはたった三十七名。シキは死体も確認できなかった乗員たちの顔を幾つか覚えていた。そのことが余計に彼女の腸を煮えくり返すのだ。

「ルークをバチカルへと返したら、私も六神将も、然るべき罰を受けよう…」
「ふん…」

どうだか。
シキもそこまでダアトに詳しくないわけではない。明るみには出せないことをいくつも抱えたやばい集団なんてことはとうの昔から知っている。
もみ消されることだってあるだろう。
不満はありつつ、シキは引き下がった。

「ヴァン謡将、旅券の方は…」
「ああ、ファブレ公爵より臨時の旅券を預かっている。念のため持ってきた予備を合わせれば、ちょうど人数分になろう」

ルークがやっと帰れると喜んでいる。
だがヴァンの存在に警戒するものや信用しきれないものは緊張した面持ちで去っていくヴァンを見送った。

「…ルークも川渡りで疲れたろう。おあつらえ向きにここは宿屋だし、少し休んでからキムラスカ側へ向かうほうがいいだろう」
「はあー!やっと休めるぜ!」

ベッドにどっかりと座り込むルークは、それはそれは嬉しそうだ。
あのアッシュ…鮮血のアッシュだったか。それに突き飛ばされてもヴァンに会えたことが嬉しくてたまらないのか。
シキには少し依存性が垣間見えたこともあり、よりヴァンを信用ならなくなった。

「…必需品を買い足してこよう。カーティス、金」
「もっと可愛らしく言えないものですかねえ」
「私が?おまえに?」
「冗談ですよ。どうぞ」

他の面々は宿に残るらしく、一応欲しい物を聞いてシキは宿を出た。

「死霊使いには眼鏡拭きでも買ってやるよ」
「ありがたいですね」



武器屋はここにないらしく、キムラスカ側にあるようだった。
近くの兵に先に行くことを伝えてくれないかと頼んで、シキは国を渡る。
キムラスカ側についた時、建物の影からこちらを見るものがいたことに気づく。それは一瞬だったけれど、確実にいた。シキは走りだす。
一瞬だけ見えたのは濃い桃色の髪だった。フリルがついた黒い服。
フーブラス川で会ったあの…

「アリエッタ!」
「きゃっ…シキ?」

相変わらずの困り眉で、あった時と同じように人形を抱いてライガを従えている。なぜアリエッタがここに…?

「どうしたんだアリエッタ、帰らなくていいのか?」
「あの、あの…アッシュに、頼まれて…」

アッシュ?鮮血のアッシュ!たしか特務師団とやらの師団長。先ほどの襲撃者だ。赤毛の…。なるほど、多分その髪の色にかけて誰かがその通名を名付けたのだろう。閑話休題。

「何を?」
「…ルークと、イオンさまを、つれてこいって…。…どうしよう、って思って」

もじもじしたようすでアリエッタは話した。
曰く、連れて来いとは言われたが具体的な方法は自分で考えろと言われて悩んでいたらしい。命令されることをやるほうが得意なのだとアリエッタ話した。

「うーん、そうかあ…。ちなみにどんな方法を取ろうとしてたんだ?」
「え…。えと…いっぱい殺して、重要な人をつれてっちゃう…です」

ワイルドなんてレベルじゃないぞ!なんて教育してるんだヴァン!
頭痛がしたような錯覚を覚えて、シキは頭を抱える。流石に、この方法はいただけない…。

「せ、せめて人質だけにしない?これはアリエッタの家族が殺されて、誰かが連れて行かれちゃうようなことなんだよ」
「!!それは…っ、ダメ、です!」
「ていうかその命令無視するっていうのは…」
「だめ…です」
「そっかあ…」

流石のシキもアリエッタの指示のもと動くライガを全て対処しきれはしない。アリエッタは可愛らしく今はこの仔がついてきてくれてるんです!他の仔は外で待ってもらってるんです!と言う。止めることは不可能だった。アリエッタ自身だって、今こうして落ち着いて話をしてくれてはいるが、彼女も一応師団長の座に就いている。シキ一人では止めようもない。そもそもシキの戦闘方法は前衛ありきだ。一対多など出来はしない。

「…人質だけじゃダメ?」
「わかった…です。シキが、言うなら」

アリエッタが自分を好いていてくれたことに今日ほど感謝した日はなかったと、シキは天を仰ぐ。
解決したことが嬉しいのか、アリエッタは頬を紅潮させる。まったく、ワイルドな面がなければ普通に可愛い女の子なのだが…。

「…それで、誰を連れて行くんだ?…殺しちゃダメだぞ?」
「わかってる、です!えっと…カイツールの、軍港で…船の、整備士さん…とか、です」

なるほど、ついでに船を壊す予定らしい。そうなると出発も遅れ、取り返しに行くしかなくなる。だが…決定打に欠ける。もうこうなったら完璧にしてやったほうが返って被害は少ないだろう。

「ルークはそれで動くかな…。アニスも、いるし…」
「ムゥ、アニス、また邪魔する!」

さっきまで上機嫌だったアリエッタがむくれてアニスに対する敵対心を膨らませる。何かあったようだが、触れないでおこう。

「じゃあ…じゃあ…」

おろおろとあたりを見回して物色する。
正直いって止めたいけれど、自分が死ぬより、大量虐殺が怒るよりかは今、遥かに平和的にことは進んでいるのだろう。
微笑ましく(?)彼女を見守っていると、はたとアリエッタは視線を止めた。
アリエッタの目は、今かちりとシキの目とあった。
…おや?
この展開は、この前もあった覚えがあるぞ。

「シキに、来てもらいます!」

シャアッ!っと、シキの後ろから、ライガが跳びかかった。

「えっ?」

がぶ。

目の前が真っ暗…いや、真っ赤に染まったシキは、流石に意識を手放した。
ああ、生温いものが、頭をつうと伝ってく。

ちょっとだけ、懐かしいなんて、みんなには、ひみつだ




←prev / next→

[ ←back ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -