仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の推論 Act.2



夜。
殆どの者は明日に備えて眠りについていた。街にも人影は消えて、虫の音がこの街を闊歩している。
シキ・ハイランダーはひっそりとその男に忍び寄った。男は眠らずに待っていたのか、それとも噂にある通り眠らないのか…ともかく、シキを待っていたことは確実だった。

「過去が闇を伝ってお前を捕まえに来たぞ。ジェイド」
「…来ると、思っていました。あなたはせっかちですから」

宿屋を出て、街外れのベンチにシキは座り込み、ジェイドはその前に立っている。
二人とも、昼間、仲間たちに見せる雰囲気とは一転している。
シキはうっすらと笑みを浮かべて怪しさが増し、ジェイドは感情がない、人形のように無表情だった。

「討論会なんていうのは久しぶりなんじゃないか?お前はまともな軍人になろうとしているから…」
「そうですね、いつもあなたのお話をお断りしていますから」

こんな深夜では譜石も街を照らしておらず、両人の顔も見えたものではない。なのに、どちらも相手の目を見て会話をしていた。
ジェイドは眼鏡のブリッヂをくいと上げて、話を続けた。

「それで、確かめたいことがあるんでしょう?」
「…たった一分だったよ」
「…なにがです」
「導師イオンの頭髪が、第七音素になって消えるまでさ」
「やはり、そうでしたか」
「なあんだ、気づいてたかやっぱり」

両手を頭の上において気だるげなシキも、これでも真面目な方だ。
ジェイドはさらに一つの情報を入れた。

「推測にすぎないことは言いたくありませんが…おそらく、ルークもそうでしょう。…タルタロスで、そっくりさんを見ましたよ」
「へーぇ、被験者は生きていたのか。そうか、毛先の劣化も納得。つまりあの記憶喪失とやらはそういうことだ。どんな気持ちだよ?」

いつもは軽く受け流しているのに、今夜ばかりはあの胡散臭い…清々しい笑顔で返すこともない。いつもとは違い、重々しい動作でずれてもいない眼鏡の位置を、また直した。

「今の同行者に二人もいるなんて、今回は少しばかり動揺します」
「そうだな。犯人の目星も付いてるんだろう?ああ、高笑いが耳につくなあ」
「…たしかに、あとこんなことをできる人間はアレくらいなものでしょう」
「今のところの結論を出そうか。いっちばんきな臭ぁいところはどこ?」
「…ダアト。…神託の盾騎士団ですね。不可解な行動が多すぎる」

生き残りがいることを許さなかったタルタロス、なのに最後は大人しく艦内へと引き下がるリグレット。そのリグレットが導師イオンにセフィロトでやらせていたこと。皆殺しにそこまでの意味はなかった?誰の命令で動いているのかわからない六神将。その上層部である『閣下』とやらは誰なのか。聞く限りでは殺すのを止められたルークとティア、暴走しつつある『鮮血のアッシュ』。そして、ルークと導師イオンの存在。まだまだある。

「それで?どうするんだこれから。見て見ぬふりか?やってみろよ、私がお前をなんとかしちゃうぞ」
「…それはそれは、きっととても恐ろしいことになるんでしょうね」
「もちろん」

流石に夜風に吹かれて冷えたのか、シキはポケットに手を入れる。そして、勢い良く立ち上がった。

「預言に読まれているからやめろと言われようがなんだろうがしっかりと責任を取れ。目をそらした瞬間、お前の命は過去が狩り取ってしまう、ぞ」
「…早急に手を打つことは、考えておきましょう」

シキはジェイドをそこにおいて、我先にと宿に戻っていった。
宿に戻ると、珍しい事に、いつもは朝まで寝ているはずのルークが起きてきていた。(白のコートは脱いでいる…にしてもへそ出しはやめたほうがいいと思う)

「ぁんだよ…シキ起きてんのかよ…明日はえーんだろ?ねなくていいのかよ…」

目をこすりながら起きてきた彼は、寝ぼけながらもシキの心配をした。多分トイレだろう。

「大丈夫だ。今やることが終わったから、寝るところさ。ほら、トイレあっちだぞ、おやすみルーク」
「…おう」

頭をくしゃりとなでてやる。寝ぼけていて照れることもないからか、手がはねのけられることもなかった。おぼつかない足取りで、ルークがトイレに消えた。
それにしても。

「ルークはもっと気をつけたほうがいいな。信じやすいし、人に甘いし、そのくせ、優しい…」

シキはイオンと同じ手で、ルークの髪の毛を切り取っていた。根本の赤い、先に行くにつれて色素の抜けた、一見すれば綺麗な髪。
劣化の証拠。起こっていなければ、よりはっきりとした赤色をしているのだろう。彼の髪はどちらかと言えば朱色だ。

そして導師と同じように一分ほどで、その切り取られた髪は消えていた。
空が白み始めている。シキはようやっとベッドに入り込んだ。



「ここを越えればキムラスカ領なんだよな」
「ああ、フーブラス川を渡って少し行くと、カイツールっていう街がある。あの辺りは非武装地帯なんだ」
「早く帰りてえ…もういろんなことがめんどくせー」
「ご主人様、頑張るですの!元気だすですの」

ミュウに慰められたことが癪なのか、ぐにぐにとその頭を足で地面に押し付け、最後に蹴っ飛ばす。たしなめるティアに、謝る導師、居心地が悪くなったのか、舌打ちをしてそっぽを向いた。

「さ、ルークのわがままも終わったようですし、行きましょうか」
「わがままってなんだよっ!」

さっさと歩を進めるジェイドに、ちょっとムッとしたシキは、先行するその男の脇腹を小突いた。怪訝な顔をして振り向く男の腕を掴んで、耳打ちをするシキ。

「責任取るって話だよな?ちゃんと世話しろ、おそらく七歳児のアレを!しっかり物事教えてやらないと何に使われるかもまだわからないのに!」
「…やれやれ、子供は好きじゃないんですがねえ…。仕方ありません」

先程よりか元気に先を駆け回るルークに声をかけて、FOF変化の手ほどきをする。なんだ素直じゃない。そう思いつつも、シキの顔は少しだけほころんでいた。
ルークは長生き出来やしないだろう。
乖離が進んでる。
今からでも研究を再開せねばならないだろう。ピオくんは怒るかもしれないが、生まれてしまった命を野放しにはできない。
どこかの馬鹿がこの技術の封印を解いてしまったせいだ。早急に手を打たなければならない。これ以上、二度死ぬ人間などいらないのだ。

「よっしゃあ、これで俺はまた一段と強くなったぜ!」
「…一人で、前に出過ぎないことね」
「なん…!」
「おーちつけルーク!ティアはお前が怪我しないか心配してるだけだって」
「そ、そうかよ!おらあ、行くぞガイっ!」

顔を真っ赤にして先に進むが、今いる殆どの人間にはルークが照れていることがまるわかりだ。見ればティアも…シキの方を凄い形相で睨みつつも、耳まで真っ赤になっている。これは…

「脈アリか?」
「そうかもしれませんねえいやあはっはっはダシに使われた気分です」
「そういうなって、お前には…」

一拍おいたことを不思議に思ったジェイドがシキを見る。
シキはおもむろに顔を上げ、片手をサムズ・アップして…

「ガイがいるだろ!」

ジェイドはうっすら微笑んで、シキにヘッドロックを仕掛けた。
紆余曲折ありつつ、一行は進んだ。

「ルーク、そっちじゃなくて、こっちだ」
「こっちってどっちだよ!これか?」
「そうそう」
「きゃっ?」
「あっと、大丈夫かなティア」
「え、ええ…ありがとう、シキ…」
「きてますね、何かが」
「いいのかあルーク」
「な、何がだよっ!?」

水面に出ている岩をつたい、なるべく足が水に浸からないようにする。軍人のティアやジェイド、卓上旅行が趣味のガイとは違って、ルークは苦戦しているようだ。
シキはというと…

「素足なら平気なんだけどね」
「素足ですと、戦闘になった時知りませんよ」

彼女は長時間歩く気があるのか、例外中の例外であるパンプスだった。岩や小石の間にヒールが引っかかり、かかとがゆるくぬげやすい。
先程からひょこひょこ動いていて、皆の注意を引いていた。

「チーグルの森も素足で川を渡ったんだ。パンプスは脱ぎやすいし足が濡れても履きやすいから楽でいい!そういえば、帰りには木が倒れて橋になっていたな、ミュウがやったのか?」
「ミュウは火を出しただけですの、思いついたのはご主人様ですの〜」
「へえー」
「そんなこたいーだろーが!黙ってろってこのブタザルっ!」
「みゅうう〜〜〜」
「ルーク!」

この流れももう見慣れたものだった。川の大部分も、ごちゃごちゃと言いつつも進んできたおかげて渡りきっていた。

「後はこの岩場を抜けるだけ…っとお?」
「…ライガ!」
「後ろからも誰かきます!」

振り向いた時、そこにいたのはタルタロスやセントビナーでもみかけた、あの桃色の髪をした少女だった。
近くで顔を見たのはこれが初めてで、顔を人形で隠していておでこと困り眉が目立っている。

「妖獣のアリエッタだ。見つかったか…!」
「逃がしません…!」

ただの内気な少女のように見えるが、強さは相当だろう。なんせ六神将と呼ばれる者達の一人だ。
警戒を強める一行の中、導師イオンが切に叫んだ。

「アリエッタ、見逃して下さい!あなたならわかってくれますよね?戦争を起こしてはいけないって!」
「イオン様の言うこと…アリエッタは聞いてあげたい…です。でも…」

そう言って、じっとこちらを見つめる。
つまり、シキとアリエッタの目があった。
そのことに皆気づいたのか、シキの方へ振り向いて、顔を見る。

「…私か?」

シキは自身の顔を指差し、アリエッタがコクコクと控えめに頷いたことでようやく彼女の目的がシキ自身であることに気づいた。
仲間間をキョロキョロと見回し、最後にジェイドを見ると、肩をすくめられ、なんとかしろと目で訴えられる。
どうしたものかと、顎をぽりぽり掻く。
このままではどうしようもあるまい。もじもじしたままこっちをみつめるアリエッタに、シキはそっと近づいた。

「あっおい、シキ!」
「だいじょぶだいじょぶ、たぶん」

ライガも警戒した様子がなくリラックスしている。だが私の頭の匂いをかぐのは…くそっ、洗っとくんだった。
シキはアリエッタの前に膝をつき、目線を合わせる。すると、もそもそとアリエッタが話し始めた。

「アリエッタ、その…ママから、聞いた…です。あなたが、ママ、かばってくれたって…」
「ママ?」

首を傾げて、はて?となるシキ。
彼女に似た人間を助けた覚えがない。いやまて、人間?
彼女に連れ添ったライガに振り向き、ある可能性を思いつく。だが流石に軽々しく確信を持てない。そこでシキは、事情に詳しそうな人物にヘルプの視線を出す。

「あ…彼女は、ホド戦争で両親を失って…魔物に育てられたんです。魔物と会話できる能力を買われて、神託の盾騎士団に入隊しました」
「じゃあ、やっぱり、キミのママは…ライガクイーン?」

解ってもらえたことが嬉しいのか、アリエッタは顔を綻ばせる。だが困り眉はそのままだ。

「ママ…ありがとうって、いってました…!人間にも、まれに、いいやつがいるって…!アリエッタからも、ありがとう、です!」

感謝の言葉とともに、アリエッタが手を差し出した。グーの形で、シキの方へ。
意図がわからないでもないため、シキも素直に手のひらを差し出し、それを受け取った。
中身は、色とりどりな、木の実。どれも毒はない。彼女の好きなモノだろうか。

「…ありがとう、アリエッタ。大切に食べよう。キミのお母様とはまたお会いしたいと、私も思ってる」
「っ!ママもっ、そう言ってました!」

純粋に嬉しいのだろう、アリエッタはぎゅうと人形を強く抱きしめた。
でも、そろそろ本題に入らねばならない。そうじゃなければ後ろのこわ〜いおじさんが黙っていないから。

「さて、アリエッタ。私達も先に進まねばならない。キミも組織の一員だから、任務を遂行するためにここに来たのだろう。でも、私達もそれに止められる訳にはいかない。導師イオンやそこの眼鏡のおじさんに、赤毛の青年もいなければ戦争が起こってしまうんだ…いいかい?」
「ン…うん…」

ああ、眉間にしわが寄ってしまう。より穏便にいかなければ…。

「戦争が起これば、大地が焼けるし、森は減る。キミの…兄弟?の住む場所や食べるものが減ることも避けられない。だから、戦争は起こしちゃいけないんだ。キミも、そう思うだろう?」
「…うん。アリエッタ、森、好きです。イオン様も、それくらい…」
「…通して、くれるかな?」

また一層人形を抱きしめる力が増した。困らせてしまったらしい。

「通してあげたい、です…!でも、でも…」
「そうだなあ、命令違反は怖いしなあ」

私も怖い。後ろの眼鏡に小言を言われるのが。
シキは悩みながら、何か言い訳の材料でもあればなあ…と頭を抱える。
そのとき、

「きゃっ…」
「じ、地震?」

咄嗟にバランスを崩し、ふらついていたアリエッタを抱えこむ。最近どこの地域でも頻発していたものと同じものだろうか。
後ろに控えていたルークたちも、驚愕の声を上げている。
地震は収まらず、ついには辺りから紫色の蒸気のようなものがあふれだす。
これは…!

「障気だ!皆口を塞げ!」

アリエッタを抱き上げて、ライガの元へ運ぶ。
シキたちがもと来た道の方では、地割れが起こっている。
アリエッタも、ライガに障気を吸いすぎないよう伝えたようだ。だが退路は塞がれた、何か手はないかと皆ざわつきはじめる。

「どうするんだ、逃げらんねえぞ!」

ルークはふらついた導師を支えながら(彼なりに、守っているようだ)、辺りを見回している。その中で、意を決したようにティアが、旋律を紡ぎ始めた。

クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ レイ ネゥ リュオ ズェ…

シキにその言葉を理解することはできない。唯一わかるのは、それが害のあるものではないこと。
シキは急いでアリエッタとライガを呼び寄せる。障気は、身体に毒だ。

「障気が、消えた…?」
「…障気が持つ固定振動数と同じ振動を与えたの。一時的な防御壁よ、長くは持たないわ」
「…噂には聞いたことがあります。ユリアが残したと伝えられる七つの譜歌…。しかしあれは暗号が複雑で、詠みとれた者がいなかったと…」
「詮索は後だ、ここから逃げないと…!」
「アリエッタ、兄弟を連れて、少しおいで」
「ン、うん…」

障気の届かないところまで逃げて、落ち着いた頃、アリエッタをどうにかせねばならないと、フーブラス川を出る手前、シキはもう一度足を止めた。

「よし、アリエッタお聞き。言い訳を考えたぞ」
「…ウン!」

アリエッタはすっかりシキになついたらしく、逃げる間もぴょこぴょことシキの後ろについていた。もちろん、導師の方もとても気にしてはいたが。

「アリエッタが誰の命令か言えないのはもうわかったから、とりあえずそいつにはこう言うんだ。『イオンさまたちを追っていましたが、フーブラス川で地震が起こり、その衝撃で障気が吹き出して逃がしてしまいました』…と、残念そうにやるんだ、できる?」
「アリエッタ、できる!…です」
「いいこだ」

自信満々のアリエッタの頭をなでて、彼女とはそこでお別れとなった。フーブラス川も無事抜けて、目の前にはカイツールが見えていた。

「ふう…。よかったです。アリエッタと戦うことにならずに済んで。彼女は元々、僕付きの導師守護役だったんです」
「それは…後味の悪いことにならず、私も良かったです」
「…少し、よろしいですか?」

後列のジェイドが皆を止めた。
気になっていることがあるのは先程からわかっていた。ティアのことだろう。
ルークがカイツールは目の前なのにと文句をたれたが、彼も疲れているようで、話で足が止まることを強く咎めることもしなかった。

「…私の譜歌は、確かにユリアの譜歌です」

疑問に思うルークのため、ガイが説明するところからその話は導入した。
ティアの話曰く、血は引いているらしいが人づてに聞いただけで、確証はないと。
でも歌えているということはおそらくそういうことだろう。
雑談もほどほどに、一行はカイツールへと足を踏み入れた。




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