仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の邂逅 Act.5



一行はセントビナーへと足を動かし始めるも、道中、導師イオンの体調が優れず、しゃがみこんだことから街道に座り込んで休憩を取ることになった。

「はい吸ってー」
「…戦争を回避するための使者ってわけか。なんだってモースは戦争を起こしたがってるんだ?」
「吐いてー」
「ふう…それは、ローレライ教団の機密事項に属します。なのでお話できません…」
「…緊張感ねえなあ」

聴診器を野外で使うことになるとは思わなかったが、あって便利だったことに変わりはない。導師に大丈夫だと伝えると、微笑んで感謝された。…これで男子とは、恐れ入る。

「ところで、あなたは?」
「そういや自己紹介がまだだっけな、俺はガイ。ファブレ公爵のところでお世話になってる使用人だ」

導師イオンやカーティス、それぞれと握手を交わし、シキもティアの後に続こうと並んだ時、ティアの差し出した手にガイが猛烈な勢いで飛び退いた。まさしく恐怖するようにティアを見て。

「…何?」
「…ひっ」

しびれを切らしたように、呆れるようにルークがガイのことを告げる。曰く女嫌い…女性恐怖症なのだと。

「わ、悪い…。キミがどうって訳じゃなくて…その、」
「…私のことは、女だと思わなくていいわ」

それは無理だろうとしか言えないが、ティアはめげずにガイに握手を求めた。
どうしてなかなか、面白い絵面だ。
ティアが手を差し出して歩み寄るたび、同じ歩幅ガイは後退する。
流石にきりがないとわかったティアが諦めて溜息をつく。

「…わかった。不用意にあなたに近づかないようにする。それでいいわね?」
「ああ…」
「気を落とさないでティア!ガイとやらが逃げれば逃げるほどいい女だということだよ。…私はシキだ、医者志望の研究者だ、よろしく〜」

ひらひらと手を振るだけでシキはやめておいた。だが実際のところ、先ほどティアのやっていたことをやってみたいなどと思っているのは秘密だ。
自己紹介も終わったところで、ガイは自分の目的を話した。
その話の中に、ルークの敬愛するヴァン先生とやらの話が出ると、ルークの顔が眩しいくらい華やいだ。反面、ティアの顔は曇りだしたが。

「兄さん…」
「兄さん?兄さんって…」

ぽつりとティアがつぶやいたその時、休憩をとっていた近くの木の向こう側に、神託の盾騎士団の兵がやってきていた。敵は待ってくれないようだ。

「ゆっくり話す暇はなくなったようですよ」
「に、人間…」
「ルーク、下がって!あなたじゃ人は斬れないでしょう!」
「導師イオンと自分を守ってるんだ、いいね」

まったく周りを見張りに言った奴らは何をしているのか。三十人は動けているだろうに。いやもしかしたら返ってそれが目立っていたのかもしれない。
だがこちらも実力者がいないわけではない。神託の盾兵はたった三人、手こずることはなかった。だが…

「ルーク、無理するな下がれ!」
「…うっ…」
「ルーク!?」

自分を守ればいいといったのに、ルークは目をつぶりながら目の前に膝をついている今にも息絶えそうな兵士に剣を振り上げた。だがその剣は届かず、死力を尽くしたその兵士がルークの剣をはねのけた。
兵士はそのまま、ルークに斬りかかる。

「ボーッとすんな、ルーク!」
「ガイっどけえっ!」

シキは地面に膝を付けて照準を固定し、その兵士の頭を撃ち抜く。
だが一歩及ばず、その剣はルークに振り下ろされる。そこに割り込んだのは、

「ティア、お、お前…」
「…馬鹿」

その一太刀をまともに食らってしまったティアのために、今夜はそこで野宿することとなった。



「六人パーティだ。一つは七人パーティだが…夜間の間に先行して、皆違うルートでセントビナーに向かうべきだろう。重傷者二名は第一、第二パーティに一人ずつがいい。その二つのパーティには第七音素術士を入れておくといい」
「そうですね、では組んでいきましょうか」

暗くなる前に、その三十七名は出発した。ここで足止めされる以上、明日には神託の盾がセントビナーを見張っていてもおかしくないからだ。タルタロスから降りた場所から一番近い街もセントビナーであるため、その可能性が高いだろうとシキが進言した。
ジェイドは一度それを考えたあと、副官であるマルコと審議をして、決定に至った。

「ハイランダーさんは軍事に関しても視野が広くておられるのですね」
「そこの死霊使いに対抗するためにかじったらこのザマよ。まあ医者でも軍医だったからねあそこでは。仕方のない事だよ、戦場に怪我人と孤立…なんてのはよくあることらしいし」
「流石ですねえ。ではシキ、ティアの手当の方もお願いしますよ」
「ああ、わかった」

暗くなってしまったら、魔物は出るし手元は暗いしで治療に専念できないだろう。シキは急いでティアの手当にとりかかった。

「もう大丈夫だろう。出血もひどくないから、飯食って寝ろ。わかったね?ティア」
「…ええ、ありがとう」

治療が終わったのは結局夜だった。ティアの治療が終わったのが解ったらしいルークは、ひっそりとティアの隣に座り込んで、話をしだした。ずっと気になっていたらしいことは、手当に専念していたシキも気づいていた。
ここにいる人に話を聴き終えたルークは、最後にシキのもとに訪れた。

「シキは…平気なのか?」
「…人を、殺すことがか?」

直球に聞けば、ルークはビクリと肩を震わせたが、おずおずと頭を縦にふる。
私の答えなどで、彼は満足できるのだろうか。

「忘れないようにするんだ。せめてもの罪滅ぼしは、それしかないのがこの世界だから。にしても、…止めは刺さなくてもいいと言ったけど、昼間は違ったな。なぜだ?」
「それは…」

ルークは青白い顔をしていたが、暗がりでもわかるくらい、一気にその青白さが消えた。

「…イオンを、守らなくちゃと…思ったから」

そこでシキは、自分が言ったことを思いだす。私は確かに、あの戦闘の前に「導師イオンと自分を守れ」と言っていたことを。

「私の、せいか…?」
「は?」
「私が言っただろう。イオン様と自分を守れと。それのせいか?」

ルークは、はっとして黙りこんだ。何かを考えこむように下を向いている。一拍黙って、がしがしと頭を掻きながら、口を開いた。

「多分…違う。あのとき、焦ってて、シキが何言ってたかなんざ俺、全然聞こえてなかった。でも、イオンが後ろにいるな、って思ったら…」

剣を、振り上げていた。
シキはそのことを理解して、不思議と緊張していたのがほぐれた感じがした。

「…ティアに、礼は言ったか?謝罪は?」
「…俺…まだ、だ」
「もう夜も遅いか…明日、しっかり言うんだ。守ってくれてありがとう、と。しっかりしてなくてゴメン…は、変か?」
「う、うっせ、もう寝るっ」

顔の青白さは消えて、ぽこぽこと蒸気を出しながら、肩を怒らせてルークは焚き火の側に戻っていく。
シキはその後姿を微笑ましく思いながら見送った。
そしてその後姿を見るものは…

「いやあ、若いっていいですね」
「ドウシタノおじさん。若くないならさっさと寝たほうがいいんじゃないか?」
「嫌ですねえ、そんなに言われると…傷つきます」
「嘘つけーーーーー!!」
「ほら、もう夜中ですし大声出さないで、何かに見つかっちゃいますよ」
「うわあもうやだ近寄らないでオジサン」

若人よりも若々しい会話が夜を更かしていった。



朝早く、…と言っても、使用人や軍人だらけなもので殆どの者は早々に目を覚ましていた。
のんきに寝ていられる状況でもないため、一行は日が昇ってすぐ出発することになる。

「ティア、ルークを起こしてやってくれよ。意外と野宿もできるんだなあ、あいつ」
「わかったわ。…たしかに、意外ね…」

青年たちが和気あいあいとする中、年長組は真剣に話し合いをしていた。

「おそらく、何も妨害さえなければパーティは六つともセントビナーに着いているだろうな
…」
「ええ、意外と近いですからね。私の師団であればここらの魔物で苦戦することなども無いでしょう」
「あとは…セントビナーを見てみなければわからない、か」
「そうなります。…あと、陣形ですね、導師イオンとルークを中心に、我々で…」

シキはジェイドの顔の前に人差し指を立てて、ち、ち、と舌を鳴らす。

「そこはまあ、見てなって」

ルークも起きて、セントビナーへと出発することになる。

「…俺も、戦う」

一大決心したようだが、その顔にはやりたくない、とありありと書いてある。そりゃそうだ。聞くには赤ん坊から再スタートしてまだ少ししか経っていないのに、その手で命を奪う覚悟を決めたとか、人生モードベヒモスクラスだ。

「人を殺すのは…すごく怖いし、やりたくない。でも戦わなきゃ身も守れないし、なにより殺される、ことも!まっぴらごめんだ!俺だけ隠れてるなんてことも、やってらんねえ!」
「ご主人様、偉いですの!」

ペットの聖獣に茶々を入れられるも、その決意は揺らがないようだ。だが、手が震えている。考えただけでも、恐ろしいか。
ティアがルークに近寄り、人を殺すことがどんなことかを、今一度言い含めた。

「あなた、それを受け止めることができる?逃げ出さず、言い訳せず、自分の責任を見つめることができる?」

きつい言葉だ。まるで、逃げ出すことを選ばせるように、棘にあふれた優しさだった。そこが彼女のいいところなのかもしれない。

「シキも、言ってたろ。みんな好きで殺してるわけじゃねえって。…決心したんだ。みんなに迷惑はかけられないし、ちゃんと俺も責任を背負う!」
「でも…」

ティアはそれでもと引き下がったが、そこにカーティスが入り込んだ。

「…いいじゃありませんか。…ルークの決心とやら、見せてもらいましょう」

そう言うと振り返って、歩を進めた。ティアも名残惜しそうにちらりと振り向いて、カーティスの後に続いた。
ガイは、ルークに発破をかけて言った。
シキは皆の行った後、ルークに告げる。

「泣いてもいい。吐いてもいい。いつか辛くなったらそのときは逃げ出してもいい。だけど、忘れるなよ。罪はお前の背中を目指してまたやってくる。そのときにはもう一つ忘れるな。ルーク、お前にはもう立派な仲間がいるぞ、だから奪ったぶんまで、お前は生き延びろ。最後の言葉は、塞ぎこむな、だ」
「…おう」

再び踏み出したその一歩は、力強いものになっていた。





【封印術 2】シキ、ジェイド

「そういやお前、前に比べて貧弱になったな?どうした?食べた豆腐が腐ってたか?」
「あなたはもっとマシなことが言えないのですかね…。勿論違います」
「じゃあなんだ?風邪か?診ようか…っていうのはありえないか」
「いえ、タルタルスの牢屋であなたと合流する直前に、封印術をくらいましてね」
「えっ…それは…」
「まあ元が違うので、遅れを取ることはないと思いますよ」
「その、どんな感じ、なんだ…?」
「どんなかんじ、と言いますと…ああ、全身に重りをつけて、海中散歩をさせられている感じ…ですかね」
「そ、そんな…」
「おや、心配してくださるのですか?嬉しいで…」
「羨ましいぃい〜〜〜!なあなあ第一から第六までフォンスロットの開閉実験しよう!ああ、私がくらえば第七もできたんだけどな…あ!封印術を他人に移植なんてことはできないのかな!?そうとなったら実験だなカーティス!」
「お断りします」


【シキって】シキ、ティア、ミュウ、ジェイド

「シキって意外となんでもできるのね?戦闘に、料理に、手当に…」
「シキさんは、よく僕のために食べ物を用意してくれるですの〜!」
「ああ、昔から色んな物に手を出しては飽きてやめたりしてたから、雑学だけは豊富で」
「飽きてやめるって…でも人並み以上に色々とできるわよね」
「いやあ…」
「いえ、そんなことはありませんねぇ。シキは物事に取り組めば食事は取らない、風呂には入らない、白衣が溶けてても気づかない、部屋は散らかし放題のダメ人間ですから。ね、シキ」
「はああ!?訂正しろカーティス!あの部屋は汚くしてるんじゃない!あれが良い配置なんだよ、換気もしてるし、汚いことなんてないっ!」
「…他は…訂正、させないのね…」
「ですの…」


【シキせんせい】シキ、ルーク、ガイ

「シキって俺によくいろんなこと教えてくれるよな、いろんなこと…言ってくれるし。なんでだ?」
「おっ、なんだあ?ルークはやっと自分にあった教師を見つけたか。シキ、バチカルに来てこいつの専門の教師にでもなってやってくれよ」
「は、はぁーっ!?い、いらねーよんなもん」
「はは、照れるな照れる…」
「ガイ!ストップだ!こっち来い!」
「え、ええ?」
「(いいか、あんまり茶化すもんじゃない。ルークは照れてる自分に慣れてないし、素直になるのも慣れてない!そういう時に茶化すから捻じくれるんだ!)」
「ね、捻じくれるって…」
「おーい!俺をおいて話を進めんじゃねー!」


【シキせんせい 2】シキ、ルーク、ガイ、ジェイド

「あれは?」
「あれはマルクトアカゼンマイ。食べるとまずい」
「じゃああれ」
「あれはキタフーブラストカゲ。夜になると活動が活性化する。意外と旨い」
「あっちは?」
「…なにをしているんです?あれは」
「ああ、シキが何でも聞けって言ったから、ルークが『なんでも』聞きまくっているんだ」
「じゃあこれは?」
「おおお!ルーク、これは珍しいものだぞ、お手柄だな早速採取だ!」
「…あのままですと、帰してもらえなくなりますから、早めに切り上げることをおすすめしますがね」
「ルーク〜〜〜ちょっとこっち来いよ〜!」
「何だよガイ?」
「危なかった…のか?」




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