メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

軌道に乗って


連れ戻す必要はない。
ということは、今はまだその時ではないということ。
計画に多少のズレが出はするものの、支障はない。
いざとなれば、自分やシュヴァーンが出れば済む話。
ならば『いざ』というときに姫様に危害が加わり、その生命が損なわれることだけは未然に防げばいい。

「ユーリ、ローウェル……」

姫様が城を抜け出す手助けとなった男。その男と、まさかのふたり旅。
以前、騎士団に努めてはいたものの、シゾンタニアで起こった事件がきっかけか、騎士団をやめている。
ナイレンに連なる輩か。
城の内部に詳しかったとは思えない。
だが、どうやってあの抜け道を知ったのだろうか?
投獄回数こそ多いものの、いつもその懲役期間をおとなしく(記録によれば、「近づくと暴言を吐くので注意であ〜る!」と注釈されている……。)している。
脱獄は今回が初めてのようだ。
となると、気になるのは。

「レイヴン……!」

このとき、隣の牢屋にいた男。
あいつなら、牢屋を出ることは簡単だ。そして、この抜け道だって知っている。
何かをしたに違いない、と確信する。
だがなぜ。
あの『死人』が、一体なぜ。
その疑問が頭に浮かんだ瞬間、カーン、カーンと、けたたましい鐘の音がした。
座り込み、背を預けていた塀から覗き込めば、砂煙を上げながらこちらへと、デイドン砦へと突進してくる魔物の群れが。

「サイノッサス!? まだそんな時期じゃないのに!」

次第に地響きも加わり、砦を出たもの、向かうものも一目散に逃げ込んでくる。
だが、無慈悲なことに、魔物の群れが門を閉める最低ラインを越してしまったところで、騎士が叫んだ。
門を閉めると。

「ッバカ! 人がまだ……!」

いるじゃない、と口にする前に、イザベラの足は駆け出していた。
塀をひらりと飛び越え、高さを物ともせず着地する。

「子供の手を離すな! 荷物は置いていけ! 門が閉まるぞ、走れ!」

逃げてくる人々に声をかけながら、イザベラは更に魔物へと向かう。
隣を走り抜けて、『魔物へと向かう』2人にも気がつく。そして息を呑んだ。
なぜ、エステリーゼ様がここにいる!?
本来であれば、自身にふりかけて使うものではあるが、やむをえまいと魔物に向かって『投げつける』。
ホーリィボトルだ。
魔物に当たりはしないものの、減速くらいはしてくれるだろう。
2〜3個投げつけたところで、エステリーゼとユーリが後退し始めた。
イザベラも引き際と見定め、砦へと全速力で向かう。
もうまともな大人の背丈ほどもない。門は半分以上閉まっていた。
奴がここでこのまま死んだらどうする?エステリーゼはほったらかしか?その後始末は誰がやると思っている!
カッとなったら、もうすでに口は開いていた。
門から覗き込んで、口汚く叫んでいた。

「そこのお前! もっと気張って走れ! 追いつかれるぞ!」

煽られたからかどうか走らないが、その後に一瞬、男が嗤った。ニヤリと。やってやろうじゃねえかと言いたげに。

「……余裕そうじゃないの」

発破をかけたユーリは速度を上げ、スライディングでギリギリ門をくぐり抜けた。
歓声が上がり、イザベラもやっと息ができたかのような感覚になる。
何をしているんだ……。

あいつも。
姫も。
わたしも。





「よう、アンタだろ、さっき声かけたの」
「……そうよ」

監視だから、付かず離れずのところにいるのがベストではあるが、いかんせんゆっくりしすぎた。まさかターゲットの方から話しかけてくるなんて!

「なかなかいい『応援』だったぜ」
「……ちんたら走ってるのが悪いのよ」
「そいつはどーも」

そこで話が打ち切られて、別れるはず、だった。
だったのだ。イザベラのなかでは。

「助けていただいてありがとうございます! あなたのお名前、お伺いしてもよろしいです?」

話は続けられていた。
もうすでに背を向けていたところに話しかけてくるこの豪胆さ……いや、鈍感さ。
身に覚えがある。



『あなたが今日からそばに居てくださるんですね! 私はエステリーゼといいます。お名前を伺っても、よろしいです?』



忌々しい。
盛大に舌打ちをして、自己紹介をする。とても、渋々といった態度で。

「………………イザベラよ」

まさか、このあとに、事態が好転するなんて、思いもしなかった。







210310 加筆修正

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