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かねをならす


『かねをならす、って?どういう意味ですか?お父さま』

ちりん。
小さなベルが可愛らしい音で自らを主張する。
ちりん。ちりん。と、その音が聞こえるたびに楽しくて、嬉しくて。
どうにも鳴らすのをやめられない。

『こっちにおいで』

だけど、鐘の音では超えられない音もある。
お父さま。
お父さまが呼んでるわ。
お父さまが私を呼んでる!

すぐさまに振り向いて、一目散にその膝下へ駆け寄った。

床には毛の長いカーペット。
だからワンピースの裾が床についても気にしない。

『古来から、テルカ・リュミレースにある諺だね。鐘を鳴らす、というのは、自らの位置や意思を相手に知らせて、自分は大丈夫である、とか、うまくやっている、とかを知らせるんだ』
『元気です、って意味、ですか?』
『そう。もちろん、良い意味の知らせだけでなく、悪い知らせであることもある。助けてほしい、だとか、敵が迫っている、だとか、状況が悪いことを知らせる意味もある』
『そうなんですね……』

知りたいことが知れて、それを父の口から教えてもらえたことが嬉しくて。
はにかむ口を押さえられず、ふふ、と息が漏れる。
大きな手が、頭に、頬に触れて、優しく撫でる。その暖かさがもっと欲しくて、つい頭をより押し付けてしまう。

『そうだ!お父さま!』

ぱっ。と顔を上げて、またあの小さなベルを迎えに行く。
ちりりりりん。
手に取ったベルを鳴らして、どうだ、と笑う。

『今の音は、どういう意味だか、わかりますか?』
『?、どういう意味だ?』

困った顔で笑うお父さま。
ふふ、わからないのね?と挑発すれば、立ち上がって迎えにきてくれる。

『どういう意味か、教えなさい!』

強い口調ではあるものの、怒っているわけではなく、ただじゃれあうような愛しい声。

『きゃっ!あはは!』

手にベルを持ったまま、軽々とお父さまは私を抱き上げた。
頭の位置より高く。天井に近くなる。
腕に座らせるような形になっても、その顔が苦しそうになることはない。
両手でやっと包み込めるようになったその頭を、ぎゅっと抱きしめた。

『お父さまが、だーいすき!って意味です!』
『私もだ、セオドラ!』


それも全て。
過去に遠く。









「ご苦労だった。セオドラ隊長」
「ありがとうございます」

こちらを見ない。
目が合わない。
その視線は冷たく、ただ執務机の上に向けられている。
書類を流しながらの報告作業は、ただ口頭で、簡潔に、必要な部分を纏められて行われる作業。
いつものこと。
これが、いつものこと。

「閣下。そろそろ昼食のお時間ですが…。女中になにか持って来させますか」
「頼む」
「かしこまりました」

厨房に行き、依頼をする。出来上がるまでの間に、片付けられることは片付ける。
部下への指示。
報告書の確認。
計画の見直し。
スケジュールの調整。

通りすがった工作員の報告を聞いて、また厨房に戻り、ワゴンを受け取る。
協力者にはチップを忘れない。

「閣下、昼食をお届けに参りました」
「入れ」

執務机の端にトレイを置いて、耳に報告を届ける。

「烏が戻ったそうです」

そうか、と返事をする顔が、こちらを向くことはない。
一度下がろうと、礼をしたとき、ようやっとその顔と目があった。

「次の任務を言い渡すまで、待機していろ」
「……かしこまりました」

少し痩せた?
目が落ち窪んでる。
髪が少し脂っぽいんじゃないか?
お父さま。
お父さま。
お気付きですか?
もう、まともに顔を合わせて話すのは、3ヶ月ぶりだったのですよ。
わたしたち、親子なのに……。




屋敷には誰もいない。
昔はお父さまに、私、女中が数人いたのに、今では物を取りに戻るだけ。
必要な部屋以外は埃にまみれて、置いてある家具の殆どが眠りについている。
お父さまからいただいた大切なものたちも。
全て全て。

でも今だけよ。
きっとすぐに、また目覚める時が来る。
だから今だけよ。
今だけ……。

「今だけ、だから……」

そう言い続けて、10年経ったのだ。






「姫様が、ですか?」
「そうだ」



城の中から、計画の要である人物が消えた。
その計画も、もうすぐ完成に近づくという、この時に。

「消えたときに、ある男が側にいたようだ。…緊急で悪いが、お前にはこの者たちの監視について貰う」
「……かしこまりました。閣下のお望みのままに」
「何か聞きたいことはあるか」
「捕らえたり、連れ戻したりはしなくてもよろしいのですか?」
「ああ、その必要があったら、また伝令を飛ばす。他には?」
「……」

『最近、ちゃんとお休みになられてますか?』

「いいえ。直ぐに出発致します」

私には、その一言が言えなかった。
ただ『身内』として、父親に話しかけることが、できなかった。
返事を聞いて、微笑むこともない。わかった、ということもない。もう『伝わり過ぎる』ところまで来ているせいだ。
でも、それは一方通行なのだろう。
セオドラは背を向けて、顔に悲しみが滲み出るのを堪えた。



あと少し。
あと少しだからね。
あと少ししたら、また昔みたいに戻れるから。
その言葉を、誰にかけたのだろう。
静かに眠る家だろうか。
それとも自分自身だろうか。
そう自身に問いかけることさえも。
もう何回目になるのだろうか……。












210310 加筆修正

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