メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

君に捧げるネリネの花


「祝賀会?ああ、よく知っているな」
「お父様はご出席されるのですか?」
「……あれは、評議会の貴族たちがやるものだからな。出席はできるが、意味があるものでもない。……ああ、デュークの『連れ』が出たいとは言っていたが」
「……そうなんですか」
「私もその日は予定がある。アスピオに顔を出さねばならないからな……。その日の前日から、3日程帝都を離れる予定だ」
「そう、なんですね……」
「ついてくるか?セオドラ」
「……」
「セオドラ?」
「……はい!あ、いいえ。私は帝都に残ります」
「……体調が優れないのなら、早めに寝なさい。医者は必要か?」
「大丈夫です! 最近は暖かかったり寒かったりと、気温がまばらなので……。疲れが出たんです。お父様こそ、あまり無茶なさってはいけませんわ。紅茶を入れます。後でお持ちしますね」
「これは、痛いところを突かれたな……。ありがとう、セオドラ」
「では、失礼いたします」

祝賀会は一週間後だった。
そんなにも近いなんて。
セオドラは焦った。
なんとしてもデュークに伝えなければならないのに、彼と出会えるかどうかは運だ。1週間以上会えないこともざらにあるし、そもそもあの花畑にはいつでも行けるというわけではない。
剣術や魔術の授業に、基礎体力向上のための時間は割くことが出来ない。ダミュロンのことも見に行かなければ。最近、看護師の目を盗んでフラフラと出歩いているらしい。お父様も、とても気にかけていた。
少ない時間を割いて会いに行ったとしても、会えるわけでもない。
だからといって、手を打たないわけには行かない。

淹れられたばかりの紅茶は暖かかったが、セオドラの手は冷たいままだった。
窓の外、空を見上げるも、見たかった星空は分厚い雲に覆われていた。




「だめです。お嬢様、こんな天気の中出掛けたって、何も得られやしませんよ」
「でも、」
「でもも、だっても、ありません!」
「サヘル……お願いよ」

暗雲は朝になり強い雨を振らせていた。
もう夕方かと勘違いするほどに日を遮る雨雲は、まるでこの先の未来を暗示しているかのようで、セオドラを更に焦らせた。
玄関の前で仁王立ちするサヘルは、どうやってもセオドラを外に出させるきはないようだ。

「もう、サヘルのわからず屋!」

拗ねたふりをして、階段を駆け上がる。
自分の部屋に閉じこもり、鍵をかけたら作戦開始の合図だ。
ベッドの下に隠していたレインコートをすっぽりかぶって、窓を開けた。
先程よりも強くなっている雨風が部屋の中に入り込み、カーペットを濡らした。
窓から身を乗り出して、脚を屋敷の縁へと乗せる。少しづつ、少しづつ平行に脚をずらして屋敷の角にたどり着く。
まるで、冒険小説みたいじゃないか。
セオドラは少し笑って、雨樋を伝い地面を目指した。



「デューク! デューク! ……エルシフル! 来ていないの!?」

春の嵐はひどくなるばかりだ。
レインコートの中にも靴の中にも、水が入り込んでもう意味をなしていない。
花畑の花たちも、この強風で花弁を散らしていた。

「ねえったら……!」

こんなこと許されない。
あの生き物が死んでしまうかもしれない。
あんなにもヒトとの交流を楽しんでいるのに、その人間が裏切ろうとしている。
それが悲しくて、虚しくて、悔しい。
世界が、こんなにも腐ってる。
父が毎夜毎夜嘆く意味が理解できることが、こんなにも辛いだなんて。
溢れる涙を嵐がさらっていく。
セオドラはなすすべもなく、来た道を戻った。








身体の弱い彼女は、当然体調を崩した。
冷え切った身体をまともに温めずに布団に入り込んでごまかした結果だ。

「セオドラ、今日はゆっくりしていなさい」
「ごめんなさい、お父様……」
「気にするな。……後は頼むぞ」

父は今日も仕事。
サヘルは父が出ていった後に目ざとくレインコートに気がついた。

「だから言ったのですよ。何も得られなかったでしょう」
「ええ……そうね……。情けないわ……」
「一体、何をしに行っていたんですか!」

旦那様には言わないから、言ってみなさい!と怒る彼女は心配そうな顔をしていた。

「友達に、会いに行っていたのよ……。でも、会えなかった……」

言い切って泣き出したセオドラの頭を、サヘルは優しく撫でてくれた。









あれから合わせて3日寝込んで、時間は一気に少なくなった。
アレクセイも出張の準備を進めており、話しかける時間もぐっと減り、そして、下手を打ったセオドラはそもそも相談できる機会すら失っていた。

ふくよかで、煌びやかな服を着た評議会の貴族が珍しく城内の騎士団区画までやってきた。
いやらしい笑みを貼り付けて騎士団長を呼び出したソレは、又聞きであると噂であると何度も前置きして語り始めた。

城にねずみが出入りしているぞ、という忠告を。

どきりとしてその男を見るも、セオドラに注視するような様子はなく、ただ、族が出たことを気にしているようだった。
城内のものか、城外のものかは関係なく、気がついている、と伝えることで圧をかけるつもりらしい。
父は疑問に思うとともに、焦った。

「また何か企んでいるのか……。手出しをされる前に、ことを進めるべきか」

そう言った父は、出張の予定を早めて帝都から出発した。
助けなんて求められなかった。
どこでどんな目があるかわからない。誰に聞かれているともしれない。どこから情報が漏れるかもわからない。



どうしようもない。


なにもできない。


ただみているだけ。



不安に咽び泣くセオドラの手には、花畑の美しい記憶が握られていた。





「デューク……!」
「お前は……」
「セオドラだろう。覚えているぞ、小さきもの!」

城内を歩く姿のなんと優美なことだろう。久しぶりだと言うのにその後姿は強烈で、遠巻きに見てもすぐに彼だと分かった。デュークはクリティア族の男と連れ添って会場へと向かっていた。
だが、自らの名前を呼ぶ男性を、セオドラは知らなかった。
しかし寡黙なデュークに対し、快活に挨拶をし、セオドラを『小さきもの』と呼ぶ存在ならば、見知った者が記憶にいた。

「エルシフル……ですか?」
「よくわかったな。どうだ? この日のために仕立てたものだ!」

デュークは何も言わんのだ。と愚痴を漏らす彼の姿形は変わろうとも、あの時花畑で談笑したエルシフルだった。
見たことはないが、ひと目で礼服と分かるモノを着ている。少し型が古いと感じるのは、彼の長命故だろうか。

「ええ、とても、お似合いですわ」
「よかった! これで恥をかくこともあるまい。ところでセオドラ、セオドラもこの祝賀会に参加するのか?」
「いいえ。私は呼ばれておりませんし、本日も予定があるものですから……お祝いに、花を届けに参りましたの」

急ごしらえのものですが、と渡された花束は、こぢんまりとして、可愛らしいものだった。

「すこし、不格好かもしれません。花束を作ったのなんて初めてですから。でもいい勉強にもなりました。花言葉って、とっても素敵!」
「そう、か」
「ええ、今回の祝賀会を想って作りましたから。……楽しんで!」

ほとんど押し付けるようにして、セオドラはその場を立ち去った。
どうか、祈りが届くようにと。





「……みたか? デューク」
「……ここを出るぞ」
「だがどう言って抜け出す? 私達は今回主役も同然だと言うのに」

それはパーティの、という意味か、狩りの、という意味か。
おそらく両方ではあるが。

「何も言わず、出てくればいい」
「だがな!」
「花屋だ」

デュークはもう振り向きもしなかった。
会場には目もくれない。気遣いも有りはしない。
その背中には怒気が滲む。

「花屋に行くとでも言っておけ」

だがその顔は、小さな少女への感謝が浮かんでいた。







今頃遠くへ逃げられただろうか。
どうか悲劇だけは起こらないでいてくれと願いながら、セオドラは屋敷の屋根に座り込んでいた。
屋敷はセオドラしかいないはずなのに、やけに物音がして騒々しかった。
父のいない間に、セオドラすらも排除しようという魂胆だったのだろうか。暗殺者はいまだセオドラを探し回っている。
春になり気温は上がったが、やはりこの時期、寝間着のままで外気にさらされると体に応える。身震いをして、次はどこへ逃げようかと屋根上から地面を覗き込んだ。
その時だ。
ひときわ大きい物音がした。大きなガラスの割れる音。
サロンの大窓が割られたのかもしれない。
サロンは覗き込んだ地面とは反対側にある。逃げるチャンスかも知れない。
また雨樋を伝って降りようとしたが、そこで奇妙なことに気がついた。

物音がやんだ。

あれほど騒がしかったのに、パタリと音がやんで、平穏を取り戻したかのようだった。

「……おかしいわ。どうしたのかしら」
「どうしたもこうしたもない!」

震えた声でつぶやいたのに、誰かの耳に入っているとは思わなくて、思わず肩を大きく跳ねさせる。振り向いたところにいたのはデュークだった。
そして声の持ち主は……。

「どうして屋根の上なんかにいるんだ。寒かろうに!」
「エルシフル!」

あのときと同じ美しい翼で、セオドラの隣へ舞い降りた。
押しつぶさないようにと、そっと添えられた翼がセオドラを包み込んだ。それは暖かく、ぬくもりを持っている。生きているものの証だった。

「……感謝を、セオドラ。お前の助けに私達は生き延びた」

そうしてデュークが取り出したのは、あの時渡した花束だった。
急ごしらえで不格好。季節も何も考えられておらず、バランスも何もあったものじゃない。花束と言えるかどうかもギリギリなソレは、花は愚か蕾のままのものもあった。

シレネ。シャクナゲ。ハマユウ。メインとして飾られた花々は、どれもこれも注意をうながすもので。それを会場前で渡すことはつまり。

「あんな顔で、あんな震えた手で渡すやつがおるか。花でなくとも伝わるわ!」
「そう、よかった。伝わってた、んですね」
「……お前の働きだ。助けられた。わが友、エルシフルを。……そしてお前のことも」

安心して力が抜けて、へたり込んでしまった。
滑らないように、とつけた手は震えて意味をなさなかった。
見かねたデュークがセオドラを抱き上げる。そのままエルシフルの背に乗って、ザーフィアスの上空へと飛び上がった。

「アリョーシャは?」
「今は、アスピオに行ってらっしゃるわ……」
「……そこまで送ろう。エルシフル」
「あの街だな。洞窟の街。タルカロンの……」

夜風にさらされていると言うのに、エルシフルの背にいると不思議と寒さを感じなかった。
安心感が全身へと広まり、セオドラを眠らせようとする。うつらうつらとしていると、デュークが優しく囁いた。

「眠るがいい、セオドラ。『勇気あるもの』よ」

朝、目が覚めれば、お前の愛しいものがそばにいるだろう。





210310 加筆修正

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