メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

オーベロンの庭


ある日の晩餐に、セオドラは興奮冷めやらぬ様子で父、アレクセイに『今日あったできごと』を話した。

「そういえばお父様、私、今日妖精に会ったんですよ!」

父は優しく笑って、どんな妖精だったのかと問いを返した。

「すごい、綺麗な銀髪で、お父様の色より白い銀髪だったんです。腰までかかるその長髪が本当にお美しくて、思わず声をおかけしてしまいました。赤い外套の似合う、とても美麗な方でしたよ」

そこまで話したら、父はぽかんとした顔をしているではないか。くちが「あ」の形に開いたまま、呆然とセオドラの話を聞いていた。

「デューク……帰ってきていたのか」

その『妖精』はどうやら父の知り合いだったらしく、今度会ったらよろしく、と寂しげな顔で微笑んでいた。
何をしたとか、どんなお話をしたんだとかも教えたかったセオドラは言葉に詰まった。父はしばらくその『妖精』、もといデューク・バンタレイと何年もと言っていいほど、話をしていないことが子供ながらに理解できていたからだ。





「お父様と、喧嘩しているの?」
「……何の話だ」

妖精はあれからすぐにまた出会うことができた。
自然豊かなところが好きらしい妖精……もといデュークは森の小動物まみれになって花畑の真ん中に座っていたのだ。
図鑑と照らし合わせたり、押し花にしたり、花かんむりを作りながら片手間に話しかけると、本当になんのことかわからない顔で聞き返してきた。

「わたし、セオドラっていうの」
「それで」
「セオドラ・ディノイア」

感情の乏しい妖精の顔が少しだけ歪んだのを見て、やはり聞かなければよかった、と見なかったふりをするように、顔を背ける。

「なんでもない。なんでもないわ」
「お前は……アリョーシャの娘だったのか」

その顔はまたきれいな湖面のように凪いだ表情になった。
理解できたのは『アリョーシャ』というのが父のことだということだけだった。

その日はもう何も語らず、妖精は黙したまま、烏がなく頃までただセオドラを見つめ続けているだけだった。
もちろんセオドラは落ち込んだ。
もしかして言わない方が良かったんじゃないか。もしかしたら次から来ないかもしれない。
夕食も少ししか食べられず、父にまで心配をかけてしまい更にセオドラは落ち込んだ。
この世の終わりみたいな顔をしてベッドに潜り込む。
明日、明日、もしまだあの花畑にいたら、謝ろう。でも来ていなかったらどうしよう?
悶々としたままセオドラは定時を1時間過ぎたところで就寝した。




「また来たのか……」

妖精は来ていた。
昨日と変わらぬ位置に座り込んで、変わらずに小動物に囲まれて佇んでいた。

「え、ええ。そう。そうなの。また来たわ。お気に入りの場所だから」
「……そうか」

相変わらず彼はセオドラに語りかけることはなかった。
だが距離を置くようなこともせず、ただ何も話さずに、彼はセオドラのそばに座っていた。
そうした時間がずっと続く。
晩餐に彼の話題が上がることはもうない。きっと、父も彼もいい顔をしないのだろう。
隠し事をしているようで、少しつらい気持ちになったが、セオドラはデュークのことを口をつぐんで話さなかった。
そんな静寂の日々が続いたある日、彼との関係に変化が訪れた。

「デューク! ここにいたのか、いい場所だな!」
「……エルシフル」

轟々と大きな音を立てながら、その巨体は言葉通り『舞い降りた』。
翼を持ち、鉤爪は鋭く、鬣がなびくその姿は、馬の魔物のようで、物語に出るドラゴンのようで、初めて見たセオドラは言葉が出なかった。驚きではなく、恐怖で硬直していた彼女に、当然のようにドラゴンは気がついた。

「……邪魔をしたみたいだな?」
「そんなことは、ない」

あのデュークが親しげに話しているさまを見て、恐ろしさが消え、疑問が増していく。妖精は竜とも仲がいいのか。そう考えるとこれは不思議なことではないような気がしてきた。

「は、はじめ、まして……?」
「やあ、小さきもの。君は随分と勇気ある子のようだ」
「そう? なの?」
「叫んで逃げ出したりしたらどうしようかと」
「た、たべるとか?」
「いや、悲しくって泣くだろう」

とても自信有りげに言うくせに、泣く予定もなさそうな言い方に、セオドラは思わず吹き出した。

「見ろ、デューク。ジョークが通じた。これが始祖の隷長ジョークだ」
「そうだな」
「なんだ、反応の薄いやつだな」
「そうか?」
「そうだ! もっと『面白かったぞ』とか、『良かったな』とか、言ってもいいだろうに」

その巨体に見合わず、ヒトと大差ないような話題で盛り上がっているものだから、その有様がおかしくて、セオドラは口元を抑えて、クスクスと笑うのだった。時たま、セオドラにも話を振ってくるものだから、驚きながらもセオドラはエルシフルに答えるのだ。

美しいヒト、美しい魔物。
2つがこの自然あふれる地で穏やかに語り合うこの光景の、なんと輝かしいこと。
願わくば、ずっと目に入れておきたいと、考えるほどに。









城はセオドラの遊び場所だ。
騎士団長閣下の一人娘として彼女は有名だ。堂々と出入りする彼女を止める人間はいない。
いつも父の細々とした手伝いを率先してやるセオドラを誰もが快く歓迎した。

「もう、お昼の時間ね。お父様にもお持ちしましょう」

書類を運んだりなどは出来ないが、時間を忘れがちな父のために体調管理をしてやることくらいはできる。そろそろ副官や秘書を置いたらどうだろうか?時間管理をしてもらえば、動きやすくなりそうだ。
今日は何を持っていくかと思案していると、ヒソヒソと声が聞こえた。
ここは城だから、どこから声がしてもおかしくはないが、隠すように話すその声は清廉なこの城ににつかわしくない声色で。

どこからしているのか?

厨房も通り過ぎてキョロキョロと探しものをする。
どこからか音がするのはわかるが、だが発生源になる人の姿はなかった。

もしかしなくても、壁から聞こえたりなんてしないだろうか。

石でできた壁に耳を当てると、今までよりも音は鮮明に聞こえるではないか。
壁の中になにかあるのかもしれない。
父・アレクセイもこの前話題に上げていた。
この城は建物自体が大きな魔導器で、隠し部屋もあるらしい。城を歩き回るセオドラが退屈しないようにと、寝物語にしていたことを思い出す。
聞き耳を立てるなら……グラスがほしい。
ちょうど通り過ぎたばかりの厨房からグラスを一つ拝借し、セオドラは壁伝いに進んだ。

ヒソヒソ声は段々と大きくなる。
期待に胸を弾ませて、足を少し早めたところで、声が小さくなった。

通り過ぎたんだ。

セオドラは少しだけ戻ったところで耳を澄ませた。
音は声になり、はっきりとセオドラの耳を通った。



『……必ず驚異になるだろう』
『そうだな……。恩があるからと、何を要求されるか』
『アレの存在があるだけで、我ら評議会の立場が危うい』
『殺そう。忌々しい始祖の隷長!またいつ、戦争を仕掛けてくるやもわからん』
『だがデュークはどうする?あれも中々の手練であろう』
『だがすべての仕掛けに気づかれる前に、魔物を仕留めることはできよう』
『そうだな……。バンタレイも落ちたとはいえ帝国に連なるものだ。殺す必要もなかろう』
『では……今度の祝賀会に仕掛けよう』
『仕留めよう』
『ああ、殺そう。あの始祖の隷長……エルシフルの息の根を止めろ!』



先に息が止まっていたのはセオドラの方だった。
何の話だったろう。
まさか今聞いたのは本当ではあるまいな?
再度壁に耳を当てても、同じ話が聞こえることはなかった。
エルシフルと、初めてであった頃よりも、遥かに恐ろしいと感じた。あの時しなかった身震いが、今この場では全身に走っている。
うまく声が出ない。出なくてよかった。此処から去ろう。逃げなくては。

――知らせなくては、ならない。

震えでうまく持てなくなっていたグラスを取り落した。
砕け散る音で身体が正気を取り戻す。

『誰だッ!?』

その声が聞こえる前に、セオドラは走り出した。





210310 加筆修正

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