メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

此処は光なき路


「……何故ここにいるの、デューク」
「……セオドラ」
「今は『イザベラ』よ」

彼…デュークは気にした様子もなく話を続けた。

「壮健か」
「そう見えるなら、おめでたいわね」

指に粉がつくのも厭わず、デュークはセオドラの頬を撫でた。
振り払えばそれ以上触れては来ないが、名残惜しそうな手が宙を漂っていた。

「騒がしいのがここを通らなかった?」
「常に乱れているこの世に、騒がしくない場所などない」
「貴方にはそうかもしれないけど……」

相変わらずのマイペースさに呆れると、自然と溜息がこぼれた。
任務中に彼と出会うのはこれが初めてではなかった。
ときたま、様子を見に来るように姿を見せるデュークにはその度に戦いを挑み、軽くあしらわれていた。受動的に、ただ火の粉を振り払うようにしかセオドラの攻撃をいなすだけで、いつも反撃には移さない。
毎度のことになるとセオドラにも諦めがついて構えることすらもしなくなった。

「手伝わないなら、早くここから立ち去ることね」
「──成すことべきことを成す。それだけだ」
「じゃあ、ここでお別れね」

デュークは上層を見て渋い顔をしている。
恐らく上の階にいるバルボスを叩くのだろう。
反対に、イザベラは下を向いて目的地への経路を思い出す。
外見ばかりを先に作り上げたものだから、内側はがらんどうのガスファロストを移動するには真っ直ぐに行くルートがない。
逆戻りするにも一苦労する建物であること、時間も然程ないことも鑑みて、違う道を選ぶ余地はないのだ。
挨拶もせずに逆方向へ歩き出すデュークへと、イザベラは声をかける。

「そっちは外よ」
「……感謝する」




最下層には少し特殊な施設があった。
鍵を開けて進むといつもはないはずの見覚えのないバリケードがあった。

「ナニコレ」
「あ!もしかしてもしかしなくてもその声は!」

ヒョコヒョコと顔を出したのは紅の絆傭兵団にはカケラも見えない……白衣を被せられたように着るヨレヨレの研究者たちだった。
分厚い眼鏡の向こうにある泣きそうな(既に泣いているのもいるが……。)瞳をこれでもかと開いて、セオドラの存在が幻ではないようにと恐る恐る近寄ってきた。

「閣下といつも一緒に居られる方ですよね!? うわああ迎えに来てくれたんですね見捨てないでいてくれたんですね助けに来てくれたんですね〜!」
「ちょっと、鼻水がつく」

どうも上の階が明らかに騒がしくなったことで、警備を努めていた紅の絆傭兵団も応援にと消えてしまった。
巻き込まれる前に撤退を……と考えては見たものの、戦う術を持たない彼らはこのどんちゃん騒ぎの中を一気に駆け抜けて逃げるなんてできる人種ではなかった。(何故か魔物もいるしね。)

「荷物はまとめてあるの?」
「ハイ!真っ先にまとめましたよお!後は退避するだけなんです!」
「荷物半分よこして。このあたりなら私だけ戦闘に出ても充分に露払いできる。あなた達はホーリィボトルを切らさないように、私についてきて」

研究資料がこれでもかと詰め込まれた鞄はずっしりと重たく、いつもの速度では動けないことを察する。だがいつもの速度で動けばこの哀れなもやしっ子たちを置き去りにすることは目に見えているので、大した問題ではないだろう。

「いくわよ。……これは持っていかないの?」
「ああ、それはいいんです!」

いざ出発、というときに目についた。
淡く光りながら宙を漂う剣。父の研究の一つであると認識している。

「予備でしかありません。破棄しようにも、許可が取れないと……」
「……これで足がつくことは?」
「ないかと。一号機が誰の手にあるかを見てしまえば……協力者が誰かはわかるかもしれませんが」
「ならいいわ。いくわよ」

先頭を歩き、騎士やユニオンの人間とは鉢合わせないように進む。
匿うならば背徳の館がいいだろう。あそこはイエガーの管轄だ。
無事ガスファロスト圏内を離脱し、イザベラはひぃひぃとついてくる研究者たちを待ちながら、館のある森へと入っていった。

「ここまでくれば、後は歩きで大丈夫よ」
「え、いいんです? 魔物とか」
「掃除屋がいるから」

ヒュイ、と口笛を吹けば、幹の影から梢の上から赤い目をしたヒトが現れる。
慣れていないのだろう、案の定驚いて尻餅をつく者もいる中、イザベラは気にする様子もなく赤い目の……海凶の爪、その下級兵に荷物を投げる。

「話は通してある。先導して」
「……御意に」

研究員たちのヒョロヒョロの手からも荷物を奪い、先導するもの以外は溶けるように森の影へと消え去った。
掃除屋の意味が何となく理解できたのだろう研究員たちも大人しく(泣きわめくこともなく)付いてきた。

何故かこのあたりはいつも暗い。
ダングレストと同じように魔導器がどうこう、という話があるわけでもないのにだ。
だが身を溶かすにはちょうどいい塩梅の暗さだ。私達にとっては。





館はあいも変わらず陰鬱な雰囲気で、周りを警護する赤眼たちのせいで更に近寄り難くなる。
そんな館に見合わぬ明るい空気を振りまきながらイザベラに急接近する、影が2つ。
イザベラもその存在に気づきはしたが、避けたりはせずにただ飛びつくのを許した。

「イザベラ〜! つっかまえたぴょん!」
「わ、……ドロワット?」
「こら! ドロワット!」

海凶の爪の看板娘二人組、ゴーシュとドロワットだった。
イザベラとは潜入任務初期にイエガーに紹介され、それから長い付き合いとなっている。
互いに本気で踏み込むことはしないが、気の許せる仲ではあった。

「今度はいつまでいるの!?」
「すぐに出るわ。ゴーシュ、そっちが例の資料」
「ああ、預かろう……。随分と働き詰めじゃあないか?たまには休まないと」
「寂しいわン!」

抱きついたまま、頭をぐりぐりと押し付けるドロワットを横目にイザベラは今回の戦利品を仕分けていく。今頃ガスファロストではバルボスの悪あがきが見られる頃だろうか。
すべてが終わる前にまた街へととんぼ返りしなくてはならない。

「またすぐに会うわよ」
「むー。今寂しいのは今の私達なのにょん……」
「ゴーシュも寂しいのね?」
「ちが! ドロワット!」

今イザベラが渡したばかりの資料で頭を叩かれて、ドロワットはやっとイザベラから腕を離した。顔はぶすくれたままであるが。

「暫くはゆっくりできないの。また……一段落したら、時間を取りましょう。ね?」
「む〜……。約束だぷ〜……」

イザベラの手を取り、勝手に指切りをするドロワットは小指を結びつけたまま不満気に腕をぶらつかせていた。
やりたいようにさせていると、いつもは諌める側だったはずのゴーシュまでもが混ざってきた。
イザベラとドロワットの繋いでいる反対側の手を取り、同じように小指を結びつける。

「私とも、約束しろ」
「指切りね」
「必ず、だ」

ドロワットと比べれば、ゴーシュの表情は不満気というより不安気な様子だった。
指切りをしたまま、先の言葉を紡げずにいるゴーシュを、繋がれた手ごと引き寄せて抱き締める。

「わかった。必ずね」

子供をあやすように背を軽く叩けば、落ち着いたのかおずおずと腕を回し、イザベラに抱擁を返す。そのまま満足するまで好きにさせようかと考えはしたが、それまでほったらかしにされていた片割れが騒ぎ出すのは当然というもので……。

「あ〜〜〜!ゴーシュちゃんずるいずるい!イザベラ!私も!私もハグハグしたい〜!」
「うるさい、順番だ!」
「イザベライザベライザベラ〜〜〜!」

いつもの調子が出たとわかって、その落差の激しさに思わず吹き出してしまう。
巫山戯合う声が屋敷の中に響き渡り、不穏な空気を払拭した。



ガスファロストに向かわせていた伝令が戻り、バルボスの『終わり』が見えてきたことを知る。
改めて支度をし直し、挨拶もそこそこにイザベラは背徳の館を出立した。

「イザベラちゃん、無理しないといいね……」
「ああ……。私たちには無事を祈ることはできても、介入する事は許されないからな……」

遠くの影はもう判明できないほどに朧げになり、夕焼け色の中に見えなくなった共犯者を想う。
本当の名前を知っていても、本人の目の前では呼べないことが歯痒かった。恐らく介入できたとしても、その時彼女は自分たちを障害として排除するだろう。
今だけに許されたこの関係が、真綿で首を絞めるように、互いの立場を危うくしていた。

「ああ!行ってしまわれたんですね!?」

見えなくなる影法師に想いを馳せていたときに、背後から追いかけてきたのか、ガスファロストから連れ出した研究者の女が息を切らしてへたりこんでそこにいた。

「何をしてる」
「準備しててねって言ったぴゅん」
「護衛も頼まずに単独でココまで?」
「あぶにゃいんじゃなーい?」

息を整えながら女は喋り出す。
恩義を感じたこと。お礼を言いたかったこと。お返しができるならしたかったこと。
役に立ちたいと感じたこと。
頼んでもいないのに興奮気味にかく語る女は全力で走ってきたことも忘れて話すモノだから、途中咽せて声がガラガラになっていた。

「と、とにかく、あの方に、なにかできればと……。ア! モチロン本職も忘れておりませんが!」

大袈裟な身振り手振りで必死に伝えようとする様は微笑ましいが……、イザベラにこれ以上の負荷を増やしたくない2人はうっすらと目を合わせ、そしていっとう優しくその女に向き合った。

「彼女はこの計画にかなり身を捧げてるからな」
「今の仕事をき〜っちりこなすのが恩返しになるのよん!」

ア、みんな優し。そんな勘違いを起こして女は有頂天。
そうですよね、そうですよね。なんてぶつぶつ呟きながら独り嬉しそうに屋敷へと戻っていく。
視界の狭まった彼女は気づかない。示し合わせて成功した物騒な二人組は、鼻で笑ってそんな女のことは綺麗サッパリ脳内から蹴り落としたのだった。

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