メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

天は極寒、地は灼熱


「そういうわけで、私はまあ誰でもない男を探してる。いるでしょ、こんな感じの、目が死んだおっさんが」
「心当たりがあらぁ。おい! 誰か、『レイヴン』呼んでこい!」

シュヴァーンから音沙汰がなくなり一ヶ月が過ぎ、よろしければ探しに行きますと進言して任務を賜った。
ダングレストに来るのは初めてで、同じ隊の人間にはあれもこれも持っていきなさいと荷物を積まれそうになったが全てお断りして(現地調達します。大丈夫です。結構です。いいから皆さん仕事にお戻りください。)ザーフィアスを飛び出してきた。
騎士団に入団し、はや二年で親衛隊の小隊長となった私は親衛隊の中でも一番背が小さかった。
親の七光りと罵る連中を片っ端から斬って突いて叩いて潰して吊し上げてきたら実力は伴い、遂に騎士団長閣下から親衛隊入隊試験を言い渡されたのは半年前のことだった。
正直に申し上げると、身長が伸びなかったのは伸び盛りと言える時期にとんでもなくハードな訓練を24時間中36時間は詰め込んだんじゃないかというくらい行っていたからだ。おかげで胴回りもスレンダー。もうやめようかこの話。

「な〜によドンったら〜! 俺様真面目に仕事してたのに……」
「そう、真面目にやってたのね?」
「そうそう! だから呼び出されるようなこと……」

おちゃらけた態度は一瞬で消えて、顔は土気色になった。
なぜここに。いかにもそんな顔で立ち尽くしている彼は、一体誰なのだろうか。

「少しは元気が出たのかしら。ねえ、『レイヴン』?」
「は……」
「彼を借りても?」
「もともとテメエのなんだろ? 好きにしな」

何も言わない『彼』を街の酒場まで引きずって、さて話をしようと微笑みかけても、彼は何一つ反応を示さなかった。

「私が誰かは分かってるみたいで安心したわ。そして貴方が無事で安心した。気狂いを起こしていなくてよかったわ」
「それで、」
「それでって?」
「何をしに来た」

運ばれてきたお冷を掴んで、目の前の男にぶっかける。まだお盆から離れていなかったそれは店員の行動も凍らせたかのようだった。

「ごめんなさい。仕事の邪魔して。もう一杯貰えるかしら?氷も入れてキンキンのやつ」

まさか、それをまたぶっかけるのか?店員の顔にはそう書かれていたが、笑顔で凄まれてしまえばただいまと言い引き下がるしかなくなった。

「そんなこともわからないお人形さんじゃないでしょ」
「連れ戻しに来たか」
「いいえ、無事を確認しに来ただけ。だって一切連絡してこないから」
「それだけじゃあないだろう」
「まあね」

再度運ばれてきたお冷は今度こそテーブルに置かれた。手にとっても男は身じろぎ一つしやしない。先程からそうだ。濡れた前髪を貼り付けながらただじっとこちらの話を聞いている。
腹ただしい。
一体いつになったら私の腹は収まるのだろうか。水を煽った。しっかりと胃に入っていく冷たい水は、だがしかし煮えくり返る窯には焼け石に水だった。

「私もこっちでお世話になるからよ」
「……え?」
「あら、耳にゴミが入ってたのかしら?」

この場合水かも。

「そんなことを言ってる場合じゃないだろう」
「そう、こんなことしてる場合でもないのよ。貴方みたいな線引の曖昧な仕事をしに来たんじゃないの」

準備がある。
あの方から賜った任務の準備がある。ギルドの内情捜査はその根回しに過ぎない。レイヴンの様子を見に来たのなんてついででしかない。
彼が生きていると言うなら、任務の結果はお察しだった。
結露するグラスをつるつると指でなぞる。口の中に含んだ氷を噛み砕く。

「まあ、満足したら戻ってくればいいんじゃない? とりあえず、私もギルドに入るから、どっかいいところを紹介してほしいのだけれど」

男はようやっと、おしぼりで顔を拭った。






レイヴンはそこまで伝手を持っていなかった。使えないと思った。
バカ正直に天を射る矢しか知らないと言われたものだから、もうちょっと努力したらと小突いてやっても、彼はただ黙り込むしかしなかった。

「おめえにしては生きの良いのを連れてくるじゃねえか」
「俺様にしてはって何よ、そもそも人を紹介したのも初めてでしょ」
「随分元気そうな『レイヴン』が見られたわ。ギルドもなかなか侮れないのね」
「嬢ちゃん、帝都から来たのか」
「彼の紹介する人なんて、そんな人しかいないんじゃない?」
「小生意気な嬢ちゃんだ。オメエ、腕に自身はあるのか?随分とひょろっちいが」
「ええ、もちろん」

ドン・ホワイトホースが座る椅子の横には髪飾りが刺さっていた。簪だ。だが簪と言うにはあまりにも鋭く研磨されており、飾り部分がなければただの武器だ。

「『お仕事』ならもう何回もやってるわ。ただの生意気なお嬢様じゃないの」

投げ終わりの姿勢を正して見据えれば、ホワイトホースはニヤリと笑った。
それはそれは、嬉しそうに。

「おもしれえな、表出ろ」
「あら、お誘いいただけるなんて光栄ね。乗ったわ」
「ちょちょちょちょっと? お二人さん? 一体何おっぱじめようって……」
「見ればわかるでしょ」
「喧嘩すんのさあ!」
「マジに言ってるのちょっとーーー!」




「瞬連刃!」
「なんのぉ! 太刀影!」
「どこにあててるの? 秋沙雨、空牙衝!」
「はっはっはァ! いい動きするじゃねえか小娘が!」
「老いぼれのくせに全然元気じゃない、やるわねっ!」

連撃がやまない。やめたらやられてしまう。相手に一瞬でも隙を与えれば重い一発が飛んでくる。
力任せな攻撃なんて通じない。だから手数で攻めるしかない。
なにが「いい動きする」だ。距離を取れば挑発をするだけで、ホワイトホースは喧嘩が始まった場所から一歩も動いちゃいなかった。

「ムカつくっ!」
「なんだぁもっと行けるだろうが!」
「当たり前っ! そこだッ驟雨双破斬!」

広場でドンが喧嘩するってよ、なんて野次馬たちがわんさか湧いた。どっちが技を繰り出しても口笛や雄叫びが上がる。喧嘩を肴に飲み食いし、挙句の果てには賭けが始まる。
だが誰が見ても戦況は明らかだ。
ホワイトホースが有利。圧倒的に。
そろそろ『決められてしまう』。

「しめぇにするか!」

パターンが読めたのだろう。ホワイトホースの雷を纏った拳が入り込んだ。
息が止まり、広場の端までふっとばされる。
立ち上がろうとして、できなかった。力がもう入らず、地面を這うくらいの動きしかできない。
変な音を立てて呼吸をしながら、ようやっと上半身を起こすことが出来た。

「ふっ……つう、女の子のお腹殴る?」
「なんだ、喋れるたあ中々丈夫なやつだな」

ホワイトホースは野次馬共に戦いが終わったことを告げ、それを聞いた群衆は渋々と広場から離れ始めた。
パタパタと音を立てて駆け寄る足音がする。寄り添って、抱えあげてくれたのはレイヴンだった。心配そうな顔……のフリだ。怪我を見て、少しだけ顔をしかめる。それ以上何もしようとしないのが、癪に障った。

「運んで」
「……いいの?」
「むしろ私のこと、他の誰かに任せる気なの?」

そう行ってやれば、レイヴンはため息を付いてセオドラの負担にならないようにと、そうっと抱き上げた。また野次が飛ぶ。レイヴンはそれらを蹴散らしながらセオドラを宿屋まで運んでくれた。

「『愛の快針』……っと。」

ぽう、とレイヴンの手先から治癒の光が灯る。

「その技……」
「うん?なんか言ったかい女王様」
「……なんでもないわ。ねえ、レイヴンさん」
「レイヴンでいいわよ」

なあに、と聞き返す声が『あの時』と重なって胸が軋む。
同じだけで、相変わらず中身は空っぽの伽藍堂だ。抱き上げられて、彼の動きに揺られながら、少し昔を思い出す。

「なんで濡れたままなの。着替えなさいよ」
「……はーいはい」

でも少しだけ、腸が冷めた気がした。











「レイヴンもふざけた野郎だとは思ったが、おめえもまた暗い目をするもんだ。帝都には久しく行っちゃいねえが、まさかそんな目をしたやつしかいなくなったとは言うまいな?」
「まさか。一握りよ」

宿屋での治療を終えたあと、よう嬢ちゃんやるじゃねえかどうだいウチのギルドによ!なんてお誘いがいっぱい来た。面倒だと感じたセオドラは、じゃあ天を射る矢のレイヴンを通してねとまるごと全部投げてきた。
今頃彼は質問攻めに遭い、街を逃げ回ってきているだろう。
そんな中、セオドラはドン・ホワイトホースと優雅に…とはいかないが、会食の機会を得ていた。といっても酒場の特別室に過ぎないが。

「なあ、嬢ちゃん。あの馬鹿はまだどうにかなるかもしれねえが、おめえは無理だ。その目を見りゃあ解る。お前さん、『とんでもなく冷静だ』」

そうだ。
私は至って冷静だ。
何かを失って絶望したわけでもない。狂ったわけでも白痴になったわけでもない。
だって私には、まだ最後の砦がある。
それを失ったときに、私はレイヴンと同じになるのだ。

「私はわたしの最後の砦を守るために今ここに居るのよ。そのためにはなんだってするし、自分が差し出せるものは全て差し出せる。だから私は狂っている暇も立ち止まっている暇もない」
「邪魔をするならたとえあなただろうと、何をしてでも排除する覚悟がある。別に正攻法だけがあなたを仕留める策じゃない」
「狂っているだとか捕らわれているだとか、好きに言えばいい」
「私は、私の悪(道)を貫く」

ドン・ホワイトホースは顔を覆って、ため息を付いた。
料理に手がつけられることはなく、会食は終わった。













翌日、ギルドユニオン本部に顔を出せばドンに手招きをされた。
天を射る矢のギルド登録をしてくれるそうだ。

「あっちの受付にいきゃあ登録は終わる」
「随分と簡単ね。……どういう風の吹き回し?」
「使うもんは何でも使うんだろうが。老いぼれの気の迷いさ」
「……そう。寝首をかかれても知らないわよ」
「できるならやってみろ、楽しみにしてるぜ」

ドンの言う通り、登録は顔を出して名前を書くだけで終わりという所まで来ていた。だがしかし、ここで問題がある。

「オメエ、そういや名前は」
「ないわ。考えてなかった」
「……ったくどいつもこいつも!」

ドンはセオドラが持っていたペンを横からひったくり、乱雑に書き殴り始めた。これには受付の女の子もびっくりしている。
書き終わったペンを放り投げて、受付嬢に登録を済ませておくように言いつけてとっとと行ってしまった。
受付嬢と一瞬顔を見合わせて、そろりと紙面を覗き込む。

「……イザベラ?」

ここではこの名前を使えということだろうか。
登録が済み、一人でさっさと行ってしまったドンのもとへ行き、改めて挨拶をしてやれば、面白いくらい面白くなさそうな顔をしていた。

「その名前でなら席を用意しておいてやる。せいぜい働けよ」
「ええ、それはいいのだけれど」

一体誰の名前?と聞いてみれば。
昔盛大に振られた女性の名前であったとか。
イザベラは笑った。それはそれは笑った。腹を抱えて、口元を押さえることもせず笑った。
その様子に年甲斐もなくどんどんぶすくれていくドンを見て更に笑った。
問い詰めれば、盛大に振られたのに、諦め悪く通い続けたら刺されたらしい。
限界だった。

「あのドンに! 傷を作った女の名前! それを私に! ああおかしいったら!」
「それ以上笑うとまた一発打ち込むぞ!」
「ええ? フフ、やだわ、気に入ったのよ。ありがとうねドン。この名前、たぁいせつに使うから。アハ、ふ、っくく」
「……ったく」

髪のない部分をぽりぽりと掻くのは意味がないだろう。居心地の悪そうな顔でドンはイザベラに仕事をよこした。イザベラには難なくこなせる仕事。丁度いい力量の仕事。あの一線でもうそこまで理解しているとは、流石一代でギルドを束ねた男だ。



イザベラがギルドで有名になっていくのにそう時間はかからなかった。
定期的にいなくなることはあるが、実力が伴っているので何か言う人はいなかった。
そうして何ヶ月か経ち、レイヴンもシュヴァーンとして戻ったりしている間にも、イザベラは戻らず準備を続けた。
そうして『イエガー』を呼び寄せた。
覇道は敷かれつつあった。






210310 加筆修正

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