メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

恩知らずの烏


おてんば娘なオヒメサマの旅はまだ続くらしい。
閣下もよく許可を出したものだと心のどこかで悪態をつく自分がいた。
彼女はいわゆる「ほっとけない病」というもので、困っている人を放っておけないのだとか。だから自らも顧みずに危険地帯に飛び込むし、安全なお城に閉じ込めてあげても鍵が空いていたら出ていってしまう。
鍵をかけたらいいのに。いや、かけといたはずだな、なんて冗談はさておき。

「イザベラ、今戻ったわ」
「よう、放蕩娘が。今度はえれえ長い家出だったじゃねえか」
「だ・れ・が。放蕩娘ですって?」
「ギルドに所属してるのに仕事もしねえでほっつき歩いてりゃあテメェは放蕩娘だよ」
「クソジジイ、つるっぱげにするわよ」
「やってみろぃ」

『イザベラ』はダングレスト、ギルドユニオン総本部に顔を出していた。
上司に仕事をよろしくね、と言われた矢先に仕事なくなっちゃったからやっぱりこっちの仕事ね、と言われ親衛隊はてんやわんやだ。まあ親衛隊は文字通り騎士団長閣下の親衛隊だから、返事とくれば1に了解2に敬礼、3、4がかしこまりましたで5が流石です閣下だからブラック騎士団とか考える人間はいなかった。
かくいうセオドラもその親衛隊のしかも隊長なのだが。閑話休題。

ダングレストにはその新しい仕事をしに来たのだ。
ついでに、『私個人の用事』を済ませにも。

「時間が、あまりないわ」

過密スケジュールにしすぎるといつも走ることになるから、最近寝る前に脚のマッサージが欠かせない。転送魔導器がそこら中にあればと何度考えたことだろう。
だから今日も、急いで時間に間に合わせて『約束』の場所に来たというのに。

けたたましく鳴り響く鐘が魔物の来訪を知らせていた。釣られて天を仰ぎ見ると、結界が消えているではないか。
そんなこんなで密会に使われるはずだった酒場は臨時休業(店主が武器を振り回しながら出ていってしまった。)、私は空いた時間をどうすればいいかわからず広場へ向かうしかなかった。

「おう、イザベラ。テメエも付き合え」
「どこまでいくの?おじいちゃん」
「そんな呼び方するんじゃあねえよ。ケーブ・モックだ。クソ野郎どもはあそこから湧いて出やがる」
「時間出来たから仕方なくついていくことにしましょう。仕方なくね」
「口の減らねえガキだな」
「あと少しで成人よ?」
「ガキはガキだ」

そう言い争いながら引きずられながら、魔物をちぎっては投げながら。
イザベラはダングレストを出てケーブ・モック大森林に行くこととなった。

「レイヴンは?」
「どっかでサボっていやがる。ひょっこり顔だしたと思やぁすーぐにいなくなりやがって」
「そう、またお仕置きしなきゃね」
「ほどほどにしとけ」

魔物たちを大森林の方へ追い立て、討ち倒しながら進み、ようやっと大森林の中央部まで持ってきたというところで、魔物たちはいきなり大人しくなった。

「なに?おかしな感じが消えたわ」

魔物たちにも欠片ほどの知性がある。
ドンや天を射る矢の実力者たちを目の前に、敵わなければ逃げていく。
そんな様子もなく、ただ暴れまわるだけだった魔物たちが一斉におとなしくなり巣に逃げ帰っていく。ドンもなにかおかしいと気がついたらしい。
そして、大森林の中央部から出てきたユーリたちにも気がついた。

「あら、」
「…てめえらが何かしたのか?」

この姿では、久しぶりということになるか。
ドンが彼らから事の真相を聞き出している中、手持ち無沙汰になってしまったものだから、彼の代わりに指示を出す。
怪我をしたものや疲労したもの、まだ元気が有り余っていて他を手助けできるものに帰還の準備を進めさせる。

怪我をしている者には申し訳ないが、グミやボトルで我慢してもらい、街に戻ってからの治療になるだろう。仕方がない。特段急がねばならないような者はいないし、なにより、『イザベラは』治癒術が使えないのだから。

「あの、すみません。ちょっといいです?」

そこに1人、助けに来るだろうとは、予測していた。
光を放ち、みるみる怪我を治していく。以前見かけたときよりも、治癒術の効果が顕著に現れていた。丁寧に、だが決してゆっくりとした治り方ではない。
声をかけなかったら、逆に不自然だろうか。

「腕が上がったわね、エステル」
「え?」
「ハイ、覚えてる?」

ひらひら、と眼の前で手を降ってあげれば、エステルはこちらが驚くほど喜びをあらわにした。

「イザベラ!また会えるなんて!感激です!」
「そうなの?」
「そうなんです!」

ちらつかせていた手をがっしり握りしめられてしまい、引こうにも引けなくなってしまった。力も強くなっている。スターストローク何回したの?

「元気そうで何よりよ。森の中で合うなんて意外だけど…。ああ、あと、」



「レイヴンと知り合いだったんだ」



なによ、あの顔。

ニンゲンみたいに生き生きしちゃってさ。

もう遅いのに。

ああそれ以上に、

どうして彼が生き返っているんだろう?

私には無理だったのに。




心臓が、どろりと溶けたような感覚が、した。




















戦争の勝利が人類にもたらされ、凱旋に歓喜を募らせる帝都の民とは裏腹に、父、アレクセイの顔はずっと険しく、未だ戦時中であるかのようだった。

「お父様、戦争は終わったのではなかったのですか?」
「ああ、おわったよセオドラ]
「…お父様、ではなぜ、そのような難しい顔をされているのですか?」
「…お前には、話してもいいかもしれんな」

顔を覆いながらそういった父に、翌日連れられたのは騎士団本部に付属している救護施設だった。研究機関とも隣接し、まさしくその間と言える部屋に連れてこられたセオドラは、部屋の中で騒ぎ立てる声を聞く。
血相を変えて部屋に飛び込む父に追随するように、部屋の入口に立ち見えた部屋の中には、セオドラが初めて父以外で出会った騎士であるダミュロンだった。
ああ帰ってきていたんだ、よかった。と安堵する傍ら、騒ぎ立てているのが彼だとわかり…見たこともない顔をしているのもあり、すぐに不安と焦燥が駆け上った。

どうして、彼はあんな顔をしているの?
どうして、他のみんなはいないの?
どうして、彼の胸に真っ赤な宝石が付いてるの?

あのあと放心状態になってしまい、父に抱えられようやっと帰ってきた邸宅で、質問に質問を重ねて問いただした。

曰く、彼は生き返ったのだと。
曰く、彼以外は死んだのだと。
曰く、アレが彼の新しい心臓なのだと。

幼い自身には理解するまでに時間がかかった。
ようやっと叩き出した答えは「彼は今、心が傷ついてしまったのだ」ということだけで。

父は彼をよく知るものとして、セオドラにダミュロンの世話をお願いしてきた。
彼が一刻も早く良くなり、立ち直れるようにと。
セオドラも、それが父と、ダミュロンのためになるのであればと快諾した。
セオドラは足繁く、彼のために、彼がまた心を開いてくれるようにと毎日通った。勉強の合間、お茶会の合間、暇さえあれば通った。



彼は生き返らなかった。



いつの間にか消えていた。彼はまた死んでしまったとしか、アレクセイはセオドラに伝えなかった。
自らの無力さが募る。
焦燥が襲いかかる。
セオドラは劣等感というものを知った。

「お父様、わたくしにも剣術の手ほどきをしてくださいませんか」
「セオドラ、……お前は、あまり体力のある方じゃない。向き不向きでどちらかといえば、不向きな方だ」

セオドラはもともと、身体の弱い部類にあった。それも昔、死の直前までの飢餓状態、不衛生さによる後遺症だ。今でも無茶をしすぎれば、夜熱を出す。
セオドラは過去、アレクセイに養女として『拾われた』人間だ。路地に塵芥のように放り出され、食うものもなくやせ細り、今にも死に絶えそうなのに、誰も気に留めない。誰も救わない。それどころか石を投げ、笑うものもいた。そんな中に一縷の光として手を差し伸べたのがアレクセイだ。
襤褸布にも等しい形をしていた彼女をためらうこと無く抱きかかえ、医者に見せ、行くところがないのならば、と手厚く歓迎した。
彼の一時の自己満足に過ぎない行為ではあったが、セオドラは確かにその行為に救われた。下町の更に奥地へ足を運べば、自分と同じような境遇の人間や子供はそれこそ腐るほど居るのだ。
それを改善し、より良い世界づくりをしたいとまるで子供のように語る父の姿に尊敬をいだき、また手助けがしたいと考えたのは子供の頃、初めて受けた衝撃だったからこそ、父の願いが叶わないことには憤りを覚えた。
それほどの敬愛を持て余したからこそ、無理を言って教えを請うた。

剣も、魔術も、政も、騎士としての働きも。

普通の女の子として生きていけるようにと用意された、ドレスも髪飾りも全て全て投げ出して。

全て全て叩き込み、持て余した激情を叩きつけた。

そしてそのヒトガタに出会った。
『爆発事件』に巻き込まれ、床に臥せったままの父からの紹介で。

「セオドラ、挨拶しなさい。私の部下である、シュヴァーンだ」

人間は生き返らない。
お父様は、諦めてしまったのか?
そこからだった。
何かが狂ったような音がするようになったのは。
お父様の目が昏い野望を写すようになったのは。
お父様が帰ってこなくなったのは。
家に埃が積もるようになったのは。
私が、騎士となったのは。




ああ、遅かった。


あんなに輝いていた理想が、欠片になって足元に散らばっていた。























鐘を鳴らした。
貴方のために。
鐘を鳴らした。
私のために。
でも誰も来ないみたい。
誰も助けてくれないみたい。

意味なんてないんだよ。

鐘を、鳴らしても。



ひび割れた音しかしなくなった。
その音は響かなくなった。






210310 加筆修正

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