メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

嘘つきが会釈する


シュヴァーン隊がユーリ・ローウェル一行を捉え、エステリーゼ様を保護できたとの知らせが入った。






ここからは『私』も仕事をしなければならない。

心なんて元からなかったかのような感覚を強めて、体の中を空っぽにする。
不要なものは片付けて、誠実さと忠実さと頑強さで堅牢に塗り固めたら、理想の騎士が出来上がる。

鐘がなる。
どこか遠くで鐘がなる。
響き渡るように鐘がなる。

3度鳴ったら、目が覚めて違う私と挨拶をする。

「……こんにちは、セオドラ」

新しい朝が来るのに、何故か私は鳴いていた。

















「……セオドラ! セオドラです? とっても久しぶりですね! 元気でしたか!?」

お姫様はセオドラの姿を見るなり、駆け寄ってきた。
見るからに落ち込んでいて、話を聞いてもらえないことに不満をいだいていた顔であったが、ようやっと知り合いの『信頼できる』人間に出会えたことが何より安堵を引き出していた。

「お久しゅうございます、姫様。不肖セオドラを覚えていてくださったこと、何よりの光栄でございます。……して、何かお悩みのご様子で」

騎士らしく。
柔和に、だが確固たる守護のような笑みを浮かべ抱きつこうとするエステルを手前でしっかりと押さえれば、いつもならばむうと頬をふくらませる彼女は気がかりである彼らの話をする。

「ユーリたちが! そう、お願いです、彼らは何も悪くはないんです、私を、ここまで連れてきてくれた彼らは悪くないんです! 私がお願いしたから、ここまで連れてきてくれただけなのです。だから、お願いなんですセオドラ。彼らをどうか処罰しないよう、掛け合ってはくれませんか?」

ここまで必死になるエステルを見たのはセオドラも初めてだった。
城の中では、本の向こうに夢想するだけで、強く意見することもなく、ただ俯いていただけの彼女がここまで進歩するとは。

いやはや。


厄介だな。



「姫様、そう進言することも不可能ではありませんが、貴方がそそのかされていた、という疑惑もあるのです。ここはどうか、騎士たちの顔を立ててはくださいませんか。城で貴方の護衛を勤めていた者たちはもう既に『処罰』されているのですよ」
「それはっ……!」

彼女にも立場がある。
それを理解していなかったわけではないのだろう。ただこれだけの言葉で彼女は『何があったか』察したようだった。

「……ですが、他ならぬ貴方様の頼みです。どうやら、この旅の中で思うところがあったのでしょう。顔つきが変わりましたね、少し、ご立派になられたようだ」
「セオドラ!」
「はい、あなたのセオドラにございます。何も出来ないわけではございません。わたくしからも口添えいたしましょう。騎士団長閣下も今、この街においでになられています。どうにか、なるやもしれませんから……」
「ありがとう! ありがとうございますセオドラ! 昔から、セオドラは頼りになります!」
「、ありがたきお言葉にございます」

笑顔がこびりついて嫌になる。
扉を閉めた瞬間に、セオドラの顔は能面に張り替えられた。

「彼女から目を離さないように」
「はっ」

ああ、頼りになるだなんて。




あなたに言われたいんじゃない。




















「閣下、お忙しい中ご足労いただき、誠に恐縮でございます」
「励んでいるようだな」
「……勿体ないお言葉にございます」

以前よりも険しくなったその顔にはもう来た道を大人しく戻る、なんて考えは一切なく、計画が順調に進み、落日が近いことが伺えた。


「閣下、ユーリ・ローウェル一行に温情を与えてほしいとエステリーゼ様とヨーデル様両殿下から要求を頂いております。どうされますか」
「彼らの動きは素晴らしいものだ。座して待つだけで行動してくれる。……少し泳がせたい」
「かしこまりました。では、報酬でも渡しましょうか」
「そうだな……。少し顔を見てみたい」
「では、閣下が直接?」
「そうだな」

イエガーに追加で鳩を飛ばさねば。報酬金を用意しよう。大陸移動用の船を手配して。
あれやこれやと雑事をこなせばすぐに別行動になってしまった。
こればかりは自らの有能さを少し恨んで、すぐに辞めた。有能だから今ここで彼の手伝いができているのだということを忘れてはならない。
流石に本日くらいはお休みください、とエステリーゼを部屋に押し込めて、扉の前で警護に当たる。
なぜ、隊長格である私が要人警護なぞさせられている?甚だ疑問にしかならなかったが、部下の鬼気迫る表情による「一番簡単で! 一番楽な仕事ですから! それ以外の仕事も私達で行える任ですから! お仕事をなさるというのなら! この仕事にしてください! お願いですから!」と言われ、仕方なく警護を引き受けた。
部下もセオドラがエステリーゼを苦手としていることを察しているのか、扉外側の警護を当ててくれた。たしかに、目の前に来る怪しいやつを通せん坊するだけの簡単な仕事だ。……まさかその程度の仕事がお似合いという意味ではなかろうか。新手のいじめだろうか。不安になってきた。

警棒片手にぼうっとしていると、階段を上がり部屋に近づいてくるものがいた。見覚えしかない。ユーリ・ローウェルだ。

「申し訳ありませんが、ただ今こちらの部屋は関係者以外立入禁止となっております」

ほほ笑みながら確固たる拒絶を示す。
だが彼も彼女を慮ってか、強く出るようなことはしなかった。
悪い、と声をかけ、すぐに引き下がったのだった。
目の前にいるセオドラにはなんら気をかけることはなく。
赤の他人、見知らぬ人、その他大勢と同じ態度で。

当然だ。

『セオドラ』と『イザベラ』は全く違う人柄にしてあるし、外観や香水に至るまで何もかも気を使っている。髪の色や声色も、魔導器を使えば簡単に変えることができる。『彼女たち』という存在を作るのにどれだけ苦労したろうか、むしろ自分ではない何かを磨き上げている気分にすらなるのだ。

『セオドラ』は清廉な理想の女騎士だ。忠義に厚く、その強さが揺らぐことはない。部下や民の言葉をよく聞き、改善へとつなげていく、親衛隊の誇りたる象徴。外見を気にするのは最低限で化粧も薄付き、髪はきっちりと結い上げて視界の邪魔になることはない。男装の麗人もかくやという凛々しさに、実はファンクラブだってある。

『イザベラ』は鮮烈な女戦士だ。自由気まま、風の吹くままだが、自らの腕に不信はないし、義理人情にあふれている…が、表立ってそれを示すようなことはせず、行動でのみ示される。戦いもおしゃれもこの世のすべて楽しんでいるとでも言えるバトルドレスに流行を取り入れた色彩あふれる化粧は彼女を舞い踊る戦姫のように仕立て上げる。

だからイザベラで初めてエステリーゼに会ったときは緊張したが、今はもうそのような不安もない。
『騙しきれる』確信が持てた。
彼女は疑わなかったのだ。何年も護衛騎士を勤めたセオドラを、まさか初めて外の世界でであった女性であるイザベラと同一人物であるとは思わなかったのだろう。

(よかった……。)

裏方というものは、やることが多いものだ。











「あの女、気のせいか……?」
























翌日、まだ帝都へと戻る手はずがまだ整わず、騎士たちは暇を持て余していた。朝から魔導器がおかしな音を立てており、暇をしていないものがいるのも確かではあるが……。
エステリーゼの護衛は本人の希望もあり、セオドラとフレンが務めることになった。
彼は有能だ。セオドラと同じくらいの年でここまでこれた。隊長格になるのも指折りだろう。

「フレン、紹介しますね、もう知ってるとは思いますが、セオドラです。以前、私の護衛騎士を務めていたんです!」
「シーフォ。今日はよろしく頼む」
「ディノイア隊長!……はい、よろしくお願いします!」
「硬いな、そこまで気を使わなくていい。確かに位は私のほうが上だが、年は君のほうが上だ。2年の差でしかないが……」
「ああ、そうでしたね。ですが、規則でもあります。規則を守るから、規律が正されるともいいますから……」
「そうか、なら好きにしろ。……だが、ディノイアと呼ぶと閣下と被るから、どうかセオドラと呼んでくれ。これは、命令だ」

わかりました、と困った顔で敬礼をする彼は確かに、評議会の貴族たちが嫌いそうな好青年だった。
理想を掲げ、世界は良くなると信じてやまない。その強い意志についていける若さと実力。ここの隊長はよくここまでの逸材を潰さずに温存できたものだと感心する。
ここまで、御しやすそうな人材を。

「姫様、」
「はい、セオドラ?」
「出立まではまだお時間がございます。……ご挨拶、されていかれますか?」
「……そう、ですね」
「街の宿屋に泊まっているそうですよ。それとも、お呼びしますか?」
「私、自分で行きます。セオドラ、ついてきてもらっても、いいです?」
「もちろん、お供いたします」

だが、いざ出ようとした手前で目的の人物は向こうからやってきた。ノックをして入ってきた。
旅をともにしていた彼らは欠けること無く揃っている。エステリーゼがまだ帰っていなかったことを素直に喜び、彼女もまた嬉しそうに頬を染めた。

「お茶でも入れましょうか?」
「あ、いえ、大丈夫ですセオドラ。でも、その……」
「……まだ時間はあります。街の中でしたら騎士の目もあります。外出しても問題ないでしょう。ねえ、フレン」
「そうですね。僕もいますから」
「時間までにお戻りいただければ大丈夫ですよ、エステリーゼ様」

そうときめたら彼女は残り少ない時間を彼らと過ごすことに決めたようで、新しく出来た年頃の友達と仲よさげに話している。
そんな中、ユーリがフレンに声をかけてきた。
広場の結界魔導器の調子が悪いからと、様子を見に来たついでであったという。確かに、呑気に茶をしばく暇はなかっただろう。
修繕の手配を出していると言われても引き下がらない魔導少女にどう言えばよかろうかと模索していると、突如、大きな揺れと轟音が街を襲った。

「何事だ!? 騎士! ここへ!」
「魔導器になにかあったのかもしれません!」
「行くぞ!」
「エステリーゼ様はこちらに!」

男たちが飛び出していく中、待機しているようにと言われたエステリーゼがこっそりとついていこうとするのを引き止める。

「お願いします、セオドラ、私も助けになりたいんです!」
「……ここで何を行っても貴方は飛び出していくのでしょうね」
「セオドラ!」
「私のそばを離れないように!」

広場は大変なことになっていた。
暴走した結界魔導器からは可視化するほどのエアルが吹き出して、辺りは暴風が吹き荒れているかのような大騒ぎだった。

「閣下!」
「セオドラか。民の誘導はシーフォに任せた。お前はエステリーゼ様を……」
「リタ!」
「姫様!?」
「エステリーゼ様!!」

爆発騒ぎにも繋がり、市民は逃げ惑い、その波をかき分けてエステリーゼは魔導器のもとへと行ってしまった。

「すぐに……っ?」
「待て」

追いかけようとして、肩を掴まれた。
心配をしているからとか、危険だからとか、そういった静止ではなく。
『力』を目にした、あの目だった。

「……素晴らしい」
「……閣下、」






お願いよ。
お願いだから。

そんな目をしないで。
遠くにいかないで。
戻れなくなる。
戻れなくなってしまうから。




きっとお父様の目には、目の前で心配と絶望が合わさったような顔の娘なんて、見えちゃいないのだろう。






210310 加筆修正

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