メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

無銘の戦姫


ヘリオードの夜は静かだ。まだ住民もいないし、酒場などもないから、夜騒げる場所がない。おまけに騎士も多いから、騒げば睨まれてしまう。

「ヨーデル殿下は見つかった。聖核は見つからない。始祖の隷長は見つからない。計画は進まない。私は相変わらず帝都に戻れない。……散々だわ」

定期報告の書簡を送り出して、部屋の中に一つ、息が上がった。
やることが多い。悪いことをする人はこんなにも忙しい。愚痴りたいけど相手なんかいない。そも友だちがいない。信頼できるのはお父様か道化たちだけ。

「どうして……死んでしまったの、キャナリ……」

そこから始まるのはいつものないものねだりだった。

人魔戦争がなかったら。小隊のみんなが今も生きていたら。貴族特権を振りかざすような奴らがいなければ。お父様が今の道を選ばなかったら。レイヴンの心が壊れていなかったら。

私に、もっと力があったなら。

もっと、もっと筋力がついて、上背もあって、魔力も多くて、知識もあって……。
なんて考え出せばきりがなくて、乾いた笑いが出てしまう。
自覚してしまえば、次に溢れるのは口からではなく目からだった。

「もう……」

拭ってしまうという行為自体が、認めているように思えてより溢れ出す。
こんなことで泣いてしまう自分に反吐が出る。精神も弱いだなんて。
一体何を誇れと言うんだ。
誰にも見られてはいないけど、誰かに見られてしまったら、という心が働いて、急いで目元を拭って乾かした。
今日も欠かさずに、鍛錬もしておかなくてはいけない。不足は補う。努力という形で。

いつもの戦闘服ではなく、軽装に鍛錬用にこしらえた武器を持って、今日はどこで鍛錬しようかと戸を開けた。
……が、部屋の中に押し戻された。

「ノンノン、レディが、そんなスタイルで、こんなタイムに! 外出なんてしてはいけまセンヨ?」
「……イエガー!」

流れるように、部屋に入り込み、そして扉を締めていく。

「そんな。ヘリオードで私に不貞を働くやつはいないわ」
「ンー? そんなミーニングではないデスが……。ま、いいデショウ」

少しだけ、困ったような顔を浮かべるイエガーはそのまま、どうどうと押し戻され続けて、ついにはベッドに尻餅をつくかのように座らされてしまった。

「日課だから、気にしなくていいわ」
「エブリディと理解されてからがデンジャーなんでーすよ」
「そう、なの? かしら」
「イエス!」

そうして、セオドラはベッドに、イエガーは備え付けの椅子に座り向かい合った。
こうなってしまえば今日の日課はお休みするしかない。
日課と同じくらい重要なことがある。

「じゃ、定期連絡ね」

評議会たちの動き、ギルド側の動き、姫様はどうしているか、聖核は、計画は、進行度は。
セオドラたち、いわゆる諜報活動には大量の情報というものが必要だ。要と言っていい。
そしてその情報は足をつけるては危ういものが多い。だからこそ計画の中心部に近い2人だけで情報交換を行い、他の誰にも漏らすことが無いよう細心の注意を払う。

「私も、そろそろ準備のためにピピオニア大陸へ向かわねばならない。そちらは?」
「シュアー、ミスター・キュモールからのリクエストを頂きましたよ、それはもう、メニー」
「じゃあ、匂わせることも必要ね、さ、どう釣れるかしら」
「ジャッジメント! オー、テリブル!」
「あなたね……はあ、ここまでにしておこうかしら」

ハァ、とため息が出ると、心臓も重くなるようだった。
暗躍というものは必然とやることが二倍になる。
他にも手を打たねばならない。定期報告のたびに計画の粗や新たな勢力の出現、それらの対応に必要なものを揃えるなど必要事項のリストは減ることを知らないようだった。

「少し息抜きしましょ。コーヒー? 紅茶? 今の気分は? イエガー」

立ち上がって肩をほぐせば関節が取れてしまうのではないかというくらいの音がする。
旅先だから、それほど種類は出せないけど、と付け加えて、加温魔導器でポットにお湯を沸かす。

「そうですね、ホットミルクなどいかがですか。蜂蜜でも入れて」
「なにそれ、あなたそんなもの飲むの……」
「私じゃない」

机に座っていたはずのイエガーが背後にいた。
驚いて振り向くと、顎を持ち上げられて、少し首が痛くなる。

「貴方にです、セオドラ。凄い隈ですね。いつも化粧でごまかしてるんでしょう」
「……っ! なんのつもり!」

叩いて手を払いのければ、大げさな仕草でイエガーは無抵抗を示した。

「無理をしてもいいことはありませんよ。オヒメサマ」

まるでお前にはやっても無駄だ、と嗤われたようだった。
そして、私は『そういうふうに』嗤われるのが一番嫌いだった。
一番、自分でもわかっているし、考えてしまうことだったから。
だからこそ、

「っどうしてお前がそれを言うの!」

乾いた音が鳴る。
イエガーの頬は赤くひりついていた。
それでも薄い笑みが貼られた顔が崩れることはない。自分の苛立ちが重なるのがわかる。それがさらに自身の苛立ちを高めることも。
すべて、わかりきっているのだ。

「無理しないといけないのよ、無理をしていなきゃ……!」



あのひとが。



あのひとはひとりになるのだ。



孤独というものが、何よりも人を強くし、何よりも人を貶めるものだと知っているからこそ、セオドラは見限ることができなかった。
自らを育て、慈しんでくれた父という存在を。
だからこそ、その道を少しでも阻もうとするものには、時が経つほどにより敏感になった。
自分でも驚くほど激昂していたと、遅れて気がついた。

「……ごめんなさい。いやね、上司が未熟だなんて、笑えてきちゃう」

ファーストエイドを唱えれば、イエガーの頬から赤みが引いていく。
未だ腹の虫がおさまらないようで、同じ部屋にいることがいたたまれなくなる。

「外に出てくるわ。頭を冷やさなきゃ」




もうすぐあの人がヘリオードに到着する。
このような失態は見せられない。
あの人はもう隣人だって戸惑いなく切り捨てられるのだ。
切り捨てられたらそれこそ『気が狂って』しまうだろう。
生き恥をさらしてまで生きたいという気持ちはないけれど、あの人に死んでほしくないという気持ちは人一億倍あると宣言できる。

「戻らなきゃ」

ただの一人の少女ではいられないのだ。






210310 加筆修正

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