メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

心は流星


小さい頃、1人で家の外に出かけてもいいと許可をもらえたとき、嬉しくて嬉しくて。家を出て、間もないところに行くだけのことにまるでピクニックに行くかのような荷物を用意したことを覚えている。

お父様から頂いた肩掛けカバンには、お昼ご飯とハンカチーフ、スケッチブックや色とりどりの色鉛筆に、おやつの飴玉をいくつか入れたらもうパンパンだった。
大きなつばの付いた帽子は目元が眩しくなくていい。
帝都のなかを探検するだけで、私は世界を歩いている気になれたのだ。

「行ってきます!」

夕方には戻ります、なんてハウスキーピングのサヘルに挨拶をして、私は偉大なる第一歩を踏み出した。
そして。




「ここ、どこ……?」

子供はいとも簡単に道に迷うのだ。
蝶が飛んでいたとか、犬がいた猫がいた行商に目を取られたエトセトラエトセトラ。
いつのまにか太陽は空の真上から傾いて、オレンジ色に染まっている。
なのに当の子供ときたら、

「飴が残り少なくなっちゃった」

小腹がすいたときに食べようと思っていた飴玉が残り少ないことしか気にしていなかった。あと…残り2つか。

でもたしかに、そろそろ帰らなければと考えて、ふと天を仰げば、いつもは見上げれば首の痛くなるほど高く、そして近くにあった、『みつるぎのきざばし』が見えやすい位置にあった。
家から見たときにはこんなことはなかったのにな、と呑気に考える。


さて、帰るにはまず帰り道を探さなくてはいけないわけだが。


セオドラはキョロキョロとあたりを見渡した。
見覚えのない道ばかりだが、帰り道にはコツが有るのだ。ハウスキーピングのサヘルいわく、

「もし道に迷ったな、と思ったのなら、帝都の中であれば『御剣の階梯』を目指してくださいね。貴族街に着けば、お嬢様でもお屋敷はわかるはずです」

……と言っていた。
ならばまず、坂道を登ってみればいいのだろうか。
もう一度、あたりを見渡してみて、上り方向の坂道が一つだけあった。
これだ。この道を進んでみよう。きっとこの道に違いない。見覚えはないけど、この道な気がする。
意気揚々とその道へ進みだしたが、クン、と背中側に引っ張られた。
お腹の辺りを引っ張られたのは、ウエストを絞る役割をしているリボンをまるごと掴まれたからだろうか。

「ぁう」
「アンタ、そっちは危ねえし、たぶんアンタの行きたいとこには着かねーよ」

振り返ると、同年代か、少し上くらいの男の子2人が、セオドラを引き止めていた。






「そうなの。ありがとう! そろそろ帰らないと、お父様が心配なさるところだったから、困っていたの」
「そういうふうには見えなかったけどな……」
「きみも、自分の勘だけでこの辺りを歩かないほうがいいと思うよ」

市民街に出たところまで、という約束で男の子二人はセオドラに道案内をしてくれるという。
金髪の男の子に、黒髪の男の子。
びっくりした。こんなところで、同じくらいの子供に会えるだなんて。
そして少し残念だった。
黒髪の子は、女の子かと思ったら男の子だったのだ。それを素直に口にすれば、男の子はとても不満そうな顔になってしまった。
金髪の子は、不満そうな顔をする男の子に、皮肉を言うと、黒髪の子が直ぐに言い返すものだから、目の前にセオドラがいることも忘れて、とっちらかった言い争いに発展してしまうのだった。
それがおかしくておかしくて。

「フフ、うふふ! おかしいの! 本当に仲がいいのね!」
「はあ?」
「……は?」
「言い争いができるくらい相手のことを見ている、って証拠だわ!」

そう言われたことが気恥ずかしかったのか、二人共顔を見合わせて、言い争いをやめてしまった。まだやっていてもよかったのに。

「羨ましい。私の周りには、そういう風に気安く話せるような人、いないから」
「なんだよ、貴族ってそういうとこまで『オカタイ』のか?」
「ユーリ!」
「いいだろ、別に」
「そうなの! 凄く厭らしいのよ、あなたの言う……そう、貴族のひとたちって!」

セオドラの突然の激しい同意に、2人はぽかんとする。
しかも、目を輝かせて、不満を打ち明け始めたのだ。

「あのね、やれ気品がないとか、それ自分はどこの血が流れているとか、意味のわからないことで競い合ってるのよ。目には見えないし、わからないから、全然凄く見えないのにね。それに、私のことも変なことで遠ざけるの。私が、ええと『コジ』だからどうとか、『ナリアガリ』貴族だからとか、確かに、私お父様と血の繋がりはないわ。でもお父様のことまで悪く言うのは許せないの。でも、そういった場所で手を出したりしたら、お父様にご迷惑かけてしまうでしょ、だから、なにも言い返せなくて……とても悔しかった!」

そこまで言い切ったところで、セオドラが2人を見やると、ぽかんと口を開けた状態で固まっていたのだ。
しまった。
セオドラは口元を抑えた。

「ご、ごめんなさい。あまりこういったお話ができる人、いなかったからつい……。レディたるもの、おしゃべりのし過ぎは品がないのよね。相手の様子を見ながら、少しずつ話すものだって……」

お父様も言っていた、と続けようとしたところで、黒髪の方の男の子が吹き出した。そして爆笑した。
口元を抑えたり、隠したりもしない、なんとも爽快な笑い方だった。
いや、少し笑いすぎやしないか。
金髪の子は、口元を抑えてふるふると肩を震わせている。

「いやー、アンタも苦労してんだな。わりいわりいそこまで元気に語られるとはな!」
「ユーリ、笑いすぎだ!」
「あんだよ、お前こそ笑ってたろうが」
「僕は『笑いすぎ』だと言ったんだ!笑った事自体は咎めてない!」
「なんだと!」
「なんだとはなんだ!だいたい君はね……」

ああ、先ほどと同じパターンだ。
言い争いが始まると、その光景を見るのがおかしくて楽しくて。
ついぞ歩くのもゆっくりになってしまい、市民街に出たのはもうすぐで陽が完全に沈みきってしまうような頃だった。

「ありがとう。ええと、『とてもゆういぎなじかんがすごせましたわ』」
「ブフッ。なんだそれ」
「フフ、お茶会のときの、ミラの真似」
「そのミラさんにもよろしく」
「いやよ、あのこ自慢話ばかりなの」

会話が途切れて、帰らなければならないとわかって、少しだけ、寂しくなる。
どうにか、最後になにか残せやしないかと考えて、そうだ。と思いつく。

「これ、もらってくれるかしら?」
「ん?」
「なに……?」

ハンカチーフに包んで渡すのは、最後に残っていた、飴玉2つ。ぶどう味にれもん味。2人にぴったりだ。

「お礼ってことか?」
「そこまでのことはしてないよ」
「ううん。違うよ」

まだ受け取らない2人により強く差し出して、手に取るように促した。

「これはね、おすそ分けだよ。私、今日2人と友達になれて嬉しかったから。その嬉しさのおすそ分け。これくらいじゃ、表しきれないくらい、ほんとはもっともっと嬉しいんだけどね」

包ごとそっと渡せば、2人はようやっと受け取った。

「また遊ぼうね! ユーリ、フレン!」

日が落ちて残り日も消え始めた街を、走って帰る。急いで帰ろう。お父様に、今日あったことを話すんだ。それを考えただけで、抑え切れないくらい胸が弾んだ。考えられないくらい顔がにやけた。
世界は素晴らしいんだと伝えなければ!



「あいつ、足はえーな」
「ああ、見てみなよユーリ。ぶどう味とれもん味かなこれ」
「じゃあ俺がぶどう味かな」
「勝手に決めるなよ。僕の意見は聞かないつもりか?」
「でた。フレンの得意技」
「その言い方はやめろって……!」

言い争いをしながら、2人は『我が家』へと戻っていく。
結局の所、ぶどう味はユーリが食べたし、れもん味はフレンに渡った。
チビ達に見つかると駄々をこねられるから、『我が家』に戻る前に消費すべし。ユーリに言われて、フレンも飴を口に放り込んだ。

「そういやあいつ、名前聞かなかったな」
「そういえば。僕たちの名前は……言ってないけどわかるか」

また会えるだろ、と気楽に考えるユーリは『我が家』が目の前に見えたところで、飴を渋々噛み砕いた。
結局、飴の存在は他の子供にバレてしまうのだ。ユーリから残り香がすることで、目ざとく子どもたちは駄々をこねた。






210310 加筆修正

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