メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

地図をなくした旅人


「ダメだ、こんなこと。受けられねえよ」
「……無理を承知で言っている! そちらも条件をだすくらいは……!」
「あのなあ! どんなにいい条件でも、こんな仕事受けらんねえよ! 危険が過ぎる!」
「っそんなことは!」




わかっているんだ。
そんなことは。



これがとても危険な橋で、いつ崩れるかもわからない。下はとても荒い濁流で、足をすくわれればその瞬間にはもう立ち直れなくなる。
その橋を渡った先に、なにがあるのかもわからない。
ただ、縋るしかないから、渡り続ける。
そのサポートを。
いざという時の保険を、作りたいのに。



誰も彼もが首を横に振る。
当たり前だ。
私だってそうするだろう。
なのに、『ここにいる』。
逃げられない。

いや。

逃げたくない。







雨がやまない。
原因はわかってる。
悪徳執政官が帝国に隠れて天気を操る魔導器を作ったのだ。その力を存分に使い、無辜の民から税金を貪っている。

「お嬢さん、どったの」

街の隅で雨に振られていたイザベラの上に影が落ちる。
リズミカルに水を弾く音は現状の気分にはそぐわず、わけが分からず傘下から逃げ出した。

「お前のことを待っていたの。遅いわ、レイヴン」
「怒りなさんな、女王様(レジーナ)」

予想よりも早く、カプワ・ノールの圧政が進行していたようで、ダングレストには戻るに戻れなくなってしまっていた。イザベラは苛立ちを抑えきれず、なにか非難してやろうと口を開き、やめた。こんなことをしてもなんの解決にもならないし、示しがつかない。

「エステリーゼ様が城から出た後、今はここへ向かっているわ」
「……おろ。あの後、大将はなんて?」
「そう呼ぶのはやめなさい。……計画に、今の所支障はないそうよ」
「だが監視は続けろ、ってとこかしらね」

仕事が増えたわ、と愚痴をこぼしてはいるものの、瞳の奥になにか特別な感情が映っているわけではない。変わらない。彼も、わたしも。

「にーしたっても、なんで嬢ちゃんはここまで?」
「それは、」

ちらり、街の中心に堂々と構える屋敷を一瞥する。

「任務対象が教えてくれるんじゃない?」








「あら、ずいぶんと早い再開ね。……増えた?」
「おう、あんたも足止め食らってんのか」

やはりというべきか、カプワ・ノールにある数少ない宿屋に彼らはやってきた。旅の面子も4人(と1匹)にふえており、護衛対象が囲まれているのはこちらとしても都合がいい。無理に守らなくても良くなるからだ。

「ギルドの坊やに、魔道士のお嬢さんも連れ立ってるわけ。いよいよ持って子守が板についてきたわね。『ローウェルさん』」
「なんだ、見たのか」
「5000ガルドですって?」
「欲しいのかよ?」
「いらないわ。あなたみたいな効率の悪いターゲットは狙わない」
「そりゃ残念」

宿の主人から渡されたのであろう、タオルで小さな男の子の頭を荒く拭いながら、挨拶をした。
森を抜けたあと、彼らはハルルへ行き、アスピオへ行き……となかなか忙しくしていたようだ。騎士団にも追われているのだとか。

「ああ、そうだアンタ、リブガロって知ってるか?」
「リブガロ?ええ……。角が高価で、薬にもなるみたい。最近この辺りでまた見かけるらしいわね」

ユーリは情報が得られたことに感謝を述べる。はて、なにかに使える代物だったろうかと首を傾げるが、関係のないことだと考えるのをやめた。この雨に関わりがあることなのだろう。

「誰よ、この女」
「リタは初めてでしたね。イザベラっていうんです。デイドン砦で会ったんです!」
「ちょっと、自己紹介くらい自分でするわ」
「イザベラっていうんだね! 覚えてるかな? クオイの森で、チョットだけ会ったんだけど…。ボク、カロル・カペル! よろしくね!」
「おいおい、人気者だな」

ああもう、と困っているイザベラを尻目に、ユーリは笑った。ちょうど自らの髪の毛を雑巾絞りにし終わったところのようだ。なんでそれでサラサラしたままなんだ。おかしいだろう。

「ま、俺たちそういうわけで、リブガロってのに用があるんだ。アンタもくるか?」

手はあればあるだけ助かるしな、といいユーリは手を差し伸べるが、

「お生憎様。私は私でやることがあるのよ」

その誘いを棒に振った。
身を翻してキープしてあった自室へと戻る。
そうそう、

「私とパーティ組むなら、そのリブガロを単騎で倒せるくらい強くなってから言ってくれる?」

そして扉は当たり前のように閉じられた。

「ナニ、あの感じ悪い女」
「イザベラは、アレでいい人なんです…。強いし、気が利くし、頼りになるし…」
「うーん、ボク、やっぱりあの人見覚えあると思うんだよなあ」






「あれ、君は……」
「……帝国の騎士様が私に何か?」

柔らかな、人当たりのいい微笑みとともに軽い挨拶をする男は、あの全身黒尽くめの男より見覚えのある人物だった。
フレン・シーフォ。誠実の堅物。
小隊長に就任してから、いい噂をよく聞く。妬みや誹謗中傷もたくさん。

「いいえ、あなたはたしか、ユーリたちの知り合いでしたか?」
「知り合いね、まあ、そんなとこ」
「あなたはユーリ達といかないんですね」
「私は私で、やることをやらなくちゃいけないのよ」

動けないあなたと違ってね、と付け加えれば、フレンは面白いくらいに硬い表情になり、言われたことを真に受けていた。
頭が固いって大変ね。
これ以上話すこともないと判断し、イザベラはひらりとその場を立ち去った。






「そう言ってやりなさんな、若人は大いに悩めばよろしい!」

そして人形は何も考えずにただ仕事をすればいい、ってね。
皆についてこないかと、言われ差し伸べられた全てを突っぱねて、セオドラはラゴウ執政官邸にいた。

「聖核はあったの?」
「いんや、ここはハズレさね」
「そう。じゃあもう一つの方は?」
「それはアタリ」

なら追いなさいよ。と言えば、ユーリ・ローウェルたちがうまくやりそうだから大丈夫、と聞く。だからなんだ。

「この騒音の中で大丈夫と言えるわけ!?」

建物全体が揺れるほどの実力を持ったメンバーではなかったはずだ。
なのに、この騒がしさはおかしい。

「うーん、わかった。わかったから! じゃあ、俺様見てくるからさ、嬢ちゃん先に言ってて。迎えに行くから」

カプワ・トリムで待ち合わせましょ。とレイヴンは言い残して、行ってしまった。引き止める暇がなかったのは、これ以上セオドラになにか言われんとするためだろうか?

だがあれは人形だ。
なにも考えてなんかいないくせに。

「迎えに来るなんて、簡単に言わないでよ」

立ち尽くした。手が行く宛もなく空を切った。すぐに引っ込めて踵を返した。気がつくはずもない。あれは人形だ。道化の形をしたただの人形。
誰も私の悲鳴になんて気が付かないのだ。
そうだ。別にそれでもいい。



『私が助けてほしいのは私などではない』






210310 加筆修正

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