メーデー、こちらサブサテライト | ナノ

どこまでも飛べていた


「……お嬢さん、どったの」

ザーフィアス、騎士団本部前で立ち往生している女の子に、見かねて声を掛ける。
友達とはぐれたのか。
迷子にでもなったのか。
せめてそのくらいの相手くらいはしてやれば良いものを。
門番のおざなりな対応にため息を付いて、ダミュロンは手を差し伸べた。

「あの、お父様に、お届け物を……」
「おっ、そっか。偉いな〜」

女の子が両手で握りしめて、胴がすっぽり隠れてしまう大きさのその封筒、規格からして、隊長格がよく使うサイズの書類だろうか。
どこのうっかり屋さんだ、そのお父さんは。
そして、このしっかり者のお父さんは。

「手伝いができたらいいんだけど……。ああ、それ、届けようか。俺が代わりに!」

子供にも一瞬でわかるように、ジェスチャーも絡めながらの会話は、それはそれはわかりやすかったのだろう。
女の子は『書類を持つ手により力を込めた』。

「え、あ、ダ、駄目?」

女の子の顔は不安げなものから、警戒するものに変わっていた。
じろり、じろりと値踏みをするようにダミュロンを見る。

「うん……。駄目……。お父様の、大切な書類だから……」

恐らく10歳にも満たないだろうに、なんともしっかりしたお嬢さんをお持ちで、鼻が高いでしょうなどこのお父さんだ!

「ああ〜、うーん、じゃあ……」

手を差し伸べたからには、ベストを尽くしてやりたい。
どうするか。どうすればいいか?
働いたのは知恵というより、悪知恵の方だった。

「裏から、入る?」

この場合の裏は、裏口とか、そういう直訳したたぐいのものではないのだが。
このしっかり者のお嬢さんには伝わったようで。

「それがいいわ!」

輝かしい笑顔で返事をしたのだ。



「そういや、そのお嬢さんの親御さんは? なんて名前?」
「おとうさまのこと? お名前言えばわかる?」
「まあ……ね。その封筒、よく見せて? ……持ったままでいいから!」

腕で大部分が隠れていようとも、騎士団で使われている、それも上等なものであると判断できていた。ならば、全体像を見れば持ち主すらもわかるのではないだろうか?
警戒しながらも、少女は封筒を見えやすいように掲げてみせた。
そして封を止める蝋が、目立たんばかりにダミュロンの目に飛び込んだのだ。

このマーク。

このマークを知らないやつは、まず試験からやり直したほうがいい。
この騎士団において、この封蝋印を使うことが許されるのは一人しかいない。
眼と鳥があしらわれた、少し変わった形のひし形。
つまり、この子は。

「……お嬢さん、お名前、伺っても?」
「わたし?」

今更だけど聞いてなかったな〜、なんて後から慌てて付け加えても、きっと怪しいとは思っちゃいないだろう。
お父様じゃなくて?と不思議そうにするも、少女は封筒を手放すことよりかは抵抗がなかったらしい。
快く答えてくれた。

「セオドラ・ディノイアといいます。そういえば、お兄さんは?」

とんでもないことをしたのだと気がついたここは、すでに城の内部であった。





今日はうっかりしていたな、と思ったのは、もうお昼時になってしまったあとだった。今日渡しておいてしまおうと思っていた書類が、恐らくだが家にある。
期限が今日までとか、そういった類のものではないから、別に焦る必要はないのだが、早め早めに済ましておけば、次の段階へ進みやすくなる。それがちょっとだけ、『普通のスピード』に近づいたのだ。ただ、それだけで。
悪戦苦闘の対評議会に一区切りつけ、自室に戻って昼休憩…と思ったときだ。
中庭から、子供の声がする。
そう、あの子を思い出すような。

「ねえ、ねえったら。ふふ、待って! 逃げちゃ駄目よダミュロン!」
「勘弁してくれって! なあ、キャナリも笑ってないで」
「お似合いよ、ダミュロン。大丈夫よ、言い訳は考えといてあげるから」
「ホラ !今度はわたしが鬼よ! セオドラが鬼よ!」

あの子を、おもい…。
だすような?

「セオドラ!?」

中庭に向かって、名前を呼びながら覗き込めば、見知った顔。あの子の顔。

「お父様!」

晴れやかに手を振る少女は、見間違えるハズもない。
セオドラ。なんで、ここに?
怒る気はない。疑問だけが募る。
だからその元気に振られる腕に導かれて、アレクセイ・ディノイアは中庭へと降り立った。

「セオドラ! なんでここに!」

急ぎ足で駆けつけるおのれの脚に、どしっとぶつかってきたのはセオドラの頭だ。
なぜかごちっと音がする。

「いたっ」

そしてその部分にはレッグアーマーが付いたままだった。
ハッとして、急いで両手に包み込んだ頭を見る。額が赤くなっているだけだ。怪我はない。

「ごめんなさい。お父様に会いに来たんです」

両頬を包まれながら器用に話すセオドラは、ふにゃりと笑った。

「申し訳ございません、閣下。ご息女の保護をいたしておりました」
「キャナリ!」
「そう!キャナリおねえさま! お姉さまとお話しするの、とっても楽しいの!」
「ダミュロンが城前で見つけたのを『保護』したんです。あと、勝手ながら、こちらも預からせていただいていました」

そう言ってキャナリは今朝、手荷物にないと思っていた封筒を差し出した。
手にとって再度確認する。たしかに。机においたはずだったものだった。

「セオドラ、これを届けるために?」
「そうよ、お父様。これ、今日持っていくおつもりだったのでしょう?」
「よくわかったな?」
「わかるわ。お父様、次の日に使うものはしっかりデスクの上にご用意なさるもの。セオドラはちゃんとあなたを見ていますから!」
「あら、ずいぶんとしっかり者なのね?セオドラは」
「ふふ、そうなの!」

とても得意げに、嬉しそうに話していたセオドラだったが、一変して暗い表情に変わってしまった。

「でも、あの、ごめんなさい。お父様……」
「おいおい、どうしたんだよ。書類届けられただろ?」

見ても、汚れなどはなく、腕に抱えたことで軽度なシワくらいはあるだろうが、内容物に被害はないと判断できる。
それなのに、セオドラは浮かない表情だ。

「あの、前にお父様言ってらしたわ。『ホゴシャのドーハンなく子供だけでの遠出はキケンだ』って……。わたし、家から一人でここまで来てしまったから」

しゅんとするセオドラは服の裾をぎゅっと握って、怒られるのを待っている。
なるほど、父親の言いつけを守らなかったことを気にしているらしい。
ダミュロンはここでアレクセイがどうするのかと、恐る恐る見てみるものの、その表情を見て杞憂だと知る。

なーんだ、親バカか。


「セオドラ」
「は、はい」
「確かに、この前街ではぐれたときには私はそう言ったが、どうやらその判断を改めなければいけないようだ」
「アラタメ……?」
「ああ。下町で見つけたときは、どうやってここまで来たのかと思ったが……。ただお転婆なだけじゃないようだな。前に一度来ただけなのに、しっかりと城までの道のりを覚えていた」

しゃがみこんで、目線を合わせるアレクセイは、ゆっくりとセオドラの頭に、頬に手を添わせた。
いまにも大粒の涙が溢れるんじゃないかと思われていた、セオドラの真っ赤な鼻も一撫でする。

「……今度からは城にきなさい。門のところの騎士には言っておこう」
「……ホント?」
「ああ。ダミュロンが迎えに行く」
「俺かよ!?」
「お城まで来て、お父様の近くにいていいんですか?」
「ああ、ここで学んで行きなさい。活発なセオドラにはこのくらい広いところでなければな」

うれしい!とお声を上げる親子の微笑ましいシーンの裏で、ダミュロンはため息を付いた。
どうやら呼ばれたらお迎えに行かなければいけない、お姫様の護衛の仕事を賜ったようだと再認識する。

「よかったわね、ダミュロン。大きなコネクションができて」
「あのさ、これって給料」
「もちろん。変わらないわ」

今度はもう身体に現れるくらい、落ち込んだダミュロンはがっくりと肩を落とした。







210310 加筆修正

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