私は親から十二分に愛情を与えられなかった可哀想な子供だそうです。
ですが、自分では一度たりとも可哀想などと思ったことはありません。父は私にこれっぽっちも関心を抱きませんでしたが辛いとは思いませんでした。衣食住…美味しいご飯、暖かい布団に風呂は約束されていたからです。
最初の内は父の関心を求めました。しかし、私は考えました。向けられることのない愛情を辛い思いをしてまで欲しがり続けるか、いっそのこと諦めてこのまま無視され続けるが辛い思いを抱かなくなる方がいいか。
結論は簡単に出ました。生きるのに愛情は必要ないのだと理解したのです。愛情なんぞなくても生きるにおいて不便はないと、幼心に思ったのです。
…でも周りと私は何かが違いました。違和感は日に日に肥大して行き、どうしようもなくなりました。手に負えなくなったのです。えぇ、周りと違う異端だと受け入れたくなかった。

はい? きっかけ?
きっかけは、いつも遊んでいた友達の家族が病死してましまって、悲嘆していたので「どうして泣いてるの」と尋ねたことからです。
家族が死んでしまったらそうなるのか? から始まり、それはなぜか? 好きだからか? と試行錯誤し、結果的に「死んだ時に深い絶望感に苛まれる。これが家族愛なのか」と普通はこうなのだと納得しました。
親が死ねば残された子供は嘆くのです。愛しているから縋って、どうして、置いていかないでと、嘆いて嘆いて嘆き続けるのです。

だから、私はそうなりたかった。
異端でなく普通なのだと信じていた自分が崩れてしまった時からずっと。ずっとです。

「善は急げと言うではありませんか」

私は普通です。人並みの感情を持っている。欠けている所など微塵もない。

「私もそうなれるかも知れない。一縷の望みでもあるのです」

決して異端などではない。ですから―――。

「―――ですから、死んで下さい父上」





明かりのない家は真っ暗だが、夜目が効いてきた。腹を撃たれた尾形百之助が畳を血で汚している。汚い。
だがもうこの家に帰って来ることはない。何も気にすることはないのだ。掃除が大変だから止めようかと躊躇したが、この家を捨てれば後始末しなくていい。そう閃いたから実行に移した。

「貴方を殺せば私は貴方を周りと同じように愛せるかも知れない」

傷口を抑え虫の息で尾形百之助が会話をする。私に関心を抱かない彼は家を留守にしがちだったので久々に会ったが、あいも変わらず不気味な人間であった。特に目が不気味だ。

「………ははぁ……お前も、俺と同じだったか」
「はい?」
「お前は…何かが欠けた人間だ」
「いいえ、私は何も欠けてない。貴方とは違う」
「笑わせるな。親を撃った時点で、てめぇは俺と同じなんだよ」

皮肉な笑みを浮かべた尾形百之助がよくわからない台詞をほざいている。その何かが欠けた人間ではないと証明するために撃っただけだ。言うなればこれは手段なのだ。なんら間違っていない。私は正しい。

「親も親なら子も子とはよく言ったもんだ…俺が死んだら、確かにお前は絶望するだろうよ」

なんだ、やはり私は何も欠けてないではないか。この人の言葉を真に受けなくて良かった。気苦労を返して欲しい。どうせ死ぬのだから無理だろうが。

「但し、自分にだ」
「…よくわからない。もういいです、さっさと死んで私が普通だと証明させて下さい」

手に馴染んだ銃を構えた。暇さえあれば鳥や動物を撃って鍋にしていたので扱いには自信があるが、この至近距離で外す馬鹿がいるのであれば是非とも拝見したい。私は正確に、もう一度腹を撃ち抜いた。
乾いた音が響く。もう一箇所腹に穴が空いた尾形百之助が畳へと仰向けに倒れる。何故か不敵な、不気味な笑顔で。最後まで気色が悪い、何を考えているのかわからない男だった。

永久に喋らなくなった男を置いて家を出た。寒空の下を歩く私に歓喜が訪れる…筈なのに、どうしてか、全く感情が沸き起こらない。

「嗚呼」

暫くして私は、尾形百之助が言ったことをようやく理解したのであった。