※単行本未収録の若干のネタバレあります

「俺はお前に興味がない。それがお前を放置していた理由だ」

横殴りの吹雪と凍てついた言葉が名前を叩いた。雪絶えぬ極寒の樺太で活動できるようにとかなり厚着をしているというのに、それを掻い潜って名前を氷漬けにしようとする。
名前はただ、父親が自分を放って置く道理を純粋に知りたかっただけだ。年端もいかない少女を一人、しみったれた静寂の家に放置したのには何か道理があるはずだ。だからこうして態々逃げた尾形達を追いかけ樺太の大地を踏んだのである。
杉元等より一足先にその背に追いついたと思えば、アシリパと尾形が互いに武器を構えいつ血を流すのかという緊迫した空気を貼ってしまった。ただでさえ極寒の温度に他の思考を蹴り落され寒さしか頭に残らない状況であるというのに、勘弁して欲しかった。

「本当にそれだけなの?」

白い息が勢いよく寒さで赤らんだ頬を滑り横へと伸びるが、細長く唸り吹雪と同化していった。寒さに刺され感覚が麻痺した、頬と同色の小ぶりの鼻頭がひくっと震える。訝しげな声色と墨で塗り潰された瞳が尾形を追求する。

「こんな所まで遠路はるばる追いかけて来てご苦労だったが、ただそれだけだ」
「私、要らない子だった?」
「…お前も俺がいなくても良かっただろ」
「どうしてそんなこと言うの?」
「杉元の方がよっぽど父親らしかっただろうが」

喋る度に生まれる小さな丸い靄は吹雪に壊された。緊迫した空気から鬱屈したものに貼られた膜が変り、尾形は内に留めていた泥を吐露していく。

「俺は上手く父親の真似事をこなせなかった」
「旅でお前と距離を縮められるかとも思った」
「だがお前には俺は必要なかったと思い知っただけだった」

顎を北海道の自然にかち割られた尾形は病院から抜け出した際、名前を連れて金塊を探す旅に同行した。今まで放置していた贖罪からではなく、鶴見に利用されて敵対されては困るという理由からであった。大人顔負けの熟練された銃の腕があることを尾形は記憶していたのである。そこを情報将校の鶴見に突かれては厄介この上ないというもの。
感情が削げおちているといっても過言ではない名前のことだ。碌に交流もできないだろうと旅に加わった当初、尾形は信じて疑わなかったが、想定通りにはならなかった。名前は見事集団に溶け込んで見せたのである。
交流を広げる名前を観察していた尾形は、名前には父親が、自分がいなくてもやっていけるのだと痛感させられ自嘲したのだ。興味がなかったと名前に投げつけたがどう接していいかわからなかっただけで、今更この局面でそれを言うのも癪だった。
傷つけてやろうとして選んだが親の愛を必要としない名前に効果は望めまい。尾形の母は尾形を見なかった。それと同じ状況であるのに何故こうも違うのか。

「私は…」
「まぁ、お前にはどうでもいいか」
「そんなことない、聞いて父…」
「黙れ」

打ち切られた会話を繋げんと乾燥したパサパサの唇を動かすが、尾形はアシリパと会話を始めてしまった。今の尾形には名前と和解しようと対話する意思はないように思えた。この旅で名前は大きく変動した。杉元達と共に北海道を渡り歩いた過程で尾形への認識を改め、一度話し合おうと決めたはいいがその機会を延々と逃していた。いざ話し合おうとすればいいように喉が振るわなかった。そうして迷っている間に尾形は樺太へ上陸していたのである。ぶつ切りになってしまい、今一度の対話を望む名前は蟠りをこさえたまま、尾形は病院に搬送されることになる。