縁側の下で雑草が朝露を葉先に実らせた。葉裏をしならせる葉先の水滴は丸々太った稲穂の実のようであった。朝陽が疎らに水滴を輝かせる庭はちょっとした宝石箱である。
その庭を持つ家の一室で、寄り添う二つの白い山のうち一つがもぞりと揺れ動く。名前は掛け布団から顔を出せば、だらける上瞼を手で擦り掛け布団をかまくらへと変貌させた。肌に冷気を貼り付け音を殺しながら名前は障子を中指の第二関節ほど開ける。すると室内の気温が低くなった。外の冷気が室内に我先にと潜り込んできたからだ。
身震いするが、片目を冷気と光を差し込ませる隙間に近づけ、鼻先と頬を真っ赤に染めながら名前は白い靄がかかった山の谷間から薄い太陽が昇るのに見惚れた。

「何しちょっさみからこけこい」

奪われた心を引き戻したのは愛しい男の寝起きの声だった。
隙間から顔を離し男を見れば掛け布団を片腕で持ち上げていたので、遠慮せず中に入れば全身を凍てつかせた目視できぬ氷が解凍された。
健康な褐色肌を持った男、鯉登音之進は筋肉のついた太い腕を名前の腰に回し引き寄せる。額を鯉登の厚い胸板へ寄せる形になった名前の鼻は鯉登の匂いを否応無しに認知せざるを得ない。もわりと先程見惚れた山にかかっていた靄ように匂いは名前の鼻を覆った。

「ぬきか?」
「はい。それに音之進さんの匂いがします」
「キ…むぐぅっ」

分厚く弾力のある男らしい唇は鯉登を、胸板から上目遣いで見やる名前の手のひらによって押し潰され、鯉登の猿叫は家中に響き渡る前に喉の奥底に逆流する。

「今日は音之進さんとお出かけするのが楽しみで早起きしてしまいました」

か細いが芯の通った声に頭を冷やされた鯉登は名前の茎を思わせる手首を緩く掴んで口から離し顔の上空へ遠ざけた。

「おいもじゃ。じゃっどんもちっとちねい」
「ごめんなさい、何をおっしゃっているかわかりません」
「…もう少し寝ると言ったのだ。お前も寝ろ」

手首を握っていた手を解き名前の滑らかな髪に五本の指を絡ませて遊ぶ。そんな童子みたいなことをしていれば目を弓なりにしならせてくすりと名前は笑った。暇つぶしに読んだ本に男を誑かす狐が登場していたのを鯉登は記憶の片隅に思い出す。

「あの、音之進さん。何か硬いものがお腹にあるのですが」

まずい。名前の前髪が胸板をくすぐった。正体を暴こうと顔と掴まれていない手を布団の暗闇の中へ向かわせたのだ。鯉登が名前の手を再び捕まえようと、慌てて自分の手を布団に潜り込ませるも、時すでに遅く外に負けぬ程の冷気を帯びた視線を浴びる羽目になったのだった。