山吹の散る頃に




 それから始まった遠野生活だが、それはあまりに厳しく、辛いものだった。

 まず、朝は冷麗たちと一緒に数十人といる妖の朝食をつくり、その後は洗濯をし、昼食の下ごしらえ。そしてイタクから渡された修行を行う際の注意すべき点や、基本形を自主練でやっていた。


 まぁ、こんなことになるだろうと予測はしていた鯉乙には、特に気にすることもなく、ただ一生懸命にノルマをこなす日々だ。
 修行らしきことを行うことはそうそうないように感じる。いつまで続くかは最中ではないが、やっていくしかないのだろう。

 頑張んなきゃな、という気持ちで日々の日常を過ごしていると、隣で作業していたユカリが鯉乙にこんなことを聞いた。


「山吹ちゃんって、下の名前があるの?」

「え?」

「だって、偶に“山吹”に反応しない時、あるから。それに、嫌な顔する時もあるでしょ?」

 (あぁ、そういうことか……よく、見てるなぁ)

 何年も母と暮らしてきて、あまり「山吹」呼びに慣れていない鯉乙は、時折山吹が自分の名前ではないと錯覚してしまうことがある。
 山吹、という名は、父である鯉伴が付けた名でもあるからか、癪に触ることも多々あった。だから、こんな質問をしてきたのだろう。

 そう、鯉乙は思った。

「いいえ、ありませんよ」

「そうなの」

 それ以上は、誰も何も聞いてこなかった。
 自分の下の名前は、母がひとりで付けてくれた名前だ。そう簡単に、人には言えはしない。それに、鯉乙は、前世と変わらないのだ。あまり、言いふらしたくないという気もある。

 しかし、それでも母と自分の苗字である「山吹」を名乗ったのは、どこかで「自分を認めて欲しい」と思ったからだろう。
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