風音が鳴った。
もう直ぐ、山吹が来て一年余りが経つ。そろそろ雑用にも慣れ、ノルマも簡単にこなせるようになってきた頃、遠野の山吹に関係する妖怪たちは山吹のひとつひとつの行動に目を凝らすようになってきていた。
その代表的であるのは、あまりにも「子供らしくない」ということだ。
覚える速さや、仕事のこなし方。効率よく仕事を回し、あまり時間にはノルマを達成していてもそれを何回かやっていく。
自主練にも思えたが、それは全くノルマの順序と変わりない。それは、山吹が「この方法でないと意味がない」と知っている、または感じているということだ。
それを思うと、「あの子はどのようなところで過ごしてきたのだろう」と皆疑問に思ってしまっていた。
冷麗は、珍しくひとりになって沈む夕日を見ながら山吹のことについて考えていた。
「お、レイラじゃねーか!」
ふとした時、下の方で淡島の声が聞こえた。そして、上に上がってくると冷麗の横に腰を下ろし、「お前がひとりなんて珍しいな」と笑った。
「まぁね。それよりあんた、これはサボり?」
「な訳ねーだろ!」
その反応に、冷麗はくすりと笑う。
山吹が来ると同時に、「新入りにはいいこと見せないとな」と淡島が積極的に修行場へ足を運んでいたのは冷麗も知っていた。それに加え、最近ではダラけていた者たちも、山吹の働きようを見て「負けていられない」という思いからかよく働くようになっている。
こうした意味では山吹はいい印象を与えてはいるが、それでも山吹の体に流れる「人間の血」を怪訝する奴も多くいることは確かだった。
そんな事を頭に入れながらも、山吹の世話をする冷麗にとって、山吹の先日の行動は気掛かりでしかなかった。
「……山吹の様子はどうよ?」
風音が、ふたりの間を通り過ぎる中、ふとしたようにまた淡島が口を開く。
「変わらないわ。自分のやるべき事をやってる。けど……」
冷麗は口を閉ざす。
これは安易に他人に言いふらしていいものだろうか、と。
聞いたのはユカリではあるが、その場に立ち会わせた冷麗も、あの反応には気づいていた。
「けど?」
だが、隠していても仕方がないことだ。
冷麗は閉ざした口を開けた。
「前、下の名前はあるのかって聞いたら、“ない”って答えたの……でも、その目がとても……悲しそうで」
何かを諦めたような、それでも認めてほしいような顔をしながら笑っていた。それがとても、痛々しかったのだ。
その冷麗の言葉に、淡島はおし黙る。そして、静かに言った。
「あいつはよ……なんか、指名負わされてる感じがすんだ。母親との約束とかいってるけど、あれは、あいつが勝手に言ってることなんじゃねえかって……うまく、言えねぇけどよ」
前に、母親との約束とは何だと聞いた時も、ただ笑って誤魔化すだけで、山吹からの個人情報は明かされなかった。
「あいつ、結構強そうで、脆そうだから……俺たちが守ってやんねぇと、すぐ消えちゃいそうだよな」
つい一年ほど前にきた新入りに対し、とても遠野の妖怪たちは切実に接しているのは確かだった。
強いのが一番な遠野であっても、努力や実力を認める者も数多くいる。それは、淡島に至ってもそうであった。
いくら淡島が問題を起こそうとも追放しなかったのは、そういうことでもある。
「うん……」
ちゃんと、本当に、優しく接してあげなければ、山吹は心を閉ざしたまま、成長してしまうのだろう。それだけは、やめて欲しいと、冷麗は切に願うばかりだった。