第6話 Night&day


今日の調査兵団の兵舎は、いつになく静けさが漂っている。いつもは怒号が飛び交う訓練所も、賑やかな食堂も、見渡す限り人気がない。とても穏やかで非日常的な時間。
この状況を生み出した理由は一つ。今日は調査兵団の休息日なのだ。壁外調査が終わり、心身共に疲れきった私達に与えられた、つかの間のお休みだった。

「体調はどうですか?テオさん」
「あれ、ナマエちゃん。今日は休みじゃなかったっけ?」

もちろん私にも休息は平等に与えられている。本当は休みを返上してここで診療を続ける予定だったのだけど、同じ特殊医療班の班員に半ば強制的に休みを取らされた。

「そうなんですけど、部屋にいても何だか落ち着かなくて。変わりはないですか?」
「腹に穴が空いたとは思えないほど元気だよ」

術後、テオさんの体は予想よりも大幅に早く回復している。そのせいかここ最近は何度注意しても、勝手にリハビリや軽いトレーニングをしたりする始末だ。

「また隠れてリハビリとかしてませんよね?」
「してないしてない。ちゃんとナマエ先生の言う通りにしていますよ」

この笑顔が余計に怪しい。治療プランを、隠れてリハビリしているコースに変更しておこう。

「今頃皆で遊びに行ってんだろうなぁ。俺も早く飲みに行きたいよー」
「ルッツさんなんて朝から飲みに行くってはりきってましたよ」
「ナマエちゃんは外に行かないの?」
「特に用もありませんからね」
「でもさ女の子なんだから、可愛い服を買ったり美味しい物を食べたりとかさ」

よくよく考えてみると入団してから三年。休日に出かけると言えば、茶葉を買いに行くくらいだ。欲しい物をいくら考えても、元々物欲がないせいか特に思いつかない。
今一番欲しいもの。最新の医療器具……?
自分でもつっこみたくなるほど、女の子らしさのかけらもない。

「そういえば最近はずっと手術続きだったんでしょ」

確かに壁外調査の後は通常の何倍もの負傷者が増えることで、私達の必要性が最も高くなる。

「何度も言うようだけど、ナマエちゃんには本当に感謝してる。あの時ナマエちゃんが諦めないでいてくれたから、俺は死なずに済んだんだ」
「いえ、私は」
「俺みたいにここに運ばれた奴は皆そう思ってるよ。いつも一所懸命に治療してくれることに救われてる。でもそれでナマエちゃんが倒れたりでもしたらって思う時もあるんだ」

いつものテオさんとは違う、いつになく真剣な表情だ。

「ちゃんと休むのも俺らのためだと思ってさ。ね?」
「……でも」
「いいから休みなさい」

まるで子どもを宥めるように諭され、何の言葉も返せなくなってしまった。今日のテオさんはきっと主導権を譲ってはくれないのだろう。

「お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えて休暇を頂きますね」

そう言うとテオさんがいつもの笑顔に戻っていた。


さて、出掛ける言ったところで同期達はもう皆出かけちゃっただろうし、兵長やハンジさんは大きな会議だったはず。
とりあえずまずは私服に着替えるところから、と並んだ服を一通り眺める。ふと女の子なんだから、と言ったテオさんの言葉を思い出した。
そうして普段滅多に着ることはないワンピースを手に取ってみせた。たまにはこういうのも良いかもしれない……。
思い切ってワンピースに着替えた私は、茶葉を買いに行くことだけ決めて街へと出発した。

道中、様々な場所で調査兵団の兵士を見かけた。皆それぞれの休暇を過ごしているようだ。いつものお店で茶葉を買い終え、街を歩く。
そういえばこんな服着るのはいつ以来だろう。何だか足がスースーして落ち着かない。こうしていると兵士じゃなくなったみたいだ。
道を行く女の人や夫婦、仲良く歩く恋人達を見てふと考える。
もし私が調査兵団に入っていなかったら、あんな風に生活していたのだろうか。誰かと恋をして結婚して子どもを産む。そういう普通の生活。そんな柄にもないことを考えながら私は歩き続けた。


その後全ての用事を終えて、兵舎に帰ろうとした時には、辺りはすっかり暗くなっていた。思っていたよりもかなり遅くなってしまい、兵舎への近道を早足で歩く。

「よう。ねぇちゃん」

その途中、突如目の前の道を二人組の男に塞がれる。

「どこ行くの?俺達と遊ばない?」
「……結構です」

変な奴らに絡まれてしまった。ワンピースなんか着たせいなのか。近道だからってこんな暗い裏道を通ってしまったせいなのか。

「そんなこと言わないでさ。酒でも飲みながら、ね?」
「結構です」

手首を掴まれ先ほどよりも強めに訴えるも、聞き入れる様子は毛頭ないようだ。

「いいから来いって」
「っ、離して下さい」
「離してだって。かーわいい」

離してって言っても一切聞いてくれないし手首も痛いし、このままだったら何されるかわからないし。正当防衛ってことでいいか。

「離してくれないなら……」
「あ?」

男の腕を掴み思い切り力を入れる。すると男はクルリと一回転をし、道路へ転がっていった。

「いってぇ……!」
「何しやがんだこのクソアマ!」
「何ってしつこいので見ての通り投げました」

かよわい女の子と思ったら大間違いだ。これでも対人格闘の成績は上位だったんだから。こんなことになるなら最初から兵服でも着て歩けば良かった。

「てめぇ……!」

今度はもう一人の男に手首を掴まれた。

「だから離してって!」

この男も投げられたいのか。もういっそ調査兵団の兵士ですと名乗った方が話が早い。そんなことを考えていたほんの数秒後。

「ぐわあっ!」

男が綺麗に前方に吹っ飛んでいった。先ほど私が投げた男の比じゃないくらい飛んでいる。もちろん男は思い切り後ろから蹴られたのだから、やったのは私じゃない。

「……お前ら殺されてぇのか」

その言葉と鋭い目が男達を震え上がらせる。慌てて一目散に逃げていく姿は実に滑稽だった。
しかしこんな時でも私を助けてくれるなんて。ヒーローか何かですか。

「兵長。どうしてここに」
「それは俺の台詞だ、馬鹿野郎」

兵長が眉間に皺をたっぷり寄せながら、じりじりと近づいてくる。これはもしかして。

「こんな時間にこんなところを女一人でほっつき歩いてちゃ、絡まれて当然だとわからねぇのか。お前のバカもここまできたら笑えねぇぞ。そもそもこんな夜遅くまで何していやがった」
「か、買い物とお墓参りです」

ほら。やっぱり怒られた。

いや、待て。落ち着け自分。今はそんなこと正直どうでもいい。だって目の前にいるのは初めて見る私服姿の兵長だ。
カッコいい。凄いカッコいい!兵服とはまた違う大人の色気が凄いのなんの……!

「何だ……その格好は」

何だと言われましても。調子こいてワンピースなんぞ着てきてしまいました。
そういえばお互い私服で会うのは初めてだ。

「やっぱり私には似合いませんよねぇ。いつもはこういった服は着ないんですけど、何を思ったか今日は冒険をしてしまいまして」
「いや……なかな」
「リヴァイ!何かあったのかい?」
「あれ、ハンジさん?」
「え……!もしかしてナマエ!?」
「はい。お疲れ様です」
「へぇ!何だかいつもと雰囲気が違うから、一瞬誰だかわからなかったよ」
「こんな格好ですみません」
「何言ってるの!とってもよく似合ってるよ!」

ハンジさんはお世辞上手だ。わかっていても思わず照れてしまった。

「会議は終わったんですか?」
「うん。終わって今から飲みに行くところなんだ。ナマエは?」
「私は兵舎に帰るところです」
「じゃあナマエも一緒に飲んでいこうよ!」

正直お酒を飲んだことはほとんどないに等しい。付き合いで何口か飲んだことがあるくらいなもので、そんな私が混ざったら逆に迷惑なんじゃないだろうか。

「……さっさと行くぞ」

返答に困っていると口を開いたのは意外にも兵長だった。歩き出した兵長の後ろを、ハンジさんと一緒に追いかける。

「そういえばさっき、リヴァイが誰かを蹴ってたよね?」
「あれは私がちょっと絡まれてしまって……兵長が助けてくれたんです」
「なるほど。そういうことだったのか。リヴァイが急に私を置いて行っちゃったから何事かと思ったんだけど。うんうんなるほどね。納得したよ」

何やらニヤニヤと頷くハンジさんに、私は首を傾げてしまった。


+


兵士達が羽を休めてる間、俺達は無駄に長く堅苦しいだけの会議に出席していた。もちろん俺達調査兵団に実りのある話は一つもない。エルヴィンもよく相手にしているなと思う。
会議が終わりさっさと帰ろうとしたところを、ハンジに止められた。こいつの話は酒が入ると更に厄介になる。キリのいいところで引き上げよう、なんて考えながらハンジと二人、行きつけの酒場へと向かっていた。
近道もかねて暗い路地にちょうど入った時だった。男女が揉めているような気配が見てとれた。だが男の一人は何故か地面に転がっている。
あれはどういう状況だ。
喧嘩か。めんどくせぇ。そう思った矢先。

「だから離してって!」

聞こえてきた声に耳を疑った。目を凝らしてみると体が勝手に動いていた。
あいつがいる。
確信した瞬間、俺は男を蹴り飛ばしていた。そうして絡まれてるナマエを改めて見て、半殺しにしてやろうと本気で思った。

「兵長。どうしてここに」

この心底バカな女に、そっくりそのまま聞き返してやりてぇ。こんな時間にこんなところをうろついて襲われてぇのかこいつは。まさか一人で遊びにきた訳じゃねぇよな?

「か、買い物とお墓参りです」

どうせこいつの事だ。近道だとか何とか言って、考えなしに歩いていたんだろう。あくまで自分の想像の範囲なのに妙に納得してしまった。息を一つ吐いてもう一度ナマエを見やる。

「何だ……その格好は」

思わず声に出して問いただしてしまった。普段見ているナマエの格好と言えば、兵服か白衣か究極は手術着くらいなものだ。いつもは医療班がどうだ壁外調査がどうだと、調査兵団の事しか頭にねぇガキのくせに。着るもの一つでこうも変わるものなのか?

「やっぱり私には似合いませんよねぇ。いつもはこういった服は着ないんですけど、何を思ったか今日は冒険をしてしまいまして」

ナマエが罰が悪そうに笑う。

「いや……なかな」
「リヴァイ!何かあったのかい?」

俺は一体何を言おうとしたんだ。我に返って、今度は俺が罰が悪そうな顔をした。

あのままナマエ一人を兵舎まで帰すぐらいなら、酒場に付き合わせた方が何倍もマシだ。そう思ってナマエを連れてきたが、そもそもこいつは飲めるのか?いつもの席に座り、いつもの酒を頼みながら考えた。

「私はこれにしよっかな。ナマエはどうする?」
「では私もハンジさんと同じので」

ハンジと同じ酒だ?ハンジは最初から強い酒ばかり飲む傾向がある。ナマエの様子を見ると、さっきからキョロキョロして落ち着きがないし、酒場に慣れていないことは容易に予想することが出来た。

「お前はこっちにしろ」
「こっちですか?わかりました」

言われるがまま、ナマエは俺が注文した酒を口に運んだ。そしていつも通りハンジの長い話が始まる。俺はその様子をしばし黙って見ていた。

「私はもっと詳しく、巨人の質量と重量の関係を調べたいんだよ!」
「私、この前巨人の首を蹴飛ばしてみたんです。ハンジさんの言うとおりでした。驚くほど軽かった……!」
「でしょう!?はぁぁぁどうにか捕獲出来ないかなぁ……」
「いつかその日が来て調査をする時は、絶対に私も参加します。あの再生力や血液成分、それに意思の疎通が出来るのか、活動を制限したらどうなるのか。調べたいことがたくさんあるんです」
「……いやぁ驚いた。私もナマエと全く同じことを考えているんだ。やっぱりナマエだな!ささ、もう今日は飲もう飲もう!」

こいつらはさっきからずっとこの調子だ。ナマエがよくハンジのところに手伝いに行っていることは知っていたが、なるほど。兵団きっての変人同士気が合う訳だ。ハンジの永遠に続く巨人話に、ここまで一緒になって盛り上がれる奴は、過去にいた記憶がない。

「兵長が薦めてくれたお酒、甘くて美味しいです」

ヘラヘラと笑いながら、また酒を口につけている。こういう表情を見ると年相応だと思う。この小さい体が俺の訓練を耐え、多くの巨人を削いで、手術を何件もこなして……とは、先ほどの屑共らなんぞに分かるはずがない。


そして開始から一時間。
いつの間にこいつはこうなった。

「だからですねぇ、私はそこで思ったんですよ!これは往診でもしてお金を稼ぐしかないって!」
「あ、あれ。ナマエ、まだ一杯しか飲んでないよね……?」
「はぁい。とっても美味しく頂いてまーす」

ここまで弱いとは思わなかった。たった一杯で完全に酔ってやがる。

「調査兵団の資金不足が多少なりとも解決されれば、もっと……色んな作戦、がぁ……っ」

ヘラヘラ笑っていたかと思えば、今度は泣き出しやがった。しかも今ですら激務なのに、往診だとか言ってまだ仕事を増やすつもりなのか。一応往診の件については許可が下りないよう、エルヴィンに根回ししておくとしよう。

「兵長!ハンジさん!ちゃんと聞いていますか!?」
「うんうん。聞いてるよ。よしちょっと水でも飲もうか」

さすがのハンジも手がつけられない状態になってきた。こりゃあ早々に解散だな。

「リヴァイ。ナマエのことを部屋まで送ってあげてよ」
「お前はどうする?」
「私は別の店で飲み直すとするよ。今日はモブリットもいつものお店に出てきてるから、そこに合流するかな」
「そうか」

了承の返事だけして、すぐさまナマエを立ち上がらせる。真っ直ぐ歩けるのかどうかはおいといて、とりあえず早急に兵舎へと帰らせることを優先とした。

店の外に出るとヒヤっとした空気に触れる。

「冷たくて気持ち良い〜」

頬を赤く染めたナマエがそう言った。

「へいちょーこっちですよー!」

足を弾ませながら俺の前を歩き出す。その姿がフワフワヒラヒラしている。いつもとは違うナマエの姿だ。

「へいちょー!」

甘ったるい声が何度も俺の名前を呼ぶ。そしてくるりとこちらを振り返ったと思ったら、何がそんなに楽しいのか満面の笑みを浮かべていた。

「私、調査兵団に入って良かったです」
「わかったから前を見て歩け」
「それにへいちょ、」
「おい!」

きゃあ!という声と同時に、ナマエが尻餅をついて転んだ。言わんこっちゃねぇ。

「うう。足が痛い……」

ワンピースの裾から覗いている足を擦り、更に甘ったるい声を出している。
くそ。調子が狂う。

「早く乗れ」
「へいちょう……」

背中を向けてしゃがんでやると、何を意図しているかナマエも察したようだ。すぐに俺の背中に重みがかかる。いつもならグダグダ言って遠慮するところだろうが、酒のせいか今日はやけに素直だ。

「おんぶなんてして頂いてすみません……」
「それよりも俺は早く帰りてぇ」

そのまましばらく歩みを進める。

「兵長はお酒は強いんですか?今度はお部屋でも飲みたいですね。それから兵長の私服姿、凄くカッコいいですね。あ、でももちろんいつもの兵服姿も凄くカッコいいですよ」

酔ったこいつはよく喋る。だが素直なナマエに悪い気はしない。

「へーいちょう。聞いてますかぁ……?へいちょー……」

今度は眠気でも襲ってきたのか。徐々にとろんとした声になってきた。

「へいちょー……さっきの続きなんですけどね」
「何だ」
「私……兵長の班に入れて幸せです」
「そうか」

それだけ答えてちらりと空を見上げた。今日は見渡す限りに星が出ている。

「……へいちょう」
「眠たきゃ寝ろ」

しばしの沈黙。そうは言ったがそんなに早く寝るものか?と思っていると、もう一度ナマエが口を開く。

「……人は死んでしまったらどうなるのでしょう」

脈絡のない話をされ、無言になってしまった。
同時に先ほどのナマエの言葉が頭をよぎる。買い物と墓参り、と言っていた。この前話していた恩人の兵士だかの墓か。それとも別の誰かの墓か。
点と点が繋がりそうなところで、俺はわざと思考を停止させる。こんなクソみてぇな世界だ。誰にだって当たり前のように誰かを失う機会はある。俺自身もたくさんの死を見てきた。

「さぁな。死んだことがねぇからわからねぇな」
「ふふ……そっか。そうですよね」

再び空を見上げる。死んでいった奴らがそこにいるのかどうかは俺にもわからない。

「じゃあ……人はどうして生きるのでしょう」

この世界は生きている方が幸せなのか。それとも生きている方が不幸せなのか。

「くだらねぇことばかり言ってねぇでさっさと寝ろ」

先ほどよりも冷たい夜風が頬を掠めた。

「最後に……いいですか?」
「まだ何かあるのか」
「私の初陣の時なんですけど……」
「それは何度も聞いたぞ」
「はい。改めて……私の命を助けて頂いてありがとうございました」

これまで幾度となく巨人を倒して、同じように救ってきた兵士は何人もいる。それは特別なことではないし、ましてやそんなに恩を感じるようなことでもない。

「兵長が救ってくれたこの命は……兵長のために使いますね」

その言葉の直後、小さな寝息が聞こえた。言い逃げされた俺は、軽く舌打ちをして帰路を急いだ。


兵舎についたのはそれからしばらくしてからのことだった。人気がない暗い廊下を進むと、ナマエの部屋に辿り着いた。
もちろん入るのは初めてだ。忙しいだろうによく整理整頓された部屋だった。起こさないように背中からナマエを下ろし、ベッドに横たわらせる。

「ん……」

俺はそのままぐっすりと眠るナマエの横に腰を下ろした。規則正しい呼吸を繰り返している。ナマエの寝顔を見つめ、そっと指で髪を掬う。

「……馬鹿野郎」

背中越しに言いたかった言葉を投げ掛けた。もちろん返事はない。
こいつはバカな奴だ。自分自身も散々命を救っていることを忘れて、命を救ってくれたと何度も俺に礼をする。そして他人のために命を削って、他人のために命を捨てようとしている。

俺はお前の命なんざ使いたくねぇんだよ。

「もっと自分の命を大事にしろ」

他人の生死には敏感なくせしやがって。

「……死ぬなよ。ナマエ」

唇を指の腹でそっとなぞる。ピンク色のそれは生を宿している証。そこへ動き出しそうになる体をグッと堪え、俺はナマエの部屋を後にした。



翌朝一番にナマエが俺の部屋を尋ねてきた。そして何故か部屋に入るや否や、俺の目の前で正座をしている。

「申し訳ありません……っ!酒場の途中から全く記憶がなくて、ですね……!」
「そんなことだろうと思ってはいたが」
「私、何かご迷惑をおかけしたのではないかと思うのですが……何をしでかしましたか私は……!?」
「覚えてねぇことを知る必要があるか?」
「むしろ覚えてないからこそ、です……!」

そうだな。事細かく説明するなら。

「お前が一杯目でベロベロに酔ったと思ったら、笑ったり怒ったり泣いたり、挙げ句の果てに外で転んで足が痛いと言い出して、最終的には俺がおぶって部屋まで運んだってのが昨夜の出来事だ」

ナマエがこれ以上ないくらいに固まっている。

「私が……兵長に……おんぶ、して頂いた……と?」
「あぁ」
「それはもう切腹……いえ退団ものじゃないですか……!どうか、どうか……退団だけはご勘弁を!」
「一体何の話だ。お前はまだ酔っていやがるのか?」

この後ナマエはもうお酒は飲まないと、何度も俺に強く誓っていた。俺としては、たまにはああいう素直なナマエもいいかもしれない、と心のどこかで思った一日だった。


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