第40話 手紙


身寄りのないナマエの葬儀は、調査兵団が主体となって執り行われた。
葬儀にはナマエと関わりのある多くの者が参列していた。
皆揃って涙を流し、別れを惜しんでいた。
特殊医療班の仲間やペトラ達は、泣き崩れ中々ナマエから離れようとはしなかった。
その一方で俺は淡々と葬儀が終わっていく様子を眺めていた。
もちろん涙を流すこともない。
亡くなった現実を受け止めていない訳ではない。
だが喪失感に苛まれている訳でもない。
現実的とも言えるし、非現実的とも言える。
何故俺はこんな状態なのか、自分でも分からなかった。

「こんな所で何してるの?」

背後から声がした。
こんな時俺に声をかける奴なんていない。
ハンジひとりを除いては。

「別に何もしてねぇよ」

ハンジがそのまま俺の隣に並んだ。
こんな所で何を、か。
この場所はナマエと星を眺め、そしてナマエの最期を看取った場所だった。
俺はここでナマエの存在を感じたかったのだろうか。

「……ナマエは最期、何て言ってた?」
「生まれてきて良かった、幸せだったと……」
「そっか……」

隣にいるハンジの声が震えている。
その様子から涙を流しているのだと分かった。

「っ……でもこれでナマエはもう苦しまなくて済むんだよね」
「ああ……そうだな」
「ごめん……これでも皆の前では我慢したんだけどさ……っ」

涙を拭いながらハンジが言った。
俺達はこれまで幾度となく仲間を失ってきた。
どれだけ経験しても、この別れというものに慣れる日などやってはこない。
いつも悔いて無力さを痛感するだけだ。

「……リヴァイは大丈夫なの?」
「余計な心配はするな」
「でも私にはあまりにも普通すぎるリヴァイが、逆に不自然に思えるような気がするよ」
「どういう意味だそりゃあ」
「まるでナマエと出逢う前に戻ったみたいっていうか……」

ストンとその言葉が胸に落ちてくる。
何となく思い当たるような節があったからだ。
俺はナマエの死を受け入れても拒絶してもいない気がする。
だから出逢う前に戻った、という表現はより近い心情を表している言葉なのかもしれない。

「あのさ……リヴァイ。ナマエから預かっているものがあるんだ」
「……ナマエからだと?」
「自分が死んだらリヴァイにって」

ハンジから一通の手紙が渡される。

「……遺書、か?」
「いいや違うよ。ナマエ曰くこれは戦果だそうだ」

ナマエの……戦果。
こんなものをいつの間に用意していたんだ。
それもハンジに託していただなんて。
死を覚悟してのことか。

「タイミングが分からなくなりそうだからここで渡しておくよ」
「悪かったな……嫌な役回りをさせて」
「……あははっ」

急に笑い出したハンジに少し驚いてしまう。
変なことを言った覚えはない。

「いや、ナマエも同じことを言ってたからさ……そういう優しいところは二人とも本当に似てるよね」

ハンジは泣きながら笑っていた。





自室に戻りここまで握りしめてきた手紙に視線を落とす。

──ナマエが俺に残した最期の手紙。

ハンジ曰く戦果だと言っていた。
遺書と言わないあたりが実にあいつらしい。
ソファに腰をかけもう一度じっくり手紙を見つめる。


“バカでいいんです。兵長のお役に立てればそれでいいんです”

“私は調査兵団に、特殊医療班に命を懸けてるの!”

“兵長はあの星ですね。シリウスです”

“兵長。私、病気なんです”

“自分の病気が治せないなんて……っ!”

“私の意志を継いで生きていくことを誓って下さいますか?”

“はい……ずっと、傍に…………”


ナマエとの思い出が走馬灯のように蘇る。
目を閉じればすぐにナマエが現れる。
俺の腕の中で生涯を終えて、冷たくなっていく感触が今もこの手に残っている。
俺はナマエを失った。
失うことを分かっていたから、色んな言葉も想いも伝え合った。
そのうえであいつが俺に伝えたかったことがまだここにある。
受け止める準備をして深呼吸を一つする。
そして俺はゆっくりと手紙を開いた。


+


兵長へ

こうして兵長にお手紙を書くことは初めてですね。
兵長に伝えたいことを書こうと思ったんですが、何から書けばいいのか迷ってしまいます。

兵長、大好きです。
あの日命を救って頂きありがとうございました。
一緒に星を見れて嬉しかったです。
温泉も凄く楽しかったです。
ネックレスもスターチスのお花も全部が私の宝物です。
私は兵長の傍で生きることが出来て本当に幸せでした。

こんな書き方で上手く伝わるのかな。
何度も伝えていたから逆にしつこいかな。
でも私の気持ちに変わりはありません。
兵長と出逢えたことで私の運命は変わり、生まれてきて良かったとたくさん思うことが出来ました。

私がいなくなった後の特殊医療班をよろしくお願いしますね。
アルフレートも兵長を尊敬しているし、頼りにしてるんですよ。
それからたまにで良いので、ハンジさんのお話に付き合ってあげて下さい。
最近は寂しいとよく泣いてるので心配です。
それにハンジさんの研究は必ず人類の未来を切り開いてくれると私は信じています。
何だか兵長にばかり頼ってしまってすみません。
兵長も疲れた時はちゃんとお休みして下さいね。
ソファで眠ってばかりいたらダメですよ。

あと急なお話なんですがもう一人、ある訓練兵のことです。
きっと調査兵団にエレン・イェーガーという少年が入団してくると思います。
私の幼馴染で、今となっては入団前の私を唯一知る子です。
どうかエレンを導いてあげて下さい。
きっと兵長の力になってくれると思います。

それから兵長の未来についてです。
この先もし兵長が他の人を好き に な


+


文字は一度そこで切れていた。
そしてぐちゃぐちゃに書き殴られた線によって、続きの文字は塗り潰されていた。
同時にあることに気がついた。
この文字以降の紙がよれている。
まるで何かに濡れた後のような……。

──涙の跡、か?

手紙には続きがあった。


+


他の誰かなんて好きになってほしくない。
誰にも兵長を取られたくなんかない。
絶対嫌です。我が儘でごめんなさい。
私だけの兵長でいて下さい。
本当は死にたくなんてない。
ずっと兵長の傍にいたい。離れたくない。
兵長を守るのは私の役目です。
兵長を幸せにするのも私なのに。
どうして。
負けたくない。
最後まで戦いたい。

それでもいなくなってしまったら
どうか私を忘れないで下さい。
誰よりも 兵長を 愛しています。


+


涙の上に文字が震えて並んでいた。
そこにはずっと知りたかったナマエの本当の気持ちが綴られていた。
やっと知ることが出来た。
最期の最期まであいつは笑顔を絶やさず、そして綺麗事のような話ばかりしていた。
全ての感情を泣き喚いてでも伝えてほしいと何度思ったことか。

「やっと本音を言いやがったな……」

手紙を持つ手が震える。
ナマエの心が全身を駆け巡って、血が沸騰したように流れていく。
まるで最後のピースがはまったかのようだ。
これでナマエの心を全て手に入れることが出来た。

「馬鹿野郎。お前以外好きになるはずがねぇだろ」

心は全て置いていくとナマエは言っていた。
だからいつも俺の傍にいるはずのナマエの心に話しかける。

「生涯お前のものだと言ったはずだ。それにお前こそそっちで浮気するんじゃねぇぞ……俺が死ぬまで大人しく待ってろよ」

大きく脈打つ鼓動。
俺はまだ生きている。
そして生き続けなければならない責任がある。
ナマエの意志と共に。

「誰よりもお前を愛している」

目を瞑ればいつだって会える。
瞼の裏のナマエに。





兵舎を出て少し小高い丘の上に行けば、ズラリと並んでそれはある。
月明かりの下、足を進めていく。
見上げれば今夜も星空が広がっていた。
辿り着いた先はナマエの名が刻まれた墓の前だった。
そこで俺はゆっくりと腰を下ろした。

「星が綺麗だな」

右手に手紙を握りしめながら、ナマエに話しかける。

「手紙、読んだぞ」

次の言葉をかけようとした瞬間、背後からザッザッと足音が聞こえた。
その音に警戒しながら振り返る。
すると暗闇の中からぼんやりと人影が見えてきた。

「……あーいや、つけるような真似してごめん。悪気はなかったんだ」
「ハンジか……?」
「部屋からリヴァイが出ていくのが見えてさ。夜も遅いしどうしたのかなって、ちょっと心配になって……」

もしかして俺がナマエの後を追う心配でもしたのか?
申し訳なさそうな顔をして狼狽えるハンジを見て、何故だか少し可笑しくなってしまった。

「ハンジ、俺は前に進むぞ」
「え……?」
「再び巨人が壁を破ろうとも、この先また何度も仲間を失うことになろうとも、俺はこの調査兵団で生きていく。ナマエの意志を継いでな」
「……リヴァイ」
「だからお前も付き合え」

見上げるとハンジの驚いた顔が目に入る。
そのまま視線を反らさずいると、ハンジが俺の隣に腰を下ろした。

「了解。じゃあリヴァイには私の話に付き合ってもらおうかな」
「……気が向いたらな」

ナマエ、俺は生きるぞ。
巨人を殲滅させ壁の向こうへ進もう。
お前と約束した海を見るために。


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