第38話 捧げた心臓の果て


借りてた資料を全て整理し、まとめ終わった書類をトンと机の上で整える。
これで大体の物は片付いた。

「いやぁ見違えるくらい綺麗になったよ!ありがとうナマエ」
「どういたしまして」
「少し休憩しようか」

と言ってハンジさんがテーブルの上に紅茶を二つ並べてくれた。
とてもいい香りがする。
ひと仕事終えた後の紅茶は格別だ。

「急にお手伝いがしたいなんて我が儘言ってすみませんでした」
「さっきも言ったけどこっちはいつだって大歓迎だよ。こうしてナマエが手伝ってくれると、仕事が何倍も捗って本当に助かるんだから」
「そう言って頂けると私の方こそ助かります」
「体調は大丈夫?」
「今日は珍しく安定しているんですよ」

以前はよくこうしてハンジさんの部屋を掃除したり、資料や書類の整理をお手伝いしたり、時には徹夜で巨人の生態調査をしていた。
ハンジさんとの思い出は楽しいことしか思い出せないほど、充実した日々で満ちていた。

「ハンジさん、これを受け取ってもらえますか?」
「ん?何々?」
「今までハンジさんと巨人について研究したことや実験したことを踏まえて、私なりに全てまとめてみたんです。どうしても医学的見解が多くなってしまってるし、後半は仮説といいますか私の勝手な憶測でもありますので……ってハンジさん?」

ハンジさんが渡した資料に目を落としたまま無言になってしまった。
静寂の中、パラパラとめくる音だけが聞こえる。
声をかけていいものかどうか……。
するとすぐさまハンジさんは興奮した様子で話を再開した。

「……凄いよナマエ!これは物凄く貴重な資料だよ!」
「本当ですか?良かったぁ!」
「まだサラッと読んだだけだけど、後半の仮説部分なんてかなり興味深いよ。そもそもこれほどの量をここまで綺麗にまとめるなんて……ナマエはやっぱり凄いなぁ……!」
「凄くなんかないですよ。それにこうして頑張れたのはハンジさんがいてくれたからです」
「え、私?」
「わからないことがあったらわかればいい、そう教えてくれたのはハンジさんですよ」

ハンジさんは調査兵団の中でも一際変わっている。
入団仕立ての頃、そう聞かされたことがあった。
その人は私の特殊医療班の話も笑いながら否定していた。

誰もやらないことをやってみる。
誰も考えもしないことを考える。
常識にとらわれないハンジさんと出逢って、私は大きな刺激を受けたと共に尊敬の念を抱くようになった。
ハンジさんはいつだって私の考えを肯定してくれた。いつだって私を応援してくれて可愛がってくれた。

「少しでもハンジさんのお役に立ちたかったんです」
「何言ってるのさ。ナマエにはいつもこれ以上ないってくらい助けてもらってるよ」

再び資料に目を向けるハンジさん。
彼女を見つめ深呼吸を一つした。

「それからもう一つお渡ししておきたいものがあるんです」
「もう一つ?ははっ、今度はどんな凄い物を見せてくれるんだい?」
「これを」

差し出したのは一通の手紙。
封筒には名前も何も書いていない。
ハンジさんが不思議そうに表と裏を交互に見る。

「ハンジさん、私の我が儘を聞いてもらえませんか?」
「我が儘って。この手紙がどうかしたの?」

「私が死んだらその手紙を兵長に渡してほしいんです」

ハンジさんの目が一瞬にして大きく揺れた。
いくらハンジさんとはいえ断られる可能性はある。
でもどうしてもこの手紙だけは、ハンジさん以外の人には頼みたくなかった。

「な、何言ってるのさ。そんな死んだらなんて縁起でもない……」
「私はもう長くありません。何となく自分でも分かるんです」
「何となくって……バカな冗談は止めてよナマエ……!」
「お願いします。ハンジさんにしか頼めないんです」

ハンジさんの目をじっと見つめ、強く強く訴えかけた。
手紙を握るハンジさんの手に力が入っていくのが分かる。

「死んだらなんて、そんなのまるで遺書みたいじゃないか……っ」
「遺書ではありません。先にお渡しした資料も含めてこれは私の戦果なんです」

私に残せるものなんてちっぽけなものかもしれない。
それでも私の想い全てを託したい。

「私が巨人や病気と戦って得た成果を、つまり生きた証を残したいんです」
「ナマエ……」
「お願いします」

もう一度ハンジさんに頭を下げた。
無理なお願いをしているのは百も承知だ。
それでもハンジさんは受け入れてくれると、心のどこかで確信していた。
ハンジさんも兵長同様、とても強くて優しい人だと私は知っているから。

「…………分かったよ。これをリヴァイに……」
「良かった……ありがとうございます」

言葉では了承しても、ハンジさんは俯いたままだった。
俯いたままのハンジさんを見つめていると、啜り泣く音が聞こえた。

「ごめんなさい……嫌な役回りばかりさせてしまって」
「ねぇ……やっぱりどうしても受け入れられないんだ……!私はナマエに死んでほしくなんかないんだよ……っ」
「ありがとう。ハンジさん」
「ナマエ……!お願いだから傍にいてよ……っ」

傍に、か。
兵長から与えられた言葉と同じだ。
私はこんな風に誰かに必要とされる人生を歩めてこれたんだと、そう思っていいだろうか。

「私は幸せ者です。どうかこのまま最後まで……それから兵長のことをよろしくお願いしますね」
「っ、最後だなんてそんな言葉聞きたくなんかない……!」

涙を流し続けるハンジさんをぎゅっと抱きしめた。
いつも朝まで二人で語り合ってましたよね。
調査兵団のことや巨人のこと、特殊医療班のこともたくさん相談に乗ってもらいました。
それから兵長の話も数え切れないほど聞いてもらいました。
ハンジさんが背中を押してくれたから、好きだって伝えることが出来たんです。
ハンジさんは私にとって一番家族のような存在でした。

いつも私を助けてくれたこと。
たくさん学ばせてくれたこと。
可愛がってくれたこと。
傍にいてくれたこと。
感謝しています。

「今日は一緒に寝てもらえませんか?」
「一緒に……?」
「はい。いつもみたく朝まで語り合いましょう。どんなお話でもお付き合いしますよ」

この夜、私はハンジさんの部屋にお泊りした。
朝まで語ることはなかったけれど、互いに想いの全てを話せたと思う。
そして私はハンジさんの手をギュッと握りながら眠りについた。


私にはもう一人全てを託したい人がいた。
限界まで特殊医療班として私に出来ることをしたい。
その願いを団長も兵長も聞き入れてくれた。
体は苦しいけれど医務室に来ると不思議と元気になれた。
調査兵団の中でも私が一番大好きな場所。

「今日の手術、ナマエさんに立ち会ってもらって助かりました」
「あまりない事例だったから、ちょうど教えることが出来て良かったよ」
「連日こんなにたくさん指導してもらえて班員達も凄く喜んでいますよ」

手術着からいつもの白衣に着替え終えたアルフレートと明日の確認をする。
明日は手術もないし訓練は午前中のみだ。
医務室もさほど忙しくはならないだろう。

「さぁナマエさんは休んで下さい。後は僕が片付けますから」
「やだ。私も片付ける」
「駄目ですよ。休んで下さい」
「やだ。最後まで働く」
「……本当に頑固ですね」

今日まで私に出来ることはどんなことでもしてきたつもりだ。
カルテや患者情報を引き継ぎ、班員達の指導、訓練兵への講義も続けてきた。
そして私が身につけた全ての医療技術はアルフレートに託すことが出来たと思う。

「立体起動の訓練って明日するんでしたっけ」
「うん、兵長と話し合って明日の午後にすることになったんだ」
「訓練が終わったらここに来て下さいね。ちゃんと診察しないと駄目ですよ」
「もちろん分かってるよ」

立体起動の話をアルフレートに言ったら絶対反対されると思っていた。
予想外にも了承してくれた理由は、兵長が先に話を通してくれてたことだった。
それでも連日心配されっぱなしではある。
最後の器具を片付け終わり二人揃って息を吐いた。

「ねぇアルフレート、ちょっといい?話があるの」
「……何ですか?改まって」
「来週大きな手術があるでしょ?それに立ち会ったらここでの任務は終わりにしようと思うの」
「ちょっと待って下さい。そんないきなり終わりって……」
「いきなりじゃないよ。アルフレートだけは分かってるはずだもん。だから──」
「僕はまだ諦めてなんかいません!」

アルフレートが大きな声を上げた。
ハンジさんの時と同じだ。
抗ってくれる様子に嬉しくも悲しくもなる。
ずっと兵士として働きたいと我が儘を言ってきた。
でももうここにはいられない。
これ以上は迷惑にしかならないから。

「ありがとう。アルフレート」
「お願いだからそんな顔しないで下さい……っ」

笑っている私とは対称的に険しい表情を浮かべている。
同じ誇りを持っている同志だからこそ、アルフレートの気持ちは痛いほどよく分かる。
救えないという現実は、私達が無力だと言うことを思い知らされるから。

「これを受け取ってほしいの」
「これは……?」
「私の戦果だよ」

それは今まで得た医療知識、技術、経験はもちろん、仮説も含め私なりの考察もまとめた資料だった。
班員それぞれに対する指導内容や、様々な状況に合わせた班編成の案、団長と考えていた構想、存続するための資金繰り、特殊医療班に関するありとあらゆるものも詰め込んだ。
私が特殊医療班として生きた証。

「私の病気についても私なりにずっと研究してきたつもり。もし今後同じような患者が現れた時に参考にしてもらいたいの。もちろん現れないのが一番なんだけど」
「よくこれだけの量を……」
「アルフレートに大抵のことは伝えてると思うんだけど、やっぱり形に残したくて。これなら他の班員達にも役に立ててもらえるかもしれないし」
「役に立つなんてものじゃない……こんなに素晴らしいものはナマエさん以外誰にも作れないですよ」

良かった。
また一つこうして証を残すことが出来た。
どうかこの特殊医療班がこれからも多くの命を救っていけますように。
クルトさんから継いだ私の意志が、この先も続いていきますように。

「ここまでずっと一緒に戦ってくれてありがとう」
「……やめて下さい」
「アルフレートが傍にいてくれて本当に良かった」
「やめて下さい!」

初めて見る光景だった。
アルフレートが涙を流している。
その涙はとても綺麗でとても悲しくて。
私はそれを拭ってあげることしか出来なかった。

「それから……私なんかを好きになってくれてありがとう。私もアルフレートが大好きだよ」

泣かないって決めた。
だから最後まで笑顔でいよう。
どれだけ悔しくても悲しくても笑顔でいよう。
何度もそう言い聞かせてきた。
それでも私の指は震えている。
頬に添えられた私の指にアルフレートの指が優しく触れる。
そしてそのまま引き寄せられ、私の体は強く抱きしめられた。

「……少しでいいんです。もう少しだけ、こうさせて下さい」
「うん……」

アルフレートの涙が私の肩を濡らしていく。
二度とこんな風に触れ合うことなどないだろう。
最初で最後の時間が過ぎていく。
無情にも私達など置き去りにして。

「アルフレート……兵長をお願いね」
「はい。ナマエさんが守ってきたものは僕が全て守ります」

これで安心して眠ることが出来る。
アルフレート、私の誇りを守ってくれる人。
貴方に出逢えて本当に良かった。
互いにゆっくりと身を離す。
顔を見合わせると、私達には笑顔が零れていた。





迎えた翌日。
立体起動装置を装着した私は、兵長と待ち合わせをしていた訓練所へと向かった。
兵服に袖を通すことさえ久々だ。
筋力はかなり落ちているし体力もない。
それなのに体は今までにないくらい軽かった。

「ナマエさーん!」

遠くから私を呼ぶ声がする。
何だか様子がおかしい。
兵長と待ち合わせしていたはずなのに、兵長の周りにはリヴァイ班の皆がいるように見える。

「あれ?今日の訓練は終わったんじゃないの?午後からは休みだったはずだけど……」
「はい!なので私達もナマエさんの訓練にご一緒させて下さい!」

私に駆け寄りながらペトラはそう言った。
見渡すとエルド、グンタ、オルオも皆揃って笑顔を向けてくれている。

「こいつらが一緒に訓練するって聞かねぇんだ」
「ナマエさんと兵長だけで訓練なんてズルいっすよ。これ以上強くなられたら付いていく俺らはたまったもんじゃないんすから」
「そうですよ。それに俺達全員でリヴァイ班でしょう」
「……皆、ありがとう」

皆がいてくれるなんて思ってもみなかった。
そこから動けないでいる私の背中をペトラが押してくれる。

「そうとなれば早速訓練しましょう!」
「うん、そうだね!」
「ナマエさん、俺かなり速くなったんすよ」
「ふふ、楽しみだなぁ。でもまだまだオルオには負けないよ」

そこには遠ざかっていた日常という光景が広がっていた。


空が近い。風が気持ち良い。
このままずっと飛んでいたい。

「ナマエさん!飛ばしすぎっすよ!」
「オルオが遅いんだよー!早くー!」
「ナマエさん、休んでてあれって異常だろ」
「……やっぱり一生敵わないなぁ」

楽しくて楽しくて森の間を全力で飛び回った。
どれだけ速く飛んでも、私の隣には涼しい顔をした兵長がピッタリとくっついている。
思い出す訓練の日々。
厳しくて辛かったこともたくさんあったけど、特殊医療班を結成したくて兵長の役に立ちたくて、こうやって毎日必死に訓練をした。

「はぁ、はぁ……やっぱり疲れますね」
「どう考えても飛ばしすぎだ」

木の上でしゃがみながら呼吸を整える私に兵長は言った。

「でもすっごく楽しいです!」
「もっと素早く正確に、だったか」
「何の話ですか?」
「よく一人で訓練してただろ」
「え、え?どうして兵長が知ってるんですか?だってその頃ってまだ兵長とは接点がなかったと思うんですけど……」
「ナマエ、あいつらが来たら最後に連携の訓練をして終わりにしろ。分かったな」
 
兵長は私の質問に答えることなく、アンカーを刺して再び飛んでいってしまった。
もしかして兵長って前から私のことを見てた……?
なんてまさかね。

「ナマエさーん!」

背後からペトラの声がして振り返る。

「あれ、兵長は?」
「皆で連携の訓練をして今日は終わりにしろって」
「あの訓練か。いいですね、久しぶりにやりましょう」

皆との訓練が楽しくて楽しくて、このままこの時間が続けばいいのにと願わずにはいられなかった。
医療班の仕事をさせてもらえるだけでも有り難かったけど、でもどこか足りない気持ちもあった。
やっぱり私は戦いながら皆を助けたい。
それが特殊医療班ナマエ・ミョウジが選んだ道だから。

「じゃあ訓練を始めよう!」

私の可愛い部下達。
兵長を、リヴァイ班をよろしくね……。





さらに一週間の月日が流れた。
アルフレートに話した通り、今日で特殊医療班の任務も終わりとなる。
最後の手術を無事終えた時には、時刻はすっかり夜を迎えていた。

「はぁー!終わったー!」
「お疲れ様でした。お見事でしたよ」
「あはは、アルフレートが褒めてくれるなんて珍しいね」

共に手術をした班員達と医務室に戻ると、何やら騒がしい声が聞こえる。
まだ医務室に誰かいるのかな。
そう思って中を覗くと、もう夜だと言うのに班員の皆が集まっていた。

「皆こんな時間にどうしたの?」
「ナマエさん!」
「え?え?」

皆が一斉に私の周りに集まる。
取り囲まれてオロオロする私は、助けを求めてアルフレートをちらりと見る。
でも彼は私を助けることなどせず、その場で笑ったままだった。

「ナマエさん、お疲れ様でした!」
「明日から少し休むだけですよね?またすぐ戻ってきますよね?」
「絶対戻ってきて下さいよ!」
「な、何で皆……」
「だって……私達だって特殊医療班の人間なんですよ?」

そっか、そうだよね。
皆今日まで必死に努力をして付いてきてくれた。
団長に認めてもらうまでの長い道のりを、一緒に苦悩して何度も心が折れかけて、でも支え合いながら頑張ってきた。
他の誰よりも私が知ってるはずだ。
ここにいるのは誇り高き戦友達だって。

「ありがとう。皆には申し訳ないけれど、明日から少しだけ休ませてもらうね。特殊医療班は任せたからね」

皆の目に涙が浮かび始める。
私の病気のことなんてとっくに気がついていただろう。
それでも全員今日まで知らないフリをしてくれた。

「アルフレートの言うことをしっかり聞いて支えてあげてね」
「っ……はい」
「少しでも兵団に犠牲者が出ないように、俺らは努力し続けます……!」
「うん。でもまずは自分達の命を大事にね。誰かを救うには貴方達自身が元気でいることが最優先なんだから」

見て、アルフレート。
二人で始めた特殊医療班だったけど、こんなにも頼もしい仲間達で溢れ返っている。
この子達がいてくれることも私の生きた証だね。

「ナマエさん、あの、これ……」

班員の一人がそっと何かを差し出してくれた。
何だろう、全く検討もつかない。
受け取ると慣れた感触にますます予想が出来なくなる。

「これは、ガーゼ?」
「はい。広げてみて下さい」

言われるがまま広げてみると、大きなガーゼにたくさんの花が縫い付けられていた。
それも私の大好きなスターチスの花だ。

「これって……もしかして」
「ヴェールなんです。ガーゼなんかで作っちゃって申し訳ないんですけど……」

それはガーゼで作られた、結婚式で花嫁が頭につけるヴェールと呼ばれるものだった。
ガーゼのヴェールなんて……特殊医療班の私にはピッタリだ。

「嬉しい!すっごい素敵!」
「さっき一度兵長が迎えに来てたんですけど、まだ手術が終わってなかったので……」
「あ、噂をすればですよ」

皆の視線が一斉に扉に向けられた。
その様子に思わず兵長は扉の前で立ち止まってしまう。

「……終わったのか?」

少しの間をおいて兵長に問いかけられる。
その何とも言えないタイミングと間に、思わず皆で声を上げて笑ってしまった。
兵長からしてみれば何が起きてるのかさっぱり分からないだろう。

「さぁ私達は退散しましょう」
「え、皆どこ行くの?」
「ここからは二人きりでどうぞごゆっくり」

アルフレートがヴェールを指差しながら言う。
ごゆっくりって。一体何を。

「あ、待って……ねぇ!」

私の呼びかけなど聞きもせず、皆そそくさと兵長の横を通り過ぎていった。

「いいのか。あいつら行っちまったぞ」

兵長が歩きながら近づいてくる。
そして傍に来るや否や、私の手の中にある物にすぐ気がついた。

「それは何だ?」
「皆がプレゼントしてくれたんです」

口で説明するより見せた方が早い。
そう思い広げて頭に被せてみることにした。

「じゃん、ヴェールです!」

上手く被れているかな。
兵長にはどう映っているかな。

「それもガーゼで作ってくれたんですよ」
「その花はスターチスか?」
「そうなんです!ガーゼに縫い付けてくれたみたいで、凄いですよね!」

兵長にじっと見つめられる。
自分で見せておいてなんだけど、何だか途端に照れくさくなってしまった。

「花嫁みたいですか?」

ナマエがクルリと回ってみせた。
そういえばちょうど白衣も着ている。

「ガーゼのヴェールに白衣か……お前らしくて良いな」





ドレスなんて着ていなくても十分だった。
俺にはそれだけでナマエが花嫁に見えるし、可愛くて愛おしくてしょうがない。

「確か病める時も健やかなる時も、でしたっけ?」
「ここで結婚式でもするのか?」
「わぁ!それって凄い素敵ですね!」

子どもみたいに無邪気に笑いながら、ナマエが俺の両手を握った。
本当に結婚式でもやるつもりなのか。
自分から言い出したことなのに、どうしていいか分からなくなってしまった。

「もちろん結婚式も女の子としては凄く憧れはありますけど、でも私はその前に兵士なので……」

ナマエの手にギュッと力が入る。


「兵長。私が死んでも、私の意志を継いで生きていくことを誓って下さいますか?」


頭の中が真っ白になった。
一瞬でも想像してしまったナマエの死。
まるで俺の時間が止まってしまったかのような感覚に襲われた。

「ルッツさん達が亡くなった時、兵長は私に教えてくれましたよね。意志をついで生きろ、そうしないと彼らの命が本当の意味で絶ってしまうことになると」
「……確かに言ったな」

本来ならウエディングドレスに身を包み、共に生きることを誓うはずなのだろう。
だが俺達はナマエの言う通り調査兵団の兵士として生きてきた。
心臓を捧げたからこそ平穏な未来など失った。
だが心臓を捧げたからこそ俺達は出逢うことが出来た。
俺の両手にも力が入る。
これは逃れられない偶然と必然が重なった運命だ。
受け入れる以外の術はなかった。


「誓おう。そして俺は必ず巨人を殲滅させる」


ナマエが満足そうにニッコリと笑っている。
その笑顔を見届けた俺は、ナマエの唇に小さなキスを一つ落とした。
ナマエの意志が俺に力を与えてくれる。
これからもずっと。

「それからもう一つ大事な約束をまだ果たしてねぇからな」
「海……ですね」
「壁の外にあるんだろ?」
「はい。私の言う通り本当に塩水かどうか確かめてみて下さいね」
「……そりゃあ想像もつかねぇな」

ナマエをきつく抱きしめる。
この細い体で今日までよく頑張ってきた。
お前は誰よりも強く誇り高い兵士だ。

「もうすぐ壁外調査ですね……」
「そうだな」
「兵長、私も誓います」
「何をだ?」
「兵長が無事帰還するのを待っていますね」

俺が帰還するのを生きて待っている。
それがナマエの誓いだった。

「大人しく待ってろよ。破ったら承知しねぇぞ」
「……もし起きなかったら、兵長が起こして下さいね」

この日までナマエは兵士としての任務を全て立派にやり遂げ、無事その役割を終えることとなった。
ナマエの容態は急変し倒れたのは、それから三日後のことだった。


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