第37話 瞼の裏の未来 後編 ※ 再び侵入する兵長の舌を夢中で絡め取った。 そのたび水音が響き全身が熱く震えだす。 この先がある、と私の体が期待しているのだ。 「……っ、ん」 自ら呼吸が出来なくなるほど何度も唇を塞いだ。 どう思われてもいい。 求めてくれた兵長に応えたい。 その一心だった。 「今日は今までで一番大胆だな」 「嫌ですか……?」 「いや、大歓迎だ」 兵長が私の体をひょいと持ち上げた。 そしてそのまま敷かれた布団の上へと下ろされる。 「本当に大丈夫なんだな?」 兵長からの最終確認に笑顔で頷いた。 「……一つ言い忘れていた」 「まだ何かありましたか?」 「俺はお前のその笑顔にも惚れている」 そう言った兵長もとても柔らかい笑みを浮かべていた。 きっと私しか知らない兵長の顔。 そして私の衣類を捲り上げ、その顔が胸の頂きへと沈んでいった。 「……っあ、ん」 兵長の舌が膨らみを這いそのまま登っていく。 辿り着いた胸の突起をちろりと舐め上げられれば、応えるように体が跳ねた。 すぐさま主張し出した頂きを、兵長が口へと含んでいく。 「あっ……そんな、すぐ吸っちゃ……っ」 「っ……こんなに固くしておいて今更だろ」 きつく吸われながら舌で転がされてるだけで、体の疼きがどんどん増していく。 「こっちも可愛がってやらねぇとな」 言葉通り空いた方の胸が兵長の手に覆われる。 揉みしだき指で頂きをこねくり回され、もっと大きな快楽が私を襲った。 「あ……っ、や、ん」 「……気持ち良いか?」 「んっ、ああ……っ聞かないで、下さい」 「ちゃんと答えねぇと気持ち良くしてやらねぇぞ」 「何でっ、そんな、意地悪」 「ほら言えよ。気持ち良いって」 「あああっ、やぁ、ダメ……っ」 兵長の愛撫が一気に加速する。 まだ胸しかいじられてないのに限界が近いだなんて。 月日が空いていたせいか。 今までにないくらい私の体は敏感だ。 「あっ、ああ、んっ!へいちょ……っ!」 もう意識が真っ白になってしまう。 そう思った瞬間、兵長の動きがぴたっと止まった。 「……性急すぎたか」 兵長の指が目尻に触れ涙を掬った。 自分でも涙が流れていることに気が付かなかった。 でも悲しい訳でも辛い訳でもない。 だって今とても幸せな気持ちで溢れているから。 「悪い。もっとゆっくりしてやらねぇとな」 「……大丈夫です。これは違いますから」 「辛いんだろ?」 「いえ……多分、気持ち良すぎて」 さっきはあれほど恥ずかしかったのに、今は何故かすんなりと気持ち良いという言葉が出てきてしまった。 見上げた先の兵長が眉間に皺を寄せる。 「お前のそれはわざとなのか……?今になってさらっと気持ち良いとか言ってんじゃねぇよ」 「へ、兵長こそ変な風にいじめたり、いきなり優しくなったりするからですよ……!」 「いじめたくなるような反応をするお前が悪い」 「どんな反応ですか、それ」 「こういうのだ」 突然兵長の指が下半身へと向かい下着の中へと侵入する。 長い指が陰核をすっと撫で上げた。 そのまま兵長の中指で擦られ続けると、すぐさま陰核はぷっくりと膨れ上がった。 ちらりと兵長を見ると、その鋭い視線が私を観察するかのように見ているのが分かった。 「わかるか?俺を欲しがってる反応だ」 「ああっ、だって、んっ」 「俺が欲しいか?」 「……っはい」 「今度は素直だな。だが残念だ。ゆっくりしてやるってさっき言ったばっかだからな。もう少し指で我慢しろ」 兵長が口角をあげて楽しそうに私を責めている。 拒絶しようが素直になろうが結局兵長は意地悪なのだ。 でも兵長の言う通り、私の体はそうされればされるほど感じるように仕込まれていた。 だから今もどんどん快楽に溺れていく一方だ。 「あっ、待っ……!んんっ」 「……はっ、ナカはもっと凄いな」 「はっ、ああ、ん!」 兵長の長い指が膣内へと沈む。 すぐさま辿り着いた奥底は待ち構えていたかのように、兵長の指をきゅうきゅうと締め付けた。 「奥……っ、ああっ」 「気持ち良いか?」 「んっ、気持ち良い……っ、あ」 恥ずかしさなどとうに忘れて、必死で兵長を求めた。 少しずつ増える指が胎内でばらばらと動き、膣壁さえも刺激する。 そのたび私は嬌声を上げ、全身でもっと欲しいと懇願するのだ。 そんな私に満足したのか。 兵長の指が一番弱いところに触れた。 このまま絶頂へと導かれる合図だった。 「やぁっ、あ、ん!ダメ、イッちゃ……」 「ああ、イッていいぞ」 「あ、んんっ、ああ!」 「ほら、好きなだけイけ」 「――あああっ!」 一瞬で頭の中が真っ白に弾け飛んだ。 体が弓のようにしなり全身で痙攣を繰り返す。 一気に縮小していく膣から指が引き抜かれると、快楽に比例した愛液がトロリと溢れ零れた。 そしてすくに呼吸がどんどん浅くなっていく。 一度の絶頂でこれだけの疲労に襲われるとは予想外だった。 この数か月でどれほどの体力を失ったのだろう。 私の様子を見て兵長が何を言おうとしているかは、すぐに分かってしまった。 「……今度は兵長の番です」 「おい、ナマエ」 「兵長のこの目もこの唇も」 体を起こし兵長の胸に手を当てる。 兵長の体温も心臓の音もこの手を通してはっきりと伝わる。 「体も心も全て私のものです」 私が生きている限り――今はまだ誰にも渡さない。 「……火の付いた目だ」 「え?」 「いや。随分可愛いことを言いやがるなと思っただけだ」 「可愛い……って」 兵長にはっきりと言われ思わず顔が熱くなる。 私ばっかり嬉しくなってどうしようもない。 今度は兵長の番なのに。 息を一つ吐きもう一度気持ちを入れ直す。 そして兵長の服に手をかけた。 露わになった兵長のそれはすでに固く主張をしていた。 自らの手でそっと包み舌先を滑らせる。 ここから先は兵長に教えてもらった通りに愛撫を進めた。 「……っ」 兵長から漏れる声を聞くたびに、そして口内でビクビクと蠢くたびに、兵長が気持ち良くなってくれてるのが分かる。 それだけで私は嬉しくて夢中で愛撫を続けた。 甘くて苦い液が口に広がる。 それすらも愛おしい。 兵長でいっぱいにしたい。 たくさん感じて気持ち良くなってほしい。 「っ、……もういい」 「んっ……?」 「……これ以上したら出ちまうだろうが」 「でも……ここに」 口内に出して下さいと言わんばかりに軽く口を開けた。 「ナマエよ、お前いつからそんなに淫乱になったんだ」 「淫乱って……っ!それを兵長が言いますか?」 だって私は兵長しか知らないんだから。 何も知らなかった私をこんな風にしてしまった責任は兵長にある。 自分の胸に手を当てて聞いてみてほしい。 口を尖らせて兵長にそう訴えた。 「確かにお前の言う通りだ」 すると兵長は苦笑しながら私の体を後ろに倒した。 再び覆い被さられ兵長を見上げる形となる。 「私は兵長のものですから」 「ああ。俺もお前のものだ」 「はい……私が傍にいる限りは」 「馬鹿言ってんじゃねぇよ。傍もクソもねぇ。生涯お前のものだ」 ああ。やっぱりこの腕の中にいれば私はいつだって幸せになれる。 だからもう何も怖くない。 「挿れるぞ」 兵長の熱が私のナカにゆっくりと沈んでいく。 胎内を占める質量、膣壁を擦られる律動、最奥を突き上げる力強さ、その全てが私に悦びを与えてくれる。 甘い吐息と嬌声が混ざり合う中、私は兵長の名を何度も呼んだ。 「へい、ちょう……っ、あ、んっ」 「……っナマエ」 「もっと……っ、ああっ、もっと」 もっと兵長を私の体に刻んでほしい。 もしかしたら兵長もわかっているかもしれない。 ――きっとこれが最後の交わりになることを。 兵長を受け止めることすら精一杯の体になってしまった。 本当は強い苦しさが私を襲っている。 でも絶対に兵長に悟られたくない。 最後の最後まで兵長を感じていたかった。 悦びで歪む兵長の顔に手を伸ばす。 その手に応えるように兵長の顔が近づいた。 こんなにも優しく抱かれると思い出す。 初めて抱かれた夜のことを。 あの日確かに兵長は、未来は全部お前のものだと言ってくれた。 そして今日、その想いは今もなお変わらないことを教えてくれた。 「あっ、兵長……好き、大好きっ」 「……っナマエ」 こんな私を求め続けてくれた兵長をこの目に焼き付けたい。 兵長の想い全てをこの体に刻んでほしい。 兵長を忘れたくない。 私を忘れてほしくない。 そしていつか迎える終焉に、兵長と愛し合った日々の全てを持って私は空へ上ろう。 私には兵長の未来を縛る権利はない。 けれど私が傍にいた兵長の過去は私だけのものだから。 過去は私が貰っていきます。 「……も、ダメっ、イッちゃ……っ!」 「俺も……っそろそろだ」 「兵長っ、一緒に……っ!んっ」 「っ……ああ」 そうして私達は同時に快楽の向こうへと果てた。 注がれていく熱に体は痙攣を繰り返していた。 「まだ……もう少し」 「……はい。まだここにいて下さい」 いつもならもう胎内から抜かれるはずなのに、兵長のそれは沈みきったままだった。 そのまま抱き寄せられ兵長の顔が私の肩へと落とされる。 いつも以上に肩で呼吸を繰り返す私に気付いたのか、顔を上げた兵長が私を覗き込み頬に触れた。 「ナマエ、愛してる」 口付けと共に降り注いだ言葉。 私はそれを強く噛みしめて、同じ言葉を兵長に告げた。 ◇ 行為を済ませ着衣させたナマエと布団に横たわる。 無理して笑顔を見せているが、いつも以上に体が辛くなっていることはすぐに分かった。 ナマエをそっと抱き寄せ髪を撫でる。 俺には何が出来るのか。 もうずっとこの自問自答を繰り返してきた。 「何かしてほしいことはないか?」 「……いいえ」 「したいことでも行きたいところでも、どんな些細なことでもいい。全部叶えてやる」 「お気遣いありがとうございます……でも、大丈夫ですよ……」 「俺の前では強がるな。弱音でも何でもいい。お前の全部を吐き出せ」 死にたくないと泣き明かした以降、ナマエが弱音を吐くことや涙を見せることは一度たりともなかった。 我慢させたくない。 またあんな風にどんな感情でも俺にぶつけてほしい。 そう思ってるのにそうしないナマエに苛立つことすらあった。 「兵長。私、もう怖いものなんて何もないんです……こうして兵長の腕の中にいれればそれだけで幸せなんですよ」 「ナマエ、それは」 「他には何もいりません」 それはもう全てを悟っているということか。 そうしなければ生きられないほどタイムリミットは迫っているのか。 俺にはもう問い詰めることすら出来ない。 やりきれない気持ちに奥歯を強く噛みしめる。 覗き込んだナマエの顔は、予想通りいつもの笑顔を浮かべていた。 「それにこうして目を閉じれば、どんな未来も思い描くことが出来るんですよ」 「……どういう意味だ?」 「例えば……もしもこの世界に巨人なんか存在していなくて、私と兵長は兵士なんかじゃなくて、もしかしたら結婚なんかしちゃったりして……って、これはあくまで例え話なんで怒らないで大目に見て下さいね?」 目を瞑りながらナマエが話を続ける。 「それだけで……幸せな未来が広がるんです。ああ、でも子どもはどっちかな……兵長似の男の子?女の子?」 想像したら思わず眉間に皺が寄った。 俺に似ている子どもだと? その未来はちょっといただけねぇ。 「生まれるのはお前似の子どもだ」 「私似なんですか……?ふふ、きっと凄く甘えん坊な子になりそうです。兵長が大変そうですね」 「もうすぐ秋が来て……そしたらまた冬が来ますね」 ナマエと星を見てキスをした。 互い好きだと告げて結ばれた。 俺達の大切な冬が再びやってくる。 季節なんてこれから幾度となく巡ってくるのに、もう一度二人で迎えられるのかすら……。 どこかでは分かっていた。 ナマエとの時間が残り少ないことを。 だから立体起動での訓練を許したり、こうして温泉にも来たりした。 いくら現実から目を背けても、ナマエは困った笑顔を浮かべるだけだった。 俺が惚れた笑顔はそれじゃない。 ナマエにはいつだって笑っていてほしい。 そのためには受け止めたくない現実に押し潰されなければいけなかった。 「兵長、朝になったらちゃんと起こして下さいね。ちゃんと明日を迎えたいので……」 「当たり前だ。どんな手を使っても叩き起こしてやるから、安心してここで眠れ」 ナマエを今一度「ここ」と称した腕の中に引き寄せ抱きしめる。 体に伝わる鼓動がこれほどまでに愛おしくて切ない。 「ナマエ……ずっと傍で生きてくれ……」 すぐさま眠りに落ちたナマエには届かない言葉だった。 ◇ 真夜中、ふと目が覚めた。 もうずっと私の体は深く眠りにつくことが出来ない。 浅い眠りを繰り返す毎日だった。 隣を見ると兵長が静かな寝息を立てている。 普段見ることは出来ない無防備の寝顔が可愛くて、しばらく眺めてみることにした。 「……戦果、か」 兵長の顔を見ながらふと思いついたことがあった。 過去にイルゼ・ラングナーが残した日記だ。 そこには彼女が命を賭して残した貴重な情報が書き綴られていた。 それは彼女が最後まで生きて戦った証と言えるだろう。 「私も残さなきゃ……」 未来に繋がるものを。 私の生きた証を。 そうして私は兵長の腕の中、再び浅い眠りへと戻るのだった。 兵長が起こしてくれる明日を待ちわびながら。 ←back next→ |