第33話 傍にいろ、ずっと ※ 体が重くて熱い。視界が歪む。 「……情けないなぁ」 夜明けと共に発熱した体に向かって呟いた。 昨日のことがあったせいか。冷静な自分を保ったつもりだった。でも体は極度の緊張状態だったようだ。 自室に戻った瞬間襲ってきたのは不安。そして抑えきれない悲しみ。それが体調にも現れてしまった。 口ではああ言ったけど。 「死ぬ覚悟よりも兵長と離れる覚悟の方が辛いな……」 もちろん兵長に離れようと言われたら受け止めると決めていた。私の気持ちなんかより、兵長の気持ちや未来の方が遥かに大切だから。 ベッドから出て今一度薬を流し込む。こんな風に無理やり熱を下げる日々はどこまで続けられるのか。この体をいつまで誤魔化し続けられるのか。そう考えると大きな溜め息が零れてしまった。 窓を眺めると訓練している兵士達の姿が見えた。あの子達はこれから兵站行進だろうか。 そういえばリヴァイ班で兵站行進の訓練をした時にペトラが足を痛めて……でも最後まで弱音を吐かずやりきったんだっけ。何だかとても懐かしく感じる。 まだ兵長に一方的に片想いしていた時の思い出だ。 ……そっか。その頃に戻るだけだ。 ほんの少しの時間でも、今まで兵長がこんな私を好きになってくれたことが奇跡だったんだ。そう思えばこれ以上欲張ったりしない。きっと。 そう言い聞かせて、私は再びベッドへと潜った。 『ナマエ、ナマエ!』 『…………っ、はい!』 『どうしたの?ぼーっとして。もしかして寝てた?』 『寝て……、え?あれ……?』 ハンジさんにそう言われ辺りを見渡す。 『おいおい、しっかりしろよナマエ』 『それとも飲み過ぎた?ナマエちゃんお酒弱いもんね』 『手術続きで疲れてるんじゃないの?』 『ルッツさんに……テオさん、アルネさんまで……』 何で?どうして彼らがいるの? 彼らだけじゃない。調査兵団の仲間が皆いる。死んでいった人も皆。 『あれ……今日って休暇?それとも訓練後の集まり……?』 皆の動きが一斉に止まる。 そして数秒後、どっと笑いが起きた。 『あはは!訓練って懐かしい響きだね!』 一番大笑いしているのはハンジさんだ。 『私達もうとっくに兵士は卒業したじゃない』 『だって巨人は!?調査兵団は……!?』 『巨人は数年前にあんなに苦労して一掃し終わったでしょう?そんでもって今日は久々に元調査兵団の皆で集まってって……ナマエってば本当にどうしちゃったの?』 巨人がいない?元調査兵団? 一体ここはどこなのか。何が起きているのか。 『おい』 低い声がした。それが大好きな彼の声だと一瞬で分かり振り返る。 『さっきから何を寝ぼけたことばかり言ってやがる』 『兵長!』 『はっ、兵長か。お前にそう呼ばれるのは懐かしいな』 とても穏やかな笑みを浮かべる兵長。あんなに辛い表情をさせてしまったから、その笑顔を見て涙が溢れそうになった。 『俺の誕生日の祝いの席で寝るなんざいい度胸じゃねぇか』 兵長の誕生日の祝い……。 目の前に並ぶ豪華な料理にたくさんのお酒。集まった仲間達。私の誕生日を祝ってくれた時と同じだ。 『本当にどこか具合でも悪いのか?』 兵長に言われて気がついた。体が軽い。苦しさもない。 私、病気だったはずなのに。 『私、治ったんですか……?』 『一体何の話だ』 『……兵長、兵長!』 『おい……っ、急に抱きついて何だ?』 『これでもう死ぬこともないんですね……っ!ずっと兵長の傍で生きられるんですね!』 兵長にぎゅっと抱きついた。ちゃんと温かい。 『ちょっとちょっと、貴方達がラブラブなのは百も承知だけどそんなに見せつけなくてもさ』 『……俺のせいじゃねぇぞ。おい、アルフレート。ナマエの様子がおかしい』 『ナマエさんが変なのは元からです』 『はは!確かにそうだ』 『お前ら人の恋人に向かって散々だな。特にクソメガネ、てめぇにだけには言われたくねぇ』 ああ、皆がいる。兵長もずっと傍にいてくれる。 嬉しくて胸元のネックレスを握った。 そのつもりだった。 『あれ……、ない……?』 『どうかしたか?』 『ネックレスがないんです。兵長から頂いた……大切な、お花のネックレス……』 『ネックレス?』 やっぱりそうだ。死んだ人が生き返るはずなどないし、病気が治ることだってない。 どこかで分かっていた。それでもこの世界にもう少しだけいたかった。 『今度は泣きそうな顔をしてどうした?』 『……私、起きなくちゃいけませんね。だってこれは』 ―――ほら、夢だ。 ベッドの中で目を開けると、見慣れた天井が視界に入った。薄暗い部屋の様子から、かなりの時間眠っていたことが予想出来た。 体が少し軽い。熱は引いたようだ。 起き上がろうとベッドの中でガサガサ動くと予想外の声がした。 「起きたか」 夢の中と同じ大好きな人の声。 「……へい、ちょう」 「眠るならちゃんと部屋の鍵はかけておけ。不用心にも程があるぞ」 「あ……すみません」 「体調はどうだ?」 頬に兵長の手が触れる。温かい。この体温は今を生きている証拠だ。 前にも同じようなことがあった。ルッツさん達を失って臥せていた時。あの日もこうして兵長は私に触れてくれて、私に好きだと言ってくれて、私に生きる意味を与えてくれた。 「あ……その、兵長はどうしてここに……?」 「答えを伝えに来たぞ」 「え……答えってもしかして――」 「お前はちゃんと考えてから俺自身の答えを出せと言ったな。その答えとやらだ」 「それは、確かにそう言いましたけど……っ」 「けど、何だ。何か不都合なことがあるなら改めるか?」 「いえ……昨日の今日であまりにも早いからビックリしちゃって……でも、はい。覚悟はしてますから」 しているけれど両の手は震えていた。 先ほどまで見ていた夢のような世界だったら、どれだけ幸せだっただろう。 胸元のネックレスを握りしめる。そしてここは残酷な現実なんだと思い知る。でもこのネックレスは兵長に愛された証でもある。 それだけで十分。そう何度も言い聞かせた。 「ナマエ、顔を上げろ」 兵長の言葉にゆっくりと顔を上げた。 「もう一度だけ確認させてくれ。お前は今病に冒されていて、そう遠くない未来に死を迎えるんだな」 ゆっくりと首を縦に振る。 「それが調査兵団特殊医療班であるナマエ・ミョウジの出した診断で間違いねぇんだな」 「はい」 今度ははっきりと言葉を発することが出来た。 私の診断は正しい。そう胸を張って言える。それが例え己の死の宣告だとしても。 「あの日、お前に好きだと言った日。俺はお前と生きる道を選ぶと言った」 「……はい。今でも鮮明に覚えています」 「それを訂正させてもらうぞ」 訂正、という言葉に体が固まった。 けれど兵長は正しい。 だから泣くな。 泣く資格なんて私にはない。 「あの時俺はただ漠然と一緒に生きると言った。今にして思えば覚悟も足りなかったと思う。だからもう一度俺に選ばせてくれ」 兵長にはもう一度正しい選択をしてほしい。 二度と悔いのない選択を。 「俺はお前と最期まで生きる道を選ぶぞ」 「…………リヴァイ、兵……長」 「だから命が尽きるその瞬間まで、お前は俺の傍で生きろ」 言葉よりも先に涙が自然と溢れた。 私と生きることが兵長の選択だと言うの? 「お前が自分を信じるように、俺は俺の選択を信じる」 兵長。兵長兵長。 「ナマエ、俺はお前が好きだ。生涯俺のこの気持ちが変わることはねぇ」 「へいちょ……っ、う」 「人は誰しもいつかは死ぬんだ。どうせ死ぬなら俺の腕の中にしろ」 兵長は私の命を救ってくれた。 私に生きる意味を与えてくれた。 そして今、また一つ私に与えてくれた。 大好きな兵長の隣は私の生きる居場所であり――死に逝く場所だということを。 全ての喜びも悲しみも涙と共に溢れて止まらない。 「兵長……っ!わたし、っ」 嗚咽で上手く言葉にならない。そんな私を兵長は強く抱き締めてくれた。ずっとこうしたかった。兵長の腕の中で泣き叫びたかった。 「私っ……、悔しいんです……っ。こんなにたくさん勉強したのに、特殊医療班として頑張ってきたのに……!」 「ああ」 「自分の病気が治せないなんて……っ!」 抱き締める腕にさらに力が入った。もしかしたら死ぬことよりも悔しいことかもしれない。 いつか死ぬ運命なら戦場で、誰かのために。 そしてそれは兵長のために。 そう思って調査兵団で生き続けた。 それなのに病気なんかで……! 「ナマエ、お前の命には確かにはっきりとしたタイムリミットがあるのかもしれない」 泣き続ける私に兵長がそっと語りかける。 「だがそれはお前にはまだちゃんとした時間が残されているってことだ」 「時間……ですか?」 「まだ特殊医療班として働くことも、その意志を誰かに継いでもらうことも出来る。残された時間をどう生きるか、俺にも一緒に考えさせろ」 兵長の言葉にクルトさんの言葉を思い出した。 “お前にはまだ誰かを救う力も時間も残っている。ちゃんと見守っているから、もう少しだけ頑張りなさい” ルッツさん達と共に倒れてしまった時、クルトさんは真っ黒な世界でそう言っていた。 あの時すでにクルトさんには私の運命が分かっていたんだ。 あんなにも絶望へと追いつめられて、諦めることでしか自分の気持ちが整理出来なかったのに、今は違う。兵長の腕の中は、この居場所は私を強くしてくれる。ここにいれば私は無敵なのかもしれない。 流れ続けていた涙が止まり、兵長の胸元から顔を離す。そしてそっと唇に触れた。 リヴァイ兵長、私の愛する人。 私が死ぬその瞬間まで傍にいさせて下さい。 私が傍にいることで何か一つでも出来ることがあるのなら。 ――私は貴方と生きて貴方の役に立って死にたい。 限りある時間だとしても、調査兵団特殊医療班の兵士としてたくさんの命を救えますように。 「……兵長、私を抱いて下さい」 「何を言ってやがる……。自分の体調は自分が一番分かっているだろ。今朝からまた発熱していたのなら尚更――」 「生きている実感が欲しいんです」 兵長の目が見開いた。 何度こうして兵長を求めたか、そしてそのたび生を実感したかわからない。 それでも何度だって味わいたい。体と心で貴方に愛されていることを。 「……出来る限り優しくしてやるが、辛くなったらすぐに言え」 兵長の体重によってベッドが軋んだ。ポンと軽く肩を押され私の体が後ろに倒れる。覆い被さる兵長に見下ろされ視線が交わる。 「兵長……好きです」 「ああ。知ってる」 「大好きです」 「俺もだ」 「死ぬまで……ううん、死んでもずっと」 少しの間をおくと兵長の唇によって激しく塞がれた。離れたと思ったらまたすぐに塞がれ、上手く息が吸えない。 「へいちょ、っ、ん」 強引に舌を捩じ込まれ口内をくまなく這いずり回る。その舌を絡ませ合う余裕などないほどに、兵長は激しく私を喰らった。 歯列をなぞられ粘膜を刺激される。溢れ出る唾液に溺れて滴り落ちる。そして私の全身がその全てを快楽として、敏感に反応をし始めていた。 「ん……っ、あ」 「っ……悪いな。優しくするなんて言ってこのザマだ」 「構いません……っ。兵長の好きにして下さい」 優しくなんてされなくていい。だってその方が何もかも忘れられる。 今日だけでいい。自分の運命も未来も何もかも考えなくていい一瞬がほしい。何も考えずに兵長を愛したい。 「さすがに煽りすぎだ……馬鹿野郎」 「ふふ……すみません」 「何を笑ってやがる」 「……いえ。兵長にバカって言われるのが嬉しくて」 「嬉しいってお前な……。出逢った頃からだから今さら驚きはしねぇがつくづく変な奴だ」 そう言って兵長も笑った。いや呆れて笑った、が正しい。いつも通りの兵長だ。 「早くお前のナカに入りてぇ……」 上着を脱ぎ捨て露になる体に喉が鳴った。私のナカに入りたいと発した唇は、胸の頂きへと落ちてくる。 「あっ、ん、あ」 強く吸われ舌で転がされ、離れたと思ったら指で強くこねくり回される。それだけでこんなにも気持ちが良い。 「んんっ、あ、や!」 「今まで以上に凄い反応だな」 「あっ、だって……っあぁ!」 「っ、舐めただけでこれだ」 火照り出した体の上に冷たい感触。ネックレスが揺れている。 もっといっぱい。こっちにも早く。兵長でいっぱいに溢れたい。 「そんな物欲しそうな顔しなくても、嫌ってほど気持ち良くしてやるよ」 口角をあげて笑う兵長に胸が高鳴った。そんな顔をしたつもりはない。けれど期待をしている自分がいるのは明らかだ。 見透かされた期待に応えるように、兵長の長い指が一気に私の胎内へと沈みこんだ。 「あっ、待っ……!そんなっ」 「何だ。欲しかったんじゃなかったのか」 「だって、あ、急にっ、ああっ……」 「ここはいつも以上に随分濡らして待っていたみてぇだがな」 「あっ、んん!あ、は」 言葉では私を責めながらも、その行為は優しさで溢れているのが分かる。私の反応を見ながら体に負担をかけないギリギリの愛撫を与えてくれている。 それでも溺れるには十分の快楽だ。 「あ、やぁっ、もう……っ!」 「もう降参か?」 「だって、こんなっ」 こんなにも優しくて激しい。 「イきたいか?」 「はい……っ、あ、あ!」 「隠すな。感じてる顔も全部見せろ」 「ダメっ、あ、んっ」 最奥でバラバラと指が動き、そしてその動きはある一点に集中してより加速する。兵長に一番弱いところを探り当てられたのはいつの頃だったか。今日もそこを強く刺激しながら責められる。程なくして私の体は弓なりに反った。 「――あああっ!あ……っ」 頭の中で何かが弾けたような感覚があった。絶頂と共に訪れたのは本性か、本能か。 身も心も私の全てがこれほどまでに兵長を求めたのは初めてだ。まるで生きたいと体が叫んでいるかのようだった。 「はぁ、はぁ……兵長」 汗ばむ髪をかき上げられ撫でられる。とても穏やかなその目に私が映っていた。 「兵長……、早く……下さい」 「……そんなに俺が欲しいか?」 軽いキスを一つ落とされ脱ぎ掛けの服を全て奪われいく。 その途中、兵長の動きが一瞬止まった。きっと私の体にある複数の痣に驚いたのだろう。 「お見苦しいものをお見せしてすみません……これも症状の一つなんです」 「……そうか」 「気になるようでしたら服はこのままでも構いませんから、早く……兵長で、いっぱいにして下さい」 止まったままの手を取りそう言った。するとすぐさまその手を払われてしまう。 「さっき言ったことをもう忘れたのか?俺は隠さず全部見せろと言ったはずだ」 「あ……っ、でも」 「早くお前の綺麗な体のナカを俺でいっぱいにさせてぇんだ」 綺麗な、と言ってくれたことがどれだけ嬉しいか。その言葉に胸が締め付けられた。 兵長の両手が私の脚を持ち上げる。そして間髪入れず熱く昂るそれが胎内に侵入した。 「――あ!んっ、あ」 「っ、待っていたと言わんばかりに吸い付いてくるな」 「だって……っ、気持ち、良いっ……」 「お前の好きなところだけを突いてやってるからな……っ」 ゆるゆると軽く動きながらも私を確実に責め立てている。焦らすこどなくその熱は何度も最奥を突き上げた。 徐々に激しくなる動きに腕を必死に伸ばして兵長の首に絡めた。 「あ、っは、んん……っ!へい、ちょ」 「っ……どうした?きついか?」 耳元で囁かれ背中がゾクゾクする。 「ちが、う……んですっ、私……っ」 涙が零れ落ちていく。 兵長とこうして繋がることで与えられる気持ちや熱で、私は生を感じることが出来ている。だから余計に思ってしまった。 「私……死にたく、ない……っです」 覚悟はしている。 けれど怖くて悔しくて悲しくて。 その気持ちは絶対に消えない。 本当はずっと兵長の傍にいたいのに――。 「……ナマエっ」 より深くなるその律動に嬌声と涙が零れる。 「ナマエ、愛してる……っ」 「ああっ、ん、私も……っ愛しています」 「お前を死なせたりはしない、ずっと俺の傍で生きると約束しただろう」 「はい……そうでしたね……」 「っ、俺はお前の命を全力で守ると、お前の両親にも誓ったんだ」 「あ、んっ、ああ!」 「……死ぬな」 消え入りそうな、だけど強い声で兵長は言った。私の涙は最後まで止まることはなかった。 「ナマエ、死ぬな……っ」 この夜、私達は互いの想いを全てぶつけ合った。何となく二人とも分かっていたのだと思う。二度とこんな夜を迎えることはないと。 誇りも何もかも投げ捨ててただの一人の人間として私は泣き叫んだ。兵長も叶わない願いを口にし続けた。それがどんなに滑稽だとしても。 私達がいつか離れる覚悟をするためには必要なことだった。 ←back next→ |