第25話 戦果


雪も溶け少しずつ暖かくなってきた春の季節。相も変わらず万年人手不足が解消されない調査兵団に、数少ない勇敢な新兵達が入団してきた。
減っていく兵士と新しく増える兵士。出逢いと別れを繰り返す中、変わらない彼女の笑顔は春のような温かい気持ちを与えてくれる。

「おはようございます!ハンジさん」
「おはよう。ナマエ」

朝から元気な彼女を迎えて、私の班員に整列してもらう。今日から仲間になるナマエを紹介するためだ。

「特殊医療班から参りました、ナマエ・ミョウジです。本日よりハンジさんの班を担当させて頂きます。皆さんどうぞよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
「ナマエ、新兵はこの二人だよ」
「初めまして。これから貴方達の体調や健康は全て私が管理します。それから後で詳しく健康診断を受けてもらうね」

私の班に新たに加入した新兵は二名。彼らも噂は聞いていても実際ナマエに会うのは初めてなのか。その眼差しは憧れの対象に対するそれだ。微笑ましくその様子を見つめながら、ある疑問が浮かぶ。

「ねぇナマエ、今日はリヴァイの班と合同訓練だったはずだよね?一緒じゃないの?」
「そうなんですけど……兵長が私のせいでですね……」
「あ、噂をすれば」

ナマエの背後にはこちらに向かってくるリヴァイとリヴァイ班の子達が見えた。近づくにつれ、リヴァイの様子がおかしいことに気づく。
何か……怒ってない?あれ。

「ナマエ、てめぇ……単独行動してんじゃねぇよ」
「だ、だって兵長が怒るからですよ」
「怒らせるようなことするからじゃねぇか」
「どうせ早めに言ったところで反対すると思いまして、強行突破……?みたいな、あはは」

笑ってごまかすナマエにますますリヴァイの機嫌が悪くなるのが分かる。

「今度は何が理由なの?」
「それが……」

こっそりとぺトラに耳打ちをして聞くと事の経緯を教えてくれた。

昨今問題視されている特殊医療班の人手不足。原因は壁外調査での犠牲。
そのため特殊医療班は早急な人材育成が必要となった。そうとなれば必然と指導する側の人間も必要になる。
では指導側に回った兵士の穴は一体誰が埋めるのか。そこでナマエが元々配属されていたリヴァイ班と私の班の二つを担当する申し出たらしい。
まぁ無茶ばかりするナマエらしい選択だ。
それをリヴァイに言ったらどうなるか、私ですら想像がつく。当然また怒られると思ったのだろう。ならば私の班に配属される当日に言ってしまえ。それがナマエの言う強行突破というやつだった。

「先ほど申し上げたように、今回の編成で兵長の班にはペトラ達が戻ってきましたし新兵は一人も配属されていません。ペトラ達は優秀な部下ですし、私も四人については十分把握しています。なので今までよりは私の負担もかなり軽減すると思います。もちろん兵長の班をないがしろにする気は毛頭ありません。どちらの班にも全力で任務は遂行します」
「得意の無茶をしてだろうが」
「でも今は特殊医療班にとって育成が物凄く大事な時期なんでですよ……せっかく志願してくれている兵士も数名いてくれてますし。人手不足の中、育成側に班員を回すにはこれが一番得策なんです」

ナマエの言うことは最もだし兵士として正論だ。リヴァイの意見は私情に過ぎない。

「……兵長ならわかってくれますよね?」

そして結局いつもこうやってほだされてる訳か。

「いててて、痛いです兵長ぉ」
「ああ。いつも通りわざと痛くしてやってるからな」
「ということは、了承してくれたということですね!」

頭を鷲掴みにされて笑っている。何とも奇妙な光景だ。まぁこれがいつもの二人であり、じゃれ合ってるようなものなのだ。

「あの、お二人の噂はよく耳にしていたんですが……」
「これが二人の通常運転だから気にしないでいいよ。あと訓練が始まったら噂通りになると思うから」

人類最強の兵士長と調査兵団の天使。
もちろん二人の実力は確かなものだ。今や憧れの的である二人が付き合ったとなれば、噂はどんどん美化されていく。新兵くん達はどんな二人を想像していたのか。特にナマエに関しては、イメージと違うという話をよく聞かされる。

「じゃあ皆揃ったところで、訓練を開始しようか」
「今日は主に連携についての指導だったな」
「どうするかはリヴァイに任せるよ」
「ナマエ、オルオ。お前らで一度手本を見せてやれ」
「はい!」

ほら、ナマエの目の色が変わった。そして彼女の自由の翼が空に舞う。とても鮮やかな動きだ。そんなナマエの様子に新兵達が目を輝かせていた。彼等がリヴァイ班と訓練出来ることは、とても良い刺激になるだろう。

「す、すげえ」
「兵長といいナマエさんといい、二人はどうなってるんだ?」
「ハンジ分隊長、俺らもいつかああなれますか?」
「まぁリヴァイは規格外だから置いとくとして、ナマエに追いつくには今の二倍は訓練しないと無理かな」

実際ナマエが新兵の頃はこれの二倍、いやもしかしたら三倍近く訓練はしていたかもしれない。
こうして新しい兵士を迎えるたびに、彼女の努力がどれほど凄まじいものだったか。改めて痛感させられていた。

一通り訓練を終えると、パタパタとナマエがこちらに向かって走ってくる。

「ねぇねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「え?」
「前に大きな怪我したことある?特に下半身かな」
「あ、はい……っ!」
「やっぱり。動きを見てると左右の筋肉のバランスが悪いなって思って。通常の訓練に別メニューを追加してあげるから、それで少しずつ修正したらもっと動きが良くなると思うよ」

新兵くんの口が開きっぱなしだ。こういうところは戦闘と医療を極めたナマエならではだろう。

「そっちの擦り傷は後で医務室で手当てしてあげるね」
「あ、ありがとうございます!」
「ハンジさん。それが終わったら今夜も巨人捕獲作戦の打ち合わせをしましょうね」
「そうだったね」
「今度こそ団長に許可してもらえるように頑張りましょう!」
「毎度悪いけどよろしく頼むよ」
「では私は道具を片付けに行ってきます」

そして再びパタパタと走るナマエの背中を見送る。その先にはナマエが戻るのを待っているリヴァイの姿も見える。二人並んで歩く姿は何度見ても微笑ましい。

「一つ忠告をしておこう」

新兵二人をぐっと両肩に寄せる。これもまた部下への教育の一環だ。

「不用意にナマエに近づいたり変な気を起こすと、兵士長様の怒りを買うから十分気をつけるように」
「分隊長、そんな言い方したら……」
「またモブリットは甘いこと言って。じゃあ本当にそういう事態になったらリヴァイはどうするかわかってるでしょ?」
「ど、どうなるんですか……?」

新兵達がごくりと生唾を呑みこむ。

「君が思う最悪を想定してもらっても構わないよ」

にっこり笑い返すとその場にいた全員の顔が固まった。





新しい兵士が入団してから、いつも以上に細かく訓練が行われた。私自身も二つの班に配属になり最初はどうなるかと思ったけど、人材育成を含めて思ったより順調にことが進み一安心していた。

そうして迎えた第49回壁外調査の日。
馬に跨りながら開門するその時を待つ。すると前にいるハンジさんがそわそわとし始めた。

「ああ〜もうじれったいなぁ!ねぇ、リヴァイ」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないよ?」
「巨人の捕獲に協力しろ、だろ?そんな面倒に付き合う気はない」
「ミケはどう?一口のらない?」

ミケさんがふいっと顔を背ける。答えは兵長と一緒だ。

「はぁ……いつも通り退屈な男共の退屈な答えだねぇ」

ハンジさんの体が今度はこちらにグルリと振り返りる。確か昨夜もこんな表情をしていた。巨人に対する探究心が限界を超えている状態だ。最近の壁外調査前後のハンジさんは大体こうなることは、私達には承知の事実だった。

「ナマエなら協力してくれるよね!?」
「私はいつでも全面協力する気満々なんですけど……ね」
「駄目だ。何度も言わせるな」

何度も捕獲作戦について一緒に語り合い考察してきた仲だ。私が協力しない訳がない。けれどそれを兵長は絶対に許してくれない。

「ナマエ。こんなつまんない男とはさっさと別れて私のところにおいでよ」
「え?ええ!?」
「上等だ……巨人の前にてめぇを切り刻んでやる」
「ま、待って下さい、二人ともどうしちゃったんですか?」

兵長はともかく今日のハンジさんは何だか少し変だ。昨夜捕獲作戦の話をしてる時もそうだったけれど、気持ちが変に昂っているというかなんというか。私の杞憂で終わればいいのだけれど。
そうこうしているうちに開門の音が聞こえてきた。

「第49回壁外調査を開始する!前進せよ!」

私達は団長の掛け声と共に一斉に馬を走らせた。


今回も調査兵団は規定ルートを何とか切り抜け、兵站拠点に辿り着いた。私はいつも通り負傷者の手当てをしに回る。その途中テントの中から大きな声が聞こえてきた。
ハンジさんの声だ。

「待ってよ!エルヴィン!」

テントから出てきたのは団長と、それを追うように声を上げるハンジさん。その様子からすぐに察することが出来た。捕獲作戦を再び却下されたのだろう。
特殊医療班を結成する時もそうだった。団長はそう簡単には許可をしてはくれない。作戦立案は完璧だと思うのだけれど……。団長を納得させるための、あと一手が足りない。

――バン!

「森だ!いるぞ!」

屋根の上にいるミケさんが声を張り上げてそう言った。
近くの森に巨人がいる……!

「総員警戒態勢!」

団長の指示を受け全員が一斉に動き出す。

「分隊長……!一人では危険です!」
「エルヴィン!行かせてもらうよ!」

モブリットさんの声が聞こえ振り向くと、馬に跨るハンジさんの姿が見えた。
まさかハンジさん、一人で巨人を捕獲しに行くんじゃ……!

「待て、ハンジ!……リヴァイ」
「ちっ……」

すぐさまその後を兵長が追っていった。兵長がついているなら最悪な結果にはならないと思うけど、でもこうしちゃいられない。

「ねぇ君、戻るまで私の医療用具を見てて!私達も後を追うよ!」
「はい!」

私はリヴァイ班の皆を引き連れて、全速力でハンジさんと兵長の後を追った。

まず先に兵長に追いつき合流をする。けれどハンジさんの姿は見当たらない。一体一人でどこへ行ったのだろう。
その瞬間、森の間を破って巨人が現れた。巨人が追いかける先にはハンジさんがいる。

「ハンジさん……っ!」
「待て。俺がやる」

兵長が信煙弾を用意し巨人目がけて放った。

「こっちだ。間抜け」

注意をこちらに向けるためだ。予想通り巨人が立ち止まり私達の方に目を向ける。

「こら!邪魔するなぁ!」

これで私達を追いかけてくる、と思いきや巨人は再びハンジさんを追いかけ始めた。一体どうしたと言うのだろうか。この巨人、普通の巨人とはどこか違う。
考えてる間になぜか巨人はハンジさんを追うことすら止めて、森の中へと走っていってしまった。
まさか人間を目の前にして捕食しようとしないだなんて。やっぱりあの巨人は普通の巨人じゃない。
今度は奇妙なことに私達が巨人を追う形になってしまった。

「何だってんだあのアホ面!お家にお帰りかぁ!?」
「奇行種だとしてもどこかおかしいですね……!」
「ああ、これまで報告されているどのパターンとも違う!」
「いや、そういう類型化を全て拒否するからこその奇行種じゃないのか!?」
「どうでもいい。ここで殺るぞ」

それぞれが巨人について考察する中、兵長はブレードを抜き一つの指示を出した。もちろん巨人がいれば仕留めるのは当たり前の話だ。
けれどあの巨人には……私も興味がある。このメンバーなら何とか生きたまま捕獲出来ないだろうか。でも今は捕獲するための道具がない。殺さずにどうにか……!
私だけは別の考察をしながら森の中へと向かった。

森の奥で巨人と対面するハンジさんを見つけた。それに一目散に反応したのはオルオだった。

「とったぁ!」
「オルオ待て!」
「……はい!」

巨人のうなじにアンカーを刺して削ごうという瞬間、ハンジさんの声によってオルオは動きを止めてしまった。その一瞬で逆にオルオの体が巨人に捕まってしまう。

「うあっ!わあ!あああああ!」

必死で足をバタつかせるオルオを、今にも噛み千切ろうと巨人が大きな口を開けた。
その時だった。オルオを掴んだ巨人の腕に閃光が走る。

「……兵長!」

切り落とされた巨人の腕ともにオルオが地面に落ちる。
良かった……!間に合った!
そして兵長はそのまま止まることなく、瞬く間に巨人を仕留めてしまった。

「ちっ……無事か?」
「兵長……っ、一生ついていくっす……!」
「オルオ!大丈夫!?」

急いで駆け寄るとオルオが涙を流していた。もしかしたらあの一瞬で死を覚悟したのかもしれない。兵長がいて本当に良かった。あの速さで反応出来るのは兵長しかいないから。
討伐された巨人を見てハンジさんが嘆いてる。生きて捕獲出来たら……私も何度もそう思ってきたけど。今のオルオの身に起こったことを目の当たりにしたら、やっぱり相応な準備がないと実践するべきじゃない。
現に兵長もハンジさんに対して怒りを露わにしていた。部下を危険に晒すな、という兵長の意見はもっともだ。
項垂れたハンジさんにかける言葉を探していると、ぺトラの怯えるような声が聞こえた。

「っ……あの、兵長……?」
「何だ」
「あれは……っ、巨人の仕業、でしょうか……!?いや、でもまさか……そんな」
「だから何だ」

ぺトラが指差した先に全員で目を向ける。その大木には大きな穴があり、そして穴の中には兵士が座らされていた。

「ひいいい……!」

オルオが悲鳴をあげたのも一目見てその兵士が死んでいると分かったのも、その遺体には首がなかったからだ。
でも一番に驚いたことはそれじゃない。遺体がこの大木の中で安置されていたことだ。
誰が壁の外でこんなことを。まさかあの巨人が……いや、あるはずが……。ううん、あるはずがないなんて誰が言えるのか。

「……まるで祀っているみたい」

私とハンジさんでその大木に近づき遺体の確認をする。腕章を確認する34回目と記載されている。そしてこの遺体が一年前に亡くなったイルゼ・ラングナーということが分かった。

「信じられない。巨人がこんなこと……リヴァイ?それは?」

ハンジさんの言葉に振り返ると、兵長が何かを手にしていた。

「これは……イルゼ・ラングナーの……戦果だ」

そこには彼女が死を覚悟しながらも、最期の瞬間まで屈せず戦い抜いた記録が記されてた。この貴重な情報は人類の一歩となるのだった。





壁外調査から帰還後、私とハンジさんは改めてイルゼが遺してくれた手帳を何度も読み返し考察した。

「巨人が意味のある言葉を発するなんてね……」
「ユミルの民、ユミル様……これらが意味するものは何でしょう」
「名前、なのかな。そのうえ敬意を示した態度に遺体を樹木に保管か。まるで――」
「人間……みたい」

思わずハンジさんと顔を見合わせた。自分でもバカなことを言っていると思う。
もしかしたら巨人と意志疎通が出来るのかもしれない。巨人を操る者がいてそれが人間だったりするのかも。絵空事みたいな無限大の可能性が考えられる。それは私達が巨人について未だ無知であるからだ。

「この手帳が団長を納得させる一手になるかもしれませんね」
「ああ。早速エルヴィン宛に一筆書いてみるよ」

一段落をしたところで大きなあくびが出てしまった。最近はよくこうして睡魔に襲われることが多い。

「何だか最近のナマエはお疲れ気味だよね。無茶しすぎてるんじゃないの?」
「そうなんですかね……最近やたらだるかったりするんですよね。寝不足が原因ですかねぇ」
「それって遠回しにリヴァイが寝かせてくれないって話?」
「ち、違います!」
「ムキになるとますます怪しく見えるけど」
「本当にそういう話じゃありませんから……!」

ハンジさんが笑いながら私の頭をくしゃっと撫でた。

「長い付き合いだから分かってるよ。本当は私も心配しているんだ。無理に手伝ったりしなくていいからナマエはちゃんと休みなよ」
「……はい」

後日、団長から捕獲作戦の許可が下りることとなった。そしてついにハンジさんは兵長率いる特別作戦班の協力を得て、ウォールマリア陥落以後初となる巨人の捕獲に成功した。その際一人の犠牲も出すことはなかった。


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