第20話 RESTART、その先へ


シャツに腕を通しベルトを付けて、鏡を見ながら全身チェックをして、最後に自由の翼を羽織った。
こうして兵服に身を包むのは二ヶ月ぶりだ。
全治二ヶ月と判断されてから、ようやくここまで回復した。先月から医療班の方には復帰していたけど、今日からは兵士としても復帰をする。

「よし!」

パチンと顔を叩き鏡の自分を見つめた。

「また全力で頑張ろう!」

再出発の朝は快晴だった。

復帰と言ってもまだリヴァイ班に合流出来る状態ではない。空白の期間は約二ヶ月。かなり体力も腕も落ちているはずだ。
なのでまずは自主訓練から。私の希望も兼ねてそうしてもらった。

「ナマエさーん!」
「皆!おはよー!」

そんな私の元に駆け寄ってきたのは、エルド、グンタ、オルオ、ペトラの四人だった。

「遅くなってすみません!」
「ううん、私も今来たところだよ」

頭を下げるペトラに近づく。

「皆今日は私の自主練に付き合わせちゃってごめんね」
「いいんですよ。むしろナマエさんの復帰に立ち会えるなんて光栄です」
「エルド、ありがとう」

こうして五人揃うのが、何だかとても懐かしいことのように思える。実は私が復帰するまでの間に再び壁外調査は行われ、それに伴って班編成もされていた。
もちろんリヴァイ班もだ。なので私達六人のリヴァイ班はもう存在しない。

「もう今は皆バラバラだもんね」
「そうですね」
「じゃあ今日はリヴァイ班再結成だね」

すると何故かペトラが泣きそうな表情を浮かべている。どうしちゃったんだろう……?

「おい、何泣いてんだよお前は」
「だって……ナマエさんの兵服姿見たらっ、嬉しくて……っ」
「そうだな。俺達も同じ気持ちだよ」

こんな風に私を迎えてくれる後輩達がいる。やっぱりここは私の居場所だ。そう再認識してペトラをぎゅっと抱き締めた。

「さあ訓練を始めよう!」

復帰して一番に訓練したかったことは、立体起動装置の訓練だった。私がこれまで一番時間をかけてきた訓練でもある。
いつも通り動きをイメージして。兵長に指摘された通りに、速く正確に。

「はああああ!」

アンカーの差し位置。そのスピード。状況判断とそれに伴った身のこなし。確実に仕留める技術と知識。
再確認しては修正していく。

「ふう……」

一通りの訓練はしてみたものの、やはり筋力の低下の影響が一番あるようだ。全くイメージ通りにはいかない。

「それでも十分速いですけど……」
「ええ!?全然ダメだよ!これじゃあ一人で巨人を倒すのに時間がかかりすぎちゃうもん」

これは感覚を取り戻すまでしばらく時間がかかりそうだ。

「それより皆また一つ腕をあげたね」

何よりもやっぱりこの四人はチームワークが抜群だ。同じ班じゃないのが本当に惜しいくらい。またいつかこうやって皆でリヴァイ班になれたらな。

「やっぱり四人はバランスがいい」
「そうっすか?俺らが?」

オルオが聞き返す。

「オルオの高い戦闘能力。グンタとペトラは補佐能力。そしてエルドの統率力。ここにうちの特殊医療班の子を入れてもらえれば完璧なチームだと思うなぁ」
「……ナマエさんにそう言われると照れるっす」
「あはは。でも本当に強くなったよ。私も追い抜かれないように頑張らないと!」

気づけばもう太陽が真上に昇っている。どおりでお腹が空いてきたはずだ。

「さぁ皆、お昼にしよっか」
「そうですね」
「ちゃんとスペシャル裏メニューを用意してあるからね」
「マジっすか!?よっしゃ!」

私達は一目散に食堂へ向かうオルオの後を追って、午前中の訓練を終えることにした。

オルオが大好きだと言っていた裏メニューを皆で一斉に頬張る。やっぱり訓練後のご飯が一番美味しい。
ご飯も半分ぐらい進んだところで。

「ナマエさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「うん、どうしたの?」

ペトラにそう切り出され、私はスプーンを置いて水を口に含んだ。

「……もしかして兵長とナマエさんって付き合ってます?」
「っ……げほっ!げほ……!」

いきなりその話題をされるとは思わなかったから、思わずむせてしまった。

「ペトラ、お前俺にはデリカシーがどうのとか言ってなかったか!?」
「でも、だって……!」
「待って待って、喧嘩しないで」

両手を上げてペトラとオルオを宥める。

「ペトラの言う通りこの間から……兵長と、その、付き合ってます」

正直自分の口から言うのは、この上なく恥ずかしかった。そもそもこういうのって報告し合ったりするものなのだろうか。付き合うこと自体が初めての私には全くわからない。

「……やっぱりそうだったんですね!」
「おめでとうございます!」
「何か俺すげぇ嬉しいっす……」
「良かったですね!」

もちろんこんな風に皆にお祝いしてもらうのも初めてだ。それはこんなにも嬉しくて温かい気持ちになるものなんだ。

「でもナマエさん、どうして公にはしないんですか?」
「え、普通はするものなの?」

私達は恋人の前に兵士な訳だし。下手にそういう雰囲気を出して、他の兵士達が気を遣うような事態になるのも嫌だし。

「まぁ私達はお二人が話してる雰囲気とかで、そういう関係になったのかなって何となくはわかったんですけど……」

私も兵長も二人きりの時以外は、お互いいつも通りにしていたつもりだ。それなのに皆が察するくらいだなんて驚きだ。

「それって兵長ことが好きだっていうのが漏れてるってこと……!?」
「申し訳ないですけど、そのへんは最初から漏れてます」
「さ、最初から!?」
「むしろお二人共結構分かりやすいと思いますけどね……」

まさか兵長まで分かりやすいだなんて!私なんて兵長から好きだとはっきり言われるまで、全く分からなかったのに。もしかしてペトラってかなりの恋愛上級者なのかな……?

「でも別に公表しなくたって何の支障もないんじゃないのか?」

私の代わりにグンタがペトラに問う。もちろん私自身もそう思っていた。

「甘いわよグンタ」
「甘いってどのへんがだ?」
「兵長って凄くモテるんだから」
「それはまぁ俺も何となくわかるが……だからって何か問題でもあるのか?」

今度はエルドもペトラに問う。

「恋人がいないって思ってるなら、チャンスだって思うのが普通だもの。兵長を好きな女の子達からのアプローチは続くだろうし、もちろんその中にはかなり積極的な子もいると思う。私も周りからそういう話聞くし……」
「でも兵長はナマエさんが好きなんだから、そういう女がいたって断ればいいだけの話だろ?」
「はぁ……貴方達は女心がわかってなさすぎよ。ね、ナマエさん」

ペトラに声をかけられても全く反応出来なかった。

「ナマエさん?」
「……私、これからハンジさんのお手伝いだから、先に行くね……」

チャンス……アプローチ……積極的……。
ペトラの言葉が頭をグルグル巡る。考えたこともなかった。兵長を誰かに取られる可能性もあるんだ。
今度はグルグル悪い考えばかりが巡る。私の心は完全に焦りと不安でいっぱいになってしまった。

グルグル、まだ止まらない。
出るのは溜め息ばかり。

「……てる?」

やっぱりこのままじゃ不味いかな。

「ナマエ、聞いてる?」
「あ!はい!」

ハンジさんに顔を覗かれ我に返る。すると両手に積んであった書類が、床にバサバサと落ちて広がった。

「すみません……!」
「全然構わないよ。それよりさ、さっきから溜め息ばかりついてどうしたの?」

散らばった書類を一緒に拾いながら、ハンジさんが私の様子を伺ってくれた。やっぱりいつもみたくハンジさんに相談してみようかな。

「あの、確認なんですけど……兵長ってモテますよね?」
「リヴァイが?まぁそうだね。好きって女の子は多い方だろうね」

ですよね。そうに決まってますよね。そのうえでやっぱりどうしても考えてしまう。
どうして私なんだろうって。

「本人に聞いてみればいいじゃない」
「それが悩みはそれだけじゃなくてですね……」

こんなことはハンジさんにしか言えません。と、きっちり前置きしてから打ち明けた。

「私、兵長と夜の、って言うんですかね……まだそういう関係になってなくて……」
「つまりまだヤってないってこと?」
「ヤっ……直球すぎです!」
「ごめんごめん。でもそれのどこが問題なの?」
「それは、その」
「リヴァイは待ってくれてるんでしょ?」

ハンジさんの言う通りだった。
私の準備が出来るまで待っている。その言葉通りあれから兵長は、キスより先は一切してはこなかった。
もちろん今まで通り兵長の部屋にはお邪魔しているし、何度か一緒に眠ったりもしている。それでも今日まで何も起きてはいない。
それに正直私には心の準備、というものがよくわからない。
兵長が好き。その気持ちだけは確かにあるのに。

「まぁそりゃあリヴァイだって男だからね。多少の我慢もしてるだろうさ」
「……ですよね」

そしてこれに先ほどのペトラの話が相まって、私はますます負のループに陥るのだ。

「兵長は不満とかないのかなぁとか考えちゃうんです」

私には恋愛経験は一切ない。子どもじみた私が兵長につり合っているのか。だからこそただ傍にいるだけでいいとも思えなかった。
私より魅力的な人なんていっぱいいる。もしかしたら兵長が、他の人を好きになってしまうかもしれない。
もっともっと頑張らなきゃ。
だって私だけを好きでいてほしい。兵長の傍で生きて戦って紅茶を飲んで。触れて、抱き締めて、キスをして。
その先は――。

「頑張る必要なんてないよ。自然なナマエが一番良いに決まってるんだから」
「自然な私?」
「そ。悩んだり不安になったり、そういうのも全部含めてさ」
「含めていいんですか?」
「じゃあナマエはリヴァイが無理して合わせてたり、本音を隠してたらどう思う」
「それは嫌です!」
「きっとリヴァイも同じ気持ちだよ」

私は私の自然なペースで。ありのままの気持ちを兵長にさらけ出す。それでいいんだ。
もし私が逆の立場だったら、兵長には無理せず自然体でいてほしい。置き換えて考えれば簡単なことだ。

と、その時はこれで解決すると思っていた。
まだ味わったことのない、ある感情を知るまでは。


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