第19話 意思を継ぐ者


療養中の私が団長室に呼ばれたのは、兵長の部屋での出来事からちょうど一週間後のことだった。
前回まではあれほど評価をしてもらえた特殊医療班も、今回ばかりは厳しい判断をされるだろう。
何せ私自身が、自分の配属された班を全滅させてしまったのだから。
最悪解散なんて言われたら……。
そう想定したうえで団長の目の前に立っていた。

「傷の具合はどうだ?」
「はい。順調に回復しております」
「良かったね、ナマエ」

団長の隣にはハンジさんが、更にその隣にはリヴァイ兵長がいた。

「それで早速本題なんだが」

きた。思わず身構えてしまう。

「特殊医療班はこのまま全員配属を変えずに続けていきたいと思っている」

しかし団長の口から出てきた言葉は予想外のものだった。
それはつまり。

「続けてよろしいんですか……!?」
「ああ。ナマエさえまだやる気があるならだが」
「でも私、前回は結果を残せなくて……」

だって調査兵団にとってとても優秀な兵士達を、みすみす死なせてしまったのに。
それをどこかで強く責めてほしい自分がいた。
そうすることで自分は愚かだったと簡単に理由付けが出来るから。
でも団長は一番難しい道程を私に示したのだった。

「君のせいじゃない。責任で言うなら全ては私にある」
「違います!」
「そもそも異例の壁外調査を決めたのも、それを強行突破したのも私自身だ」

有無を言わせないその声は、調査兵団全兵士への責任を担う団長としてとても力強かった。

「残酷なことだが壁外調査に犠牲はつきものだ」

頭ではわかってる。
今までだって多くの兵士を失ってきた。
今回だって犠牲者はルッツさん達だけじゃない。

「ナマエ。亡くなった兵士に意味を与えるのも死者を想うことが出来るのも、生者である我々だけだ」

そして団長は私に歩み続けることを説いてくれてるのだ。彼等を背負って生きるという一番苦しくて、けれど一番後悔しない道を。

「君の力はこれからも必要だ。もちろん今後も優秀な部下を育てていってほしい」
「そうだよナマエ。まだまだ私の仕事も手伝ってもらうからね」
「……はい!」

私の声にもう迷いはなかった。


団長室を後にした兵長が私の目の前を歩いている。
その廊下の途中で、兵長の兵服の裾をきゅっと引っ張った。

「何だ?」
「先に言っておきたいことがありまして。本日外出許可を貰いましたので少し外に出ます」
「そうか。あまり遅くならない内に帰ってこい」
「はい。それともう一つなんですけど……今夜兵長のお時間を少しでいいので私に頂けませんか?」

少しの間をおいて、何をする気か問われる。

「それは秘密です」
「なら……そうだな。交換条件でどうだ?」
「交換条件?」
「お前からキスしてねだってみろ」

な、何てことを……!
言葉にならず口をパクパクしてしまう。そもそも私には割に合っていなさすぎる交換条件だ。

「どうした、早くしろ」
「何を言ってるんですか……!こんな昼間からっ」
「誘ったのはお前じゃねぇか」
「そういうお誘いじゃないですよ!」
「そんな大きい声を出して誰かに見つかっても知らねぇぞ」

顔の両脇には兵長の両腕がある。
まるで廊下に貼り付けられたみたいに身動きがとれない。これじゃあ脅されているのと一緒だ。

「ナマエ」

その声はとても甘く耳に響く。
そうして兵長は私の欲望の扉をこじ開けてしまうのだ。
それが兵長の罠だと分かっているのに。
そして触れるだけのキスを落とし。

「今夜……私に時間を下さい」

自分なりの精一杯でねだってみせた。

「駄目だ。それじゃあ足りねぇな」
「んんっ……へい、ちょ」

結局こうなるのなら私からする必要などあったのだろうか。

「ふ、っ……ん」

クチュリと何度目かの水音が響いた後、兵長が唇を解放してくれた。

「訓練後、部屋で待っている」

そう言い残し去って行く兵長を、ずるいと責めることなど出来なかった。





外出許可を貰った理由は一つだった。退院したら一番に向かおうと思ってた場所。

「遅くなってすみませんでした。皆さん」

それはルッツさん、テオさん、アルネさんのお墓だった。

「私がなかなか目を覚まさないせいで、皆さんをちゃんと見送ることも出来なくてすみませんでした……。これはお詫びです」

それぞれのお墓にお酒を一つずつ置いていく。
なかでもルッツさんのだけは少し大きめのお酒にしてあげた。

「今頃皆さんで一杯やってるのかな。私も怪我が完治したら混ぜて下さいね」

正直最初はここに来るのが怖かった。行く資格すらないと思っていた。
でも兵長や団長の言葉が私の心を変えてくれた。今の私に悔いた気持ちはもうありはしない。悔いた気持ちでここに立つこと自体、彼らの兵士としての誇りを傷つけてしまうとわかったから。

「私は調査兵団の兵士として最後まで生き抜いてみせますね。皆さんの意志は私が継いでいきます」

もう迷わないって決めました。
だからどうか見守っていて下さい。
皆さんと共に捧げたこの心臓の行方を。
そしていつか巨人を殲滅させて外の世界へ――。

「あともう一つ報告があるんです」

テオさんの最期の言葉を思い出した。
――兵長、と。
彼の言葉の続きが今ならわかる。

「私、兵長とお付き合いすることになりました。ビックリしましたか?あの兵長がこの私を好きだって言ったんですよ。信じられませんよね」

三人はどんな反応をしただろうか。きっと驚いてるに違いない。
そうして私はしばらくそこに留まり続け、私の気持ちをたくさん伝え続けた。

お墓からの帰り道で、訓練している兵士達の姿を見かけた。
それぞれの班が様々な訓練を実施している。少しずつ痛みは和らいでいるものの、あの中に戻れるのはまだ先になるだろう。
早く訓練がしたい。
もっともっと強くなりたい。
どんな巨人が来たって一人で倒せるくらい。

『また訓練かナマエ。お前ちったぁ休め』

いるはずのないルッツさんの声が聞こえる。

『ナマエちゃーん、またブレードで手やっちゃった。手当てしてもらえる?』

『テオさんはふざけすぎなんですよ。ほら、ナマエからも言ってやれ』

テオさん。アルネさん。
今見えるこの風景に、皆と過ごした毎日が重なる。けれどもう彼らはいない。
二度と迷わない。この調査兵団で生きていく。
そう決心しても悲しみは消えることはない。
もう二度とは戻れない彼らとの日々に焦がれてしまう。
どうかこの涙だけは許してほしい。

『ナマエ、何そんなとこに突っ立ってんだ。さっさと訓練するぞ』
『早くおいでナマエちゃん!』
『もしかして疲れてる?ナマエは無茶ばかりしてるから』

まだこんなに鮮明に彼らの声が聞こえてしまうから。





約束通り兵長の部屋を訪れた時には、すでに夜も遅い時間になっていた。
待ってると言ってくれた兵長は、扉を開けると本を片手にソファに腰をかけていた。

「遅かったな」
「お時間を頂いてたのに、お待たせしてすみません」
「別に構わねぇが。で、用事ってのは何だ?」
「それはですね……」

背中に隠してきたそれを悟られないように。

「兵長。目を瞑って下さい」
「何だいきなり」
「お願いします!協力して下さい」

訳の分からない自分の頼みに、兵長はちゃんと目を瞑ってくれた。そして背中に隠しておいた物を箱から出し、テーブルの上に準備する。
喜んでくれるかな。

「どうぞ、目を開けて下さい!」

ゆっくりと瞼を開けた兵長がどんな反応をするのかワクワクしていたら、何故か兵長は固まったままだった。
え、まさか失敗した?もしかして大嫌いだったとか?何か言って下さい兵長。沈黙が怖すぎます……!

「……ケーキか?」
「はい、兵長のお誕生日ケーキです」

それも特大のホールサイズです。
どうぞ思う存分に召し上がって下さい。
ありったけの気持ちをこめた渾身のケーキを、兵長へと差し出した。

「どこでこんな物を手に入れた?」
「僭越ながら私が作らせて頂きました」
「これをお前が、か?」
「と言っても食堂のおばちゃんに手伝ってもらったので、私一人の力じゃないんですけどね」

ついでにケーキに必要な材料もおばちゃんの伝を頼りにしたし、私の力は半分にも満たないと思う。
でも込めた気持ちは全部私のものだ。

「では、遅くなりましたが改めまして」

咳払いをして体を兵長に向ける。

「兵長、お誕生日おめでとうございます」
「……ああ」
「私と出逢ってくれたこと、私と生きる道を選んでくれたこと、こうして今も傍にいてくれること、言い出したらきりがないですけど……本当に本当に感謝しています。兵長、生まれてきて下さってありがとうございます」

兵長は何も答えてはくれないけれど、その顔はどこか綻んでいるように思える。ケーキが兵長の口へゆっくりと運ばれる。
ケーキの材料は貴重なものばかりだ。試しに作る余裕などない。つまり味見をしていないそれが、兵長の喉元を通っていく瞬間は賭けでもあった。

「ほぉ……悪くない」
「本当ですか!?」
「本当かどうかお前も食べてみればいい」

兵長がまさかの行動に出た。
これは所謂その。あーん、というやつじゃ……!

「自分で、その、食べます!」
「遠慮するな」
「遠慮とかじゃなくて、恥ずかしすぎてですね……!」

私をからかう兵長はいつもどこか楽しそうだ。結局そんな兵長にほだされてしまう私だってことも、簡単に見抜かれているのだろう。
意を決してケーキを頬張る。口いっぱいに広がるは甘いクリームの味。

「……自分で言うのもなんですが、美味しいです」

それと共に幸せな時間も広がっていった。
遅くなったけれど、壁外調査前に約束した誕生日のお祝いが出来て良かった。

「ああ、でもやっぱりちゃんと当日にお祝いしたかったなぁ。十二時ぴったりにまずお祝いして、一日中兵長がビックリする仕掛けをたくさん……」


+


俺からしてみれば祝う日付なんてどうでもいいことだが、ナマエにはこだわりがあるらしい。

「そうだ兵長、当日誰かにお祝いされました?」
「そもそも俺はお前にしか自分の誕生日を教えてねぇはずだが……お前、誰かに話した記憶はあるか?」
「皆でお祝いしようと思ってたので、色んな人に兵長のお誕生日のお話をしましたね」

やっぱりお前の仕業か。
クソメガネを筆頭に、やたら色んな奴らからおめでとうだ何だと声をかけられた一日だった。最終的にエルヴィンにまで祝われた時には、さすがに頭が痛かった。

「うう。そういうお話を聞くとやっぱり凄く悔しいです。私が一番におめでとうって言いたかったのに……!」

昏睡状態だった自分をよそに、よくそんなことで悔しがれるな。俺はお前がいつまでも起きないおかげで、誕生日どころじゃなかったが。

「来年また祝えばいいだろ」
「もちろん来年こそは絶対一番に祝いますけど……」
「一番ってことはその時間はどうする気だ?」
「大丈夫です。兵長のお部屋に泊まれば確実に祝えますよね」

意味をわかってんのか、こいつは。
祝えなくなるくらい抱き潰してやろうか。
そんなナマエに呆れながらも、今日を境に様子が変わったことに気づく。
自分を責め続け、痛々しかった姿はもうない。昼間の訓練中に西へ向かうナマエを見かけた。きっとあいつらの墓へと向かったのだろう。
ナマエの中で意志を継ぐ覚悟は出来たようだ。

「一応日付が変わる瞬間はお前の病室にいたぞ」
「それは本当ですか!?」
「たまたま深夜まで様子を見ていた日だったからな」
「じゃあ一緒には過ごせたんですね……眠っていたとは言えそれだけでも嬉しいです」

それだけの何が嬉しいのか、俺にはよくわからねぇ。

「春までに何が欲しいか考えておけ」
「何がって何ですか?」
「まだ早いがお前の誕生日の祝いだ」
「まさかお祝いしてくれるんですか!?兵長が!?」

目をウルウルさせて驚いた表情をしている。こいつの中で俺はどんな人間だと思われているのか。
好きな女の誕生日を祝いたいと思うごく普通の感情は、俺にだってちゃんとある。

「欲しい物……欲しい物。うーん、何かあったかなぁ……」

こいつに女特有の欲というものがあるのか。何なら本気で医療機器やら用具をねだりかねない。

「そうですね……物ではなくてもいいですか?」
「何だ?」
「皆でお誕生日会みたいなものをやれたらなぁって」

何だそのお誕生日会っていうガキのやりそうなものは。しかも皆で、と言ったか?二人でとは言わないナマエに、若干複雑な気持ちになったが。

「……善処はしてやる」

ハンジやペトラあたりに話して、協力を得ようと考えた自分も大概だ。

ふとナマエの昔話を思い出した。
ナマエの中では誕生日の祝いもケーキも、嬉しい思い出と悲しい思い出の二つが存在している。だからその悲しい思い出を、少しでも払拭する機会ではあるのかもしれない。
あとは今日ナマエからもらった言葉を、春にそのまま返すだけだ。

「ナマエ、ありがとうな」
「はい。どういたしまして」

そして俺は桜色の唇へと誘われていった。
舌先を絡め合い、耳、首、鎖骨と、唇を落としていく。
そのまま胸の膨らみに触れたると、ナマエが思わず声を漏らした。

「いっ……、あっ」

指で胸の頂きを掠めると体がビクつかせながら、ナマエはぎゅっと目を瞑った。

「続きは治ってからだ」
「え、と……」
「まだあばらが痛ぇんだろ?」
「……はい」
「お前も我慢してまで受け入れるんじゃねぇよ。それから……そんな不安そうな顔をするな」
「してました……?」
「安心しろ。お前が準備出来るまでちゃんと待っててやる」
「あの、でもその……私はちゃんと、兵長のことが大好きですよ……?」
「お前の気持ちは十分伝わっている」

そう言ってケーキを指差す。

「一番にお祝いは出来ませんでしたけど、兵長のことを一番に想ってるのは絶対私ですからね」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

繋がれた手が温かい。
ちゃんと互いが生きている証拠だ。

「誕生日なんて喜ぶような歳じゃねぇと言ったが、こうしてお前に祝ってもらえるなら悪くねぇな」
「本当ですか?ふふ、良かったぁ。来年はもっともっと盛大にやりますからね!今度こそ皆さんにも参加してもらいましょう」
「……だからお前だけでいいだろ」
「え、何か言いました?」
「いや。何でもねぇ」

不安な様子から一転、機嫌を良くして茶葉を取りに行くナマエに声をかける。

「おい。ナマエ」
「はい、何でしょう」
「今夜は泊まっていけ」
「は、え……泊まる、とは」
「心配しなくても何もしねぇよ。ただ一緒に眠るだけだ」

その夜ナマエは俺の言葉を信じて、一緒のベッドですやすやと眠るのだった。


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